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第一部 1章 ラジオ
第3話
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☆
世界は、いや人類は、ゆっくりとだが着実に衰退の道を辿っている。そのことはほぼ全世界の人間にとって当たり前の共通認識であり、これまでの人類が積み重ねてきた負債が現人類の背中にのしかかってきていることを誰もが実感していた。
そんな前置きから始まり現段階において人類はどういう状況に立たされているのか、かつて行われたという第三次世界規模大戦にまで遡って語っている歴史の先生の授業に、ユースケはついていけずにこくこくと頭を揺らしていた。
窓際の席で授業を真剣な面持ちで聞いていたユズハは、そんなユースケの後ろ姿を視界の端に捉えてしまい、眉がわずかに歪む。授業が授業だったからか、どんなに前のボードを見つめ、先生の話に耳を傾け、先生の言葉や黒板に書かれる文字をノートにメモしていっても、ユースケの後ろ姿が視界から消えないような気がしていた。無意識のうちに乾いてもいない唇を舐め、髪を指でいじっていた。
やがて授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響き、先生は「ああ、鳴ってしまったか……しょうがない、対消滅実験の経緯は次回にしよう」とぼやくと、「それじゃあ今日はここまで、次回はこの続きから話します」と淡々と告げて荷物をまとめ始めた。それを合図に静かだった教室はがやがやと賑わい始める。
ユズハは、ノートをぺらぺらと捲り理解が曖昧だったところを確認し、いくつかにチェックをつけてからノートをしまう。チェックをつけたのは、この後学校の図書館に寄ってチェックをつけた内容について詳しく調べるためである。
今日最後の授業が終わったことで空気が緩み、各自部活に行く準備や帰る準備をのんびりと始めていた。ユズハも図書館に寄った後に文芸部があった。
手提げに筆記用具をしまっていると肩をちょんちょんとつつかれる。
「ユズハちゃん、今日も図書館に寄ってくの?」
顔を上げるとそこにはアカリの顔があった。蚊も殺せないほどおしとやかな顔つきに反したショートヘアはミスマッチのように見えるが、却ってアカリの優しい雰囲気を見えやすくさせているようで魅力的にしているとユズハは思っていた。
「うん、今日もそうするつもり。なるべく早めに文芸部行くから」
「そっかー。うーん、たまにはユズハちゃんに付き合って私も図書館によってみようかなあ」
五学年になってからアカリは度々このようなことを言ってくることがあった。そう言って実際にユズハについてきて図書館に来ることもあり、ユズハが授業のモヤモヤを本で調べている横でアカリは何かしら小説を読んでいた。しかし選んでくる小説は決まって毎回ばらばらで、それが不思議で「図書館来て楽しい?」と尋ねたことがあったが、決まって「うん、楽しいよー」とニコニコしているのであった。
今はなんとなく一人でゆっくりしたい気持ちがあったユズハは「いいよ、先行っててよ。ほんと、すぐ行くから」と苦笑した。
「うん、分かった。でも、なるべく早く来てよね!」
アカリもそこまでこだわっていないようで、案外簡単に受け入れる。
「えー! タケノリ今日も部活かよ~」
不意に聞こえてきた大きな声に、何故かユズハは動きが止まってしまう。
「今日も部活なんだよ~。お前も入れば? 楽しいぜ、フットサル」
「疲れるのはちょっとなあ」
「運動部を全否定だな」
無意識に声のする方に振り向くと、やはりユースケたちだった。背が高いくせにいつも威圧感の欠片も感じられない暢気な表情をしているユースケは、やはりいつも通り、情けない表情をしてタケノリに文句を垂れていた。その光景は、そのユースケの姿は、小さい頃から見続けてきた、いつも通りのユースケだった。
その後も会話が続いていたようだが、他のクラスメイトや廊下からの喧噪で騒がしくなり、内容は耳に入ってこなかった。さっきまでの胸の内にあったざわめきはいつの間にかなくなっていた。
「……ユースケ君も、どこか部活入ってみれば良いのにね。絶対楽しめるのに」
アカリは優しい声でそう言った。
「まあ、アイツはどこ入っても三日もすれば飽きて辞めちゃうだろうから、別に良いんじゃないかしら」
「えーそんなことないよー」
「ふふっ。アカリってば、なんだかムキになってない?」
「な、なってないよー!」
アカリの素直なリアクションにユズハは微笑ましく思う。そんなアカリのためにもさっさと図書館に行ってしまおうと思い、「じゃ、ちゃちゃっと行ってくるね」と言ってユズハはさっと立ち上がって教室を出た。
図書館に向かう途中、ユズハは改めて周囲へ注意を向けてみた。窓の外から見える校庭と木々、廊下をすれ違う生徒や先生たち、床を蹴る軽快な靴の音、時折聞こえてくる鳥の声、そのどれもが、記憶にある風景と違わずいつも通りだった。
