上 下
187 / 208
番外編<SIDE勇>

21:兄ポジションは辛すぎる【SIDE:真翔】

しおりを挟む







悠子ちゃんが着替えて来た。

俺は悠子ちゃんの荷物を持ってあげて
一緒に店を出ようとした。

が。

OL嬢につかまった。

「悠子ちゃん、私を見捨てるの?」

「え?いえ…あの」

「今日は…飲むわよね!?」

ぐっと顔を近づけてくるOL嬢に
悠子ちゃんはタジタジだ。

「ほら、無理言うなよ」

と店長さんが窘めてくれるが、
OL嬢はお構いなしだ。

「ハンサムさん、
あなたも…私と飲むわよね!」

と俺にまでグイグイ迫ってきて
どうすればいいか、困惑する。

店長は俺たちを見て
すまなそうな顔をした。

「すまん、奢るから
少しだけ付き合ってやってくれ」

と、頭を下げられてしまったら、
いつも世話になっていることを
自覚している手前、断れない。

俺と悠子ちゃんは素直に椅子に座った。

店長が悠子ちゃんが好きだと言う
焼酎を出してきた。

常連さんがボトルキープしていた酒だが
その人が転勤したので、残りを
店で飲んでいるらしい。

なるほど、こうやって
悠子ちゃんは酔っぱらうんだな、
と、俺は思った。

俺の前にも焼酎を入れたグラスが置かれた。

少し飲んでみたが、かなりきつい。

これが好きって、悠子ちゃんは
もしかして物凄い酒豪なのか?

と、隣を見ると、
悠子ちゃんはグラスを見つめ、
ぐいーっと一気に飲んだ。

「ゆ、悠子ちゃん」

いくらなんでも、その飲み方は…

でも慌てたのは俺だけで
店長は平然と悠子ちゃんの
グラスにまた焼酎を入れる。

……あの日もこうやって
酔ったんだな。

理解してきた。
とにかく、悠子ちゃんに
正しい飲み方を…。

「相変わらず、
イイ飲みっぷりだなー」

何故かいつもなら『過保護な父』の
店長が嬉しそうな声を出す。

いや、違う。
そこは…父なら諫めるところだ。

「ねーっ。聞いてる?」

俺が店長を諫めるか
悠子ちゃんを諫めるか、悩んでいると
OL嬢が俺の腕を引っ張った。

「だからね。
私の金髪ちゃんがね、
剣で切られたのよーっ!」

わーっと号泣するOL嬢に
俺は焦る。

え?
剣で?!

「気にしないでやってくれ、
ほんとの話じゃないからな」

店長の声に安堵する前に

「ほんとの話よー!」

とOL嬢が叫ぶ。

その叫びを気にした様子もなく、
悠子ちゃんはまた、焼酎に口を付けている。

……なんだ?
この大混乱は。


OL嬢を宥めながら店長の
話を聞くと、なんでもOL嬢の
好きなアニメのキャラが
死にかけているらしい。

なんだ。
アニメの話しか、と思ったが
そんな言葉を言っては
恐ろしいことになりそうなので
俺は沈黙することにした。

それより、悠子ちゃんだ。

俺は店長の話を聞きながら、
悠子ちゃんの肩を抱くように腕を伸ばす。

悠子ちゃんのグラスを取り上げ、
抵抗して手を伸ばす悠子ちゃんの指が
触れるか触れないかのあたりで、
グラスを遠ざけたり揺らしたりして
悠子ちゃんにグラスを渡さないようにした。

