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第一部 2章 指差して
第5話
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視界に入る木々はすべて枯れており、草もほとんど生えておらず荒野のような大地が広がっていた。土壌の色も、汚染がひどいのか不健康そうに少し黒みがかった茶色をしており、虫の音もユースケの背後からしか聞こえてこなかった。そんな殺風景な景色を、赤い夕陽が切なげに淡く照らしていた。草木の匂いも一切せず、人工めいた無味無臭が広がっていた。ユースケは一瞬、自分が道を間違えたかと思って振り返ってみるが、うっすらと遠くに街のような小さな塊がちょうどユースケの真後ろの方角に見えた。道を間違えたわけではないと判断し、次に警官の性格の悪さを疑った。確かに田舎町の場所を尋ねたのは自分ではあったが、こんな見たこともないような恐ろしい風景が広がっている道のことに何も触れずに案内する警官もどうかと、ユースケは少しだけ苛ついた。
憤りかけたユースケだったが、しかし、きっと自分が知りたかった世界はこういう風景の続いた先に存在しているのだと確信した。そう考えると、ユースケは自分の考えがいかに足りてなかったかを思い知らされた。賑やかな街を見て感覚が麻痺していたのか、あのような風景が知らなかっただけでそこかしこにあるものだとどこかで思い込んでしまっていたのだと、ユースケは自分の考えを戒め、気を引き締め直した。
景気づけにユースケは二本目のお茶をグイっと一気に飲み干した。残る食糧は三本目最後のお茶と、ユリがお守り代わりにくれたせんべい数枚だけだった。ユースケは意を決して、自転車のペダルに再び足を乗せ、勢いよく下っていった。
漕ぎ始めると、改めて殺風景だった景色が目の前にやってきて圧倒されそうになる。胸がざわつくほど不安になる風景だったが、ユースケはユズハの言葉を思い出し、本当にそんなに汚染が進んでいたり、立ち入るのも問題があるのであれば、立ち入り禁止の目印があるはずであった。第一、そんな道を警官が知らないわけもないと思い、ユースケは目の前の風景を忘れないように目に焼き付けながら自転車を急がせた。
陽もすっかり傾き、遠くの山に光が遮られるようになってきて辺りも暗くなり始めた。街に向かったときと同じかそれ以上の速さで漕ぎ続けているが、ユースケは一向に荒野のような枯れた土地から抜け出せないでいた。それでも、ユースケはなかなか抜け出せない土地に失望したりするわけではなく、何も知らなかった以前と比べて、教科書などでしか知らないような世界を実際に自分が目にしているという事実がどこか誇らしくすらあった。賑やかな街に訪れるも何も情報が得られなかったときには焦っていたが、結果的に振り返ってみれば学校を休んでまで来た甲斐はあったと満足していた。
今までなだらかに自転車を走らせられていたのが不思議なぐらい、急に道がデコボコし始め、がたがたと車輪越しにユースケに振動が伝わってくる。時折自転車ごと尻が跳ね上がり、バランスを崩しそうになり、道が暗くなり始めたことも相まって、ユースケは無茶なスピードで漕ぐのはやめて徐々にその速度を落としていった。車輪の音が大人しくなっていくと、辺りは一気に静寂に包まれた。
ユースケは空を見上げる。すっかり赤みが引き、辺りに街灯も何もないため瑠璃色の空に星が砂粒のように散りばめられている。その星々の必死な輝きも地上を照らすには十分ではないが、ユースケはその星の瞬きに気力が湧いてきた。目を凝らし、危うい道はないかを確認して、ユースケは制御できる範囲で自転車の速度を再び上げた。
次第に虫の音が再び聞こえてきた。辺りに草花がぽつぽつと生え始め、色を失っていた大地が徐々に緑の潤いを取り戻しつつあった。顔を上げると、前方に星の瞬きよりも小さな光の集合体が見え始めてきた。
