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番外編<SIDE勇>
21:兄ポジションは辛すぎる【SIDE:真翔】
しおりを挟む悠子ちゃんが着替えて来た。
俺は悠子ちゃんの荷物を持ってあげて
一緒に店を出ようとした。
が。
OL嬢につかまった。
「悠子ちゃん、私を見捨てるの?」
「え?いえ…あの」
「今日は…飲むわよね!?」
ぐっと顔を近づけてくるOL嬢に
悠子ちゃんはタジタジだ。
「ほら、無理言うなよ」
と店長さんが窘めてくれるが、
OL嬢はお構いなしだ。
「ハンサムさん、
あなたも…私と飲むわよね!」
と俺にまでグイグイ迫ってきて
どうすればいいか、困惑する。
店長は俺たちを見て
すまなそうな顔をした。
「すまん、奢るから
少しだけ付き合ってやってくれ」
と、頭を下げられてしまったら、
いつも世話になっていることを
自覚している手前、断れない。
俺と悠子ちゃんは素直に椅子に座った。
店長が悠子ちゃんが好きだと言う
焼酎を出してきた。
常連さんがボトルキープしていた酒だが
その人が転勤したので、残りを
店で飲んでいるらしい。
なるほど、こうやって
悠子ちゃんは酔っぱらうんだな、
と、俺は思った。
俺の前にも焼酎を入れたグラスが置かれた。
少し飲んでみたが、かなりきつい。
これが好きって、悠子ちゃんは
もしかして物凄い酒豪なのか?
と、隣を見ると、
悠子ちゃんはグラスを見つめ、
ぐいーっと一気に飲んだ。
「ゆ、悠子ちゃん」
いくらなんでも、その飲み方は…
でも慌てたのは俺だけで
店長は平然と悠子ちゃんの
グラスにまた焼酎を入れる。
……あの日もこうやって
酔ったんだな。
理解してきた。
とにかく、悠子ちゃんに
正しい飲み方を…。
「相変わらず、
イイ飲みっぷりだなー」
何故かいつもなら『過保護な父』の
店長が嬉しそうな声を出す。
いや、違う。
そこは…父なら諫めるところだ。
「ねーっ。聞いてる?」
俺が店長を諫めるか
悠子ちゃんを諫めるか、悩んでいると
OL嬢が俺の腕を引っ張った。
「だからね。
私の金髪ちゃんがね、
剣で切られたのよーっ!」
わーっと号泣するOL嬢に
俺は焦る。
え?
剣で?!
「気にしないでやってくれ、
ほんとの話じゃないからな」
店長の声に安堵する前に
「ほんとの話よー!」
とOL嬢が叫ぶ。
その叫びを気にした様子もなく、
悠子ちゃんはまた、焼酎に口を付けている。
……なんだ?
この大混乱は。
OL嬢を宥めながら店長の
話を聞くと、なんでもOL嬢の
好きなアニメのキャラが
死にかけているらしい。
なんだ。
アニメの話しか、と思ったが
そんな言葉を言っては
恐ろしいことになりそうなので
俺は沈黙することにした。
それより、悠子ちゃんだ。
俺は店長の話を聞きながら、
悠子ちゃんの肩を抱くように腕を伸ばす。
悠子ちゃんのグラスを取り上げ、
抵抗して手を伸ばす悠子ちゃんの指が
触れるか触れないかのあたりで、
グラスを遠ざけたり揺らしたりして
悠子ちゃんにグラスを渡さないようにした。
……可愛い。
まるで猫に猫じゃらしを
与えて遊んでるみたいだ。
すると、さっきまで号泣してたOL嬢が
悠子ちゃんを見て、可愛いーっと声を出す。
「悠子ちゃん、ネコみたーーい」
あんなに泣いていたのに、
OL嬢は目をこすりながら笑う。
あの号泣を止めるぐらい、
悠子ちゃんは可愛いんだな。
うん。
悠子ちゃんは可愛い。
店長はそんなOL嬢を見て、
ほっとしたような顔をした。
しかし…アニメのキャラぐらいで
そんなに泣くなんて。
いい年して…とは言わないが、
物凄い情熱だな、と思う。
隣にいる店長より、
そのアニメキャラの方が
大事なんじゃないのか、と
