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4章 事件解決編

8 伯爵令嬢は決別する

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ティナが心配そうに頭を下げて部屋から出て行くのを見送って、セリーナはコーエンに向き直った。

「まさか、アーサフィス侯爵が関係していたとは、驚きました。」

先程まで執務室で話していた話だった。
セリーナにはこの話題から入る方が自然に思えたのだ。

「えぇ、リード殿下も仰っていた通り前々から怪しいとは思っていたのですが、侯爵の影響力を考えれば、疑惑くらいで捜査に踏み切るのは難しい状況でした。」

「それで、侯爵令嬢に近付かれたのですか?」

セリーナの言葉に、コーエンは少し驚いた様な顔をした。

最初はコーエンがアーサフィス侯爵令嬢と親しくしているうちに今回の事件の証拠の様な物を掴み、それをリードに報告したのだと思っていた。

だが、アーサフィス侯爵令嬢に近付いたのが、そもそも証拠を掴む為だったと思えば、そちらの方が自然な気がしたのだ。

「ご存知だったのですか?」

「えぇ、私はもう塔に閉じ込められていた魔女ではありませんから。ブルーセン子爵令息がアーサフィス侯爵令嬢の為に何時間も自ら並ばれてエクレアを買い求めた事は、王都の令嬢でしたら誰でも知っている事ですよ。」

セリーナの言葉に明らかにコーエンの顔が雲った。
どうやら、本当にアーサフィス侯爵令嬢との事は知られていないと思っていた様だ。

「…不愉快な思いをさせて申し訳ありません。」

それは何に対しての謝罪なのか。
侯爵令嬢にエクレアを買ったついでにセリーナにも同じ物を届けた事か。
意図せず令嬢方の噂の的となり、身に覚えのない同情をされた事か。
それとも、セリーナがまだ知らないだけで、他に謝らないといけない事があるのだろうか。

「いえ、それがお仕事だったのでしょう。」

気にしていないと伝えようと思ったのに、その冷たい口調はまるでヤキモチでも妬いている様だ。

「えぇ、でも今回限りです。今回はリード殿下からの指示もありましたが、私が正式に婚約をすれば、この様な事を行うのも難しくなります。事件の後始末がひと段落したら、すぐにでもディベル伯爵に婚約の申し込みをさせていただきたいのです。」

婚約さえしてしまえば、もうこんな事は起こらないから、安心して欲しい。

コーエンはそう言ってセリーナの手を握るが、セリーナの気持ちは全く追い付いていない。

「その事ですが…やはり少し考えさせて頂けませんか?」

コーエンに握られた手を解いて、ゆっくりと自分の方に引き寄せた。

「何故ですか!?侯爵令嬢とのどの様な噂がお耳に入ったかは存じません…。全て私の落ち度です。しかし、それは全て政務の為の嘘です。私が思っているのはセリーナ嬢…貴女だけです。」

「でも、私に近付いた理由も政務の為でしたよね?リード殿下に何と指示されたんですか?どこまでが政務の為の嘘なんでしょうか。」

セリーナは、キッと鋭い視線をコーエンに向けた。
その瞳には涙が溜まり潤んでいる。

「嘘なんかではありません。確かに…一番初めは貴女に近づく様に指示されました。それは貴女の魔術がどの様な物か調べる為です。ですが、そんな事は関係なく、私は貴女に惹かれた。気が付けば好きになっていました。」

セリーナは自分でどこまでが嘘かと尋ねたくせに、欲しかったのはその答えではない事に、コーエンの返答を聞いてからようやく気付いた。

「…すいません。」

「セリーナ嬢、話を聞いてください。こんな事で貴女を失うなんて耐えられません。」

「違うんです。コーエン様が私をどう思っていても、それが本心から言ってくれている言葉であれ、何か理由があって嘘を付いているのであれ、貴方が婚姻の相手として申し分ない事には変わりません。だから、私も貴方の言葉を信じて、例え騙されていても、幸せになる道はある…そんな風に考えていました。」

「…貴女を騙すはずがないでしょう。」

コーエンが力なく言った。

「でも…そんな事を考えている事自体が、コーエン様が嘘を付いているのか、真実を語っているのか、その都度疑ってしまう自分自身が…どうしても好きになれません。」

「無条件に信じていただく事は出来ないのですか…?」

「出来る事なら…私だってそうしいたいです。」

セリーナの瞳に溜まった涙がポツリと床に落ちた。

「…わかりました。でも、私はそう簡単に貴女の事を諦められません。貴女の信頼を取り戻す為なら、ありとあらゆる努力をしましょう。」

コーエンは立ち上がり、セリーナの側に膝をつくと、その涙を人差し指で掬い取った。

「コーエン様…。」

「だから、私が勝手に努力する事をお許しいただけますね?」

いつもの優しいコーエンの笑みがそこにあった。
でも、それは何処か悲しそうで、セリーナはコクリと頷いて返す事しか出来なかった。
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