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第一部 1章 ラジオ
第2話
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午前の授業が終わり、学生はまばらに移動し始めた。教室の中で誰かの所に集まる者たちもいれば、せっせと教室の外へ出て行く者たちもいた。教室を出て行く大多数の者は、学校に備わっている売店で昼食の分を買うのが目的だった。ユースケも基本的に売店で昼食を買っているのだが、いつものようにまだのんびりと教室に残っていた。
ユースケが授業中の居眠りによって出来たノートの染みをぱたぱたと揺らして乾かしていると、タケノリが近づいてきた。
「ユースケ、昼飯は?」
「まだ買ってないよ」
「ノートなんてほっときゃ乾くって、ほら行こうぜ。早くしないと、美味いもん売り切れるぞ」
タケノリはノートのちょうど染みになっている部分を指でぱちんと弾く。ノートを覗いてみると、その染み以外の部分は見事なまでに真っ白いままであり、「お前、また寝てたのかよ」とタケノリはくすりと笑った。
「これが気になって仕方が無くなってしまった。だから俺はこれをどうにかするまで行かんぞ」
なかなか乾こうとしない、ふにゃふにゃしたノートにユースケは眉を顰める。一体どれだけ気持ち良くよだれを垂らしながら寝ていたのかと、ユースケは自分で自分が若干怖くなった。
ユースケの複雑な表情に、タケノリはまたくすりと笑った。
「俺もう先に行くわ。それとも、何か買ってこようか?」
「おごり?」
「なわけないだろ」
ユースケの頭が財布でぽすんと叩かれる。
教室の入り口辺りでタケノリを呼ぶ声が聞こえると、「じゃあ適当に買ってくるわ」と告げてタケノリは慌てたようにそちらへ向かう。すると、それまで一瞬たりとも視線をノートから逸らさなかったユースケは「俺、照り焼き弁当二つ!」とタケノリの背中に向かって叫んだ。現金な性格である上に要求は図々しかった。
ノートと睨み合い、しばらくしてようやくノートの乾き具合に妥協できたユースケは、ノートを手提げに入れ空をぼうっと眺める。そうしていると、教室のあちらこちらでの会話や廊下での喧噪が騒がしい中、聞き慣れた声の混じった会話が聞こえてきた。ふとその声の方を見やると、ユズハがクラスの友達と机を囲んで微笑みながら昼食をとっている様子が見えた。
自分に対しては厳しいくせに他の相手には良い顔をするユズハにムッとし、ユースケはそのまま睨みつけた。すると、不気味な念でも伝わったのか、ユズハがユースケの視線に気がついた。ユズハの顔からそれまでの爽やかな微笑みはついぞ消え失せ、鬱陶しがるように目を細め、「こっちを見るな」とでも言いたげにシッシと手を払ってきた。その手につられて、仲良さげに話していた他の友達もユースケの方を向いた。何人かは「何だお前か」という雰囲気で、ユースケの存在を確認するとすぐに興味も失せてユズハに向き直る。ユースケも変な意地を張るもので、ユズハに凄まれようとも、多勢に呆れられようとも、構わずユズハを睨み続けた。ユズハもユズハでユースケに負けじと睨み返していた。
不意にぽすんと、ユースケの頭の上に堅い感触が当たった。ほんのりと温かかった。
「ほれ、買ってきたぞ」
頭の上からタケノリの声が降ってきた。振り返ってみるとタケノリの他にカズキとセイイチロウもいた。
「サンキュ。食おうぜ食おうぜ」
ユースケは頭の上に乗っかった弁当を受け取り机の上に広げる。弁当は頼んでいた照り焼き弁当ではなくのり弁であり、しかも一つであったが、ユースケは特に気にする様子もない。
「ったく、調子が良いなあ、お前は」
「タケノリに餌付けされて喜んでるペットの図にしか見えん」