ユズハは朝ユースケがなんとなしに言った言葉を思い出し、軽快なステップで図書館へ向かっていった。
☆
タケノリがフットサル部、カズキが家の用事で一緒に帰れなかったユースケはセイイチロウを無理矢理に連行しようとしたが「やだよ、俺、今日図書館寄ってそのまま帰りたいし」と本当なのか嘘なのか分からない理由を言い訳にユースケから逃れていた。そのままセイイチロウにつきまとって図書館に一緒に行くことも考えたが、それすらもセイイチロウに断られたのでユースケは喚きに喚いて諦めた。セイイチロウも薄情で、ユースケの喚きに怯えさっさと教室を出て行ってしまった。
授業も基本寝ていて体力も気力も有り余っているユースケは、帰りに何か遊んだりどこか店に寄ってから帰宅したいと考えていた。三人とも一緒に帰れないとなったので、昔馴染みのユズハはどうだろうかと思い教室を見渡してみたががすでに姿が見当たらなかった。皆して気が早いとユースケは軽く憤った。仕方なく、そのまま一人で帰ることにした。
校舎を出て、校門をくぐるとまばらに下校している学生たちはいたが、大抵は学校で何かしら活動をしてから帰る者が多く、出てくる途中であちらこちらから力強いかけ声や靴のこすれる音、笛の音やボールの蹴る音が聞こえてきた。ユースケも暇を持てあましているのだから何度かは部活やら何やらをしようと検討していた時期があったが、どれも興味を惹かれず面倒臭がっていた。「次、三班、よーい」というかけ声と笛の音を聞きながらユースケはゆったりとした足取りで歩き、帰り道をぼうっと眺めている。学校の塀とは向かいの、舗装された道に沿って植えられている木々は、緑鮮やかな葉を身につけていてそれはそれで綺麗ではあるのだが、ユースケの祖母は昔の方がもっと綺麗だったと言っていた。土地が汚染され栄養が貧しくなる前までは、サクラという薄紅色の花々を咲かせ、ちょうどユースケたちの学年が上がる時期に風に吹かれ散っていく様が見られたのだと言う。その様はまさに花による吹雪みたいだったそうで、その時期を代表する風物詩であった、と祖母はこれまた懐かしそうにいつもユースケに語っていた。サクラの咲くことがなくなってからは普通の木々に植え替えられたという。
もうサクラという花をこの目に拝める日はやってこないのだろうと、木々を眺めながらアンニュイになっていたユースケは、何の因果か今朝チラシで面白い物が紹介されていたのをふと思い出した。体力も気力も持て余していたユースケは、早速その商品を見に商店街まで足を運ぶことにした。
世界は、いや人類は、ゆっくりとだが着実に衰退の道を辿っている。そのことはほぼ全世界の人間にとって当たり前の共通認識であり、これまでの人類が積み重ねてきた負債が現人類の背中にのしかかってきていることを誰もが実感していた。
そんな前置きから始まり現段階において人類はどういう状況に立たされているのか、かつて行われたという第三次世界規模大戦にまで遡って語っている歴史の先生の授業に、ユースケはついていけずにこくこくと頭を揺らしていた。
窓際の席で授業を真剣な面持ちで聞いていたユズハは、そんなユースケの後ろ姿を視界の端に捉えてしまい、眉がわずかに歪む。授業が授業だったからか、どんなに前のボードを見つめ、先生の話に耳を傾け、先生の言葉や黒板に書かれる文字をノートにメモしていっても、ユースケの後ろ姿が視界から消えないような気がしていた。無意識のうちに乾いてもいない唇を舐め、髪を指でいじっていた。
やがて授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響き、先生は「ああ、鳴ってしまったか……しょうがない、対消滅実験の経緯は次回にしよう」とぼやくと、「それじゃあ今日はここまで、次回はこの続きから話します」と淡々と告げて荷物をまとめ始めた。それを合図に静かだった教室はがやがやと賑わい始める。
ユズハは、ノートをぺらぺらと捲り理解が曖昧だったところを確認し、いくつかにチェックをつけてからノートをしまう。チェックをつけたのは、この後学校の図書館に寄ってチェックをつけた内容について詳しく調べるためである。
今日最後の授業が終わったことで空気が緩み、各自部活に行く準備や帰る準備をのんびりと始めていた。ユズハも図書館に寄った後に文芸部があった。
手提げに筆記用具をしまっていると肩をちょんちょんとつつかれる。
「ユズハちゃん、今日も図書館に寄ってくの?」
顔を上げるとそこにはアカリの顔があった。蚊も殺せないほどおしとやかな顔つきに反したショートヘアはミスマッチのように見えるが、却ってアカリの優しい雰囲気を見えやすくさせているようで魅力的にしているとユズハは思っていた。
「うん、今日もそうするつもり。なるべく早めに文芸部行くから」
「そっかー。うーん、たまにはユズハちゃんに付き合って私も図書館によってみようかなあ」