町だ。ようやく町が見える距離にまでやって来られたことにユースケは安堵し、自転車の速度を落としていった。朝からずっと自転車を漕いだりウロウロ彷徨ったりしていたので、ただでさえ食いしん坊のユースケは塩むすびしか碌に食べていなかったこともあってすっかり身体が重くなっていた。ユースケは自転車から降り、枯れてから年季が入っていそうな木の下まで自転車を押していくと、そこで自転車を停めて、リュックの中から寝袋を取り出した。そして、木に寄り添うように寝っ転がりながら、寝袋に身を任せた。
ユースケはごろんと町の光の方を向いた。あの町にはどんな人が住んでいるのだろうか。自身が住んでいた場所も相当に田舎ではあったが、そことあの町とでは何か違う点があるのだろうか。ユースケは訪れることになる未知の町について想像を膨らませながら、泥のように眠った。
翌朝、昨夜よりも五月蠅い虫の音に意識の目覚めたユースケは、目の前に広がる緑半分枯れた大地半分の風景に、「何だまだ夢か」と二度寝を決め込もうとした。しかし、五月蠅く鳴き続ける虫の音がいつまでも耳から離れず、苛ついて再び目を開けても先ほどと変わらぬ風景があることで、ユースケはようやく昨日の朝早くから遠出をしてきたことを思い出した。喉が渇ききっており、気怠い身体を何とか動かし、這うように寝袋から出てきて立ち上がる。一瞬どちらが自分の目指している町の方か分からなくなり左右を確認するが、片側は明らかに自然が失われつつある土地となっていたので、すぐにその反対方向が目指すべき方なのだと理解した。ユースケはユリがお守り代わりにくれたせんべいを一枚だけ食べ、三本目のお茶を少しだけ口に含み出発した。
昨夜は何とか識別できていたのだが、朝になって明るくなると町が完全に自然の風景に同化してしまっており、本当に方角が合っているのか、ユースケは不安に思いながら自転車を漕いでいた。地平線近くが緑に縁どられており、その先にうっすらと山が見えていた。その地平線からユースケ側になればなるほど緑が薄くなっていき、今ユースケが漕いでいる辺りでは緑と枯れた色が半々であった。相変わらず枯れた木々が連なっており、わびしい雰囲気を醸し出していたが、その根元や近くには大地に元気を取り戻そうと草花が健気に小さく生えていた。最近になって勉強を真面目にするようになったといっても、ユリの手伝い以外でろくに田んぼや畑仕事を手伝わないユースケは、花や雑草の種類には詳しくなかったが、こうして生えている草花が少なく却って目立つ土地にやって来ると、それらの名前を知っているのと知らないのとでは同じ景色でも変わって見えてくるような気がした。ユリやユズハがこの景色を何と思うのだろうかと、ユースケは何となく気になった。
マイペースにユースケが自転車を漕ぎ続けていると次第に町の雰囲気らしきものが向こうから覗かせてきた。どの建物も縦に低く横に広がっており、古めかしい屋根を構えてずっしりと自然の中央でその存在感を示していた。着実にユースケの足元に生えている草花は元気を取り戻し背を伸ばし、木々も葉をつけるようになっていた。枯れた大地が緑豊かになっていくにつれて、ユースケの気分も高揚し、無意識に自転車のスピードを上げていった。
次第に湿気が増してきたのか、陽も高く上がっていき、汗がじんわりと滲み始めてきた。朝遅く起きてからまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、ユースケは早速体力がなくなっていくのを感じたが、やがて畦道に出て、そこからはすぐに一軒目の家に差し掛かった。昨日から始まり、特に目的地も決めずに教科書的にしか知らないようなことを目にするためにぐるぐると色んな所を回ってきたが、ようやく到着したという達成感が満ちてきて、ユースケは自転車から降りてごろんと地面に横になり両手を掲げガッツポーズした。
