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第一部 3章 それぞれの
第12話
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ユリにあの後何故か粘り強くタケノリが残していった切れ端について説明を聞かされて、ようやくその紙が、タケノリが最後だと言った試合の日程と場所についてのメモだということが分かった。時間はともかく、どうしてこのよく分からない名前のようなものが街の名前であると分かったのかユリに尋ねてみると「だってこれ、私が手術した街のことだもん」と若干呆れられながら答えてくれた。冷たい視線を真っ向から浴びながら、そういえばと、ユースケが訪れたあの街に確かに学校のようなものがあるのを思い出していた。
明日も明後日も学校の授業は休みであった。図書館は開いているからそこで勉強しようと思えば出来るのだが、ユースケはタケノリの試合を聞かされてからというもの妙にそわそわしてしまい、何となく図書館に行っても集中できないなと感じてユリの病室に訪れた。結局そこでも集中はできなかったが、ユリと話しているだけでどこか落ち着かなかった心が安らいでいくのを感じた。夕方からは母親もユリの病室にやって来て、一緒に過ごしているうちにあっという間に時間は過ぎ、家に帰ると、落ち着いていた心が再びざわついていくのを感じていた。ユースケはそのそわそわを押さえ込もうとして、深く布団にもぐって眠ろうとした。
翌日、タケノリの最後の試合があるという日の朝、ユースケはやけに早く目を覚ました。試合は特別早いというわけではなく、二度寝しても大丈夫そうではあったが、そうする気にもなれず、そろそろと布団から這い出てきた。窓の外は、どんよりとした曇天がどっしりと構えていたが、何となく雨は降りそうにはなかった。
朝食を済ませて、ユースケは何かする気にもなれずにソファの上で横になっていた。しかし、食器を洗い今日も田畑へ赴こうとリビングと部屋を行き来して準備している母親に胡乱な目つきで見られると、何となく今母親に文句の類を言われてしまうと何かが萎えてしまいそうな気がして、ユースケは早めに準備を進めることにした。窓の外を確認してみると、風が強く吹き付け木の葉を激しく揺らしていたので、マフラーも身に着けて行くことを決めた。いざ着替えて最低限の準備を済ませると、これならもうさっさと出た方が却って落ち着けるのではないかという気になってきて、ユースケはもう出ることにした。タケノリの試合は昼過ぎであったが、その試合までの間は自転車でぶらぶら走らせても良いだろう。
とうに家を出ていた母親に続いてユースケも家を出ると、ちょうど家の前をユズハが自転車で通り抜けようとしているところであった。ユズハも同じようにマフラーを巻いており、口元が覆われていた。また奇妙なタイミングだと思いながら、相変わらずユズハが自転車に乗っている姿は何だか似合わないなとユースケはにわかにニヤつき始めた。ユースケが出てきたことに気がついたユズハも迷惑そうに眉を顰めた。
「うわ、もしかしてあんたと同じこと考えてたかも」
「はあ?」
「何か落ち着かないから、もう外に出てようかなって……」
「……うわあ」
ユズハもタケノリに最後の試合とやらに見に来て欲しいと伝えていたらしい。
ユースケが前に出て、並んで自転車を走らせる。ユースケとしてはもっと適当な方へ自転車を走らせたい気持ちであったが、あの街に行ったことのないユズハが「私は迷わないように先に行っておくつもりだけど」と宣言してきた。ユースケはそれでも、ユズハを無視して走らせても良いんじゃないかと考えたものの、ユリに自分の見舞いに来ないで試合を見に行って欲しいとまで言われていた以上、特に行き先も思いつかず、初めてだとわざわざ宣言しているユズハを目の前で一人で行かせるのも何だかばつが悪い気がして、観念した気持ちでユズハを先導して街を目指すことにした。普通の女性相手なら配慮して速度をセーブする必要がありそうだが、ユズハは下手な男子よりも背が高く、昔はユースケと一緒に無茶やってきて体力があることは知っていたため、ユースケは遠慮せずに自転車を飛ばした。ユズハも難なくついてきてくれたので、そこだけはユースケも気が楽だった。
森を抜けた辺りで、今度はアカリと出会った。ユースケももしかしたらと考えてはいたが、念のためにアカリにどこへ行くか訊いてみると、やはりタケノリの試合を見に行くとのことらしい。カズキとセイイチロウも今頃は同じように家を出て同じように向かっているかもしれない。そう想像しながら、二つの自転車を連れてユースケは少し控えめに自転車を走らせた。学校の前を通り過ぎると木枯らしが強く吹き、葉桜がばあっと鮮やかな音を立ててなびいていた。その音に、こうして三人でこの学校の前を通る日々の終わりが少しずつ迫ってきているのを感じずにはいられなかった。
