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4章 事件解決編

9 侍女は観察する

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あの日…詳しくは聞かされて居ないけど、セリーナとコーエンが別れた日、ティナはそれを部屋から出て来たコーエンの表情で知った。

どんな時も余裕があり、優しい笑みを浮かべているコーエンが、触れば崩れ落ちてしまいそうな表情をしていて、それだけでティナの胸はザワついた。

部屋に入れば、ソファーにポツンと座ったセリーナが声も出さずにハラハラと涙を流して居たのだから、失礼だろうが、何だろうが、抱き締めずには居られなかった。

自分がコーエンの良からぬ噂などを耳に入れてしまったせいでお二人はこんなにも傷付いているのだろうか…。

セリーナを抱き締めるティナもいつしか涙が溢れて来た。


そんな声もなく過ごした日から既に1週間近くが経った。

セリーナはリードからの依頼だと持ち帰った大量の資料を前に、毎日占いに没頭している。

その没頭っぷりは、いつかのボーランド地区で村民を全員占った時を彷彿とさせて、ティナは心配でならなかった。

普段であれば、こう言う時はコーエンに相談すれば、一緒になってセリーナが休む方法を考えてくれるのだが、今回に限っては「心配ですね。気に掛けてあげて下さい。」と力なく言われただけで、コーエンこそ倒れてしまいそうな状況にティナは思わず口を結んだ。

2人は仕事のやり取りでは普段と変わらなかったが、それ以外の事となると距離の取り方が掴めて居ないようで、ぎこちないを通り越して、見ているこちらが気不味い状況だ。

「セリーナ様、少し休まれませんか?良かったら、ミルワード王国に持って行かれるドレスを一緒に選びましょう!」

ティナは、親友であるクラリスの結婚式の話題であれば、少しはセリーナも元気が出るのでは無いかと、会心の一撃とばかりに話題を繰り出したが、いとも簡単に撃沈するのだ。

「そうね。でも、出発までにこれ全部片付けないといけないから…。」

そんなセリーナが唯一手を止めるのは、リードが部屋を訪ねて来る時だった。

まぁ、皇太子がわざわざ訪ねて来ているのだから、ほったらかしにして占いを続ける訳にはいかないのはもちろんだが、ティナはそれだけではない何かを感じていた。

そもそも、皇太子殿下は以前はこんなに頻繁に訪ねては来られなかったはずなのに…。

セリーナに任せた占いの結果だとか、一緒にミルワード王国に行くので、その打ち合わせだとか、毎回それらしい名目で訪ねては来るのだが、以前であればそんな事、遣いを送って済ませただろう。

「今日は追加で占って欲しい人物が居て資料を持ってきたんだ。」

リードがソファーに腰を下ろして、すぐに1枚の紙をセリーナに差し出した。

「あんなに占わせておいて…追加ですか。やっぱり、リード殿下は私に過労死して欲しいみたいですね。」

「お前はそんな繊細に出来てはいないだろう。」

「余計なお世話です。」

ティナはお茶の準備をしながらも、笑い合う2人の様子を見る。

そもそもセリーナが作り笑顔でなく、この様に笑いを浮かべるのは久しぶりだし、いつもは気難しい顔をしているリードがこの様に柔らかく笑う人物である事をティナは知らなかった。

特に席を外す様にとの指示も無かったので、部屋の隅に待機しながら、2人の様子をじっくりと観察する。
侍女の特権だ。

「ニドルート子爵家…?」

資料を覗き込んだセリーナが驚きと疑問の入り混じった様な声を上げた。

ティナもニドルート子爵の名前には聞き馴染みがあった。
と言っても、子爵本人については知らない。
ただ、セリーナが楽しそうに出かけて行くお茶会、その参加者の1人がドロシー ニドルート子爵令嬢だった。

「あぁ、お前も令嬢とは繋がりがあったな。夜会の招待客リストに加えたから覚えている。」

「あれ…リード殿下がご招待下さったんですか?」

「お前、友人が王城の夜会に忍び込んだとでも、思っていたのか?王城の夜会なのだから俺が招待したに決まっているだろう。お前の交友関係は調査の資料で上がっていたからな。」

