上 下
3 / 124
第一部 1章 ラジオ

第3話

しおりを挟む


 世界は、いや人類は、ゆっくりとだが着実に衰退の道を辿っている。そのことはほぼ全世界の人間にとって当たり前の共通認識であり、これまでの人類が積み重ねてきた負債が現人類の背中にのしかかってきていることを誰もが実感していた。
 そんな前置きから始まり現段階において人類はどういう状況に立たされているのか、かつて行われたという第三次世界規模大戦にまでさかのぼって語っている歴史の先生の授業に、ユースケはついていけずにこくこくと頭を揺らしていた。
 窓際の席で授業を真剣な面持ちで聞いていたユズハは、そんなユースケの後ろ姿を視界の端に捉えてしまい、眉がわずかに歪む。授業が授業だったからか、どんなに前のボードを見つめ、先生の話に耳を傾け、先生の言葉や黒板に書かれる文字をノートにメモしていっても、ユースケの後ろ姿が視界から消えないような気がしていた。無意識のうちに乾いてもいない唇を舐め、髪を指でいじっていた。
 やがて授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響き、先生は「ああ、鳴ってしまったか……しょうがない、対消滅実験の経緯は次回にしよう」とぼやくと、「それじゃあ今日はここまで、次回はこの続きから話します」と淡々と告げて荷物をまとめ始めた。それを合図に静かだった教室はがやがやと賑わい始める。
 ユズハは、ノートをぺらぺらと捲り理解が曖昧だったところを確認し、いくつかにチェックをつけてからノートをしまう。チェックをつけたのは、この後学校の図書館に寄ってチェックをつけた内容について詳しく調べるためである。
 今日最後の授業が終わったことで空気が緩み、各自部活に行く準備や帰る準備をのんびりと始めていた。ユズハも図書館に寄った後に文芸部があった。
 手提げに筆記用具をしまっていると肩をちょんちょんとつつかれる。
「ユズハちゃん、今日も図書館に寄ってくの?」
 顔を上げるとそこにはアカリの顔があった。蚊も殺せないほどおしとやかな顔つきに反したショートヘアはミスマッチのように見えるが、かえってアカリの優しい雰囲気を見えやすくさせているようで魅力的にしているとユズハは思っていた。
「うん、今日もそうするつもり。なるべく早めに文芸部行くから」
「そっかー。うーん、たまにはユズハちゃんに付き合って私も図書館によってみようかなあ」
 五学年になってからアカリは度々このようなことを言ってくることがあった。そう言って実際にユズハについてきて図書館に来ることもあり、ユズハが授業のモヤモヤを本で調べている横でアカリは何かしら小説を読んでいた。しかし選んでくる小説は決まって毎回ばらばらで、それが不思議で「図書館来て楽しい?」と尋ねたことがあったが、決まって「うん、楽しいよー」とニコニコしているのであった。
 今はなんとなく一人でゆっくりしたい気持ちがあったユズハは「いいよ、先行っててよ。ほんと、すぐ行くから」と苦笑した。
「うん、分かった。でも、なるべく早く来てよね!」
 アカリもそこまでこだわっていないようで、案外簡単に受け入れる。
「えー! タケノリ今日も部活かよ~」
 不意に聞こえてきた大きな声に、何故かユズハは動きが止まってしまう。
「今日も部活なんだよ~。お前も入れば? 楽しいぜ、フットサル」
「疲れるのはちょっとなあ」
「運動部を全否定だな」
 無意識に声のする方に振り向くと、やはりユースケたちだった。背が高いくせにいつも威圧感の欠片も感じられない暢気な表情をしているユースケは、やはりいつも通り、情けない表情をしてタケノリに文句を垂れていた。その光景は、そのユースケの姿は、小さい頃から見続けてきた、いつも通りのユースケだった。
 その後も会話が続いていたようだが、他のクラスメイトや廊下からの喧噪で騒がしくなり、内容は耳に入ってこなかった。さっきまでの胸の内にあったざわめきはいつの間にかなくなっていた。
「……ユースケ君も、どこか部活入ってみれば良いのにね。絶対楽しめるのに」
 アカリは優しい声でそう言った。
「まあ、アイツはどこ入っても三日もすれば飽きて辞めちゃうだろうから、別に良いんじゃないかしら」
「えーそんなことないよー」
「ふふっ。アカリってば、なんだかムキになってない?」
「な、なってないよー!」
 アカリの素直なリアクションにユズハは微笑ましく思う。そんなアカリのためにもさっさと図書館に行ってしまおうと思い、「じゃ、ちゃちゃっと行ってくるね」と言ってユズハはさっと立ち上がって教室を出た。
 図書館に向かう途中、ユズハは改めて周囲へ注意を向けてみた。窓の外から見える校庭と木々、廊下をすれ違う生徒や先生たち、床を蹴る軽快な靴の音、時折聞こえてくる鳥の声、そのどれもが、記憶にある風景と違わずいつも通りだった。
 ユズハは朝ユースケがなんとなしに言った言葉を思い出し、軽快なステップで図書館へ向かっていった。