……可愛い。
まるで猫に猫じゃらしを
与えて遊んでるみたいだ。

すると、さっきまで号泣してたOL嬢が
悠子ちゃんを見て、可愛いーっと声を出す。

「悠子ちゃん、ネコみたーーい」

あんなに泣いていたのに、
OL嬢は目をこすりながら笑う。

あの号泣を止めるぐらい、
悠子ちゃんは可愛いんだな。

うん。
悠子ちゃんは可愛い。

店長はそんなOL嬢を見て、
ほっとしたような顔をした。

しかし…アニメのキャラぐらいで
そんなに泣くなんて。

いい年して…とは言わないが、
物凄い情熱だな、と思う。

隣にいる店長より、
そのアニメキャラの方が
大事なんじゃないのか、と
疑問に思う程の号泣ぶりだった。

店長に視線を向けると、
すべてをわかってて、
受け止めているような店長の顔がある。

……こういうところが、
店長を『大人の男』と認めてしまう
カッコいいところなんだよな。

まぁ、お前も飲め。
と、店長にグラスを指さされ、
そちらに意識が向いた瞬間、
悠子ちゃんにグラスを取られた。

へへっ。と得意げに笑う悠子ちゃんが
普段見れない…小悪魔のような顔で
俺は顔が赤くなる。

……可愛いすぎる。

だけど、あまり飲みすぎて
この前みたいに泥酔すると大変だ。

……主に、俺の理性が。

だから、悠子ちゃんがの
耳元で俺は囁くように言う。

「ユウ、飲み過ぎたら
また酔っぱらちゃうよ」

悠子ちゃんは、ビクっと
身体を揺らして、もともと
赤かった頬をさらに赤く染めた。

悠子ちゃんは俺が『ユウ』と呼ぶと
いつもこうして顔を真っ赤にして
恥ずかしがり…でも、嬉しそうな顔をする。

だから俺は二人の時はいつも
ユウ、って呼ぶ。

でも、誰かと一緒にいるときは
悠子ちゃんって呼ぶ。

俺のことを意識して欲しいし、
悠子ちゃんのめちゃくちゃ可愛い顔を
誰にも見せたくないからだ。

……心が狭いのは承知の上だ。

俺がユウ、って呼んだからか
悠子ちゃんは顔を真っ赤にしたまま
グラスを置いた。

「どうした?」って
店長さんが悠子ちゃんに聞く。

「の、飲みすぎ…たら
また迷惑かけちゃうから…」

って小さな声で言うのが
また可愛い。

ほんと、可愛すぎる!

店長さんは、にやにや笑って、
「どんな迷惑かけたんだ?」
なんて言うから、
悠子ちゃんはさらに真っ赤になる。

「そんな反応されたら、
気になる~っ」

と、先ほどまであんなに号泣
していたOL嬢が話に加わってきた。

悠子ちゃんはOL嬢を見て、
少しほっとしたような顔にになった。

俺が来る前からずっと
あの調子で泣いてたんだろうな。

……アニメのキャラが理由で。

「じ、じつは…前の時は
ほんとに、あんまり覚えてなくて…

起きたら裸でビックリしました」

って悠子ちゃん!
それ、笑って言う話じゃないからっ!

「は!?」

って店長が物凄い低い声を出して俺を見た。

無実だ!

いや、まったくの無実ではないが
無罪だ!

ぶん、ぶん、と俺が首を振る横で
「きっと私、吐いちゃったんだと思うんです。
真翔さんは優しいから、
服を脱がして処理してくれたんですよー。

シャワー浴びた後も、
身体を拭いてくれたし…っ」

俺は思わず、悠子ちゃんの
口を手で塞いだ。

「む、無実です!」
と、店長に言ったが、

すぐに

「キャー!何それ、
美味しいシチュエーション!」

と叫ぶOL嬢の声にそれはかき消された。

「どういうこと?
どういうこと?
どうなったらそんな美味しくなるの?」

と、OL嬢がぐいぐい悠子ちゃんに迫り、
「わかった。
女同士でゆっくり飲みましょ!」

と悠子を連れ、グラスを持って
2つ隣の席に移動していく。

え?

俺…どうしたら…?

目の前には、すっかり目が据わった店長がいる。

え?

「何にもしてないです。
俺は意識もされてない『兄』ですからね」

と、慌てて手を振って言うと、
目が据わっていた店長が
急に、憐れむような目になった。

「そうか。
そうだったな。まぁ、飲め」

って、しみじみ言われた。

自分で言った言葉だけど、
地味に…へこむ。

俺は…頼られる『兄』は
心地いいけど、恋人になりたいんだ。

店長が俺のグラスに焼酎を注いだ。

「意識されない辛さは
俺にもわかる」

って言われて、あのOL嬢が
相手じゃなーと納得して。

俺と店長はその後、
OL嬢のテンションが戻るまで
しみじみと酒を酌み交わした。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...