上 下
1 / 208
女ですけどBL世界に転生してもいいんですか?

1:美形に愛され拒否で自殺未遂!?なにそれ、うらやましい

しおりを挟む






 悠子は大きく伸びをした。
時間は深夜。
大通りから酔っ払いのおじさんたちの声が聞こえるが
それ以外は静かなものだ。

終電も終わった時間帯だが、いつものことだ。


もうすぐ冬が来る。
つい最近まで暑い、暑いと思っていたが、
あっという間に寒くなってしまった。


あと2か月もすればクリスマス。
今年もいつものケーキ屋さんで短期バイトとして
雇ってもらえないか聞いてみよう。


悠子は頭の中で予定を組んだ。


悠子はほぼ毎日、朝から夕方までは
お弁当の製造工場で仕事をして、
夜は居酒屋で閉店まで働いていた。

悠子には家族はいない。

赤ん坊のころ、乳児院に捨てられ
そのまま施設で育ったのだ。

高校は卒業できたが、
大学に行きたいとは言い出せず、
すぐに就職できる場所が
生産工場のラインを見る仕事だったのだ。

仕事に不満はない。

実際にお弁当にご飯だのおかずなどを
入れるのは機械が入れてくれたし、
悠子はそれを見ながら
不備がないかをチェックしていくだけだ。


それに仕入先へのお弁当の搬入が遅れたとか、
賞味期限がどうとかで、取引先から
お弁当がキャンセルされることがある。


そういったお弁当は従業員で処分することになるので
社員さんたちは、無理やり割引で購入させられていたが
悠子たちバイトやパートのメンバーは
その残りをもらって帰ることができた。


つまり、弁当の中身に文句さえなければ食費も浮くのだ。


たくさん貰って帰ることができれば、
お弁当の中身を小分けにして冷凍しておく。


そうすれば、一週間ぐらいは余裕で食いつなげる。


未成年のうちは無理だったが
悠子は20歳になるとすぐに家の近所にある
小さな居酒屋でバイトをするようになった。


まかない食がでるので、夕飯が助かるのだ。


最初は失敗ばかりだったが
接客だけでなく、忙しい時は厨房の手伝いや
皿洗いなどもするようになると、
店長から可愛がられるようになった。


忙しくてまかない食を
食べる時間が無い時は
プラケースにご飯とおかずを
入れて持たせてくれることもある。

プラケースもタダではないので
申し訳なく思い、
カラのお弁当箱を持参するようにすると

店長はあまった作り置きの料理を
お弁当箱に詰めてくれるようになった。

毎日ではないものの、
物凄く助かっている。


店長は少し怖い顔をした年上男性だったが、
面倒見が良い人で悠子はすっかり
こころを許していた。


周囲には可愛いがってもらっているとは思う。

工場ラインのおばちゃんたちだって
若い悠子のことを休憩時間のたびにお菓子をくれたり
お茶に誘ってくれたりする。



悠子は今、22歳。
恵まれた環境にいるとは思っているのだ。


それはありがたいことだったけど、
あまり人と深く接してこなかった悠子にとっては
それがありがたくもあり、
そして戸惑うことでもあった。


人の好意にどう対応して良いのかわからないのだ。


悠子は人との距離感がうまく掴めなくて、
いつも、愛想笑いをして会話を終わらせてしまう。


親しい友人もなく、この分だと恋愛もできないだろう。

一生一人で生きていくのだと思うと、
老後の不安から、
趣味は仕事と貯金になってしまった。


ただ、そんな悠子にも一つだけ趣味がある。
というか、趣味ができた。


工場ラインのおばちゃんが休み時間に
頬を染めてスマホを見ているのに気が付いて
何をしているのかと聞くと、
美形男性ばかりがでている
スマホゲームだという。


かっこいい男性が、
ゲームを進めるたびに
優しい言葉で愛を告げてくれる。


恋愛をしたことがない悠子には
衝撃的な愛の言葉などもでてきて、
悠子はそのゲームにすっかりハマってしまった。

こんな風に愛されてみたい。
そう夢を見るぐらいは許されるだろう。

悠子は現実世界では決して経験できない
【溺愛】に憧れた。


無駄なお金は使えないので課金はできないが
そこから色んな恋愛ゲームをしてみた。


現実世界では体験できない恋愛が、
ゲームの中にはあり、悠子はそれが楽しかった。


「いつか王子様が…」なんて思わないが、
ゲームの中だけは現実を忘れることができたのだ。


悠子はゆっくりと空を見上げた。
「歩きスマホはしない」と誓っているので
スマホはカバンの中だ。


早く帰ってシャワーを浴びて、
寝る前に少しだけゲームをしよう。


空は雲一つなく、月が金色に光っている。


悠子の家は、バイト先の居酒屋から
歩いて10分程度の場所にあった。


安いボロアパートだが、2部屋あるし、
キッチンもお風呂もトイレもある。


築年数が20年以上だけあって、
いつ倒壊してもおかしくない感じがするが、
寝るためだけに帰る場所だったし、
悠子にとっては唯一の安息の地だった。


今日はやけに月が輝いて見えるわ。


そう悠子が思った時、
聞きなれた声が脳裏に響いた。


「……お…姉ちゃん…」


かすれた声。
でも、すぐに誰の声か悠子にはわかった。


「勇くん?」

悠子は慌てて周囲を見回した。


同じ施設育ちの勇の声がしたのだ。
勇は今年、高校を卒業して施設を出たばかりだ。


卒業したての頃は心配で
社会人としては先輩の悠子が
いろいろ世話をしたが、悠子も多忙のため
最近は連絡をとっていなかった。


それでも連絡先はお互い交換していたので
悠子は慌ててカバンのなかからスマホを取り出した。


勇から電話があって、
スマホがカバンの中で
なんらかの拍子で
通信してしまったかと思ったのだ。


だが、スマホ画面はいつもの画面だ。
着歴もない。


「気のせい?」

悠子は首を振った。
疲れているのかもしれない。

勇のことを気にしていたのは事実なので、
朝になったら連絡してみようと思う。


「…タス…ケテ…お姉…ちゃん…」


また小さな声が悠子の脳裏に響く。


「勇!?」


今度こそ、悠子は勇を呼んだ。


途端、スマホのバイブ機能がこれでもか!というほど震えるた。


…かと思ったが、それはバイブ機能ではなく、
悠子自身が揺れているのだと気が付いた。

しかい、気が付いたときにはすでに
立つこともできずに、
意識がもうろうとしてくる。


頭が揺れる。

意識が途切れそうだ。


やばい!
このままだと、過労死になる!

悠子は疲労で倒れるのだと咄嗟に思った。
さっきの声は幻聴かもしれない。


店長さん、無理言ってバイトさせてもらってたのに
……なんてあやまっていいか…。


ごめんなさい!
ごめんなさい!



ひたすら心の中で謝る悠子の意識がなくなったとき、
悠子の体は地面に倒れる前に消えてしまった。


そこには何もなかったかのように、
輝く月だけが地面を照らしていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

処理中です...