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第一部 2章 指差して 

第6話

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 陽も真上に上がってから地平線の向こうへ沈もうと懸命に向かう時分になってきてもユースケは目を覚まさず、やがてユースケが寝転んだすぐそばにある家の家主が戻ってくるとユースケの姿に愕然とした。その者は悲鳴を上げそうになるのを何とか堪え、どうしたものかと悩ませた結果他の者を呼ぶことにした。しかし、その者に呼ばれてやって来た者たちも悉く知らないと首を横に振り、皆してユースケを不審がるように取り囲んだ。恐らく見知らぬ土地であろう場所で、大勢に囲まれながらも呑気にいびきを掻いて気持ち良さそうに眠っているユースケに、何だか起こすのも忍ばれない気がして皆して見守ることしか出来なかった。
 しばらくして、辺りが夕陽に包まれ始めた頃にようやくユースケが大きな欠伸をしながら目を覚ました。その動きに周囲で取り囲んでいた人たちはどよめきながら一斉に距離を取った。ユースケも意識がはっきりせず、寝惚け眼で辺りを見渡し、次第に大勢に取り囲まれてしかも全員がユースケの方を見ていることに気がつき、ユースケは身の毛がよだつ思いで飛び起きた。思い出したように自転車にしがみつき、周囲を警戒するように上目遣いに様子を窺う。そのユースケに対し、皆も一層警戒してユースケの出方を窺った。さながら猛獣と対峙しているときのような緊張感がお互いの間に走るが、そのままじゃらちが明かないと思ったのか、第一発見者がユースケに近づく。ユースケも戸惑いながらも、その女性へ意識を向けた。背丈は女性にしては珍しく高く、そこらの男子よりも高いユズハと同じぐらいにはあった。女性の服装はユースケの地元とも、先日訪れた賑やかな街中でも見かけないような奇抜な服装をしており、青色のオーバーオールの下に水色を基調として派手な赤色の斑点模様が散りばめられていた。鼻がすっと高く、二重の目もぱちくりと大きく、その奇抜な服が似合うような目を惹く顔立ちをしていた。
「えっと、このご時世だけど旅の方? お名前は?」
 そのイメージ通り女性は凛々しい声で尋ねてきた。その尋ね方に、ひっ捕らえられてどこか警察か何かに連れていかれるのではないかと恐れていたユースケも、警戒心と緊張を解きしながら自転車から離れた。
「あ、えっと、まあ、はい」
 ユースケも煮え切らない返事で、女性は怪訝そうな顔つきをより深めた。ユースケは後ろの方を指差し「あの賑やかな街の……」と言い出したところで皆が「おお?」と興奮したように身を乗り出してくるが、「その街から、南?に下った小さな町から来ました」とまで説明すると、「おお……」と気落ちした様子で身を引いていく。その様子も気にせず、ユースケは「南、かな?東?」などと呑気にどうでも良いことにこだわっていた。女性以外はユースケの正体もぼんやりと掴めたことで興味を失ったのか、一斉に退散していった。女性だけはその場に留まってユースケにさらに近づく。
「ねえ、どうしてこんな辺鄙な所に来たの?」
 女性は夕陽が差し込んでくるのか、眩しそうに目を細める。それまで、未だに方角にこだわっていたユースケはその女性の問いかけに自身の目的と、街で警官に尋ねたときの気持ちを思い出した。
「俺、今まで世界が衰退しているとか、自分たちの将来が真っ暗だとか、全然知らないで生きてきたんですけど」
 出会い頭でいきなりこんな風に語られるのは不気味なものではあるが、女性は殊勝な面持ちで話すユースケの話を目を細めながらじっと聞いていた。
「でも、何か世界はそうなってるんだよってことを最近ラジオで知って。それで、色々調べてみたら本当に何かヤバそうで、何かのほほんと暮らしている自分にも何か出来ないかなって、急に思ったんです」
