56 / 68
4章 事件解決編
8 伯爵令嬢は決別する
しおりを挟む
ティナが心配そうに頭を下げて部屋から出て行くのを見送って、セリーナはコーエンに向き直った。
「まさか、アーサフィス侯爵が関係していたとは、驚きました。」
先程まで執務室で話していた話だった。
セリーナにはこの話題から入る方が自然に思えたのだ。
「えぇ、リード殿下も仰っていた通り前々から怪しいとは思っていたのですが、侯爵の影響力を考えれば、疑惑くらいで捜査に踏み切るのは難しい状況でした。」
「それで、侯爵令嬢に近付かれたのですか?」
セリーナの言葉に、コーエンは少し驚いた様な顔をした。
最初はコーエンがアーサフィス侯爵令嬢と親しくしているうちに今回の事件の証拠の様な物を掴み、それをリードに報告したのだと思っていた。
だが、アーサフィス侯爵令嬢に近付いたのが、そもそも証拠を掴む為だったと思えば、そちらの方が自然な気がしたのだ。
「ご存知だったのですか?」
「えぇ、私はもう塔に閉じ込められていた魔女ではありませんから。ブルーセン子爵令息がアーサフィス侯爵令嬢の為に何時間も自ら並ばれてエクレアを買い求めた事は、王都の令嬢でしたら誰でも知っている事ですよ。」
セリーナの言葉に明らかにコーエンの顔が雲った。
どうやら、本当にアーサフィス侯爵令嬢との事は知られていないと思っていた様だ。
「…不愉快な思いをさせて申し訳ありません。」
それは何に対しての謝罪なのか。
侯爵令嬢にエクレアを買ったついでにセリーナにも同じ物を届けた事か。
意図せず令嬢方の噂の的となり、身に覚えのない同情をされた事か。
それとも、セリーナがまだ知らないだけで、他に謝らないといけない事があるのだろうか。
「いえ、それがお仕事だったのでしょう。」
気にしていないと伝えようと思ったのに、その冷たい口調はまるでヤキモチでも妬いている様だ。
「えぇ、でも今回限りです。今回はリード殿下からの指示もありましたが、私が正式に婚約をすれば、この様な事を行うのも難しくなります。事件の後始末がひと段落したら、すぐにでもディベル伯爵に婚約の申し込みをさせていただきたいのです。」
婚約さえしてしまえば、もうこんな事は起こらないから、安心して欲しい。
コーエンはそう言ってセリーナの手を握るが、セリーナの気持ちは全く追い付いていない。
「その事ですが…やはり少し考えさせて頂けませんか?」
コーエンに握られた手を解いて、ゆっくりと自分の方に引き寄せた。
「何故ですか!?侯爵令嬢とのどの様な噂がお耳に入ったかは存じません…。全て私の落ち度です。しかし、それは全て政務の為の嘘です。私が思っているのはセリーナ嬢…貴女だけです。」
「でも、私に近付いた理由も政務の為でしたよね?リード殿下に何と指示されたんですか?どこまでが政務の為の嘘なんでしょうか。」
セリーナは、キッと鋭い視線をコーエンに向けた。
その瞳には涙が溜まり潤んでいる。
「嘘なんかではありません。確かに…一番初めは貴女に近づく様に指示されました。それは貴女の魔術がどの様な物か調べる為です。ですが、そんな事は関係なく、私は貴女に惹かれた。気が付けば好きになっていました。」
セリーナは自分でどこまでが嘘かと尋ねたくせに、欲しかったのはその答えではない事に、コーエンの返答を聞いてからようやく気付いた。
「…すいません。」
「セリーナ嬢、話を聞いてください。こんな事で貴女を失うなんて耐えられません。」
「違うんです。コーエン様が私をどう思っていても、それが本心から言ってくれている言葉であれ、何か理由があって嘘を付いているのであれ、貴方が婚姻の相手として申し分ない事には変わりません。だから、私も貴方の言葉を信じて、例え騙されていても、幸せになる道はある…そんな風に考えていました。」
「…貴女を騙すはずがないでしょう。」
コーエンが力なく言った。
「でも…そんな事を考えている事自体が、コーエン様が嘘を付いているのか、真実を語っているのか、その都度疑ってしまう自分自身が…どうしても好きになれません。」
「無条件に信じていただく事は出来ないのですか…?」
「出来る事なら…私だってそうしいたいです。」
セリーナの瞳に溜まった涙がポツリと床に落ちた。
「…わかりました。でも、私はそう簡単に貴女の事を諦められません。貴女の信頼を取り戻す為なら、ありとあらゆる努力をしましょう。」
コーエンは立ち上がり、セリーナの側に膝をつくと、その涙を人差し指で掬い取った。
「コーエン様…。」
「だから、私が勝手に努力する事をお許しいただけますね?」
いつもの優しいコーエンの笑みがそこにあった。
でも、それは何処か悲しそうで、セリーナはコクリと頷いて返す事しか出来なかった。