疑問に思う程の号泣ぶりだった。
店長に視線を向けると、
すべてをわかってて、
受け止めているような店長の顔がある。
……こういうところが、
店長を『大人の男』と認めてしまう
カッコいいところなんだよな。
まぁ、お前も飲め。
と、店長にグラスを指さされ、
そちらに意識が向いた瞬間、
悠子ちゃんにグラスを取られた。
へへっ。と得意げに笑う悠子ちゃんが
普段見れない…小悪魔のような顔で
俺は顔が赤くなる。
……可愛いすぎる。
だけど、あまり飲みすぎて
この前みたいに泥酔すると大変だ。
……主に、俺の理性が。
だから、悠子ちゃんがの
耳元で俺は囁くように言う。
「ユウ、飲み過ぎたら
また酔っぱらちゃうよ」
悠子ちゃんは、ビクっと
身体を揺らして、もともと
赤かった頬をさらに赤く染めた。
悠子ちゃんは俺が『ユウ』と呼ぶと
いつもこうして顔を真っ赤にして
恥ずかしがり…でも、嬉しそうな顔をする。
だから俺は二人の時はいつも
ユウ、って呼ぶ。
でも、誰かと一緒にいるときは
悠子ちゃんって呼ぶ。
俺のことを意識して欲しいし、
悠子ちゃんのめちゃくちゃ可愛い顔を
誰にも見せたくないからだ。
……心が狭いのは承知の上だ。
俺がユウ、って呼んだからか
悠子ちゃんは顔を真っ赤にしたまま
グラスを置いた。
「どうした?」って
店長さんが悠子ちゃんに聞く。
「の、飲みすぎ…たら
また迷惑かけちゃうから…」
って小さな声で言うのが
また可愛い。
ほんと、可愛すぎる!
店長さんは、にやにや笑って、
「どんな迷惑かけたんだ?」
なんて言うから、
悠子ちゃんはさらに真っ赤になる。
「そんな反応されたら、
気になる~っ」
と、先ほどまであんなに号泣
していたOL嬢が話に加わってきた。
悠子ちゃんはOL嬢を見て、
少しほっとしたような顔にになった。
俺が来る前からずっと
あの調子で泣いてたんだろうな。
……アニメのキャラが理由で。
「じ、じつは…前の時は
ほんとに、あんまり覚えてなくて…
起きたら裸でビックリしました」
って悠子ちゃん!
それ、笑って言う話じゃないからっ!
「は!?」
って店長が物凄い低い声を出して俺を見た。
無実だ!
いや、まったくの無実ではないが
無罪だ!
ぶん、ぶん、と俺が首を振る横で
「きっと私、吐いちゃったんだと思うんです。
真翔さんは優しいから、
服を脱がして処理してくれたんですよー。
シャワー浴びた後も、
身体を拭いてくれたし…っ」
俺は思わず、悠子ちゃんの
口を手で塞いだ。
「む、無実です!」
と、店長に言ったが、
すぐに
「キャー!何それ、
美味しいシチュエーション!」
と叫ぶOL嬢の声にそれはかき消された。
「どういうこと?
どういうこと?
どうなったらそんな美味しくなるの?」
と、OL嬢がぐいぐい悠子ちゃんに迫り、
「わかった。
女同士でゆっくり飲みましょ!」
と悠子を連れ、グラスを持って
2つ隣の席に移動していく。
え?
俺…どうしたら…?
目の前には、すっかり目が据わった店長がいる。
え?
「何にもしてないです。
俺は意識もされてない『兄』ですからね」
と、慌てて手を振って言うと、
目が据わっていた店長が
急に、憐れむような目になった。
「そうか。
そうだったな。まぁ、飲め」
って、しみじみ言われた。
自分で言った言葉だけど、
地味に…へこむ。
俺は…頼られる『兄』は
心地いいけど、恋人になりたいんだ。
店長が俺のグラスに焼酎を注いだ。
「意識されない辛さは
俺にもわかる」
って言われて、あのOL嬢が
相手じゃなーと納得して。
俺と店長はその後、
OL嬢のテンションが戻るまで
しみじみと酒を酌み交わした。
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