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第一部 2章 指差して 

第19話

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 ユースケが改めてコトネの町で滞在した二週間の出来事の話をしているうちに、あっという間に辺りは暗くなり、皆が持参してきた弁当を食べ始めた。ユースケの母親はユズハの家にお邪魔になっており、ユースケは母親が出かける直前に残したおにぎりを食べた。
 夕飯も終え、風呂を済ませて、誰が言うでもなく自然と玄関先に出て、道の端に並んで腰掛けた。目の前の寂れた飛行機を眺めながら、時折夜空を見上げた。耳を澄ませば、ユースケには聞き馴染んだ虫の声が聞こえてくる。
「あの飛行機っての、何度見てもすごい迫力だよな」
 脚をぶらぶらさせているカズキが、感心したように言った。
「あれが昔は空を飛んでいたなんてやっぱり信じられないな」
「いや、どう見ても飛びそうじゃね?」
「どう見ても、ではないだろ。流石に」
 飛ぶと信じているユースケに、疑心暗鬼のカズキとセイイチロウが反発する。
「失われた科学技術って、他にどんなのがあるんだろうな」
 タケノリが独り言のように言った。ユースケたちは「ああ」とか「確かに」と呻き合いながら、飛行機をまじまじと見つめる。
 大戦の影響は凄まじく、過半数の人口と多くの科学技術が失われた。飛行機は、その大戦の反省の意味もあって、それ以上の製造は行われず手放すことになったものであるらしいが、それ以外の多くがやむを得ない事情によって手放したり、そもそもその技術の元となる工房や研究所が破壊されつくしたことに由来していた。それらは今はもう目にすることは難しいが、ユースケの祖母が小さい頃祖母の祖母に聞かされて、さらに大きくなって年老いた祖母がユースケに話聞かせたように、失われてもなおずっと語り継がれている。形としてはほとんど残っていないのに、こうして人々の心にその存在が残り続けているというのがユースケには不思議な感じがし、昔の人とそれらの物を通じて繋がっているような気がした。
 目に見えぬ失われた科学技術について夢想していると、遠くで人の気配がしてそちらの方を見やる。ちょうどユズハたちも外に出てきたタイミングだったらしく、揃って玄関から出てくると、ユースケたちと同じように道の端に腰かけて前方をぼんやりと眺めていた。
 ユズハたちの存在にユースケ以外も気づいたらしく、タケノリたちが「あっ」とか「おっ」と感嘆符を漏らしていた。ユースケは思わずセイイチロウの方を見やる。突然振り向くユースケに、セイイチロウが口を引き結ぶ。ユースケがセイイチロウに何かアクションするように目で訴えようとするが、セイイチロウは顔を顰めて手で払うような素振りをしてくる。その様子に気がついたカズキが「どうしたんだ」とセイイチロウに訊くが、セイイチロウはぶんぶんと首を横に振る。ユースケもセイイチロウのリアクションに満足したのと、カズキには知られたくないのだというのを察して再びユズハたちの様子を見てみる。ユズハたちもユースケたちに気がついたようで、ユースケたちをちらちらと見ながらこそこそと囁き合っているようだった。セイラだけが友好的で、ユースケたちに向けて手を振っていた。ユースケも力強く手を振り返す。
「俺たちは、来年どうなるんだろうな」
 タケノリの独り言のような呟きに、セイイチロウもカズキも何も言わなかった。飛行機の終末感漂う雰囲気に当てられたのだろうか、そう言われるとユースケも何だかあっという間に来年がやって来て、あっという間にそのまま卒業になるような気が唐突にしてきてそわそわした。
 こうして一緒に惑星ラスタージアをじっくり眺められるのも今年で最後かもしれない。タケノリの台詞で皆がそのことを自覚し、それを口に出すのも惜しまれる空気になった。ずっと続くと思っていた時間の終わりが見えてきて、しんみりとする。
「……まあ、俺たちは今まで通りいりゃ良いんだよ。来年も一緒だよ」
 ユースケが決まりきったように、確信めいた力強い口調でそう言った。その力強さにつられるように、タケノリたちは笑みを零した。それから、ユズハは最近太ってきているかもしれない、だの、ユズハからは感じられないが女生徒の半袖の服は可愛いよな、といった、とりとめもない話をユースケがしだして、皆もそれに適当に相槌を打ちながら静かに夜が更けていった。ユズハたちがユズハの家に戻っていくのを見て、何となくユースケたちも家に戻って寝ることにした。