あの賑やかな街に辿り着いたのは昼前で、ユズハとアカリがその街の賑やかさに興奮していたこともあって、タケノリの試合までは街を見て回ることにした。ユースケとしては以前訪れたときにもうあらかた見て回った気になっていたのでそこまで乗り気になれなかったが、アカリがユースケの袖を引っ張って連れて行こうとするのでユースケも観念した。ユズハが何故か後ろから保護者面してついて来ていたのが癪に障った。
「わあすごい。ねえねえユースケ君、ちょっとあっちに寄ってっても良いかな?」
惑星ラスタージアを観測しに行ってからというもの、いまいちどういう距離感で接すれば良いかずっと悩んでいたが、今日のアカリは無理しているわけではない、いつも通りの見慣れた純粋な明るさで街の中をはしゃいでいた。ユースケも気まずくなるよりはよっぽどマシだと思い、素直にアカリに振り回されることにした。
そんな風に街を回っていると、カズキとセイイチロウに出くわした。カズキは店のショーウインドウにへばりついてじっとその奥を覗き込んでおり、セイイチロウはユースケたちの存在にも気づかない様子でずっと周囲をきょろきょろと見渡していた。まるで下手な強盗犯の下見の現場である。
「ねえねえ、ちょっと通報した方が良いんじゃない?」
「んん? 何言ってんですか……って、ユースケたちかよ。ユズハも驚かせんなよ」
ユズハが鼻をつまんでわざとらしくそう言うと、カズキとセイイチロウもユースケたちの存在に気がついた。カズキは何やら取り乱した様子で、慌てて店のショーウインドウから離れる。ユースケが気になってカズキが眺めていたショーウインドウの中をちらりと覗いてみると、普段自分たちが使っているものとは明らかに格の違う、高級そうな磁器の器がずらっと並んでいた。やはり強盗でもするつもりだったのだろうか。
「カズキ、セイイチロウ、血迷っても盗みだけはするなよ」
「しねーよ!」
結局、タケノリの試合は昼過ぎだというのに、昼食を食べる前からすでに全員が街にやって来てしまっていた。カズキたちもユースケたちの物見遊山に合流することになり、一行は随分と大所帯となった。時折すれ違う人たちが、はしゃいで回るユースケたちを物珍しそうに眺めていた。
久し振りに集まったなと、ユースケの心はしみじみとこの状況に感じ入っていた。しかし、ユースケの代わりにカズキとセイイチロウを振り回してはしゃぐアカリたちは、ふと油断すると街並みに紛れて見失ってしまいそうな気がした。昨夜から続くざわつきも、心のどこかに潜んで力を蓄えている予感がして、ユースケは何度も目を擦って皆とはぐれないように意識した。
明日も明後日も学校の授業は休みであった。図書館は開いているからそこで勉強しようと思えば出来るのだが、ユースケはタケノリの試合を聞かされてからというもの妙にそわそわしてしまい、何となく図書館に行っても集中できないなと感じてユリの病室に訪れた。結局そこでも集中はできなかったが、ユリと話しているだけでどこか落ち着かなかった心が安らいでいくのを感じた。夕方からは母親もユリの病室にやって来て、一緒に過ごしているうちにあっという間に時間は過ぎ、家に帰ると、落ち着いていた心が再びざわついていくのを感じていた。ユースケはそのそわそわを押さえ込もうとして、深く布団にもぐって眠ろうとした。
翌日、タケノリの最後の試合があるという日の朝、ユースケはやけに早く目を覚ました。試合は特別早いというわけではなく、二度寝しても大丈夫そうではあったが、そうする気にもなれず、そろそろと布団から這い出てきた。窓の外は、どんよりとした曇天がどっしりと構えていたが、何となく雨は降りそうにはなかった。
朝食を済ませて、ユースケは何かする気にもなれずにソファの上で横になっていた。しかし、食器を洗い今日も田畑へ赴こうとリビングと部屋を行き来して準備している母親に胡乱な目つきで見られると、何となく今母親に文句の類を言われてしまうと何かが萎えてしまいそうな気がして、ユースケは早めに準備を進めることにした。窓の外を確認してみると、風が強く吹き付け木の葉を激しく揺らしていたので、マフラーも身に着けて行くことを決めた。いざ着替えて最低限の準備を済ませると、これならもうさっさと出た方が却って落ち着けるのではないかという気になってきて、ユースケはもう出ることにした。タケノリの試合は昼過ぎであったが、その試合までの間は自転車でぶらぶら走らせても良いだろう。
