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第二部 2章 未来を、語る
第13話 不穏
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結局その後、ユズハとは一切口を利かないままバスは目的地に到着し、ぞろぞろと降りて行く乗客に紛れてユースケたちも降り立った。降りた乗客たちがめいめいにどこかへ向かって歩く背中を眺めながら、今日は何しようかなとユースケがのんびり考えていると、ふと視界の端にユズハが頬を綻ばせながらどこかへ駆けていくのが見えて、気になってその姿を目で追いかける。
ユズハの向かう先には、大人しい街にはそぐわないひと際目立つ赤い看板があり、その下にぼんやりとした顔の男性が立っていた。その男性はしきりに腕時計か何かを気にする素振りを見せていたが、ふと顔を見上げ、ユズハの姿を認識すると、ユズハと同じようにその男性も頬を緩ませ手を軽く上げてユズハに近寄っていった。ユズハが少し見上げるだけであまり背丈は変わらないが、虫も殺したことのなさそうな大人しい顔つきは、気が弱いとは違った成熟した精神的な余裕さを感じさせた。その後、二人は静かに街の向こうへと並んで歩いて行った。他の学生たちのようにはしゃいでいるわけではないが、寄り添うようにぴったりくっついて並んでいるその姿と、ユズハの軽い弾むような足取りとで、二人の周囲に甘ったるい空気が生じているのは何となく感じ取れた。
「……あいつの渾名は平和主義者だな」
ユズハが意図していたかどうかは微妙ではあるが、それでも見せつけられたような気がして敗北感を味わっていたユースケは、ユズハの彼氏と思しき人にそんな渾名をつけて留飲を下げようとした。しかし、寮に帰るまでの道のり、初めはすいすい進んでいたユースケの足は次第に鈍くなっていった。
悔しさを紛らわせるためにナオキの部屋に寄っていこうかなと考えていると、ちょうど自分の部屋の前に立つユキオが見えた。見も知らない、もしくは顔を見知っただけの人であればそのまま無視してナオキの部屋に逃げ込む作戦も頭に入れていたユースケだったが、ユキオがそんな風に自分の部屋に訪問してくること自体が珍しく、何よりユキオのためならばと多少の疲れもまあ良いだろうという気になって、ユースケはそっと声を掛けた。
「ぁ、ああ、ユースケ君、今帰ったところだったんだ。ごめんね、いないようだったからこのまま待つかどこか探しに行こうか迷ってたところだったんだけど……」
「いや、それは良いんだけど……」
ただでさえ臆病な性格のユキオは、すっかり行動も共にするぐらいになったユースケに対してでさえどこか遠慮がちにしているところがあるが、今日のユキオはそれにも増して挙動不審であった。インドア派らしい肌の白さがさらに白く見え、眼鏡の奥にある瞳はいつもより縮こまって見えた。
「帰ってきたばっかで疲れてるよね、ごめんね」
「いや、それは気にしなくていいからよ。何かあったんだろ? 話してみろって」
「ぇ、い、いや、それは悪いよ、また後で来るよ」
「良いから良いから。ほれほれ。じゃないと俺、このままこの床で寝るぞ」
ユースケが変な風に脅し(?)ながら大きな鞄でユキオの腹を突いてみせると、おどおどして右へ左へ泳いでいたユキオの瞳もやがて落ち着いていき、ほんのわずかな動きで小さく頷いた。
「ぅ、うん、実は……チヒロさんが行方不明、らしいんだ」
「……ほえ?」
そのユキオの告白に、いかに楽観的なユースケの頭にも、つい最近噂になった悪い知らせがよぎった。