「まさか、アーサフィス侯爵が関係していたとは、驚きました。」
先程まで執務室で話していた話だった。
セリーナにはこの話題から入る方が自然に思えたのだ。
「えぇ、リード殿下も仰っていた通り前々から怪しいとは思っていたのですが、侯爵の影響力を考えれば、疑惑くらいで捜査に踏み切るのは難しい状況でした。」
「それで、侯爵令嬢に近付かれたのですか?」
セリーナの言葉に、コーエンは少し驚いた様な顔をした。
最初はコーエンがアーサフィス侯爵令嬢と親しくしているうちに今回の事件の証拠の様な物を掴み、それをリードに報告したのだと思っていた。
だが、アーサフィス侯爵令嬢に近付いたのが、そもそも証拠を掴む為だったと思えば、そちらの方が自然な気がしたのだ。
「ご存知だったのですか?」
「えぇ、私はもう塔に閉じ込められていた魔女ではありませんから。ブルーセン子爵令息がアーサフィス侯爵令嬢の為に何時間も自ら並ばれてエクレアを買い求めた事は、王都の令嬢でしたら誰でも知っている事ですよ。」
セリーナの言葉に明らかにコーエンの顔が雲った。
どうやら、本当にアーサフィス侯爵令嬢との事は知られていないと思っていた様だ。
「…不愉快な思いをさせて申し訳ありません。」
それは何に対しての謝罪なのか。
侯爵令嬢にエクレアを買ったついでにセリーナにも同じ物を届けた事か。
意図せず令嬢方の噂の的となり、身に覚えのない同情をされた事か。
それとも、セリーナがまだ知らないだけで、他に謝らないといけない事があるのだろうか。
「いえ、それがお仕事だったのでしょう。」
気にしていないと伝えようと思ったのに、その冷たい口調はまるでヤキモチでも妬いている様だ。
「えぇ、でも今回限りです。今回はリード殿下からの指示もありましたが、私が正式に婚約をすれば、この様な事を行うのも難しくなります。事件の後始末がひと段落したら、すぐにでもディベル伯爵に婚約の申し込みをさせていただきたいのです。」
婚約さえしてしまえば、もうこんな事は起こらないから、安心して欲しい。
コーエンはそう言ってセリーナの手を握るが、セリーナの気持ちは全く追い付いていない。
「その事ですが…やはり少し考えさせて頂けませんか?」
コーエンに握られた手を解いて、ゆっくりと自分の方に引き寄せた。
「何故ですか!?侯爵令嬢とのどの様な噂がお耳に入ったかは存じません…。全て私の落ち度です。しかし、それは全て政務の為の嘘です。私が思っているのはセリーナ嬢…貴女だけです。」
「でも、私に近付いた理由も政務の為でしたよね?リード殿下に何と指示されたんですか?どこまでが政務の為の嘘なんでしょうか。」
セリーナは、キッと鋭い視線をコーエンに向けた。
その瞳には涙が溜まり潤んでいる。
「嘘なんかではありません。確かに…一番初めは貴女に近づく様に指示されました。それは貴女の魔術がどの様な物か調べる為です。ですが、そんな事は関係なく、私は貴女に惹かれた。気が付けば好きになっていました。」
セリーナは自分でどこまでが嘘かと尋ねたくせに、欲しかったのはその答えではない事に、コーエンの返答を聞いてからようやく気付いた。
「…すいません。」
「セリーナ嬢、話を聞いてください。こんな事で貴女を失うなんて耐えられません。」
「違うんです。コーエン様が私をどう思っていても、それが本心から言ってくれている言葉であれ、何か理由があって嘘を付いているのであれ、貴方が婚姻の相手として申し分ない事には変わりません。だから、私も貴方の言葉を信じて、例え騙されていても、幸せになる道はある…そんな風に考えていました。」
「…貴女を騙すはずがないでしょう。」
コーエンが力なく言った。
「でも…そんな事を考えている事自体が、コーエン様が嘘を付いているのか、真実を語っているのか、その都度疑ってしまう自分自身が…どうしても好きになれません。」
「無条件に信じていただく事は出来ないのですか…?」
「出来る事なら…私だってそうしいたいです。」
セリーナの瞳に溜まった涙がポツリと床に落ちた。
「…わかりました。でも、私はそう簡単に貴女の事を諦められません。貴女の信頼を取り戻す為なら、ありとあらゆる努力をしましょう。」
コーエンは立ち上がり、セリーナの側に膝をつくと、その涙を人差し指で掬い取った。
「コーエン様…。」
「だから、私が勝手に努力する事をお許しいただけますね?」
いつもの優しいコーエンの笑みがそこにあった。
でも、それは何処か悲しそうで、セリーナはコクリと頷いて返す事しか出来なかった。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる