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第一部 1章 ラジオ
第11話
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帰宅してからユースケは珍しくユリの部屋に訪れていた。ずけずけと入ってくるものだからユリは反射的に怒鳴ったが、ユースケはどこ吹く風でそれを流し、本棚の前で仁王立ちをして本の背表紙を眺める。それらの本は日中の母の手伝いを終えて夕飯を済ませた後などにユリが読んでいる、学校に行かない代わりに父親や今は亡き祖父母にせがんで買ってもらった本であった。ユリの熱心さのおかげかユースケの不真面目さが故なのか、それらの中にはすっかりユースケの理解を超えた物も少なくなかった。
活字を自ら読むことなど見たことのないユリは、兄の不審な行動に警戒心を高める。
「お兄ちゃん、急にどうしたの」
「ちょっと調べたいことが……」
いつになく集中しているユースケの様子とその発言に、雷に打たれたかのような衝撃がユリを襲った。
「え、なんで! お兄ちゃん、急にどうしたの、恋人!? げほっごほっ」
「あ、こらバカ、急に大きな声出すなよ」
ユースケも基本的に妹が第一で、咳き込むユリに素早く駆け寄る。背中をそっと撫でられ、ユリも息を整える。ユリが大人しくなったことにユースケは一安心したが、ほっと一息吐くのと同時に理解しかけていた本の種類も一緒に頭から消えていってしまい心の中で悶える。思い出そうと躍起になりながらユリの背中から離れない兄の様子にユリはますます怖がる。
「お兄ちゃん、彼女でも出来たの?」
「え? できてないけど、なんでだよ」
「だって急に私の本をあんな真剣な表情で見てるんだもん。怖いよ」
「真剣な兄を怖がるな不届き者め」
「怖がられたくなかったらもっと普段から真面目になってよね」
実の妹にそんなことまで言われてユースケとしてはもはや悲しくなった。基本的に昔からユースケはユリに口では勝てなかった。しかし兄としてのプライドなのか、ユースケはそんな心境をおくびにも出さずに仏頂面を装って本の方を指差す。
「なあ、お前の本少しの間だけ借りても良いか?」
いよいよらしくない発言をするユースケに、不自然に作られた表情も相まってユリは不気味がりながらも「いいよ」と短く答えた。その素っ気ない態度に、早く部屋を出て行って欲しいという想いが込められていた。ユリも深くは追及しないところにユリの困惑が見て取れるのだが、ユースケは気づきもせずに呑気に本を物色し始めた。
ユースケはユリから借りた本を自分の部屋に持ち帰り、早速机の上でその本を並べてどれから読もうかと検討した。ユースケの厳正なる審査の結果、『衰退していくアース、その歴史』という本を選出した。決め手になったのは、表紙に描かれている星が綺麗だったのと、大層なタイトルの割にそこまで分厚くないところにあった。しかし、いくら分厚くないとは言え、静かに座ってお行儀よく本を読むということに慣れていないユースケは、冒頭の『世界は、いや人類は、ゆっくりだが着実に衰退の道を辿っている。我が国望遠では比較的裕福に暮らせているが、世界に目を向けてみると……』という、壮大で重苦しい前振りに早速瞼が重くなってきた。ただでさえ寝不足なので、眠くなってしまうのも仕方ないだろう、とユースケは楽観的に考えようとするが、いくらそんな風に考えても眠気が収まることはない。試しにと他の本を試してみようとするも、どの本も今選んだ本よりも分厚いので瞬く間に読む気が削がれる。
眠気を紛らわせようと、ユースケは窓の外を眺める。相変わらず飛べなくなったという飛行機は回収されることなく未だに放って置かれている。今では飛行機を見たときの印象も変わってしまい、急に切ない気持ちに駆られた。昔あの機体に登ってはしゃいでいた時期もあったが、今ではそんなことは恐れ多くてとてもする気にはなれなかった。
