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第二部 3章 手を伸ばして
第18話 道に戻る
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翌朝、すっかり自分の家に帰るのを忘れユズハの部屋で寝落ちしていたユースケは、頭への衝撃で目を覚ました。ベッドに寄りかかるように眠っていたようで首を寝違えている。頭を撫でながら振り返ると、ユズハの泣き腫らした顔があった。思わず「顔、すごいことになってるぞ」と口に出してしまうと、もう一度頭に衝撃が走った。
「何乙女の部屋で寝てるのよ。イヤらしい」
ユズハはいつも通りの口調でそう言うが、声には力があまりなかった。体力がないからだと考えたユースケは部屋から逃げ出すように出て、リビングへ向かった。リビングにある立派なテーブルの上にはユズハの母親のものらしき書置きがあったが、ユースケはそれをもう畑か田んぼに出たから適当に飯をいただいて良い、という旨のものだと思い、カレーの残りをよそって再びユズハの部屋に戻ってきた。ユズハは力なくベッドに座っていただけであったが、ユースケが再び帰ってくると途端に自分の身体を抱きしめ恥ずかしがるような素振りでそっぽ向いた。
「だから、うら若き乙女の部屋に勝手に入って来るな」
「食ってないから力でないんだ。カレー食え」
ユースケは迫力の欠片もないユズハを無視しながらユズハの机にカレーを運んだ。ユズハの机は埃が積もっていたので、それを適当に掃ってからカレーを置いた。しかしユズハは不服そうにユースケを睨みつけている。
「朝からカレーはちょっと、キツイよ」
本気で殴ってやろうかとユースケは久し振りに怒りの感情を覚えた。
ユースケはその後も意固地で部屋に居座り続け、それを自分がご飯を食べるまで見張ってるのだと解釈したユズハは観念して机につき、カレーを渋々食べ始めた。すると、急にユズハの瞳から再び涙が零れだすものだから、ユースケはあたふたしてしまった。
「違うの。これは、えっと……とにかく、慌てなくていいから!」
ユズハはそう叫ぶが、声は潤んでいるわ涙が収まる気配はないわでユースケはとてもやきもきした。ユズハはそれ以上説明するつもりはないようで、あたふたするユースケを尻目に黙々とカレーを食べ続けた。
ユズハはゆっくりと食べていた。朝にカレーはきついと言っていた以上に、きっと久しぶりの食事なのだろう。ゆっくり食べるものだから部屋に美味しそうな匂いが充満し、ユースケの腹を鳴らした。その音にユズハは少しだけ噴き出していた。
「あんたは食べたの? これ」
「昨日いただいたよ。ユズハの母さんのカレーは絶対食べる」
「あんたって本当……っ」
そこで昨日のやり取りを思い出したのか、涙の勢いが強くなったのでユースケは止めようとするが近づいたユースケをユズハが手で押し返す。
「もう、いちいちいいからっ。それより、じゃあ朝ご飯はまだ食べてないの?」
「ああ、どうせ家で作ってくれてるだろ。それ食べるよ」
「というか、いつまでいるつもりよ。ちゃんと食べるから。あんたもきちんと食べなさいよ」
ユズハはそんなことを言うが、あまり迷惑そうな顔をしていなかったのがユースケには印象的だった。それはそうと、確かに結局昨日は無断でユズハの家に泊まった形になってしまったわけなので一旦は帰ろうかと迷いつつも、涙の跡が残るユズハを置いていくのもばつが悪い感じがして結局あたふたしてしまうだけであった。
そんなユースケの挙動を眺めていたユズハはふふっと微笑みを零した。本当に、つい漏らしてしまったかのような小さな微笑みは、ユースケの目には届いてなかった。
「もう、大丈夫だから」
ユズハは子供をあやすような優しい口調でそう言った。ユースケの動きも止まる。
「まだ時間かかるかもしれないけど……でも、もう大丈夫だから。大学校に戻るから」