タケノリたちは、持ち主がどこかに行ったきり帰ってこないユースケの周囲の机を借りて座ると、買ってきた弁当やらパンやらおにぎりやらを広げた。タケノリがふとユズハの方を見やると、もうユズハはユースケの方を見ておらず、再び友達と楽しげに談笑していた。それでもタケノリの視線に気がつくと、呆れと優しさの混じったような笑みを浮かべた。
「五学年になってもう一ヶ月になるのかあ。なんか時間経つの早くて怖いわ」
「俺らが小さいときは、高校の五学年とか六学年ってもっと大人に見えたよなあ。全然実感湧かねえ」
ユースケにとっての楽しい昼食タイムに早々、暗い話題から入り始めたのはセイイチロウとカズキだった。せっかくのノリノリな気分に水を差され白米を落としそうになるが、全然実感が湧かないのはユースケも一緒だったので「俺、まだ子供でいてえよ」と神妙な顔をして頷いた。
「大人と言える年齢になったからって自動的に大人になれるってもんでもないだろ」
タケノリが宥めるように言う。箸をパクパクさせるものだから箸が喋っているようである。
「そういうもんなんだなあ、何か嫌な事実だ。俺、このまま大人の実感湧かなそうで不安だ」
「俺、バカだし大学校行かないと思うんだけどさ、どんな生活が待ってるのかとか全然ピンと来ないや」
セイイチロウとカズキはそれでも煮え切らない表情のまま互いを見合いため息をついている。
「自分がバカだって思っちまうのも、それで大学校行かないっていうのも、あんま決めつけすぎんなよカズキ。あんまネガティブにばっか考えてると体にも悪いからな」
「優等生の解答って感じだー」
カズキはようやく重たい手を動かし、焼きそばパンを頬張る。その拍子にぽろりと焼きそばの一部が服の上に落ち、カズキは苛ついたようにそれを乱暴に掬い上げ口に運ぶ。
「……ま、今見えてる範囲で、自分の出来ることを頑張っていこうぜ」
ユースケは朝食の時と同じようにゆったりとしたペースでふにゃふにゃの海苔を口に運びながら淡々と言った。今までの会話はどこ吹く風で流れていったのかと思うほどユースケがのんびりと弁当を食べているものだから「お前も俺と同じぐらい勉強できねえくせに偉そうにっ」とカズキはにやにやしながら悪態をついた。
ユースケが授業中の居眠りによって出来たノートの染みをぱたぱたと揺らして乾かしていると、タケノリが近づいてきた。
「ユースケ、昼飯は?」
「まだ買ってないよ」
「ノートなんてほっときゃ乾くって、ほら行こうぜ。早くしないと、美味いもん売り切れるぞ」
タケノリはノートのちょうど染みになっている部分を指でぱちんと弾く。ノートを覗いてみると、その染み以外の部分は見事なまでに真っ白いままであり、「お前、また寝てたのかよ」とタケノリはくすりと笑った。
「これが気になって仕方が無くなってしまった。だから俺はこれをどうにかするまで行かんぞ」
なかなか乾こうとしない、ふにゃふにゃしたノートにユースケは眉を顰める。一体どれだけ気持ち良くよだれを垂らしながら寝ていたのかと、ユースケは自分で自分が若干怖くなった。
ユースケの複雑な表情に、タケノリはまたくすりと笑った。
「俺もう先に行くわ。それとも、何か買ってこようか?」
「おごり?」
「なわけないだろ」
ユースケの頭が財布でぽすんと叩かれる。
教室の入り口辺りでタケノリを呼ぶ声が聞こえると、「じゃあ適当に買ってくるわ」と告げてタケノリは慌てたようにそちらへ向かう。すると、それまで一瞬たりとも視線をノートから逸らさなかったユースケは「俺、照り焼き弁当二つ!」とタケノリの背中に向かって叫んだ。現金な性格である上に要求は図々しかった。
ノートと睨み合い、しばらくしてようやくノートの乾き具合に妥協できたユースケは、ノートを手提げに入れ空をぼうっと眺める。そうしていると、教室のあちらこちらでの会話や廊下での喧噪が騒がしい中、聞き慣れた声の混じった会話が聞こえてきた。ふとその声の方を見やると、ユズハがクラスの友達と机を囲んで微笑みながら昼食をとっている様子が見えた。
