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第二部 1章 気になるあの子

第3話

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「そういうユキオのところはどうなんだ?」
「僕? 僕のところは……皆すごい賢そうで、ついて行けるか不安だよ」
「またまたあ、ユキオほどの奴がそんじょそこらの奴らに負けるかよってんだ」
 ユースケは酔っぱらったみたいな調子になってユキオの背中を叩く。リュウトも意地悪でない本心からの笑みを浮かべて無言で頷いてみせたが、ユキオは皆からの視線を恥ずかしがるように俯いて、眼鏡の縁を撫でながら小さく笑うだけだった。
 ユキオは工学府共通の必修科目の際、ユースケとリュウトと一緒のグループになって課題に取り組むことになったメンバーであった。授業が進み、最後に先生が出してきた課題が一学年上の授業のと間違えた課題で、ユースケはもちろん、工学府の同期の中でも比較的優秀だという噂だったリュウトも頭を抱えるほどで、二人して頭をこねくり回す勢いで悩ませていたが、ぼそっと横からユキオがその課題に対して意見した内容に、ユースケとリュウトは納得するよりも先に吃驚してユキオの顔をまじまじと見ることしか出来なかった。結局その意見を取り入れて課題に取り組むと抱えていた障害が面白いほど解消された。それまで物静かであまり口数の多くない大人しいタイプという印象がガラッと変わり、こんなびくびくしている体のどこかに未知なるパワーが潜んでいるのだと思うと途端に不思議な感じがしてきて、ユースケはそれ以降どこへ行くにもユキオを半ば強引に連れ回すようになり、ユキオもおどおどしつつもユースケやリュウトとの同行に対して嫌がる素振りも特に見せなかった。
「ぼ、僕の話は良いから。それよりリュウト君は?」
「俺か? 俺は……そうだな、まあ普通だな。と言っても、研究なんて俺らまだまだ何も知らない状態だし、びくびくせずに、こうどしっと構えとけば良いんだよ」
 リュウトが励ますようにユキオの頭をくしゃくしゃにする。ユキオも小さく悲鳴を上げるが、特に避けるような素振りはしなかった。横でチヒロがつまらなそうに頬を膨らませて「あーあ」とぼやいている。
「あんねー、皆研究室舐めすぎ。理系の研究室活動ってすごく大変なんだからね」
「何で社会開発学府のチヒロが理系の研究室のこと知ってんだよ」
 ユースケが胡乱な目で睨みつけると、チヒロがそこそこ豊かな胸を反らして分かりやすく自慢げな表情を見せた。
「私の友達の彼氏も生命科学府の先輩だったらしいんだけど、もうデートに誘おうがショッピングに誘おうが遊びに誘おうが、『ちょっと研究が忙しいから』って言われて断られまくってるんだよね。全然遊べないみたいで、この間ノイローゼになったんだからね」
「それ、遠回しに振られてるだけだろ。研究室に可愛い子いたんだよ」
 ユースケが冗談めかして言うと、チヒロが憤慨してユースケの頭をぐりぐりと拳をめり込ませてきた。夏休みもまだ明けたばかりだからか、大きく開かれたブラウスから胸の谷間が見えそうで、ユースケも痛がる振りをして慌てて目を閉じる。目を閉じていると、ふと、アカリもそう言えば胸が大きかったなと、心底阿呆なことを思い出していた。ユキオが何かぼそぼそと話してリュウトが相槌を打っているのが聞こえるが、どんな内容だったのかはチヒロにぐりぐりとやられているせいでユースケは聞き取れなかった。
 次の授業の予鈴のチャイムが鳴った。ユースケにリュウト、ユキオといった研究室に入った者たちはそれぞれ、午後に目ぼしい授業はほとんどないものの、研究室で活動するようになっていた。ユースケはチヒロの手を振り払って、「ほら、行こうぜ」とそわそわして立ち上がった。リュウトとユキオものんびりと支度を始めるが、チヒロだけは「えーリュウトももう行くのー?」と甘えるような声を出していた。
「まあ、早めに研究室の活動に慣れておけば後々落ち着けるときもあるだろうさ。適当に友達誘ったりサークル行ったりして時間潰しとけな」
 甘えるチヒロに対して、リュウトは宥めるようにぽんぽんと頭を少し撫でただけですぐに研究室に向かおうとしていた。ユキオもリュウトの後ろに張り付くようについて行った。
 しかし、ちらりと、工学府棟を向かおうと身体を動かしたときに一瞬だけ、先ほどまでの甘えるような雰囲気はどこに行ったのか、一転して冷たい目でリュウトの背中を追うチヒロが目に入り、ユースケは軽かった足が急に重くなったような気がした。そんな目をするチヒロを見るのは、これが初めてのことではなかった。その目は毎度リュウトに向けられており、そしてリュウトが見ている前では決してそんな目を見せることはなかった。ユースケは重くなりかけた足を無理やり動かして、紛らわせるように駆け足で工学府棟を目指した。すると、それをどう受け取ったのか、リュウトが「負けるかよっ」と言いながら、ユースケの心境や恐らくチヒロのそんな目をしていることも露知らずに暢気にユースケのことを追いかけてきた。

 今日で研究室に配属されて一週間であったが、ユースケは未だにパーソナル・コンピュータ、略してパソコン、の扱いに慣れておらず悪戦苦闘していた。一つ席を挟んで横に座る同期のケイイチの方からは軽快にキーボードを叩く音やペンを走らせる音が聞こえてきた。それでユースケも焦燥感に駆られるが、それが却ってミスタッチを誘い、誤った操作を入力してしまう。ユースケは鼻息を荒くしながら、操作ミスをを訂正しながらカタッカタッと不器用にキーボードを叩く。
 ユースケは工学府の中でも建築・デザイン学領域、という分野に所属しており、その分野の中でも、過酷な環境における建築物に利用できる材料を模索する研究室に配属となっていた。ユースケも当初は機械工学の分野に進学するつもりであったが、惑星ラスタージアに関するような授業を聞いたり、自主的に図書館に足を運び調べているうちに、惑星ラスタージアに行く宇宙船が出来る気配すら今のところないということを知った。そこで、まずユースケは「宇宙船を造るところからじゃなくて設計するところから始めれば良いのかなあ」とぼんやり思いながら建築・デザイン学の分野に進学したが、研究室のほとんどが住居の建築に関するものだというのを進学してから気づき、悶絶するも後の祭りだった。そこでどうにか軌道修正できないかと考えていたところ、授業を聞いていて興味を惹かれたソウマの研究室が、宇宙空間に住居を建てるにはどうすれば、というような主旨の研究をやっていると知り、そこでなら何かヒントを得られると思いソウマの研究室に転がり込むことになった。
 現在の住居モデルが放射能汚染のひどい地域においてどれほど住人に放射能の影響を及ぼしてしまうのかという内容の論文ファイルを、概要と背景を読み終えいよいよ実験結果というところで、パソコン画面と自分の顔との間にノートが差し込まれて画面が見えなくなった。ユースケが顔を上げると、研究室の先輩であるレイが眠そうな顔で待っていた。ぼさぼさの髪形に紛れて寝ぐせもまだ微妙に残っている。
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