眠気も醒め始めてきたところで、下校途中のユズハの姿を目撃した。ユースケはこれ好機にと先ほどまで読もうと悪戦苦闘していた本を片手に部屋を飛び出た。そのまま廊下を走っていき、ユリが部屋の中から何か言う声も無視して家を飛び出ると、ちょうどユズハがユースケの家を通り過ぎるところであった。
「あ、ナマケモノ」
ユズハがユースケを指差してバカにするようなトーンでそう言うが、ユズハの言葉に耳も貸さずに「ちょっとお前の家行くぞ」と言ってユースケはユズハを先回りしユズハの家に向かう。ユースケの後ろを「ひえ~」と情けない声を上げながらユズハが追いかけてきた。ユースケの方が背は高く運動神経も悪くないのだが、ユズハも女性にしては存外背が高く、小さい頃からユースケに振り回されてきた影響かそんじょそこらの男子よりも足が速いので、ユースケはユズハに追いつかれないようにスピードを上げた。
ユズハの家に先に着くことができ、「よーっし」と勝利の雄叫びを上げると、ユースケは無遠慮に玄関をがらっと開けて入る。遠くから「ひゃあ~」とますます悲惨そうな声を上げて追いかけてくる者がいるがユースケは一歩踏み出し家の中に入ってその人物を待った。
ようやく追いついたユズハは、息を切らしながらも不審な目でユースケを睨んでいた。
「あんた、気持ち、悪い」
「俺は今気分が良いぞ」
「だから、気持ち悪いって、言ってんの」
「まあまあ、今日はちょっと用があって来たんだよ」
「はあ、はあ……じゃなかったら本当に通報するところよ。いや、用事があったとしてもあんたが気持ち悪いことには変わりないけど……」
ユースケのあっけらかんとした態度に、ユズハもすっかり諦めてユースケの用件を聞く気になったようで平静さを取り戻した。ユースケの奇行に慣れてしまったことに内心涙を流しているユズハの心境も知らずに、ユースケは今更ながら「お邪魔しまーす」と言った。
家に上がり、靴を揃えたユースケはユズハの部屋に向かおうとするが、ユズハがそれを許さずユースケに思いっきりタックルする。
「だから乙女の部屋に勝手に入ろうとするなって! それに着替えるからちょっと待ってて!」
ほとんど怒鳴りつけるようにして言うと、ユズハは部屋に素早く入り大きな音を立てて扉を閉めた。怒鳴られたユースケは久しぶりにユズハの母親の作るカレーが食べたいなと呑気なことを考えながらリビングに向かう。
リビングでテーブルに着き、本を広げたり、本を立てて回してみせたりと弄っているとやがてユズハがやって来た。家では動きやすさを重視しているのか、今日も少しだぼっとしたシャツに紺色のジャージと、緩い服装に着替えていた。
「それで、用事って何」
ユズハは不機嫌そうにユースケの向かいに座る。ユースケはのらりくらりとユリに借りた本をユズハに見せ、「なあ、この本ってどんな内容なんだ」と尋ねる。本の表紙を見たユズハの表情が一瞬で壊れた。
「あんた、まさか本当にユミと付き合うことになったの?!」
「は? ユミ?」
今にも掴みかかってきそうなユズハの勢いにユースケは尻込みしてしまう。椅子をなるべくテーブルから離して再び座り直す。
「なんでそうなるんだ?」
「あんた、教室に残ってユミに何か教えてもらってたじゃない! あれ、そういうことだったの?!」
「そういうことってどういうことだよ。あと、何で覗いてるんだよ」
ユースケも驚きを通り越していっそ怖い剣幕のユズハに負けじと態度を大きくしようとするものだから、しっちゃかめっちゃかである。互いが互いを睨み合う。そうすること約一分ほど、意外にもユースケが先に折れた。
