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女ですけどBL世界に転生してもいいんですか?
1:美形に愛され拒否で自殺未遂!?なにそれ、うらやましい
しおりを挟む悠子は大きく伸びをした。
時間は深夜。
大通りから酔っ払いのおじさんたちの声が聞こえるが
それ以外は静かなものだ。
終電も終わった時間帯だが、いつものことだ。
もうすぐ冬が来る。
つい最近まで暑い、暑いと思っていたが、
あっという間に寒くなってしまった。
あと2か月もすればクリスマス。
今年もいつものケーキ屋さんで短期バイトとして
雇ってもらえないか聞いてみよう。
悠子は頭の中で予定を組んだ。
悠子はほぼ毎日、朝から夕方までは
お弁当の製造工場で仕事をして、
夜は居酒屋で閉店まで働いていた。
悠子には家族はいない。
赤ん坊のころ、乳児院に捨てられ
そのまま施設で育ったのだ。
高校は卒業できたが、
大学に行きたいとは言い出せず、
すぐに就職できる場所が
生産工場のラインを見る仕事だったのだ。
仕事に不満はない。
実際にお弁当にご飯だのおかずなどを
入れるのは機械が入れてくれたし、
悠子はそれを見ながら
不備がないかをチェックしていくだけだ。
それに仕入先へのお弁当の搬入が遅れたとか、
賞味期限がどうとかで、取引先から
お弁当がキャンセルされることがある。
そういったお弁当は従業員で処分することになるので
社員さんたちは、無理やり割引で購入させられていたが
悠子たちバイトやパートのメンバーは
その残りをもらって帰ることができた。
つまり、弁当の中身に文句さえなければ食費も浮くのだ。
たくさん貰って帰ることができれば、
お弁当の中身を小分けにして冷凍しておく。
そうすれば、一週間ぐらいは余裕で食いつなげる。
未成年のうちは無理だったが
悠子は20歳になるとすぐに家の近所にある
小さな居酒屋でバイトをするようになった。
まかない食がでるので、夕飯が助かるのだ。
最初は失敗ばかりだったが
接客だけでなく、忙しい時は厨房の手伝いや
皿洗いなどもするようになると、
店長から可愛がられるようになった。
忙しくてまかない食を
食べる時間が無い時は
プラケースにご飯とおかずを
入れて持たせてくれることもある。
プラケースもタダではないので
申し訳なく思い、
カラのお弁当箱を持参するようにすると
店長はあまった作り置きの料理を
お弁当箱に詰めてくれるようになった。
毎日ではないものの、
物凄く助かっている。
店長は少し怖い顔をした年上男性だったが、
面倒見が良い人で悠子はすっかり
こころを許していた。
周囲には可愛いがってもらっているとは思う。
工場ラインのおばちゃんたちだって
若い悠子のことを休憩時間のたびにお菓子をくれたり
お茶に誘ってくれたりする。
悠子は今、22歳。
恵まれた環境にいるとは思っているのだ。
それはありがたいことだったけど、
あまり人と深く接してこなかった悠子にとっては
それがありがたくもあり、
そして戸惑うことでもあった。
人の好意にどう対応して良いのかわからないのだ。
悠子は人との距離感がうまく掴めなくて、
いつも、愛想笑いをして会話を終わらせてしまう。
親しい友人もなく、この分だと恋愛もできないだろう。
一生一人で生きていくのだと思うと、
老後の不安から、
趣味は仕事と貯金になってしまった。
ただ、そんな悠子にも一つだけ趣味がある。
というか、趣味ができた。
工場ラインのおばちゃんが休み時間に
頬を染めてスマホを見ているのに気が付いて
何をしているのかと聞くと、
美形男性ばかりがでている
スマホゲームだという。
かっこいい男性が、
ゲームを進めるたびに
優しい言葉で愛を告げてくれる。
恋愛をしたことがない悠子には
衝撃的な愛の言葉などもでてきて、
悠子はそのゲームにすっかりハマってしまった。
こんな風に愛されてみたい。
そう夢を見るぐらいは許されるだろう。
悠子は現実世界では決して経験できない
【溺愛】に憧れた。
無駄なお金は使えないので課金はできないが
そこから色んな恋愛ゲームをしてみた。
現実世界では体験できない恋愛が、
ゲームの中にはあり、悠子はそれが楽しかった。
「いつか王子様が…」なんて思わないが、
ゲームの中だけは現実を忘れることができたのだ。
悠子はゆっくりと空を見上げた。
「歩きスマホはしない」と誓っているので
スマホはカバンの中だ。
早く帰ってシャワーを浴びて、
寝る前に少しだけゲームをしよう。
空は雲一つなく、月が金色に光っている。
悠子の家は、バイト先の居酒屋から
歩いて10分程度の場所にあった。
安いボロアパートだが、2部屋あるし、
キッチンもお風呂もトイレもある。
築年数が20年以上だけあって、
いつ倒壊してもおかしくない感じがするが、
寝るためだけに帰る場所だったし、
悠子にとっては唯一の安息の地だった。
今日はやけに月が輝いて見えるわ。
そう悠子が思った時、
聞きなれた声が脳裏に響いた。
「……お…姉ちゃん…」
かすれた声。
でも、すぐに誰の声か悠子にはわかった。
「勇くん?」
悠子は慌てて周囲を見回した。
同じ施設育ちの勇の声がしたのだ。
勇は今年、高校を卒業して施設を出たばかりだ。
卒業したての頃は心配で
社会人としては先輩の悠子が
いろいろ世話をしたが、悠子も多忙のため
最近は連絡をとっていなかった。
それでも連絡先はお互い交換していたので
悠子は慌ててカバンのなかからスマホを取り出した。
勇から電話があって、
スマホがカバンの中で
なんらかの拍子で
通信してしまったかと思ったのだ。
だが、スマホ画面はいつもの画面だ。
着歴もない。
「気のせい?」
悠子は首を振った。
疲れているのかもしれない。
勇のことを気にしていたのは事実なので、
朝になったら連絡してみようと思う。
「…タス…ケテ…お姉…ちゃん…」
また小さな声が悠子の脳裏に響く。
「勇!?」
今度こそ、悠子は勇を呼んだ。
途端、スマホのバイブ機能がこれでもか!というほど震えるた。
…かと思ったが、それはバイブ機能ではなく、
悠子自身が揺れているのだと気が付いた。
しかい、気が付いたときにはすでに
立つこともできずに、
意識がもうろうとしてくる。
頭が揺れる。
意識が途切れそうだ。
やばい!
このままだと、過労死になる!
悠子は疲労で倒れるのだと咄嗟に思った。
さっきの声は幻聴かもしれない。
店長さん、無理言ってバイトさせてもらってたのに
……なんてあやまっていいか…。
ごめんなさい!
ごめんなさい!
ひたすら心の中で謝る悠子の意識がなくなったとき、
悠子の体は地面に倒れる前に消えてしまった。
そこには何もなかったかのように、
輝く月だけが地面を照らしていた。
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