とうに家を出ていた母親に続いてユースケも家を出ると、ちょうど家の前をユズハが自転車で通り抜けようとしているところであった。ユズハも同じようにマフラーを巻いており、口元が覆われていた。また奇妙なタイミングだと思いながら、相変わらずユズハが自転車に乗っている姿は何だか似合わないなとユースケはにわかにニヤつき始めた。ユースケが出てきたことに気がついたユズハも迷惑そうに眉を顰めた。
「うわ、もしかしてあんたと同じこと考えてたかも」
「はあ?」
「何か落ち着かないから、もう外に出てようかなって……」
「……うわあ」
ユズハもタケノリに最後の試合とやらに見に来て欲しいと伝えていたらしい。
ユースケが前に出て、並んで自転車を走らせる。ユースケとしてはもっと適当な方へ自転車を走らせたい気持ちであったが、あの街に行ったことのないユズハが「私は迷わないように先に行っておくつもりだけど」と宣言してきた。ユースケはそれでも、ユズハを無視して走らせても良いんじゃないかと考えたものの、ユリに自分の見舞いに来ないで試合を見に行って欲しいとまで言われていた以上、特に行き先も思いつかず、初めてだとわざわざ宣言しているユズハを目の前で一人で行かせるのも何だかばつが悪い気がして、観念した気持ちでユズハを先導して街を目指すことにした。普通の女性相手なら配慮して速度をセーブする必要がありそうだが、ユズハは下手な男子よりも背が高く、昔はユースケと一緒に無茶やってきて体力があることは知っていたため、ユースケは遠慮せずに自転車を飛ばした。ユズハも難なくついてきてくれたので、そこだけはユースケも気が楽だった。
森を抜けた辺りで、今度はアカリと出会った。ユースケももしかしたらと考えてはいたが、念のためにアカリにどこへ行くか訊いてみると、やはりタケノリの試合を見に行くとのことらしい。カズキとセイイチロウも今頃は同じように家を出て同じように向かっているかもしれない。そう想像しながら、二つの自転車を連れてユースケは少し控えめに自転車を走らせた。学校の前を通り過ぎると木枯らしが強く吹き、葉桜がばあっと鮮やかな音を立ててなびいていた。その音に、こうして三人でこの学校の前を通る日々の終わりが少しずつ迫ってきているのを感じずにはいられなかった。
あの賑やかな街に辿り着いたのは昼前で、ユズハとアカリがその街の賑やかさに興奮していたこともあって、タケノリの試合までは街を見て回ることにした。ユースケとしては以前訪れたときにもうあらかた見て回った気になっていたのでそこまで乗り気になれなかったが、アカリがユースケの袖を引っ張って連れて行こうとするのでユースケも観念した。ユズハが何故か後ろから保護者面してついて来ていたのが癪に障った。
「わあすごい。ねえねえユースケ君、ちょっとあっちに寄ってっても良いかな?」
惑星ラスタージアを観測しに行ってからというもの、いまいちどういう距離感で接すれば良いかずっと悩んでいたが、今日のアカリは無理しているわけではない、いつも通りの見慣れた純粋な明るさで街の中をはしゃいでいた。ユースケも気まずくなるよりはよっぽどマシだと思い、素直にアカリに振り回されることにした。
そんな風に街を回っていると、カズキとセイイチロウに出くわした。カズキは店のショーウインドウにへばりついてじっとその奥を覗き込んでおり、セイイチロウはユースケたちの存在にも気づかない様子でずっと周囲をきょろきょろと見渡していた。まるで下手な強盗犯の下見の現場である。
「ねえねえ、ちょっと通報した方が良いんじゃない?」
「んん? 何言ってんですか……って、ユースケたちかよ。ユズハも驚かせんなよ」
ユズハが鼻をつまんでわざとらしくそう言うと、カズキとセイイチロウもユースケたちの存在に気がついた。カズキは何やら取り乱した様子で、慌てて店のショーウインドウから離れる。ユースケが気になってカズキが眺めていたショーウインドウの中をちらりと覗いてみると、普段自分たちが使っているものとは明らかに格の違う、高級そうな磁器の器がずらっと並んでいた。やはり強盗でもするつもりだったのだろうか。
「カズキ、セイイチロウ、血迷っても盗みだけはするなよ」
「しねーよ!」
結局、タケノリの試合は昼過ぎだというのに、昼食を食べる前からすでに全員が街にやって来てしまっていた。カズキたちもユースケたちの物見遊山に合流することになり、一行は随分と大所帯となった。時折すれ違う人たちが、はしゃいで回るユースケたちを物珍しそうに眺めていた。
久し振りに集まったなと、ユースケの心はしみじみとこの状況に感じ入っていた。しかし、ユースケの代わりにカズキとセイイチロウを振り回してはしゃぐアカリたちは、ふと油断すると街並みに紛れて見失ってしまいそうな気がした。昨夜から続くざわつきも、心のどこかに潜んで力を蓄えている予感がして、ユースケは何度も目を擦って皆とはぐれないように意識した。
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