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第一部 3章 それぞれの

第2話

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「本気で言ってたんだ、それ。あんたって本当……なんというか、まあ、ねえ」
「何だよ、言いたいことがあるならはっきりしろって」
 森も抜けて、まばらにユースケたちと同じように登校している様子の学生たちが現れた。夏休み明けだからか、ユースケよりも幾分歳の幼い子供たちは暗い表情をしながら重い足取りで歩いていた。それに対してユースケと同い年ぐらいの者たちは、ひしひしと学校生活の別れが近づいているのを感じているからなのか、むしろその足取りは軽快で何事もなく愉しそうに歩いている者が多かった。
「あんたってまあ……あれよ、あんたは相変わらず話が極端と言いますか、知らないこと怖いことを平気で言う奴だなあって話よ」
 明らかにユズハの口調には呆れたようなニュアンスが込められていたが、それを批難しようとするユースケの内心が滲み出ていたのか、ユズハは「あら、これ褒め言葉よ」と顔色一つ変えずに付け足した。それならまあ良いかとユースケは感情の矛先を収めながら、アカリとのあの夜のことを思い出す。しかし、一度気が緩むとあのときのアカリの艶めかしい顔だけが思い起こされて、ちょっとエロくて可愛かったよなあと、ユースケは自然と一人ほくそ笑んでいた。傍らを歩くユズハは、急に一人笑みを浮かべ始めたユースケに怯え、少し距離を置いて歩くようにしていた。