五学年になってからアカリは度々このようなことを言ってくることがあった。そう言って実際にユズハについてきて図書館に来ることもあり、ユズハが授業のモヤモヤを本で調べている横でアカリは何かしら小説を読んでいた。しかし選んでくる小説は決まって毎回ばらばらで、それが不思議で「図書館来て楽しい?」と尋ねたことがあったが、決まって「うん、楽しいよー」とニコニコしているのであった。
今はなんとなく一人でゆっくりしたい気持ちがあったユズハは「いいよ、先行っててよ。ほんと、すぐ行くから」と苦笑した。
「うん、分かった。でも、なるべく早く来てよね!」
アカリもそこまでこだわっていないようで、案外簡単に受け入れる。
「えー! タケノリ今日も部活かよ~」
不意に聞こえてきた大きな声に、何故かユズハは動きが止まってしまう。
「今日も部活なんだよ~。お前も入れば? 楽しいぜ、フットサル」
「疲れるのはちょっとなあ」
「運動部を全否定だな」
無意識に声のする方に振り向くと、やはりユースケたちだった。背が高いくせにいつも威圧感の欠片も感じられない暢気な表情をしているユースケは、やはりいつも通り、情けない表情をしてタケノリに文句を垂れていた。その光景は、そのユースケの姿は、小さい頃から見続けてきた、いつも通りのユースケだった。
その後も会話が続いていたようだが、他のクラスメイトや廊下からの喧噪で騒がしくなり、内容は耳に入ってこなかった。さっきまでの胸の内にあったざわめきはいつの間にかなくなっていた。
「……ユースケ君も、どこか部活入ってみれば良いのにね。絶対楽しめるのに」
アカリは優しい声でそう言った。
「まあ、アイツはどこ入っても三日もすれば飽きて辞めちゃうだろうから、別に良いんじゃないかしら」
「えーそんなことないよー」
「ふふっ。アカリってば、なんだかムキになってない?」
「な、なってないよー!」
アカリの素直なリアクションにユズハは微笑ましく思う。そんなアカリのためにもさっさと図書館に行ってしまおうと思い、「じゃ、ちゃちゃっと行ってくるね」と言ってユズハはさっと立ち上がって教室を出た。
図書館に向かう途中、ユズハは改めて周囲へ注意を向けてみた。窓の外から見える校庭と木々、廊下をすれ違う生徒や先生たち、床を蹴る軽快な靴の音、時折聞こえてくる鳥の声、そのどれもが、記憶にある風景と違わずいつも通りだった。
ユズハは朝ユースケがなんとなしに言った言葉を思い出し、軽快なステップで図書館へ向かっていった。
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タケノリがフットサル部、カズキが家の用事で一緒に帰れなかったユースケはセイイチロウを無理矢理に連行しようとしたが「やだよ、俺、今日図書館寄ってそのまま帰りたいし」と本当なのか嘘なのか分からない理由を言い訳にユースケから逃れていた。そのままセイイチロウにつきまとって図書館に一緒に行くことも考えたが、それすらもセイイチロウに断られたのでユースケは喚きに喚いて諦めた。セイイチロウも薄情で、ユースケの喚きに怯えさっさと教室を出て行ってしまった。
授業も基本寝ていて体力も気力も有り余っているユースケは、帰りに何か遊んだりどこか店に寄ってから帰宅したいと考えていた。三人とも一緒に帰れないとなったので、昔馴染みのユズハはどうだろうかと思い教室を見渡してみたががすでに姿が見当たらなかった。皆して気が早いとユースケは軽く憤った。仕方なく、そのまま一人で帰ることにした。
校舎を出て、校門をくぐるとまばらに下校している学生たちはいたが、大抵は学校で何かしら活動をしてから帰る者が多く、出てくる途中であちらこちらから力強いかけ声や靴のこすれる音、笛の音やボールの蹴る音が聞こえてきた。ユースケも暇を持てあましているのだから何度かは部活やら何やらをしようと検討していた時期があったが、どれも興味を惹かれず面倒臭がっていた。「次、三班、よーい」というかけ声と笛の音を聞きながらユースケはゆったりとした足取りで歩き、帰り道をぼうっと眺めている。学校の塀とは向かいの、舗装された道に沿って植えられている木々は、緑鮮やかな葉を身につけていてそれはそれで綺麗ではあるのだが、ユースケの祖母は昔の方がもっと綺麗だったと言っていた。土地が汚染され栄養が貧しくなる前までは、サクラという薄紅色の花々を咲かせ、ちょうどユースケたちの学年が上がる時期に風に吹かれ散っていく様が見られたのだと言う。その様はまさに花による吹雪みたいだったそうで、その時期を代表する風物詩であった、と祖母はこれまた懐かしそうにいつもユースケに語っていた。サクラの咲くことがなくなってからは普通の木々に植え替えられたという。
もうサクラという花をこの目に拝める日はやってこないのだろうと、木々を眺めながらアンニュイになっていたユースケは、何の因果か今朝チラシで面白い物が紹介されていたのをふと思い出した。体力も気力も持て余していたユースケは、早速その商品を見に商店街まで足を運ぶことにした。
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