昨日まで陰鬱なほど黒々としていたユズハの瞳にはすっかり光が戻っていた。まっすぐにユースケの瞳を見つめている。その言葉を聞いて安心したユースケだったが、これからのことについて考えを巡らせたところで嫌なことを思い出し、思わず顔をしかめた。
「あ! そういや戻ったらあの結果返って来るんだった!」
「え、どうしたの」
途端にユースケの顔が激しく歪むものだから、ユズハも戸惑う。
「この間提出した実験の計画書! 卒業までの分考えた奴! うげー」
「うげーって……なに弱気になってるのよ」
昨日まで弱気になっていたのはどっちだとユースケは凄んでやりたくなったが、さしものユースケもそんなことを口に出せるほどデリカシーがないわけではなかった。それよりも、そんな調子に戻ったユズハの姿に気が緩む自分がいることを自覚した。
「でっかい希望作るんでしょ。なら、さっさと行きなさいよ」
ユズハはわざわざ立ち上がるとユースケを部屋の外に追い出そうとする。もともと帰ろうかと悩んでいたユースケは文字通り背中を押されあっという間に廊下に追いやられる。それですっぱりと気持ちを切り替えればいいのだが、ユースケはやはり心のどこかでユズハが気がかりで思わず振り返ってしまう。すると、憑き物が落ちたような、それでいて神妙な面持ちでユズハがユースケのことを何かを言いたそうにじっと見つめていた。
「な、なんだよ」
しばらく間が空いて、
「…………ありがとうね。あんたみたいな幼馴染みがいて良かったよ」
「え?」と驚く間もなく、ユズハはさっさと扉を閉めた。ユースケはその扉を開けてその意図と今のユズハの表情をもう一度確かめたいような気に駆られたが、それを確かめるのも怖いような気がし、ふいの発言にどぎまぎしている自分に動揺してしまい手は宙を意味もなく彷徨った。
不覚にもユズハにドキドキしてしまう日が来るなんてと、ユースケは悔しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいになり、ユズハの部屋の扉の前で滑稽にもしばらく動けずにいた。
「……ま、いっか。よし、また研究室漬けの日々に一足早く戻るとしますか~」
ゆらゆらと、ユースケは役目を果たした疲労で足をもつれさせながらも、ゆっくりと、安心してユズハの家を後にした。
「何乙女の部屋で寝てるのよ。イヤらしい」
ユズハはいつも通りの口調でそう言うが、声には力があまりなかった。体力がないからだと考えたユースケは部屋から逃げ出すように出て、リビングへ向かった。リビングにある立派なテーブルの上にはユズハの母親のものらしき書置きがあったが、ユースケはそれをもう畑か田んぼに出たから適当に飯をいただいて良い、という旨のものだと思い、カレーの残りをよそって再びユズハの部屋に戻ってきた。ユズハは力なくベッドに座っていただけであったが、ユースケが再び帰ってくると途端に自分の身体を抱きしめ恥ずかしがるような素振りでそっぽ向いた。
「だから、うら若き乙女の部屋に勝手に入って来るな」
「食ってないから力でないんだ。カレー食え」
ユースケは迫力の欠片もないユズハを無視しながらユズハの机にカレーを運んだ。ユズハの机は埃が積もっていたので、それを適当に掃ってからカレーを置いた。しかしユズハは不服そうにユースケを睨みつけている。
「朝からカレーはちょっと、キツイよ」
本気で殴ってやろうかとユースケは久し振りに怒りの感情を覚えた。
ユースケはその後も意固地で部屋に居座り続け、それを自分がご飯を食べるまで見張ってるのだと解釈したユズハは観念して机につき、カレーを渋々食べ始めた。すると、急にユズハの瞳から再び涙が零れだすものだから、ユースケはあたふたしてしまった。
「違うの。これは、えっと……とにかく、慌てなくていいから!」
ユズハはそう叫ぶが、声は潤んでいるわ涙が収まる気配はないわでユースケはとてもやきもきした。ユズハはそれ以上説明するつもりはないようで、あたふたするユースケを尻目に黙々とカレーを食べ続けた。