 ユースケは絶望していた。放課後、校舎内をひたすら駆けずり回ったユースケはすっかり心身共に疲れ果てて、図書館の長机に突っ伏していた。それを遠くで見ていたユズハは胡乱な目つきで死んだように動かぬユースケを睨みつけ、アカリもちらちらと心配そうに見ていた。夏休み明け初日はどこの部活も基本的に活動しておらず、活動のない日は部室も開けられない規則のために、だらだらと家に帰ったり、何となく友達と話すために教室に居座り続けたり図書館にやってきたりして生徒たちは思い思いにのんびり過ごしていた。図書館も普段は訪れないような人もやってきており、軽くバカンスのような雰囲気が出来ていたところに、その雰囲気とは正反対の負のオーラを全身に纏ったユースケが乱入してきた。図書館にいる者たちは、ユースケを平和を脅かす危険因子としてその動向を警戒するように見張っていた。
 ユースケは夏休み前のときのように、授業を真面目に聞いていた。自分がバカだから惑星ラスタージアに関する本もろくに読めず、そのためそれを読めるようになるための学びが授業の中にもあると考えたユースケであったが、なまじ夏休み前にそれなりに勉強に真面目になっていたために内容が分かるようになっていたばかりに、どの授業の内容も惑星ラスタージアにかすりもしないようなものばかりであることが何となく分かった。昼休憩中も、タケノリたちが話しかけても上の空で、ユースケはずっと惑星ラスタージアのことについて頭を巡らせていた。
 とうとう午後の授業も終え、それでもその手掛かりになるようなものがなさそうだと感じたユースケは、放課後職員室によって先生に質問するなどした。しかし、夏休み明け初日だからなのか、先生も忙しそうに校内をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていたため、残暑漂う校内をユースケは走り回った。苦労して先生を捕まえて聞いてみるも、大抵の先生に「自分の専門ではないから」とそれだけ言われて会話が終わってしまった。忙しそうにユースケのところから去る先生の背中が、途端にユースケの目には逃げたようにしか映らなかった。唯一手応えを感じられたのが物理の先生であったが、その物理の先生ですらよく分からない単語を出しながら一気に話し始めてきて、ほとんどその話を理解できず、ユースケは間抜けそうな愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。そのユースケの顔を見て先生の方も何かを察したのか、饒舌じょうぜつだった口を止めて優しく微笑んでくれた。
「すまんな。まだ学校では習わないような内容だからな、でも最近ユースケ頑張ってるし、そのうち分かるさ」
 先生なりの励ましであることは理解でき、ユースケは丁寧にお辞儀してその場を去った。しかし、そのうち分かる、という言葉は却って呪いのように感じられ、ユースケは途端に無力感に襲われ、今まで校内を走り回った疲れも溜まって、図書館に身体を休めに来た、というわけであった。
 何も考えず机に突っ伏し、真っ暗な視界でぼんやりその中央ら辺を眺めていると、ふいに、頭に何かが覆いかぶさる感触がしてユースケはゆっくりと頭をもたげた。傍らでタケノリが「よっ」と軽く手を挙げた。ユースケの頭を覆っていたのはタケノリの手提げだったらしく、タケノリはユースケの頭からなだれて机にずり落ちた手提げを掴んで引き寄せてから、ユースケの隣に座った。
「よっ」
 タケノリがもう一度そう言うと、ユースケも「おっす」と力なく答えた。ユースケの返答にタケノリが可笑しそうに笑う。図書館の雰囲気はいつの間にかいつもの雰囲気に戻っており、ユースケを見ている者はもういなかった。真っ暗な視界が急に明るくなり、ユースケは目を細めながらタケノリを見る。
「こんなところで何してたんだ」
「見て分からんか。俺は今絶望してたんだ」
「そうか絶望してたかあ」
 タケノリは愉しそうにユースケの言葉を繰り返す。ユースケが辺りをきょろきょろを見渡していると、「カズキもセイイチロウも帰ったよ」とタケノリが付け足した。ユースケが気にしていたのはユズハとアカリだったが、その二人ももうすでにどこにもいなかった。
「アイツらは家の手伝いしに、だとさ。んで、何に絶望してたんだ」
「タケノリ、暇人だなあ。それとも俺のストーカーかよ」
「今日は部活もないし、どこかで皆と遊ぶかあと思ったらカズキもセイイチロウもそそくさと帰っちまうんだもん。普段つまんなそうに暇を持て余してたユースケの気持ちが分かった気がする」
「失礼なやつだ」
 タケノリも図書館に用があって来たらしく、少し調べごとをしながら借りたい本を見つけて帰ろうとしたところに、ユースケが死んだようにぐったりと突っ伏しているのを目撃したという。互いに図書館にもう用はないことを確認し、ユースケたちは下校した。
 校庭ではどこからボールを見つけ出したのか、学校の物ではなさそうなボールで遊んでいる生徒が何人かいるだけだった。もうすでに下校している生徒が多く、葉桜の並木道は登校したときよりも寂しげだった。背後から校庭で遊んでいる者たちの若い声が飛んでくる。ユースケはマイペースに口笛を吹きながら葉桜を見上げた。惑星ラスタージアならこの葉桜も、祖母の言っていた花を咲かせるのだろうか。そう思うと、それだけでも惑星ラスタージアに行く価値はあるような気がしてきた。ユースケはすっかりその気になって興奮した。
「なあタケノリ。惑星ラスタージアってどうやって行けば良いんだ?」
 ユースケの唐突な問いに、流石のタケノリも面食らったようで、足を止めて「はあ?」と普段出したこともないような裏声を出した。そのタケノリの声が可笑しくて、ユースケは何もないところでつまづきそうになり、前のめりに身体が倒れそうになる。タケノリはあんぐり口を開けていたが、やがて正気を取り戻して、生唾を飲み込んで再び歩き始めた。
「ユースケ、もしかしてラスタージアに行けそうにないからって絶望してたのか?」
「いやいや、俺の絶望はそんなもんじゃねえって」
 何故か声を荒げるユースケであるが、よくよく考えてみると、自分で言っておきながら一体何に絶望していたのかが自分でも分からなくなり、続く言葉を待っているタケノリを無視してユースケは再び葉桜を見上げながら歩いた。タケノリも呆れたようにため息をつきながらユースケの後ろをついていった。
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