「まあ、いいや。なあ、この本に書かれてる内容とか、他にもいろいろ聞きたいことあんだけどよ」
ユースケはまるで暴れる猛獣をペットみたいにあやすように不気味にニヤニヤしながらユズハと距離を詰める。ユズハもこのままでは埒が明かないのは分かっていたので、疑惑を頭の片隅に追いやりユースケを気持ち悪く思いながらも徐々に警戒心を解く。
活字を自ら読むことなど見たことのないユリは、兄の不審な行動に警戒心を高める。
「お兄ちゃん、急にどうしたの」
「ちょっと調べたいことが……」
いつになく集中しているユースケの様子とその発言に、雷に打たれたかのような衝撃がユリを襲った。
「え、なんで! お兄ちゃん、急にどうしたの、恋人!? げほっごほっ」
「あ、こらバカ、急に大きな声出すなよ」
ユースケも基本的に妹が第一で、咳き込むユリに素早く駆け寄る。背中をそっと撫でられ、ユリも息を整える。ユリが大人しくなったことにユースケは一安心したが、ほっと一息吐くのと同時に理解しかけていた本の種類も一緒に頭から消えていってしまい心の中で悶える。思い出そうと躍起になりながらユリの背中から離れない兄の様子にユリはますます怖がる。
「お兄ちゃん、彼女でも出来たの?」
「え? できてないけど、なんでだよ」
「だって急に私の本をあんな真剣な表情で見てるんだもん。怖いよ」
「真剣な兄を怖がるな不届き者め」
「怖がられたくなかったらもっと普段から真面目になってよね」
実の妹にそんなことまで言われてユースケとしてはもはや悲しくなった。基本的に昔からユースケはユリに口では勝てなかった。しかし兄としてのプライドなのか、ユースケはそんな心境をおくびにも出さずに仏頂面を装って本の方を指差す。
「なあ、お前の本少しの間だけ借りても良いか?」
いよいよらしくない発言をするユースケに、不自然に作られた表情も相まってユリは不気味がりながらも「いいよ」と短く答えた。その素っ気ない態度に、早く部屋を出て行って欲しいという想いが込められていた。ユリも深くは追及しないところにユリの困惑が見て取れるのだが、ユースケは気づきもせずに呑気に本を物色し始めた。
ユースケはユリから借りた本を自分の部屋に持ち帰り、早速机の上でその本を並べてどれから読もうかと検討した。ユースケの厳正なる審査の結果、『衰退していくアース、その歴史』という本を選出した。決め手になったのは、表紙に描かれている星が綺麗だったのと、大層なタイトルの割にそこまで分厚くないところにあった。しかし、いくら分厚くないとは言え、静かに座ってお行儀よく本を読むということに慣れていないユースケは、冒頭の『世界は、いや人類は、ゆっくりだが着実に衰退の道を辿っている。我が国望遠では比較的裕福に暮らせているが、世界に目を向けてみると……』という、壮大で重苦しい前振りに早速瞼が重くなってきた。ただでさえ寝不足なので、眠くなってしまうのも仕方ないだろう、とユースケは楽観的に考えようとするが、いくらそんな風に考えても眠気が収まることはない。試しにと他の本を試してみようとするも、どの本も今選んだ本よりも分厚いので瞬く間に読む気が削がれる。
眠気を紛らわせようと、ユースケは窓の外を眺める。相変わらず飛べなくなったという飛行機は回収されることなく未だに放って置かれている。今では飛行機を見たときの印象も変わってしまい、急に切ない気持ちに駆られた。昔あの機体に登ってはしゃいでいた時期もあったが、今ではそんなことは恐れ多くてとてもする気にはなれなかった。
眠気も醒め始めてきたところで、下校途中のユズハの姿を目撃した。ユースケはこれ好機にと先ほどまで読もうと悪戦苦闘していた本を片手に部屋を飛び出た。そのまま廊下を走っていき、ユリが部屋の中から何か言う声も無視して家を飛び出ると、ちょうどユズハがユースケの家を通り過ぎるところであった。
