上 下
174 / 208
番外編<SIDE勇>

8:恋……なのか…?【真翔SIDE】

しおりを挟む






俺は悠子ちゃんと出会ってから、
モヤモヤした気持ちを持て余していた。

司法試験の勉強もあるのに、
なんだか手に付かない。

もう一度彼女と会いたい、
話がしたい。

そんな気持ちが膨れ上がって、
俺は居ても立っても居られなくなった。

仕事から帰ってきた母に
「出かけてくる」というと、
夕飯は?と声を掛けられた。

いらない、と言って、
外に出て。

当てもなく、街をうろついて。

偶然、悠子ちゃんと出会えたらいいな、とか
そんなことを考えていた。


冷静に考えれば、
母と悠子ちゃんは毎日職場で会ってるし、
きっと連絡先だって交換しているだろう。

なんたって駅まで待ち合わせを
したぐらいなのだから。

でも俺は、そんなことも
考えることができずに、
街をさまよい、意味もなく駅前の…
時計台の下でぼんやりしたり。

そして、昨日の彼女の顔を思い出していた。

化粧っ気が全然なくて。
フレーバーティーも知らなくて。

あんなケーキでさえ、
初めて食べたみたいで。

俺の母を手放しで褒め、
俺をうらやましいとまで言った。


それがお世辞ではないことは
表情を見ればすぐにわかった。

自分は幸せになれないと、
そんな風に思っているような顔だった。

欲しいものはあっても、
じぶんは手にすることはないと、
どこかあきらめているような顔だった。

笑っているのに、寂しそうで。
楽しそうなのに、あきらめた表情で。

俺は彼女の、もっと幸せそうな、
本当に楽しいと笑っている顔がみたいと
不意にそう思った。


そうか。
俺は…彼女の幸せな顔が見たいんだ。

そう思って、また違う、と思う。


俺が、彼女を幸せにして、
その顔を見たいんだ、と思い直す。

たったあれだけの出会いだったのに、
俺は彼女のことが気になって仕方がない。


もしこれが【恋】だと言うのなら、
ほんとに恋愛はやっかいだ、と思った。


だから恋愛は司法試験に
受かってからするべきだと
周囲の皆は言っていたのか。


勉強よりなにより、
彼女のことが気になって何もできない。


これはまずい。

彼女のことは、とにかくなんでもいい。
気持ちに決着をつけないと、
このままだと絶対に試験に落ちる。


俺は家に走った。
母に彼女の連絡先を聞こうと思ったのだ。


家に走って帰ると、
母は驚いた顔をして、笑った。

「悠子ちゃんの連絡先?
知ってるけど、電話しても出ないわよ」

「なんで?
知らない番号は着信拒否してるとか?」


「それは知らないけど、
あの子、工場の後、居酒屋でバイトしてるの。
深夜まで働いてるみたいだから
仕事中は電話は繋がらないのよ」

母は軽く言うけれど、
工場で働いて、それからまた
深夜までバイトだなんて。

お金に苦労をしているのだろうか。

いやそれより、飲み屋でバイトだって?

酔っ払いに絡まれるとか、
帰りが遅くて危ないとか。

もっと心配していいんじゃないのか?

母に不満をぶつけると、
じゃあ、あんたが言ってあげなさいよ、
なんて軽く言う。

だから、連絡先が分からないんだと言うと
母は一枚の名刺を俺に渡した。

お店の名前が書いてある名刺だ。

「悠子ちゃんのバイト先よ。
前に悠子ちゃんにもらったのを持ってたの。

良い母でしょ?」

なんて、にんまり笑われて、
俺は不本意だったけど、そうだな、と
返事をして家を飛び出した。

居酒屋の場所は意外と近くて、
こじんまりとした店だった。

駅から少し離れていたけど
逆に人通りが少なくて
女性一人では危ないんじゃないか、って思う。

いきなり店に押しかけて
悠子ちゃんは嫌がるんじゃないか、とか。

たまたま来た客を装えばいいのか、とか。

色々考えて、思い切ってドアを開けた。

すると、目の前に
真っ赤な顔をして…
でも俺の時とは違って、
うつむくわけでもなく嬉しそうな顔で
体格のいい男に笑いかける悠子ちゃんが目に入った。

え?
もしかして、悠子ちゃんの彼氏?

