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すれ違いの時間

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「この卵料理もとても美味しいよ。カテリーナもお食べ。」

フィリップが黄色くふんわりと美味しそうな卵料理の乗ったお皿をカテリーナの前に置いた。

「はい、ありがとうございます。」

フィリップの優しい笑顔に、カテリーナは居心地の悪い思いで返した。

2人は向き合って食事を取っていた。
それは昨日から続いている事で、以前の様に膝の上に乗せられる事も、フィリップの手で食事を口に運ばれる事もない…至って普通の食事風景だった。

やっぱりあれが原因なのでしょうか…。

カテリーナは昨日の事を思い出していた。

フィリップに純潔を捧げるかと聞かれた時の事だ。
あの時、咄嗟に出たカテリーナの謝罪に、フィリップは泣きそうに顔を歪めた後、無言で部屋から出て行ってしまった。

次に彼に会ったのは、夕食と思われる食事の時間だった。
いつもと変わらない穏やかな笑顔で現れたフィリップと向かい合い食事を取り、食事が終わると、彼はカテリーナに触れる事なく部屋を後にした。

最初の日は、フィリップの温もりで眠りに落ちたカテリーナだが、昨晩は寝付く事が出来ずフィリップの居ない冷たいシーツに、何度も寝返りを打ったのだ。

そして今、再びフィリップと向き合って食事を取っていた。

「どうだい?」

「えぇ、とても美味しいです。」

「正式に婚姻を果たしたら、食事は晩餐室ではなく、これくらいの小ぶりなテーブルで取りたいね。」

笑顔で話し掛けてくるフィリップの心境が分からず、カテリーナは曖昧に微笑む。

「そうですね。この方が話も弾みますし…。」

「…。」

「…。」

話が弾むはずの小ぶりなテーブルでこの状態だ。

「フィリップ殿下…昨日の事ですが…。」

「あぁ、ごめんね。少し焦り過ぎたみたいだ。気にしないでくれると嬉しいんだけど…。」

そう答えるフィリップは笑顔だが、カテリーナはどこか壁を感じてしまう。

欲しかったのは、そんな答えではない気がするのに、これ以上踏み込んでも、フィリップの希望に応えて純潔を差し出すことは難しいと思えば、カテリーナは静かに頷くしか無かった。

「…わかりました。」

「…。」

「…。」

気まずいまま食事の時間が終わりを告げた。

「カテリーナ、僕はこの後出掛けなきゃいけないから、自由に過ごして。必要な物があればアンディに言ってね。」

フィリップはナフキンで口を拭いながらそう言うと、カテリーナの頭も撫でずに去って行こうとする。

「あのっ!」

カテリーナは思わず立ち上がって、フィリップを呼び止めた。

次は…いつ会いに来てくれますか?

その時も変わらず、笑い掛けてくれますか?

でも、カテリーナは自分が求めているのは、そんな優等生みたいな事ではないと、もう知っていた。

触れたい…。

目の前に居るのに、笑顔を向けてくれるのに、その温もりが与えられる事が一切ないと言う状況が、カテリーナには苦しくて仕方なかった。

「なんだい?」

触れたい…フィリップ殿下に。
触れられたい…。

「…抱き締めて…頂けませんか?お願いします。」

今まではカテリーナが正しくお願いさえすれば、フィリップは全て叶えてくれていた。

そう、今までは…。

「カテリーナ、申し訳ないけど、今は急ぐから。また今度ね。」

フィリップが困った様に笑う表情を見て、彼の言う今度などやって来ないとカテリーナは思った。

くるりと背中を向け、フィリップが去っていく。

その背を見ると、カテリーナの瞳からは自然と涙が溢れた。

いや…行かないで。
置いて行かないで…。

そして、自分の中にある気持ちを理解した。

私、もうフィリップ殿下が居ないと…。

聖女も、皇太子妃もどうでもいい。

ただフィリップ殿下と共に居たいのだ。

そう思うと同時に、カテリーナはフィリップに駆け寄り、その背を抱き締めた。

左足の鎖がピンっと張って、それ以上カテリーナが進む事は一歩も許さない…そんなギリギリの距離だった。


「カテリーナ?」

フィリップは突然背中に感じる甘い熱に足を止めた。

「フィリップ殿下…カテリーナを置いていかないで下さいませ。」

ある意味、想像通り…と言うか、計画通りだろう。

あれだけ濃厚に接した後に、急に距離を取ったのだ。
順調に調教の進んでいるカテリーナが身体の疼きを我慢出来ず、泣き付いて来ることは想定の範囲内だった。

…だから、早く離れないといけなかったのに。

このまま調教を続ければ、彼女が望んで無いのに無理やりでも彼女の中に割り入って、その純潔を散らしたい衝動を抑え込む事がフィリップは出来ないと思っていた。

かと言って、カテリーナと全く会わないなど拷問以外の何物でもない。

その結果、食事を共にする…と言う極めて簡単な答えに落ち着いたのだった。

こんな事になるなら…食事を共にする事さえも我慢しなくてはならなかったか…。

そうは思っても、背中に感じる愛おしい熱を振り解く事は容易ではない。

振り返って、抱き締めて…2人がドロドロに溶け合うまでキスをしたい衝動を堪えるので精一杯なのだから。

「カテリーナ…離して。」

「…いやです!」

ギュッと自分に巻き付いた腕が、ゆるゆると下半身に降りていき、カテリーナの可愛い手がカチャカチャとベルトに触れている。

何を…?

と思っている間に、カテリーナによってフィリップ自身の物が空気に晒された。
それは既にドクンドクンと、大きくなっている。

この状態に興奮してるとか…最低だな。

カテリーナの細い指が自身の物に絡みつくのをフィリップは泣きそうな気持ちになって見つめていた。

本来は初心な彼女をここまで突き動かしたのが自分の調教の成果だと思うと同時に、彼女をこの行動に駆り立てているのが欲求なのだと思うと、虚しくて堪らないのだ。

…少しでも…欲求ではなく、僕を求めて…僕を愛してくれないだろうか…。

全部、自分の調教の招いた自業自得だと思えば、自分に怒りさえ湧いて来るのだ。
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