自分に対しては厳しいくせに他の相手には良い顔をするユズハにムッとし、ユースケはそのまま睨みつけた。すると、不気味な念でも伝わったのか、ユズハがユースケの視線に気がついた。ユズハの顔からそれまでの爽やかな微笑みはついぞ消え失せ、鬱陶しがるように目を細め、「こっちを見るな」とでも言いたげにシッシと手を払ってきた。その手につられて、仲良さげに話していた他の友達もユースケの方を向いた。何人かは「何だお前か」という雰囲気で、ユースケの存在を確認するとすぐに興味も失せてユズハに向き直る。ユースケも変な意地を張るもので、ユズハに凄まれようとも、多勢に呆れられようとも、構わずユズハを睨み続けた。ユズハもユズハでユースケに負けじと睨み返していた。
不意にぽすんと、ユースケの頭の上に堅い感触が当たった。ほんのりと温かかった。
「ほれ、買ってきたぞ」
頭の上からタケノリの声が降ってきた。振り返ってみるとタケノリの他にカズキとセイイチロウもいた。
「サンキュ。食おうぜ食おうぜ」
ユースケは頭の上に乗っかった弁当を受け取り机の上に広げる。弁当は頼んでいた照り焼き弁当ではなくのり弁であり、しかも一つであったが、ユースケは特に気にする様子もない。
「ったく、調子が良いなあ、お前は」
「タケノリに餌付けされて喜んでるペットの図にしか見えん」
タケノリたちは、持ち主がどこかに行ったきり帰ってこないユースケの周囲の机を借りて座ると、買ってきた弁当やらパンやらおにぎりやらを広げた。タケノリがふとユズハの方を見やると、もうユズハはユースケの方を見ておらず、再び友達と楽しげに談笑していた。それでもタケノリの視線に気がつくと、呆れと優しさの混じったような笑みを浮かべた。
「五学年になってもう一ヶ月になるのかあ。なんか時間経つの早くて怖いわ」
「俺らが小さいときは、高校の五学年とか六学年ってもっと大人に見えたよなあ。全然実感湧かねえ」
ユースケにとっての楽しい昼食タイムに早々、暗い話題から入り始めたのはセイイチロウとカズキだった。せっかくのノリノリな気分に水を差され白米を落としそうになるが、全然実感が湧かないのはユースケも一緒だったので「俺、まだ子供でいてえよ」と神妙な顔をして頷いた。
「大人と言える年齢になったからって自動的に大人になれるってもんでもないだろ」
タケノリが宥めるように言う。箸をパクパクさせるものだから箸が喋っているようである。
「そういうもんなんだなあ、何か嫌な事実だ。俺、このまま大人の実感湧かなそうで不安だ」
「俺、バカだし大学校行かないと思うんだけどさ、どんな生活が待ってるのかとか全然ピンと来ないや」
セイイチロウとカズキはそれでも煮え切らない表情のまま互いを見合いため息をついている。
「自分がバカだって思っちまうのも、それで大学校行かないっていうのも、あんま決めつけすぎんなよカズキ。あんまネガティブにばっか考えてると体にも悪いからな」
「優等生の解答って感じだー」
カズキはようやく重たい手を動かし、焼きそばパンを頬張る。その拍子にぽろりと焼きそばの一部が服の上に落ち、カズキは苛ついたようにそれを乱暴に掬い上げ口に運ぶ。
「……ま、今見えてる範囲で、自分の出来ることを頑張っていこうぜ」
ユースケは朝食の時と同じようにゆったりとしたペースでふにゃふにゃの海苔を口に運びながら淡々と言った。今までの会話はどこ吹く風で流れていったのかと思うほどユースケがのんびりと弁当を食べているものだから「お前も俺と同じぐらい勉強できねえくせに偉そうにっ」とカズキはにやにやしながら悪態をついた。
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