「あ、ナマケモノ」
ユズハがユースケを指差してバカにするようなトーンでそう言うが、ユズハの言葉に耳も貸さずに「ちょっとお前の家行くぞ」と言ってユースケはユズハを先回りしユズハの家に向かう。ユースケの後ろを「ひえ~」と情けない声を上げながらユズハが追いかけてきた。ユースケの方が背は高く運動神経も悪くないのだが、ユズハも女性にしては存外背が高く、小さい頃からユースケに振り回されてきた影響かそんじょそこらの男子よりも足が速いので、ユースケはユズハに追いつかれないようにスピードを上げた。
ユズハの家に先に着くことができ、「よーっし」と勝利の雄叫びを上げると、ユースケは無遠慮に玄関をがらっと開けて入る。遠くから「ひゃあ~」とますます悲惨そうな声を上げて追いかけてくる者がいるがユースケは一歩踏み出し家の中に入ってその人物を待った。
ようやく追いついたユズハは、息を切らしながらも不審な目でユースケを睨んでいた。
「あんた、気持ち、悪い」
「俺は今気分が良いぞ」
「だから、気持ち悪いって、言ってんの」
「まあまあ、今日はちょっと用があって来たんだよ」
「はあ、はあ……じゃなかったら本当に通報するところよ。いや、用事があったとしてもあんたが気持ち悪いことには変わりないけど……」
ユースケのあっけらかんとした態度に、ユズハもすっかり諦めてユースケの用件を聞く気になったようで平静さを取り戻した。ユースケの奇行に慣れてしまったことに内心涙を流しているユズハの心境も知らずに、ユースケは今更ながら「お邪魔しまーす」と言った。
家に上がり、靴を揃えたユースケはユズハの部屋に向かおうとするが、ユズハがそれを許さずユースケに思いっきりタックルする。
「だから乙女の部屋に勝手に入ろうとするなって! それに着替えるからちょっと待ってて!」
ほとんど怒鳴りつけるようにして言うと、ユズハは部屋に素早く入り大きな音を立てて扉を閉めた。怒鳴られたユースケは久しぶりにユズハの母親の作るカレーが食べたいなと呑気なことを考えながらリビングに向かう。
リビングでテーブルに着き、本を広げたり、本を立てて回してみせたりと弄っているとやがてユズハがやって来た。家では動きやすさを重視しているのか、今日も少しだぼっとしたシャツに紺色のジャージと、緩い服装に着替えていた。
「それで、用事って何」
ユズハは不機嫌そうにユースケの向かいに座る。ユースケはのらりくらりとユリに借りた本をユズハに見せ、「なあ、この本ってどんな内容なんだ」と尋ねる。本の表紙を見たユズハの表情が一瞬で壊れた。
「あんた、まさか本当にユミと付き合うことになったの?!」
「は? ユミ?」
今にも掴みかかってきそうなユズハの勢いにユースケは尻込みしてしまう。椅子をなるべくテーブルから離して再び座り直す。
「なんでそうなるんだ?」
「あんた、教室に残ってユミに何か教えてもらってたじゃない! あれ、そういうことだったの?!」
「そういうことってどういうことだよ。あと、何で覗いてるんだよ」
ユースケも驚きを通り越していっそ怖い剣幕のユズハに負けじと態度を大きくしようとするものだから、しっちゃかめっちゃかである。互いが互いを睨み合う。そうすること約一分ほど、意外にもユースケが先に折れた。
「まあ、いいや。なあ、この本に書かれてる内容とか、他にもいろいろ聞きたいことあんだけどよ」
ユースケはまるで暴れる猛獣をペットみたいにあやすように不気味にニヤニヤしながらユズハと距離を詰める。ユズハもこのままでは埒が明かないのは分かっていたので、疑惑を頭の片隅に追いやりユースケを気持ち悪く思いながらも徐々に警戒心を解く。
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