おどおどしていたユキオも、茶を飲んで落ち着いたのか、正座したまま綺麗に背筋を伸ばした姿勢でことの経緯を話してくれた。これまでの長期休暇と同じく、この冬休みの間にもリュウトとチヒロは交際を続けその仲を深めていた。ユキオも時折二人に誘われて遊んだりしたこともあったらしいが、特にそのときにもユキオから見て二人の間で何か問題が起きていたり違和感があったりなどはしなかったようである。しかし、冬休みも終わりに近づいたある日、ユースケがちょうど帰省から戻ってくる二日前に、チヒロが唐突にリュウトをフったのだという。リュウトとしても納得がいかず、翌日リュウトが、ユースケたちが住んでいるのとは違う、大学校内の広大な自然に囲まれたところにある女子寮に尋ねてみるもチヒロは不在とのこと、チヒロとよく遊ぶ友達に訊いても誰もその行方を知らないのだそうである。
「何でそれで失踪するのがチヒロなんだよ。話の流れ的に逆じゃないのか」
「ううん、リュウト君によると確かにチヒロさんにもうこれ以上付き合いたくないって言われたらしいよ」
「そんなフラれ方して、むしろ何でリュウトは失踪してないんだよ」
「僕はどっちにも失踪して欲しくないよ……」
ユキオはあからさまに落ち込んだ様子で俯く。その様子は見ている方が悲しくなってしまうほど痛ましく、ユースケはユキオのコップに減った分だけ茶を継ぎ足して、ささっとユキオの膝元に置く。俯いた先に突然現れた茶の存在にユキオも苦笑し、「ありがとう」と呟いて律義にその茶を飲んでいく。
「事情は何となく分かったけどよ……そういう暗い話は他所でやってくんない? 何で俺の部屋来てんの」
「こういう暗い話にも詳しそうじゃん。俺もナオキに用があるかないかで言ったら用あったし」
「お前の用事は絶対どうでもいい奴」
そう断言すると、ベッドに寝そべっていたナオキは抗議のつもりか毛布を頭まですっぽり被った。ユースケたちが訪れたとき、ナオキは寝起きの状態だったらしい。いつも朝起きるのは早いくせに、冬休みに入ってすっかり自堕落になって起きる時間もばらばららしい。その挙句、寝起きは弱いのである。
ユースケが何となく毛布を捲るも、ナオキはすぐさま毛布を被り直す。暗い話を紛らわせたかった心理からなのか、ナオキの毛布を捲るのが面白くユースケは何度も毛布を捲るが、ナオキもユースケに怒りをぶつけることなく、苛ついたように毛布を被り直すだけだった。
「……僕、どうしたら良いか分かんないよ」
ユースケとナオキが情けない不毛な争いを続けていると、ユキオが背筋を伸ばしたままぽつりと呟いた。ユースケは一瞬批難されたような気がして肩に力が入るが、振り向いて見たユキオは、膝の上に作った拳を震わせて思い詰めたように茶を見つめていた。
ユズハの向かう先には、大人しい街にはそぐわないひと際目立つ赤い看板があり、その下にぼんやりとした顔の男性が立っていた。その男性はしきりに腕時計か何かを気にする素振りを見せていたが、ふと顔を見上げ、ユズハの姿を認識すると、ユズハと同じようにその男性も頬を緩ませ手を軽く上げてユズハに近寄っていった。ユズハが少し見上げるだけであまり背丈は変わらないが、虫も殺したことのなさそうな大人しい顔つきは、気が弱いとは違った成熟した精神的な余裕さを感じさせた。その後、二人は静かに街の向こうへと並んで歩いて行った。他の学生たちのようにはしゃいでいるわけではないが、寄り添うようにぴったりくっついて並んでいるその姿と、ユズハの軽い弾むような足取りとで、二人の周囲に甘ったるい空気が生じているのは何となく感じ取れた。
「……あいつの渾名は平和主義者だな」
ユズハが意図していたかどうかは微妙ではあるが、それでも見せつけられたような気がして敗北感を味わっていたユースケは、ユズハの彼氏と思しき人にそんな渾名をつけて留飲を下げようとした。しかし、寮に帰るまでの道のり、初めはすいすい進んでいたユースケの足は次第に鈍くなっていった。
悔しさを紛らわせるためにナオキの部屋に寄っていこうかなと考えていると、ちょうど自分の部屋の前に立つユキオが見えた。見も知らない、もしくは顔を見知っただけの人であればそのまま無視してナオキの部屋に逃げ込む作戦も頭に入れていたユースケだったが、ユキオがそんな風に自分の部屋に訪問してくること自体が珍しく、何よりユキオのためならばと多少の疲れもまあ良いだろうという気になって、ユースケはそっと声を掛けた。
