上 下
112 / 124
第二部 3章 手を伸ばして

第8話 知らせ

しおりを挟む
 レイの話は確かに重要なことだと思ってノートにメモしているうちに、ふと、もしかしたら先日のシミュレーションのデータも没になってもう一度違う設定で計算し直さなければならないのではないかということに気がつき、冷や汗が出てきた。ユースケは冷凍保存する前提でシミュレーションしていたため、もしユースケが最初に予想した通り、冷凍保存中だと余計に人の細胞が傷ついてしまうということなら、シミュレーションのデータも冷凍保存しない前提で行った方が良いような気がする。
「……とにかく先生と話してくるか」
 ユースケは、その懸念を見なかったことにして、頭を空っぽにさせてソウマの部屋へと向かった。最近になってきて、ソウマの部屋がダンジョンのボスがいる部屋のように思えてきて、行くまでの間、すっかり心が重く感じられるようになってしまった。

 その後、ソウマとのディスカッションが思った以上に白熱してしまい、その影響で夕飯をフローラと食べた後も研究室に残ってやることが多くなってしまい、寮の部屋に戻る頃には日付が変わりそうになっていた。流石にへとへとになっていたユースケは、部屋に着いたら何も考えずにこのままベッドにダイブしようと考えていた。
 重くなった足取りで何とか自分の部屋に辿り着き、電気を点けて足元を明るくさせてからベッドにダイブしようとしたところで、電話の着信を知らせるランプが光っているのに気がついた。それを確認するのも面倒臭い気持ちですぐにいっぱいになったが、ふと冷静になって、以前ユズハが電話をかけてくれたときのことを思い出した。自殺者の噂があったことで、タケノリとユズハが何度も電話をしてくれており、たまたまタイミングがかみ合ったユズハに慰められたのであった。
 今回もそうかもしれない、そう考え、ユースケは着信が誰からのものなのか確認した。しかし、予想は半分ほど外れ、ユズハからの着信は来ておらず、タケノリからのものだけだった。ユズハから来ていないことが気になったが、それよりも時間も時間であるのでタケノリにはどうすれば良いだろうかと考えていると、目の前の電話がいきなりなり始めた。再び電話が来たらしい。相手はタケノリと出ていた。
「もしもし、こちらユースケですが」
『お、こんな夜更けに電話かけてすまんな。タケノリだけど』
 タケノリは驚いたような声を出しながらも、律義に夜中に電話したことを詫びてきた。その辺の気遣いは流石であった。
「何だよ、どうしたんだ?」
『いや、それなんだけどよ……ちょっと暗い話というか』
 電話をしてきたというのに、タケノリの言葉は歯切れが悪い。以前は結局電話を受け取れなかったが、そのときも自殺で落ち込んでいるであろう自分を慰めようとしてくれているのだろうと思っていたので、暗い話と聞いてユースケも戸惑った。
『……あ、その前にだけど、ユースケは大丈夫か? 前も自殺した人が出たっていうの聞いて落ち込んでると思って電話しても繋がらなくて分からなかったけど、今回はどうなんだ?』
「うーん、まあ今回は割と何か平気だな。あんまり慣れちゃいけないんだろうけど、でも、何か他の奴らや研究室の先輩と話してると大丈夫になったな」
『そうか……それは良かった』
 良かった、と言う割にタケノリの口調は沈んだままだった。タケノリは今回の自殺者の噂でショックを受けているのだろうか、それならば暗い話というのも頷けた。
「何だよ元気ないな、タケノリこそ大丈夫かよ」
『あ、ああ、ごめん……俺は、まあ、大丈夫、かな?』
「おいおい、全然大丈夫そうに聞こえないが? 本当にどうしたんだよ」
 様子のおかしいタケノリに、ユースケも眠気たっぷりだった頭が徐々に冴えてきてしまった。何かタケノリに困ったことがあればすべて受け止めるつもりで、ユースケは徹夜するモードに入って身構える。
 しばらくタケノリの息遣いしか聞こえなかった。スーハ―と、何回も深呼吸をしていた。ユースケは辛抱強く、タケノリが話してくれるのを待った。
 やがて、深呼吸した直後に「よし」と気を引き締め直すようなタケノリの言葉が聞こえてきて、ユースケも集中する。
『俺も少し落ち着いたかな……これから俺が話すこと、落ち着いて聞いてくれよ』
「ああ、分かった」
 それからたっぷりと間を置いて、タケノリはゆっくりとこう話した。
『今回自殺した人ってのが……何でも、ユズハの恋人みたいなんだ』

 思ったよりも早くショッピングモールの二階以上は解放され、学生の皆は戸惑いながらも以前のように利用するようになった。そのせいで、わざわざソウマに許可をもらって研究室を休んでまで買い物に来たユースケも、ショッピングモールの思った以上の混みように中々良い商品を見つけられないでいた。今日はフローラとおそろいの何かを買おうとしていた。
 何とか多い人の流れにも慣れて色々と物色していくが、思ったよりも高価なものが多く、ユースケは自身の財布を確認する。ただでさえフローラに付き合って食堂で食事を摂っているので、ゆるやかに財布の中身が寂しくなっていた。あまり高いものを買うのには抵抗を覚えた。悩みながら次の店へと訪れて、ちょうど良さそうなものを見つけてユースケはその商品に飛びついた。
 一昨日の晩、タケノリから語られた内容はこうだった。今回自殺した人は、どうもユズハの恋人らしく、何かしらの事情があってショッピングモールから金を盗んだが、ふと冷静になったときに取り返しのつかないことをしたと気がつき、自殺をしてしまったという。その旨の告白が記された遺書にユズハのワードは出ていなかったためすぐにユズハと関係のある人だとは分からなかったが、タケノリが寮に帰ってみるとセイラから手紙が届き、その内容がユズハが誰にも何にも話さないまま帰郷してきた、何か事情を知らないか、というものでタケノリもユズハの異変に気がついたという。その手紙を確認してすぐにユズハに電話するも出ず、その時点で怪しく思ったタケノリは、同じ学府というだけあってユズハの友人にも連絡がついたとのことで確認してみて、ようやく今回の自殺者がユズハの恋人らしいというのを知ったという。ユースケの元にも、タケノリの電話があった翌朝に、ユリからの手紙が届いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

「優秀な妹の相手は疲れるので平凡な姉で妥協したい」なんて言われて、受け入れると思っているんですか?

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるラルーナは、平凡な令嬢であった。 ただ彼女には一つだけ普通ではない点がある。それは優秀な妹の存在だ。 魔法学園においても入学以来首位を独占している妹は、多くの貴族令息から注目されており、学園内で何度も求婚されていた。 そんな妹が求婚を受け入れたという噂を聞いて、ラルーナは驚いた。 ずっと求婚され続けても断っていた妹を射止めたのか誰なのか、彼女は気になった。そこでラルーナは、自分にも無関係ではないため、その婚約者の元を訪ねてみることにした。 妹の婚約者だと噂される人物と顔を合わせたラルーナは、ひどく不快な気持ちになった。 侯爵家の令息であるその男は、嫌味な人であったからだ。そんな人を婚約者に選ぶなんて信じられない。ラルーナはそう思っていた。 しかし彼女は、すぐに知ることとなった。自分の周りで、不可解なことが起きているということを。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

処理中です...