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女ですけどBL世界に転生してもいいんですか?
11:女神の愛し子と出会い【4】<王子SIDE>
しおりを挟む<彼>は聖獣にしがみつき、大声で泣いていた。
聞いているだけで胸が苦しくなるような
心臓が切り裂かれるような声だった。
しばらく泣き続けると、今度は年相応の
子どものような泣き方に変わった。
甘えるような、すがるような…
途端に、保護欲のようなものが沸き起こる。
目の前の<彼>が
「女神の愛し子」でなくとも、守ってやりたい。
そんな想いが沸き起こる。
聖獣は白い大きな翼で<彼>を包み込んでいたが、
やがて<彼>は泣き疲れてしまったのだろう。
聖獣の翼の中で眠ってしまったようだった。
聖獣は<彼>の体を翼で支えたまま、
体を地面に座った。
<彼>の体もまた、地面に着く。
大きな翼で隠れていた<彼>が姿を現す。
『決して、傷つけてはならん』
よいな、と聖獣の声が頭に聞こえたかと思うと、
聖獣は<彼>を置いて大きく舞い上がる。
私たちは聖獣が高く空へと飛び立つのを見送り、
ようやく体が動くのを感じた。
「おい、大丈夫か?」
聖獣が放っていた威嚇の呪縛から
一番最初に解けたヴァレリアンが<彼>に駆け寄っていく。
一番に近づくつもりが遅れを取ってしまった。
思わず、舌打ちしたくなる。
ヴァレリアンは自分のマントで<彼>を包むと
抱きかかえた。
「とにかく、結界の外に出るぞ」
その声に全員がうなずく。
「悪いが、エルヴィン
お前は先の戻って、屋敷の浴槽に湯を入れておいてくれ」
ヴァレリアンがエルヴィンを見る。
この中で一番足が速いのがエルヴィンだ。
「体がかなり冷えている。
聖獣は、この愛し子が俺たちと同じ
人間の体をしていると言っていた。
……かなりの高熱だ。
まずい状態だぞ」
私たちは慌てた。
そこから私たちはヴァレリアンの指示によって
それぞれ分かれて行動した。
エルヴィンは先に屋敷へ戻らせ、
<彼>を受け入れる準備をする。
ケインとバーナードはこのまま町まで行き、
<彼>が食べれそうなものや、衣類など、
必要なものを買ってくるよう、指示を出された。
スタンリーと私は、ヴァレリアンと共に
屋敷へと向かうが、それは<彼>の護衛としてだ。
ヴァレリアンは彼を抱き上げているので
早くは走れないし、万が一の時、
剣を持って戦うことができない。
私はヴァレリアンの前を。
スタンリーが後ろを歩き、
聖域を出てからも魔獣や魔物に警戒しつつ、
屋敷へと向かった。
◆
屋敷に着くと、エルヴィンはすでに湯殿に
熱い湯をはっていてくれた。
私はヴァレリアンから<彼>を預かり、
湯殿へと連れていく。
スタンリーが手を貸すと言ってくれたが
丁重に断った。
これからの方針を、
ヴァレリアンと考えてほしかったし、
なにより…<彼>を独り占めしたいという
思いも少なからずあった。
スタンリーに「ヴァレリアンを頼む」というと、
さすがに<彼>の存在をどうするか、
スタンリーも悩むところだったのだろう。
わかった、と短く言うと、
この屋敷の執務室と化した
リビングへと去っていく。
私は<彼>から濡れた衣類をはぎ取った。
<彼>の体は冷たく、白い肌は青ざめている。
私は自分の服も脱いで<彼>を抱き上げ、
一緒に湯殿に漬かった。
<彼>の体だけを湯に入れても
良かったのかもしれないが、
とにかく今は<彼>の体を
温めることしか頭になかった。
そのためには、一緒に湯に浸かり、
彼の体すべてを温める必要があると思ったのだ。
私は<彼>の体が温まるまで
ずっと肌を密着させ、湯に浸かった。
彼を膝に乗せ、
体全体を湯に浸からせるような態勢だ。
<彼>からは、なぜか良い匂いがする。
白い肌はやわらかく、まだ幼い少年なのだと
なんとなく思った。
最初に会った時に感じた神々しさは
瞳を閉じているからか感じられず、
今は……正直、感じられないと思っていた淫靡さに
めまいがするほどだ。
もし、この肌に…
ついっと指先が胸元へと伸びる。
無防備な肩口に自然と唇を寄せてしまう。
ぴくん、と<彼>の体が揺れた。
はっと私は顔を上げる。
「愛し子に私はなんてことを…」
下半身に熱がこもるのを感じ、私は慌てて
<彼>を抱き上げ、湯殿を後にした。
大きな布で<彼>の体を拭き、
シーツでくるんでベットに寝かせる。
しばらくしたら、
バーナードたちが彼の寝着も買って帰ってくるだろう。
私は魔力で部屋を暖め、
彼が目を覚ますのをひたすら待ち続けた。
◆
彼が目を開けたのは、
この屋敷に連れてきてから5日目の朝だった。
彼の世話は、初日からずっと私がしている。
本来、ただの王子であれば、
たとえ役立たずの3番目とはいえ
誰かの世話などすることはなかっただろう。
そう考えると、聖騎士になれて本当に良かったと思う。
聖騎士団は、
じぶんの力を必要としてくれる場所でもあり、
その力を発揮し、誰かを助けることもできる場所だ。