一瞬、脳がフリーズして。

でも、いらっしゃいませ、の声に
一応は正気に戻った。

どう声をかけていいかわからずに、
悠子ちゃんに誘導されるまま
俺はカウンターの席に座る。

悠子ちゃんは近くにいた
OLっぽい女性と仲が良いみたいで
コソコソと小声で何かを話している。

どうやって悠子ちゃんに
話しかけようか。

とりあえず、
夕飯を食べてなかったことを
思い出したので、すぐに食べれそうなものを
注文することにする。

悠子ちゃんが料理を運んでくるタイミングで
話しかけよう。

そうだ。
夜は遅いし、帰りは送ってこう、って
そう声を掛けよう。

俺はそう決めた。

もともと、そのつもりだったし、
俺は母の息子だし、何も問題はない。

……たぶん。

俺は悠子ちゃんが料理を
持ってくるのをドキドキしながら待った。

でも、タイミングを探っていたら
悠子ちゃんが先に、
「こんばんは」と声を掛けてきた。

「偶然ですね」と言われて、
「そうだね、偶然だね」と言う。

本当は違ったけど。
偶然会えたって思われた方が、
運命っぽくていいかな、と思ったからだ。

でもそんな考えが脳裏に浮かんで、
自分にも『運命』なんて甘い考えが
あることに気が付いて、笑ってしまった。

俺は人間は神が決めた『運命』を
歩くのではなく

自分で人生を切り開いて生きていくものだと思っているからだ。

そんなことを考えて
悠子ちゃんを見ると、悠子ちゃんが
嬉しそうに笑っていた。

この前は見れなかった楽しそうな顔に

「僕と会えて嬉しい?」
なんて聞いてしまった。

そんなわけないのに。

でも悠子ちゃんは「はい」って
笑いながら言ってくれて。

その声には社交辞令は感じられなくて。

俺はすぐに有頂天になった。

だから勇気を出して
送って行こうか、って
できるだけ軽く言ったのに。

返事は悠子ちゃんではなく
後ろにいた女性から聞こえてきた。

「送り狼」
と言う言葉に、俺まで一瞬、うろたえる。

別に悠子ちゃんを襲う気持ちはないし、
逆に襲われないように守ろうと思っていたわけで。

女性の声が大きかったからか、
奥からさっきの男…おそらく店長なのだろう。

体格の良い男が飛び出してきた。

そしてまた、悠子ちゃんの頭を撫でる。

大事な従業員とか言ってるけど、
距離が近いんじゃないか?

悠子ちゃんは嬉しそうな顔をしてるけど、
それは絶対、店長と従業員の距離じゃないぞ。

というか、車で家まで送る?
そんなの了承できるはずがない。

冗談じゃない、と俺は思った。

閉店時間が近いということで
俺は急いで食事をして、それから
先にお金を払う。

悠子ちゃんに拒否される前に
店の前で待っていると伝えて外に出た。

ここまでしたら、
さすがに悠子ちゃんでも
断らないだろう。


案の定、数分待ったら
悠子ちゃんは店からでてきて、
お待たせしてスミマセン、と頭を下げる。

出会った時から、
彼女はこうして良く頭を下げる。

そんなにあやまらなくてもいいのに。
そう思って、さっきの男がしていたように
悠子ちゃんの頭を撫でてみた。

悠子ちゃんは驚いた顔で
俺の顔を見たけれど。

でも、嫌がっている感じは無くて、
照れたように笑う彼女に、俺は、ほっとした。


今日の悠子ちゃんは、
ジーンズにトレーナーだった。

やっぱり昨日会った時は
俺のためにおしゃれしてくれてたのだと嬉しくなった。

俺はできるだけゆっくり歩く。

彼女との時間を、引き伸ばしたかったからだ。

悠子ちゃんは、さっきの男と、
女性の話をし始めた。

どうやら、
あの二人は付き合い始めたばかりらしく、
今日は新車でドライブデートらしい。

そうか。
あの男が好きなのは
悠子ちゃんではなかったのか。

安心した。

でも、だからといって
仕事の後に、あの男の車で家まで
送られるというのは、了承しかねる。

ゆっくりと歩いていると、
小さな公園に出た。

「家はこの先なんです」

と、悠子ちゃんは言う。

もうすぐ家に着いてしまうのか。
俺は寂しさを感じた。

公園の前で立ち止まると、
大きな金色に輝く月が空に浮かんでいる。

まるで月だけが切り取られたかのように
空から浮いて見えた。

「真翔さん?」

急に立ち止まったからか、
悠子ちゃんから、不思議そうな声がした。

「いや…その。
綺麗な月だな、と思って」

「ほんとだ。
綺麗な月ですね」

俺の隣で空を見上げる悠子ちゃんは
とても綺麗に見えた。

初めて見た時に感じた
儚げで、あやういような美しさ。

俺はたまらず、悠子ちゃんの腕をつかんだ。

そばにいるのに、
こんなに不安になるのだ。

ちゃんと捕まえていないと、
俺は不安で、生きていけなくなりそうだ。

「え…っと、真翔さん?」

金色の月が、俺たちを見下ろしている。

月の光が、俺の背中を押したような気がした。

胸が熱くなって、俺は彼女を引き寄せていた。

悠子ちゃんの体がこわばる。
でも、手は離せない。

「好きだ」

するり、とそんな言葉が口を突いて出た。

自分でも驚いた。

昨日出会ったばかりの女性に
言うべき言葉じゃない。

そう思ったのに、彼女の驚いた視線と
俺の視線が絡んだ時。

俺はたまらず、彼女にキスしていた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

処理中です...