「着いたぞお」
何となくユースケはそう叫んでみるものの、返ってくる言葉は特になく、どこかに潜んでいる虫だけがリィンと鳴き返してくれただけだった。疲労が完全に抜けきっていなかったのか、一度横になると起き上がるのも怠く感じられ、ユースケはそのまましばらく横になっていた。何となく、ユースケの家周辺の土とは違う感触のような気がした。そんな感想を抱きながら、ユースケは再びあっという間に眠りに就いてしまった。
憤りかけたユースケだったが、しかし、きっと自分が知りたかった世界はこういう風景の続いた先に存在しているのだと確信した。そう考えると、ユースケは自分の考えがいかに足りてなかったかを思い知らされた。賑やかな街を見て感覚が麻痺していたのか、あのような風景が知らなかっただけでそこかしこにあるものだとどこかで思い込んでしまっていたのだと、ユースケは自分の考えを戒め、気を引き締め直した。
景気づけにユースケは二本目のお茶をグイっと一気に飲み干した。残る食糧は三本目最後のお茶と、ユリがお守り代わりにくれたせんべい数枚だけだった。ユースケは意を決して、自転車のペダルに再び足を乗せ、勢いよく下っていった。
漕ぎ始めると、改めて殺風景だった景色が目の前にやってきて圧倒されそうになる。胸がざわつくほど不安になる風景だったが、ユースケはユズハの言葉を思い出し、本当にそんなに汚染が進んでいたり、立ち入るのも問題があるのであれば、立ち入り禁止の目印があるはずであった。第一、そんな道を警官が知らないわけもないと思い、ユースケは目の前の風景を忘れないように目に焼き付けながら自転車を急がせた。
陽もすっかり傾き、遠くの山に光が遮られるようになってきて辺りも暗くなり始めた。街に向かったときと同じかそれ以上の速さで漕ぎ続けているが、ユースケは一向に荒野のような枯れた土地から抜け出せないでいた。それでも、ユースケはなかなか抜け出せない土地に失望したりするわけではなく、何も知らなかった以前と比べて、教科書などでしか知らないような世界を実際に自分が目にしているという事実がどこか誇らしくすらあった。賑やかな街に訪れるも何も情報が得られなかったときには焦っていたが、結果的に振り返ってみれば学校を休んでまで来た甲斐はあったと満足していた。
今までなだらかに自転車を走らせられていたのが不思議なぐらい、急に道がデコボコし始め、がたがたと車輪越しにユースケに振動が伝わってくる。時折自転車ごと尻が跳ね上がり、バランスを崩しそうになり、道が暗くなり始めたことも相まって、ユースケは無茶なスピードで漕ぐのはやめて徐々にその速度を落としていった。車輪の音が大人しくなっていくと、辺りは一気に静寂に包まれた。
ユースケは空を見上げる。すっかり赤みが引き、辺りに街灯も何もないため瑠璃色の空に星が砂粒のように散りばめられている。その星々の必死な輝きも地上を照らすには十分ではないが、ユースケはその星の瞬きに気力が湧いてきた。目を凝らし、危うい道はないかを確認して、ユースケは制御できる範囲で自転車の速度を再び上げた。
次第に虫の音が再び聞こえてきた。辺りに草花がぽつぽつと生え始め、色を失っていた大地が徐々に緑の潤いを取り戻しつつあった。顔を上げると、前方に星の瞬きよりも小さな光の集合体が見え始めてきた。
町だ。ようやく町が見える距離にまでやって来られたことにユースケは安堵し、自転車の速度を落としていった。朝からずっと自転車を漕いだりウロウロ彷徨ったりしていたので、ただでさえ食いしん坊のユースケは塩むすびしか碌に食べていなかったこともあってすっかり身体が重くなっていた。ユースケは自転車から降り、枯れてから年季が入っていそうな木の下まで自転車を押していくと、そこで自転車を停めて、リュックの中から寝袋を取り出した。そして、木に寄り添うように寝っ転がりながら、寝袋に身を任せた。