ただ甘やかされて育つのではなく、
こうして国のために動くことができるのは
本当に嬉しいし、そのおかげで<彼>とも出会えた。
慣れない屋敷での訓練は
きついこともあるが<彼>の笑顔を見るだけで
私は今の幸せな環境に感謝してしまう。
<彼>が目を覚ましてから一番にわかったのは、
やはり<彼>と私たちは言葉が通じていないということだ。
互いに何を言っているのか理解できない。
それでも、手ぶり身振りで<彼>に
薬を飲んでもらうことができた。
互いの名前も知らないが、
<彼>の食事や着替え、
湯殿の介助をしていくうちに、
私と彼との間には『信頼』のようなものが
芽生えてきたような気もする。
<彼>は冷たい泉に入っていたからだろう。
ここに来てすぐに高熱を出したが、
幸い、私たちは聖騎士だ。
一日3回、交代で<彼>に聖魔法を掛け、
彼の回復を促すことができた。
5日も私たちの魔力を体内に取り込んだのだから、
<彼>は自覚は無いかもしれないが、
それだけでも「安心・信頼」は他人よりは
持ってもらいやすくなっている……と思っている。
そして、それ以外の時間も
かなり多く<彼>と過ごしている私は
他の騎士たちよりも<彼>の信頼度は高いハズで。
言葉など通じなくてもきっともっと仲良くなれるはず…。
「おい、カーティス」
ヴァレリアンに大丈夫か、と声をかけられ、
私は我に返った。
「少しぼーっとしていたようだ」
すまない、と言うと、ヴァレリアンは首を振る。
「愛し子の面倒をずっと見てくれているからな。
少し休んだ方が良いんじゃないか?」
「大丈夫ですよ」
疲れた、なんて一言でも漏らしてしまったら
<彼>と過ごす時間が減ってします。
「それより、あなたの父上は何と言ってるんです?」
<彼>のことは、まだ機密のまま。
王宮に報告すらしていなかった。
<彼>が女神の力の結晶であることは
まちがいないだろう。
世界の崩壊を食い止める鍵が<彼>だ。
だからといって、すぐに「救世主が現れた」
などいえるはずもない。
<彼>は女神の力の結晶で、
女神の愛し子で、聖獣の愛し子で、
世界を救う救世主でもある。
そして、あの美貌だ。
考えずに<彼>の存在を公表することは
多くのものが彼を欲し、
国が荒れることは予想に難くない。
国王より、女神の愛し子の方が権力もある。
なにせ、女神の力を持っているのだ。
世界を滅ぼすぐらい、簡単にできるだろう。
権力者たちの腹黒い攻防に<彼>を
巻き込むことは、できればしたくない。
「とりあえずは、現状維持、だそうだ」
ヴァレリアンは肩をすくめた。
ここはヴァレリアンの私室として使っている部屋だ。
ここの部屋は以前住んでいた貴族の主賓室だったらしく、
魔道具や魔石が多く残されていた。
その中に、鏡を使って遠方にいる者と
話ができる魔道具があるのをヴァレリアンが見つけたのだ。
そこで、ヴァレリアンは自分の父親に
<彼>のことを相談することを決めた。
王である私の父よりも、
宰相であるスタンリーの父よりも、
政治から少しはなれば立場のヴァレリアンの父親の方が
この場合、都合が良いと判断したからだ。
本来なら、早馬が得意なえるエルヴィンに王宮まで
走ってもらえば良いのかもしれないが、
早馬など、まさに<彼>の存在を公表するようなものだ。
場合によっては多くの貴族や
王宮に勤める者の注目を集めてしまうかもしれない。
できるだけ内密に。
信頼できる者にだけ<彼>のことを伝え、相談したかった。
「どうせ、最初から期限なんて無かった任務だ。
それに王都に戻るにも、馬で最低10日はかかる。
今の状態で、さすがにそれは無理な話だろ?」
私はうなずいた。
<彼>の体調は良くなっているが、
それでも10日もの間、馬に乗っているなどできるとは思えない。
「ここは、王都からも離れてるし、
うるさい親父もいないし、面倒な任務もない。
……休暇だと思ってゆっくりするさ」
ヴァレリアンは笑う。
ゆっくりしているうちに、
世界が崩壊するかもしれないのに。
そんな不安は感じさせない。
大丈夫だと、なぜか信じてしまういつもの笑顔に
私も自然に顔が緩んだ。
「知りたいことは山ほどあるが、
王都には行けない。
言葉が通じないんじゃ、
意思疎通もできない。
だが、このままってわけにもいかないからな。
現状を把握できないから動けないなら、
現状を把握できるようにしよう」
ヴァレリアンは笑顔のまま言う。
「アイツに言葉を覚えてもらおう」
アイツ、とは<彼>のことか。
不敬ではないかと思ったが、
彼らしい言葉でもあるので
それは言わずにおいておく。
「どうやって覚えてもらうんですか?」
「俺達には心強い『先生』がいるだろ?」
「……スタンリーか」
頭脳戦でスタンリーの右にでるものはいない。
「あいつに丸投げしようぜ」
相変わらずの無茶ぶりに、
私はため息をついた。
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