 翌朝、ユースケの玄関が叩かれる音でユースケたちは目を覚ました。ユースケ、カズキ、セイイチロウは怠そうに身体をもぞもぞと動かして再び眠りに就こうとしていたが、タケノリだけがしっかりと起き上がって、おどろおどろしい足取りでユースケの部屋を脱出した。じゃんけんに負けて早くも寝袋を活用して床で寝ることになったユースケとカズキは、餌を必死に探すハイエナのようにタケノリが空いて出来たスペースに足を伸ばした。
 再びユースケの部屋の扉が開いたと思うと、真っ先にユースケの耳が引っ叩かれその衝撃でユースケが寝袋に包まったまま器用に立ち上がった。目の前にユリが汚いものを見るような目でユースケを睨んでいた。
「お兄ちゃん、早く起きな」
「何だ、ユリか……てっきりあのじゃじゃ馬女が俺をとっちめに来たのかと思った……ふああ」
「私がお兄ちゃんとっちめても良いんだよ?」
「またまた、冗談おっしゃいなさんなって」
 ユースケが寝惚けながらおどけるも、ユリに起こされたということでゆっくりと寝袋を脱いで着替えを探し始める。その際、ユリがカズキとセイイチロウのことを、優しく肩を叩いたり揺すったりして起こしているのが見えて、ユースケは納得がいかずに首を傾げた。
 着替えを済ませ、部屋の外で待っていたユリにリビングへと連れて行かれると、台所で母親が仁王立ちしていた。テーブルには四人分の朝食が用意されており、ユースケは真っ先に飛びつき、タケノリたちは一人ひとり丁寧に母親にお礼を言いながら席に着いた。朝食を食べている間、ユリはユースケの隣でああだこうだと今回のキャンプについて楽しみにしているようなことを話していたが、眠いユースケは朝食をマイペースに食べるので精一杯で話の内容は右から左へとすり抜けていた。
 朝食を食べ終え、荷物を改めて確認してまとめてから、出発となった。玄関まで出ると、母親が見送りに来てくれた。
「タケノリ君に、カズキ君、セイイチロウ君、気を付けていってらっしゃいね。ユリと馬鹿なユースケのことをよろしく頼みます」
「こちらこそ、いつも楽しませてもらってるので」
 母親はタケノリたちを優しい眼差しで見送ろうとしていたが、肝心のユースケに対してはいつも通りの冷静な瞳に戻っていた。
「おいおい、実の息子に対して一番心配してなさそうなのはどういうことだよ」
「あんたは煮ても焼いても元気で帰ってきそうじゃん。というか、二週間以上もどっか行って無事に帰ってこられたんだし、そんな情けないこと言わないの」
 母親の理不尽な物言いにタケノリたちが笑うが、ユースケはここで退きさがっては男が廃ると感じ母親を睨み、拗ねたように「じゃあ行ってくるよ!」と叫んで出ていった。背後で母親がタケノリたちにさらに何か言っているようだったが、ユースケには聞こえなかった。
 外に出ると既にユズハたちが待ちくたびれたような様子で待ち構えていた。アカリも大きなリュックを重そうに抱えていたが、ユズハは特に荷物が多く、むさくるしい色をした大きなリュックを背負っている以外に、空色の爽やかなキャリーケースを椅子代わりにして腰かけていた。服装も、善く捉えれば一番山登りやキャンプでの生活を知っている恰好であったが、悪く言えばシンプルに一番ダサい恰好をしていた。
「ユースケにしてユースケの友達ありって感じね。遅いよ」
「いいや、今日はユズハたちが早いだけだから。というか、ユリが来たときは既に俺らも起きてたから」
「どうだか」
 いつも朝の遅いユースケを見るように白い目でユースケを見てくるユズハの横で、アカリが早速暑そうに手を仰いで困ったような笑みを見せてきた。ユースケも何だか身内の恥ずかしい一面を見せてしまったような気がして、曖昧に笑ってごまかした。アカリとユズハの間に隠れるようにして立っていたセイラが、ユースケの玄関を気にするように首を伸ばしてきたのと同時に、ユースケの背後で扉の開く音が聞こえてきた。
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