 タケノリがフットサル部、カズキが家の用事で一緒に帰れなかったユースケはセイイチロウを無理矢理に連行しようとしたが「やだよ、俺、今日図書館寄ってそのまま帰りたいし」と本当なのか嘘なのか分からない理由を言い訳にユースケから逃れていた。そのままセイイチロウにつきまとって図書館に一緒に行くことも考えたが、それすらもセイイチロウに断られたのでユースケは喚きに喚いて諦めた。セイイチロウも薄情で、ユースケの喚きに怯えさっさと教室を出て行ってしまった。
 授業も基本寝ていて体力も気力も有り余っているユースケは、帰りに何か遊んだりどこか店に寄ってから帰宅したいと考えていた。三人とも一緒に帰れないとなったので、昔馴染みのユズハはどうだろうかと思い教室を見渡してみたががすでに姿が見当たらなかった。皆して気が早いとユースケは軽く憤った。仕方なく、そのまま一人で帰ることにした。
 校舎を出て、校門をくぐるとまばらに下校している学生たちはいたが、大抵は学校で何かしら活動をしてから帰る者が多く、出てくる途中であちらこちらから力強いかけ声や靴のこすれる音、笛の音やボールの蹴る音が聞こえてきた。ユースケも暇を持てあましているのだから何度かは部活やら何やらをしようと検討していた時期があったが、どれも興味を惹かれず面倒臭がっていた。「次、三班、よーい」というかけ声と笛の音を聞きながらユースケはゆったりとした足取りで歩き、帰り道をぼうっと眺めている。学校の塀とは向かいの、舗装された道に沿って植えられている木々は、緑鮮やかな葉を身につけていてそれはそれで綺麗ではあるのだが、ユースケの祖母は昔の方がもっと綺麗だったと言っていた。土地が汚染され栄養が貧しくなる前までは、サクラという薄紅色の花々を咲かせ、ちょうどユースケたちの学年が上がる時期に風に吹かれ散っていく様が見られたのだと言う。その様はまさに花による吹雪みたいだったそうで、その時期を代表する風物詩であった、と祖母はこれまた懐かしそうにいつもユースケに語っていた。サクラの咲くことがなくなってからは普通の木々に植え替えられたという。
 もうサクラという花をこの目に拝める日はやってこないのだろうと、木々を眺めながらアンニュイになっていたユースケは、何の因果か今朝チラシで面白い物が紹介されていたのをふと思い出した。体力も気力も持て余していたユースケは、早速その商品を見に商店街まで足を運ぶことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

名称不明なこの感情を表すために必要な2万文字。

春待ち木陰
青春
 高校一年生の女の子である『私』はアルバイト先が同じだった事から同じ高校に通う別のクラスの男の子、杉本と話をするようになった。杉本は『私』の親友である加奈子に惚れているらしい。「協力してくれ」と杉本に言われた『私』は「応援ならしても良い」と答える。加奈子にはもうすでに別の恋人がいたのだ。『私』はそれを知っていながら杉本にはその事を伝えなかった。

フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏
青春
幼少期の雨の日のトラウマから、雨が苦手な和紗。 雨の日はなるべく人を避けて早く家に帰りたいのに、あるできごとをキッカケに同じクラスの佐尾が関わってくるようになった。 佐尾が声をかけてくるのは、決まって雨の日の放課後。 初めはそんな佐尾のことが苦手だったけれど……

【完結】偽りの告白とオレとキミの十日間リフレイン

カムナ リオ
青春
八神斗哉は、友人との悪ふざけで罰ゲームを実行することになる。内容を決めるカードを二枚引くと、そこには『クラスの女子に告白する』、『キスをする』と書かれており、地味で冴えないクラスメイト・如月心乃香に嘘告白を仕掛けることが決まる。 自分より格下だから彼女には何をしても許されると八神は思っていたが、徐々に距離が縮まり……重なる事のなかった二人の運命と不思議が交差する。不器用で残酷な青春タイムリープラブ。

【推しが114人もいる俺 最強!!アイドルオーディションプロジェクト】

RYOアズ
青春
ある日アイドル大好きな女の子「花」がアイドル雑誌でオーディションの記事を見つける。 憧れのアイドルになるためアイドルのオーディションを受けることに。 そして一方アイドルというものにまったく無縁だった男がある事をきっかけにオーディション審査中のアイドル達を必死に応援することになる物語。 果たして花はアイドルになることができるのか!?

彗星蘭に音を尋ねて

青笹まりか
青春
吹奏楽コンクール。それは、たった12分間に全てを注ぐ青春の舞台。 そんな青春に憧れ、佐藤亜美は吹奏楽部に入部した。 でも、なんだか先輩たちは少し様子がおかしいようで?

ずっと君を想ってる~未来の君へ~

犬飼るか
青春
「三年後の夏─。気持ちが変わらなかったら会いに来て。」高校の卒業式。これが最後と、好きだと伝えようとした〈俺─喜多見和人〉に〈君─美由紀〉が言った言葉。 そして君は一通の手紙を渡した。 時間は遡り─過去へ─そして時は流れ─。三年後─。 俺は今から美由紀に会いに行く。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

美少女にフラれたらなぜかダウジング伊達メガネ女子が彼女になりました!?〜冴えない俺と彼女と俺をフった美少女の謎の三角な関係〜

かねさわ巧
青春
まてまてまて! 身体が入れ替わっているってどういうことだよ!? 告白した美少女は俺の好きになった子じゃなかったってこと? それじゃあ俺の好きになった子ってどっち?? 謎のダウジングから始まった恋愛コメディ。

処理中です...