ユースケはごろんと町の光の方を向いた。あの町にはどんな人が住んでいるのだろうか。自身が住んでいた場所も相当に田舎ではあったが、そことあの町とでは何か違う点があるのだろうか。ユースケは訪れることになる未知の町について想像を膨らませながら、泥のように眠った。
翌朝、昨夜よりも五月蠅い虫の音に意識の目覚めたユースケは、目の前に広がる緑半分枯れた大地半分の風景に、「何だまだ夢か」と二度寝を決め込もうとした。しかし、五月蠅く鳴き続ける虫の音がいつまでも耳から離れず、苛ついて再び目を開けても先ほどと変わらぬ風景があることで、ユースケはようやく昨日の朝早くから遠出をしてきたことを思い出した。喉が渇ききっており、気怠い身体を何とか動かし、這うように寝袋から出てきて立ち上がる。一瞬どちらが自分の目指している町の方か分からなくなり左右を確認するが、片側は明らかに自然が失われつつある土地となっていたので、すぐにその反対方向が目指すべき方なのだと理解した。ユースケはユリがお守り代わりにくれたせんべいを一枚だけ食べ、三本目のお茶を少しだけ口に含み出発した。
昨夜は何とか識別できていたのだが、朝になって明るくなると町が完全に自然の風景に同化してしまっており、本当に方角が合っているのか、ユースケは不安に思いながら自転車を漕いでいた。地平線近くが緑に縁どられており、その先にうっすらと山が見えていた。その地平線からユースケ側になればなるほど緑が薄くなっていき、今ユースケが漕いでいる辺りでは緑と枯れた色が半々であった。相変わらず枯れた木々が連なっており、わびしい雰囲気を醸し出していたが、その根元や近くには大地に元気を取り戻そうと草花が健気に小さく生えていた。最近になって勉強を真面目にするようになったといっても、ユリの手伝い以外でろくに田んぼや畑仕事を手伝わないユースケは、花や雑草の種類には詳しくなかったが、こうして生えている草花が少なく却って目立つ土地にやって来ると、それらの名前を知っているのと知らないのとでは同じ景色でも変わって見えてくるような気がした。ユリやユズハがこの景色を何と思うのだろうかと、ユースケは何となく気になった。
マイペースにユースケが自転車を漕ぎ続けていると次第に町の雰囲気らしきものが向こうから覗かせてきた。どの建物も縦に低く横に広がっており、古めかしい屋根を構えてずっしりと自然の中央でその存在感を示していた。着実にユースケの足元に生えている草花は元気を取り戻し背を伸ばし、木々も葉をつけるようになっていた。枯れた大地が緑豊かになっていくにつれて、ユースケの気分も高揚し、無意識に自転車のスピードを上げていった。
次第に湿気が増してきたのか、陽も高く上がっていき、汗がじんわりと滲み始めてきた。朝遅く起きてからまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、ユースケは早速体力がなくなっていくのを感じたが、やがて畦道に出て、そこからはすぐに一軒目の家に差し掛かった。昨日から始まり、特に目的地も決めずに教科書的にしか知らないようなことを目にするためにぐるぐると色んな所を回ってきたが、ようやく到着したという達成感が満ちてきて、ユースケは自転車から降りてごろんと地面に横になり両手を掲げガッツポーズした。
「着いたぞお」
何となくユースケはそう叫んでみるものの、返ってくる言葉は特になく、どこかに潜んでいる虫だけがリィンと鳴き返してくれただけだった。疲労が完全に抜けきっていなかったのか、一度横になると起き上がるのも怠く感じられ、ユースケはそのまましばらく横になっていた。何となく、ユースケの家周辺の土とは違う感触のような気がした。そんな感想を抱きながら、ユースケは再びあっという間に眠りに就いてしまった。
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