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第二部 2章 未来を、語る

第6話 研究テーマ

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 昼過ぎになり、ユースケは遅めの昼食をユキオと摂ってから別れ、研究室に向かった。研究室には、アンズにレイ、シンヤが来ていた。ケイイチは早めの帰省をしたらしいが、ノリアキについては誰もよく分からないという。つくづく苦手な先輩だと、ユースケは姿のいないノリアキに憤慨(?)していた。
「よし、研究テーマそろそろ決めるか」
「お、やる気十分だな」
 ユースケのその言葉に、珍しくレイが反応した。いつもはすっかり元気になったシンヤがことあるごとにユースケにダル絡みしてきてレイは黙っていることがほとんどだった。
「何か良さげな論文でもあったのか?」
「そうっすねー……レイさん、宇宙行くので一番の弊害って何だと思いますか」
「…………宇宙ステーションか衛星や惑星の探査かで話は変わるが、まあどっちの場合でも、多分放射線の影響は俺たちにとっては重要だろうな。程度の差はあれ、過去の大戦のせいでどの人も皆その影響を受けちまってるからな」
 レイがそう答えると、ユースケは「そうっすよねえ」と声を高くする。ユースケの横でシンヤが興味津々という様子で椅子を大きく仰け反らせる。
「そうっすよね。ところで……今の人って宇宙には最長でどんくらい滞在するもんなんすか?」
「まあ長くて数年だろ、知らんけどな」
 レイが答えるよりも先にシンヤがそう言ってがははと笑う。ユースケは突然のシンヤの会話の乱入にびくっとするも、すぐにレイの方に視線を戻す。レイは最初から今に至るまでずっと、見る人が見れば「真剣に聞いてないだろ!」と言われそうなほど眠たそうな顔である。
「というわけで、まずはそれらに使われている材料が惑星ラスタージアに行く宇宙船に相応しい材料かどうかを調べたいと思います。どっすか?!」
「んー…………ここは最年長の先輩に聞くか。どう思います、シンヤさん」
 レイは本当に面倒臭いのかわざわざユースケが無視しているシンヤに訊き返す。何故わざわざそちらに話を振るのかとユースケは不服だったが、シンヤの方を見てみるといつものふざけた様子ではなく、案外真面目そうな顔をして考えていたのでユースケも失礼ながら驚いた。
「んー、まあ問題ねえだろ。俺が言うのもなんだが、この研究室割と意味分かんねえから何やっても良いだろ。先生もあんな感じだし。ユースケの言った内容をきちんと研究、追及できるなら普通に将来に役立つしな」
「そっすよね! さっすがシンヤさん」
「でもまあ、卒論では宇宙船のことまでは言わずに、宇宙に建てる家に相応しいか、みたいな書き方にした方が良いと思う」
 散々からかってきてばかりのシンヤさんに認められたことで、ユースケもシンヤを持ち上げまくろうとしていたところでそんな風に言われ、冷や水を浴びせられたような気分になって思わずシンヤを睨む。「感情の起伏の激しい奴だな」とシンヤが呆れながら笑う。
「まあ、そう言われたところで俺は宇宙船のこと書きますけど、一応聞いておきます。どうしてっすか?」
「俺も卒論のときにそんなでっけえこと書いたらうるせえお小言言われたんだよ」
「えっ?!」
 ユースケの反応も大概失礼である。シンヤは嘆息吐いてユースケの頭をくしゃくしゃにすると、「実験してくるかあ」と研究室を出て行った。
「アノ人、普通に凄い人なんだよ。あんま自分からは言わないけど」
「レイさんよりもっすか?」
「まあ、本人は認めないだろうけどな。俺は少なくともそう思う。というか、何で俺が基準になってるんだ?」
 レイにすっかり心酔していたユースケとしては、レイがあっさりそう認めるのを聞いてまさに開いた口が塞がらなかった。無意識にシンヤが出て行った扉の方を見てしまう。シンヤは普段、ユースケと賭けトランプをしていつも騙し取ってきているため、ユースケからすればふざけた先輩だという認識でしかなかったが、途端にそれらの行為がとても知的なもののように錯覚し始め、「いやいや、騙し取られたのを許すわけじゃないからな」と首を横に振って慌ててその幻想を頭から追い払う。

 冬休みに入ってから、ユースケはリュウトたちとも連絡を取らずにひたすら研究室に通いつめ、自身の研究テーマを固めるために論文を漁りまくっていた。研究室に入ってからというもの、今日までの時間の半分ほどを論文を読むことに捧げてきたため最近にしてようやく、世の中にどんな実験があってどういう研究があるのかといったこと以上に、論文におけるどの部分が大事なデータで、どういう主張がされていて、どういう問題のために取り組まれた研究なのか、といったことが読み取れるようになっていた。ユースケは改めてレイに感謝し、その証にレイの好きなあんパンを毎日のように買いに行っていた。初めはレイも遠慮していたが、やがて断るのすら面倒になったのか、何の抵抗も示さずに「ありがとう」とだけ言って受け取るようになった。何に関しても面倒臭がる先輩であった。その度にシンヤも「俺にはないのかよ」と五月蠅いが、「今のところはなしっすよ」とだけ言ってそれ以降はいくら言われても無視するようにしていた。
 冬休みに入って、半月が経つまでに何とかユースケは、検証する宇宙機素材を五種類ほど決められた。しかし、実際にこれらの素材を検証するという段階になってみると、本当にやるべき実験はこれだけなのかと急にハラハラしてきた。それでももう帰省の日はすぐそこまで迫っていたので、とりあえずそのことは帰省から再び大学校に戻って来てから考えることに決めた。
「ねえユースケ。コンタクト買ってあげようか?」
「え、コンタクト? 何それ」
「コンタクトも知らないの? コンタクトは、視力の弱い目を助けるやつ。研究者はどうしてもパソコンをずっと見る時間が多いから視力が弱くなる人が多いんだって」
「へえ……フローラももうすっかり色々詳しくなったなあ」
「元々ユースケよりは色々詳しいヨ」
 帰省する前日に、ユースケはフローラと一緒に川を越えた先の街を巡っていた。基本的に恥も外聞もないユースケは、フローラといつものように夕食を共にしているとき、その場で土下座して一日一緒にどこかに遊びに行きたいと頼み込んでいた。フローラも必死で情けなさすぎるユースケの姿を笑いながら、何とか一日丸々仕事のない日を作ってくれた。フローラは今、黒い帽子を深く被り、豊かな胸の膨らみも分からないほどだぼっとした黒のダウンコートを着込んで、マスクまで着けていた。軽く不審者であるが、目元をよく見ると青い瞳がキラキラと輝いていて、やはり素敵だとユースケは思う。
 ユースケたちは大学校の近くにある川を越えたところに来ていた。ユースケも何度か来たことがあったが、川の向かいから眺めていたときの抱いた印象を裏切らない風景が広がっていることに来るたびに感心していた。フローラはここに訪れるのが初めてらしく、ユースケと同じような印象を持っていたようでその街並みに感動していた。
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