「ぁ、ああ、ユースケ君、今帰ったところだったんだ。ごめんね、いないようだったからこのまま待つかどこか探しに行こうか迷ってたところだったんだけど……」
「いや、それは良いんだけど……」
ただでさえ臆病な性格のユキオは、すっかり行動も共にするぐらいになったユースケに対してでさえどこか遠慮がちにしているところがあるが、今日のユキオはそれにも増して挙動不審であった。インドア派らしい肌の白さがさらに白く見え、眼鏡の奥にある瞳はいつもより縮こまって見えた。
「帰ってきたばっかで疲れてるよね、ごめんね」
「いや、それは気にしなくていいからよ。何かあったんだろ? 話してみろって」
「ぇ、い、いや、それは悪いよ、また後で来るよ」
「良いから良いから。ほれほれ。じゃないと俺、このままこの床で寝るぞ」
ユースケが変な風に脅し(?)ながら大きな鞄でユキオの腹を突いてみせると、おどおどして右へ左へ泳いでいたユキオの瞳もやがて落ち着いていき、ほんのわずかな動きで小さく頷いた。
「ぅ、うん、実は……チヒロさんが行方不明、らしいんだ」
「……ほえ?」
そのユキオの告白に、いかに楽観的なユースケの頭にも、つい最近噂になった悪い知らせがよぎった。
おどおどしていたユキオも、茶を飲んで落ち着いたのか、正座したまま綺麗に背筋を伸ばした姿勢でことの経緯を話してくれた。これまでの長期休暇と同じく、この冬休みの間にもリュウトとチヒロは交際を続けその仲を深めていた。ユキオも時折二人に誘われて遊んだりしたこともあったらしいが、特にそのときにもユキオから見て二人の間で何か問題が起きていたり違和感があったりなどはしなかったようである。しかし、冬休みも終わりに近づいたある日、ユースケがちょうど帰省から戻ってくる二日前に、チヒロが唐突にリュウトをフったのだという。リュウトとしても納得がいかず、翌日リュウトが、ユースケたちが住んでいるのとは違う、大学校内の広大な自然に囲まれたところにある女子寮に尋ねてみるもチヒロは不在とのこと、チヒロとよく遊ぶ友達に訊いても誰もその行方を知らないのだそうである。
「何でそれで失踪するのがチヒロなんだよ。話の流れ的に逆じゃないのか」
「ううん、リュウト君によると確かにチヒロさんにもうこれ以上付き合いたくないって言われたらしいよ」
「そんなフラれ方して、むしろ何でリュウトは失踪してないんだよ」
「僕はどっちにも失踪して欲しくないよ……」
ユキオはあからさまに落ち込んだ様子で俯く。その様子は見ている方が悲しくなってしまうほど痛ましく、ユースケはユキオのコップに減った分だけ茶を継ぎ足して、ささっとユキオの膝元に置く。俯いた先に突然現れた茶の存在にユキオも苦笑し、「ありがとう」と呟いて律義にその茶を飲んでいく。
「事情は何となく分かったけどよ……そういう暗い話は他所でやってくんない? 何で俺の部屋来てんの」
「こういう暗い話にも詳しそうじゃん。俺もナオキに用があるかないかで言ったら用あったし」
「お前の用事は絶対どうでもいい奴」
そう断言すると、ベッドに寝そべっていたナオキは抗議のつもりか毛布を頭まですっぽり被った。ユースケたちが訪れたとき、ナオキは寝起きの状態だったらしい。いつも朝起きるのは早いくせに、冬休みに入ってすっかり自堕落になって起きる時間もばらばららしい。その挙句、寝起きは弱いのである。
ユースケが何となく毛布を捲るも、ナオキはすぐさま毛布を被り直す。暗い話を紛らわせたかった心理からなのか、ナオキの毛布を捲るのが面白くユースケは何度も毛布を捲るが、ナオキもユースケに怒りをぶつけることなく、苛ついたように毛布を被り直すだけだった。
「……僕、どうしたら良いか分かんないよ」
ユースケとナオキが情けない不毛な争いを続けていると、ユキオが背筋を伸ばしたままぽつりと呟いた。ユースケは一瞬批難されたような気がして肩に力が入るが、振り向いて見たユキオは、膝の上に作った拳を震わせて思い詰めたように茶を見つめていた。
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