 親しい相手と話すときはえらく呑気で飄々ひょうひょうとしてそれでいて図太いが、見知らぬ相手となると途端に日和って借りてきた猫のように大人しくなるユースケであった。そんなユースケのおどおどしながら話す内容を女性は黙って聞き終えると、深く息を吐きながらユースケがやって来た方向を眺めた。ユースケもつられてその方を見てみると、自分でも確認したように、もうどんな植物も育ちそうにないような枯れた大地が物寂しげに広がっており、ユースケは改めて寂しい気持ちにさせられた。
「ふうん。なんだか随分と素直っていうか、正直な子なんだね」
 その言葉にユースケは照れたように頭を掻くが、女性の方に振り向くと、目を細めたまま何とも言えない表情をしており、ユースケは後頭部に回した手を力なく降ろした。女性は目を細めたままゆっくりと視線をユースケの方に戻し、鋭い目つきで見つめた。
「あんたが不自由なく暮らしてたってことは分かったけど……まあ、せっかく遠いところから来たみたいだし少し見て回ってみたら?」
 女性はそう冷たく言い放つと、ユースケの反応も待たずに背を向けて間近にある家へと入っていった。ユースケはその背中が消えるのを見届けてからもしばらくその場から動けなかったが、やがて我に返って、女性の言葉通り少し町を見て回ろうかという気になった。
 しかし、しばらく道なりに進んでみても、人とすれ違うことはなく、それぞれが家を固く閉ざし静かにしている気配が伝わってきた。その静けさに、まるでよそ者の自分を寄せ付けないような拒絶する意思を感じたが、ユースケはきっとなんとかなるだろうと信じて黙々と歩いていった。時折家の中から子供たちのはしゃぐような声が聞こえてきて、ユリのことが思い出され今頃何しているだろうと心配になった。そのユリの姿から連想して、夕食を囲む様子が思い起こされ、途端に自身の空腹が気になりだした。ユースケはどこかに商店街のような場所はないかと探し始めた。しかし、歩けど歩けどそのような店はなく、やがて家の気配もなくなりひたすらに畦道あぜみちが続くばかりの場所に出てしまった。視線の向こうには人の住んでいる気配はなく、来るときはあれほどうっすらとしか見えなかった山々も色濃く見えるようになっていた。木々や草葉から伸びる影が自分の足元までやって来て、まるで自然の中へ誘おうとしていた。ユースケはその影に背を向けてUターンすると、自身の影が物恋しそうに家々の方に伸びていた。
 このまままっすぐ行っても見慣れた田畑の風景が広がるばかりだと思い、ユースケは引き返して右往左往しながらもう少し町の様子を見て回った。しかし、この町はユースケの想像以上に小さな町だった。ユースケとユズハの家々は、その周辺こそ何もなく自然に囲まれているだけであったが、少し歩いて森を抜ければすぐにある程度の家々が見え、学校もある。しかし、この町には学校すら見えず、家の数もすぐに数えきれてしまいそうなほど少なかった。ふらふらと彷徨さまよっているうちに再び家の気配がなくなり自然の道へ出たところでユースケは思わず「うわあ」と悲鳴(?)のようなものを上げた。
 すぐ近くの山に向かう方に行くと、もう何年も使われていなさそうな大きな建物が立ちはだかった。屋根が大きく欠けていたり、壁の一部がなくなっていたりする建物ばかりで、どの建物も例外なく蔦が張っており、緑色の壁を形成していた。その蔦を剥がしてしまえば一気に建物も倒壊してしまいそうなほど、弱々しく立っているその雰囲気は、ユースケの家の目の前にある、祖母の時代以前から何年も放置され苔や蔦が蔓延った飛行機を彷彿させた。その家々を眺めているうちに、ユースケは唐突に、あの飛行機も役目をとっくに終え、祖母が話してくれたように飛び立つことはもう二度とない、いわばその時代の英霊なのだと思い至った。
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