ユズハはゆっくりと食べていた。朝にカレーはきついと言っていた以上に、きっと久しぶりの食事なのだろう。ゆっくり食べるものだから部屋に美味しそうな匂いが充満し、ユースケの腹を鳴らした。その音にユズハは少しだけ噴き出していた。
「あんたは食べたの? これ」
「昨日いただいたよ。ユズハの母さんのカレーは絶対食べる」
「あんたって本当……っ」
そこで昨日のやり取りを思い出したのか、涙の勢いが強くなったのでユースケは止めようとするが近づいたユースケをユズハが手で押し返す。
「もう、いちいちいいからっ。それより、じゃあ朝ご飯はまだ食べてないの?」
「ああ、どうせ家で作ってくれてるだろ。それ食べるよ」
「というか、いつまでいるつもりよ。ちゃんと食べるから。あんたもきちんと食べなさいよ」
ユズハはそんなことを言うが、あまり迷惑そうな顔をしていなかったのがユースケには印象的だった。それはそうと、確かに結局昨日は無断でユズハの家に泊まった形になってしまったわけなので一旦は帰ろうかと迷いつつも、涙の跡が残るユズハを置いていくのもばつが悪い感じがして結局あたふたしてしまうだけであった。
そんなユースケの挙動を眺めていたユズハはふふっと微笑みを零した。本当に、つい漏らしてしまったかのような小さな微笑みは、ユースケの目には届いてなかった。
「もう、大丈夫だから」
ユズハは子供をあやすような優しい口調でそう言った。ユースケの動きも止まる。
「まだ時間かかるかもしれないけど……でも、もう大丈夫だから。大学校に戻るから」
昨日まで陰鬱なほど黒々としていたユズハの瞳にはすっかり光が戻っていた。まっすぐにユースケの瞳を見つめている。その言葉を聞いて安心したユースケだったが、これからのことについて考えを巡らせたところで嫌なことを思い出し、思わず顔をしかめた。
「あ! そういや戻ったらあの結果返って来るんだった!」
「え、どうしたの」
途端にユースケの顔が激しく歪むものだから、ユズハも戸惑う。
「この間提出した実験の計画書! 卒業までの分考えた奴! うげー」
「うげーって……なに弱気になってるのよ」
昨日まで弱気になっていたのはどっちだとユースケは凄んでやりたくなったが、さしものユースケもそんなことを口に出せるほどデリカシーがないわけではなかった。それよりも、そんな調子に戻ったユズハの姿に気が緩む自分がいることを自覚した。
「でっかい希望作るんでしょ。なら、さっさと行きなさいよ」
ユズハはわざわざ立ち上がるとユースケを部屋の外に追い出そうとする。もともと帰ろうかと悩んでいたユースケは文字通り背中を押されあっという間に廊下に追いやられる。それですっぱりと気持ちを切り替えればいいのだが、ユースケはやはり心のどこかでユズハが気がかりで思わず振り返ってしまう。すると、憑き物が落ちたような、それでいて神妙な面持ちでユズハがユースケのことを何かを言いたそうにじっと見つめていた。
「な、なんだよ」
しばらく間が空いて、
「…………ありがとうね。あんたみたいな幼馴染みがいて良かったよ」
「え?」と驚く間もなく、ユズハはさっさと扉を閉めた。ユースケはその扉を開けてその意図と今のユズハの表情をもう一度確かめたいような気に駆られたが、それを確かめるのも怖いような気がし、ふいの発言にどぎまぎしている自分に動揺してしまい手は宙を意味もなく彷徨った。
不覚にもユズハにドキドキしてしまう日が来るなんてと、ユースケは悔しいような恥ずかしいような気持ちでいっぱいになり、ユズハの部屋の扉の前で滑稽にもしばらく動けずにいた。
「……ま、いっか。よし、また研究室漬けの日々に一足早く戻るとしますか~」
ゆらゆらと、ユースケは役目を果たした疲労で足をもつれさせながらも、ゆっくりと、安心してユズハの家を後にした。
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