リードがセリーナを小馬鹿にしたように笑った。

「いえ…私はてっきり…いや、何でもありません。それで、何故ニドルート子爵が?」

セリーナが歯切れが悪く話題を変えた。

「あぁ、鉱山と面した領地を持っているが、爵位の低い事から当初は不適任だと選定から除かれていたんだ。だが…あそこの令嬢の縁談がまとまりそうな話は知っているか?」

その話であれば、ティナにも覚えがあった。
確かセリーナの友人のドロシーは貴族ではなく商家の男性と恋に落ち悩んでいた。
そこにセリーナの占いによる助言もあり、ついに父親に自分の気持ちを告げたらしいとセリーナが嬉しそうに語っていたのはつい先日だ。

「えぇ、確か商家の次男坊がお相手と聞いています。」

「そうだ。娘を平民に嫁がせる事に難色を示して居たニドルート子爵だが、相手がニドルート伯爵家に入り、兄夫婦のサポートをして行くと言う話で纏まったらしい。爵位は継げないが、元々平民に嫁いだ所で、そう条件は変わらないしな。最終的には、どの様な条件でも一緒に居たいという2人の意思を尊重したようだ。」

「そうだったのですね…。」

セリーナはそこまでの事情はまだ耳にしていないのか、驚いた様な、それでいて嬉しそうな顔をした。

「そこで、ニドルート子爵が…と言うより、ニドルート子爵家が今回の候補に加わった。ニドルート子爵家に婿入りするのがガーランド商店の次男坊であれば、鉄鉱石の流通を新たに整える必要もないだろう。」

「ガーランドって…あの、ガーランド商店ですか?」

セリーナの驚いた声に、ティナも気付かれないように小さく頷いた。

ガーランド商店と言えば、王都はもちろん、地方都市と言える規模の街には必ず支店が展開されているし、そのパイプは国外にも複数ある事は知られている。

そうグリフィス王国全体で見ても、5本の指には入る大きな商店なのだ。

「何だ、お前知らなかったのか?」

「いえ、お相手までは詳しくは…。私が知っているのは生年月日くらいのもので…あっ!」

セリーナが突然声を上げたので、控えて居たティナはビクッと反応してしまった。

「思い当たる節がありそうだな。これがそのニドルート子爵令嬢のお相手の資料だ。」

そう言ってリードが差し出したのは、最初に持ってきた1枚の資料だった。

ティナはセリーナに言われる前に、デスクからセリーナがいつも占いに使っている紙とペンを取って差し出した。

「ありがとう、ティナ。」

そう言ってセリーナは紙にサラサラと何かを書き込み始める。
いつも側で見ているが、何度見ても何が書かれているのかはわからない。
ただ沢山の数字が羅列しているだけに見えるのだ。

セリーナにはこれから何か自分とは違う物が見えているのだと思うと、いつもの事ながら凄いと思う。

「やっぱり!そうだわ。そうそう、前に占った時も…。」

占いをするセリーナの顔が、ここ数日見たことがないくらいキラキラしている。

それを見守るリードの顔も、ティナは初めて見るような優しいもので、2人の作り出す雰囲気に奇妙な違和感を覚える。

お二人は…もしかして…。
少なくともリード殿下のあの眼差しは…。

「何かいい結果が出た様だな。」

「えぇ、凄いです!よく彼の存在に気付いて下さいました。前に占った時から、商家と言えど次男である事が勿体無いと思っていたんです。彼はリーダーシップに溢れ、優れた判断力と決断力を持っています。それこそ商店を継げば、今の何倍も商店を大きくする事が出来る逸材です。」

占い結果を語る時のセリーナはいつも饒舌で、その目はキラキラしている。

ティナはそんなセリーナを見るのが好きだった。

「では…?」

「鉱山を任せるのに、彼以上に適任はいません。もちろん、彼個人ではなくニドルート子爵家で管理して行く事になりますが、それでも彼は十分に実力を発揮できるでしょう。」

「決まりだな。これでお前も過労死を免れたわけだ。」

リードが嬉しそうに笑った。

「本当ですね。ミルワード王国に行くまでに片付かないのではとヒヤヒヤしていましたから。」

セリーナも心の底からの笑顔を見せた。

「出発は来週だからな。クラリスもお前に会える事を楽しみにしているだろう。準備を進めてくれ。足りない物があれば、何でも言う様に。」

久しぶりに明るい顔を見せるセリーナに、ティナは安心を覚えると同時に、主人本人もまだ気付かぬ恋心に気付いてしまった。
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