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第一部 1章 ラジオ

第14話

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「おいおいちょっと待て。俺を何だと思ってるんだよ」
 散々な言われようにユースケもぱっと顔を上げ憤慨した。辛辣な言い草だったタケノリとカズキに何か言ってやろうかと鼻息荒く息まいていたが、彼らの脇で身長が高いくせに黙々とみみっちくおにぎりを食べているセイイチロウの姿に、ユースケは再び「うっ」と呻いてみせた。
「だから、真面目に食えって」
「……なあカズキ、知ってるか?」
 カズキの文句(?)にも怯まず、ユースケはどや顔で指を立ててきた。説明もなくいきなりそんなことを訊かれても分かるわけがなく、カズキは気味悪さを感じて思わず身を引く。カズキが首を横に振ると、ユースケは我が意を得たりといった様子で喉の奥を鳴らすように笑った。
「この世界にはな、米粒も満足に食えない人たちがいるんだってことを」
 ユースケはどや顔をさらに強調させるが、聞かされたカズキの方はぽかんと口を開けることしか出来なかった。カズキばかりか、タケノリとセイイチロウもユースケをもはや心配するような目で見た。高笑いしそうになったユースケだったが、皆の反応に「あ、あれ?」と不思議そうに首を傾げた。
「なあユースケ、知ってるか?」
「な、何がだよ」
「……そんなこと、この教室のユースケ以外の全員がとっくに知っているってことを」
「ええ?!」
 ユースケの素っ頓狂な声が響き、その声に教室の注目が一時的に集まった。どこかの女子生徒は額に手を当て「またか」と悩まし気に頭を抱えていた。先ほどタケノリたちに見つめられていたときよりも遥かに多くの視線に囲まれて、流石にユースケも落ち着かなくなり適当に教室を見渡すようにしながら頭を下げると、皆も興味を失っていった。タケノリたちも揃いも揃って大きくため息をついた。いつもならユースケも怒りたくなる態度であったが、カズキの話がよほど衝撃的だったらしく、未だに放心状態から抜け出せないでいた。
 その後も、正気を取り戻したユースケは、記憶喪失でもしたかのように先ほどまでと全く同じ調子でタケノリたちにラジオで聞いた情報を披露していく。ラジオの内容には最新の情報が含まれており、それらにはタケノリたちも感心したように反応したが、中にはどこどこで暮らす誰々の近況や暮らしぶりといったニッチすぎる内容も少なくない為、聞かされるタケノリたちも反応に困った。そして、ユースケが自信満々で語る「世界では今~~である」といったような内容は教科書的内容の具体例、のようなものが多くほとんどタケノリたちに「そんなことも知らなかったのか」と白い目を向けられるだけであった。
「もう知らん!」
 あまりにも似たような、テンションの低い反応を繰り返され、とうとう拗ねたユースケは二つ買ったまま進んでいなかった照り焼き弁当を猛烈な勢いで食べ始めた。タケノリは安心したように自身も弁当を食べるのを再開し、セイイチロウに至ってはとっくにおにぎり二つを食べ終えてお茶を呑気そうに飲んでいた。唯一カズキがからかいすぎたと多少罪悪感を感じたのか、ユースケに声を掛けようとするが、「みじめになるからやめろ!」と怒鳴られてしまい、次第にカズキも諦めてさくっと自身の弁当を平らげた。
 食欲だけは元気なようで、ユースケもぺろりと二つの弁当を平らげると、しょぼくれていた頭を持ち上げた。
「なあ、俺ってもしかして相当ヤバい?」
「安心しろ、ユースケがバカなのは皆も分かった上で付き合ってるから」
 タケノリの情けがかえってユースケの気に障ったらしく、ユースケはよく分からない言葉で呻きながら天井を仰いだ。椅子をがったんがったんと五月蠅く揺らしながら天井を仰いでいる高身長の男ほど怖いものはなく、教室にいる一部の生徒たちは奇々怪々な存在として警戒するように遠巻きに眺めていた。その視線に気づいたタケノリは、珍しいユースケの様子に思うところがあったのか、ユースケの肩を叩いて宥めにかかった。タケノリの甲斐もあってユースケは椅子を揺らすのをやめたが、今度は机の上に頭を乗せて、たまたま視界に入ったユズハたちを不気味に一心に見つめている。ユースケの視線には敏感らしいユズハは、すぐにユースケの様子に気がついたが、一瞥しただけで何事もなかったように視線を元に戻してアカリや他の女子生徒と楽しそうに話し込んだ。そんな風にするユズハを見て、ユースケは、ユズハもああ見えて意外に勉強得意なんだよなあ、とよく分からないことをよく分からないタイミングで考えていた。
「俺、ちょっと真面目に授業聞くことにするわ」
 ユースケが先ほどと違い、気落ちしたトーンで改めてそう言うので、タケノリたちももう一度互いに顔を見合った。今度はユースケのことを茶化そうとはせずに、真面目に話を聞いてやろうと三人が思い立った瞬間、気持ち良いほどの綺麗な寝息が聞こえてきた。三人してその寝息の主を見てみると、慣れない授業を真面目に聞いていた反動なのか、苦しそうに机に顔を突っ伏したまま眠るユースケの寝顔があった。

 ラジオで聞きかじった情報を披露して難なく撃沈したユースケであったが、驚くべきことに、その午後の授業もずっと眠らずに聞き終え、その翌日からもユースケは一度も授業中に眠ることはなかった。初めはそんなに長くは続かないだろうと高をくくっていた(?)タケノリたちであったが、来る日も来る日も眠らずに授業を聞いているユースケの様子に次第に感心を通り越してもはや恐怖すら感じていた。その代わり、昼休みの時間には、充電が切れたのか、それとも再びエネルギーを蓄えるためなのか、弁当を平らげるとすぐに眠りに落ちた。初めのうちはそんなユースケがつまらなく、カズキは試しに起こそうとしてみたり、大きな声で話したりしていたが、ユースケは頑なに起きようとしなかったので、次第にカズキもユースケを起こすのを諦めていた。
「いや、毎日毎日昼に寝るのもおかしいけどな」
 タケノリの発言はもっともではあったが、それでもユースケはそんなこと聞こえていないかのように毎度毎度規則正しく機械のように昼休みには眠りに就いた。
 ユースケの変化は何も授業中や昼休みの間だけではなかった。放課後、どの部活にも所属していないユースケは図書館に入り浸るようになった。普段は一緒に帰っているカズキや、フットサル部がないタケノリが帰りに誘おうとしてもユースケは頑なに一度は図書館に寄りたがった。初めのうちはタケノリたち三人もそのユースケに付き合って図書館に寄って思い思いに利用していたが、やがてユースケが本当に勉強目的でやって来ていることを三人ともが認め、タケノリたちの間でユースケの勉強の邪魔をしないようにすることが暗黙の了解のように決まった。時折同じように図書館を勉強目的で利用しているユズハに見つかっては「うわっ」と驚かれ距離を置かれるが、次第にユースケにもたまには無害なときがあるもんだなと理解したユズハはそれ以降ユースケの存在にいちいち目くじらを立てることはなくなった。
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