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4章 事件解決編

1 皇子の側近は悩みを増やす

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「アビントン伯爵…ですか?」

セリーナがその名を聞いたのは、つい1週間ほど前の事だ。きっとすぐに思い出したに違いない。

あの日…コーエンがアビントン伯爵領を訪ねて戻ったあの日から、コーエンとセリーナの関係は見事なまでに膠着状態だった。

もちろん、コーエンは何度も話し合おうとしたが、その度にセリーナが心を閉ざしてしまっていた。

その後も続いた夜会の日程、コーエンにエスコートはさせてくれるものの、不自然でない程度の上部だけの態度を貫くセリーナに、コーエンは頭を抱える状態だ。

「あぁ、そうだ。伯爵の人と成りを占って欲しい。」

リードが伯爵についての情報の書かれた資料をセリーナに手渡した。

「それは…もちろん問題ありませんが、私は伯爵本人とは面識がなく…やはり生年月日だけだと、正確な結果が導けないことはご了承いただけますか?」

セリーナはそれが聖女としての仕事であるとしっかり認識して、リードに確認を取っている。

そう言えば、夜会中に行われた晩餐でも彼女のアドバイス通り、テーブルクロスの色を変えたら、同盟国との商談に色良い返事を貰えたと、リードが言っていた。
国王陛下も大層お喜びだったとか。

でも、今のコーエンにとっては、そんな国家間の重大な商談よりも、目の前にいるセリーナとの溝の方が問題だった。

「もちろんだ。機会があれば伯爵と不自然でなく会える機会を設けてもいいが…それでは少し時がかかり過ぎるからな。」

「わかりました。…どの様な問題が起こっているのか教えていただけますか?」

セリーナの言葉に、リードの視線が自分に向けられた事を感じたコーエンは口を開いた。

「ここ半年ほど…アビントン伯爵領の鉱山で採れる鉄鉱石の量が減少を続けています。」

セリーナがこちらを向いて首を傾げた。

「アビントン伯爵領の鉱山は随分と歴史のあるものです。その…産出量が減ってくるのは自然現象ではないですか?」

そう答えるセリーナに、リードは満足そうな顔をした。
セリーナが取り組んでいる聖女教育の効果と言ってもいい返答だったからだ。

「えぇ、もちろん産出量が減少しているだけならば、鉱山自体が採掘を繰り返した結果、それ以上の産出は望めない可能性もあります。」

「では、何か怪しい点があるんですね。」

「えぇ、先日私は伯爵領を直接この目で確認して来ましたが、街の活気は以前以上の物でした。」

街自体が活気に満ちている事は悪い事ではない。
だが、領の最大の産業と言える鉄鉱石の産出が減ってる今、その財源が何処から来たものなのか…。

「なるほど。」

セリーナにもそれだけの説明で伝わったようだ。

「そもそも怪しくなければ、お前を呼んだりはしない。」

リードがそう言えば、そうですねとセリーナが笑みを浮かべた。
それは長らくコーエンには向けられていないものだ。

「では、少しだけお時間を下さい。明日までには結果をお持ちします。」

セリーナはそう言うと、資料を抱えて執務室を出て行く。

彼女はボーランド地区の水害の問題以来、リードから頼まれた占いについては、時間を掛けて、何度も何度も占いを重ねてから結果を出していた。

自分の発言がそれだけの責任を伴う事を、誰に言われずとも理解していたのだ。

本当は追い掛けて話し合う時間を作りたいが、今日はまだ仕事が残っている。
執務室を出たところでティナもセリーナの事を待っているので、送りたいと言ってもリードが許さないだろう。

パタンっと閉まるドアを、彼女のオレンジが見えなくなるまで見届けた。

「…お前達、まだ仲直りしていないのか。」

リードが面倒くさそうに言う。

「…。」

誰のせいだと思っているんだ…と思うと同時に、彼女が自分との事をリードに相談したのかと驚いた。

少なくとも自分の前では政務上のやり取りしかしていなかったはずだ。
いつの間にそんなに仲を深めたのか…。

もちろん、リードが「まだ」と言ったのは、先日セリーナが言っていた「占いの結果が良くなかった」と言ったくだらない仲違いを指しているが、コーエンはそんな事は知らない。

「話し方まで敬語に戻ってるじゃないか。コーエンの手をここまで焼かすとは…セリーナにしては意外だな。」

「…それより、アビントン領の件ですが!」

コーエンは強引にリードの話を遮ったのは、リードがセリーナの事を名で呼んだのを初めて聞いて、完全に動揺していたからだ。

もちろん、リードに他意はない。

本人の居ない所で「あいつ」と呼ぶのは申し訳ないと思う程度に、彼女への信頼を高めていたし、「魔女」と呼んでは、目の前のコーエンが怒ると知っている。
かと言って、対外的な場以外で「聖女」と呼ばれるのはセリーナが嫌がる。
そして、今更「セリーナ嬢」などと、背筋が痒くなるに決まっていた。

だから「セリーナ」と呼んだに過ぎないのだ。

何故だか怒ってしまった様子のコーエンに、リードは呆れた仕草を取った。

「まぁ、政務に支障が出ないようにしてくれ。アビントン領の件は…占いの結果次第だが、やはり一番怪しいのはアーサフィス侯爵だろう。」

「アーサフィス侯爵ですか…ですが、ガードが固くて、中々情報を得るのが難しい相手ですよ。」

コーエンはアーサフィス侯爵の狐のような顔を思い出した。
いつもヘラヘラとしており、掴みどころがない。
その上、アーサフィス侯爵の国への影響力を考えれば、決定的な証拠が無ければ、皇太子の力を使っても捜査する事は難しいだろう。

コーエンの思惑に反して、リードが悪戯でも閃いたようにニヤリと笑った。

「一つ…ガバガバに開いている突破口があるだろう?」

「突破口…ですか?」

「ルイーザ アーサフィス。確か、コーエンに惚れていただろ。」

ルイーザ嬢…。

確かに彼女はコーエンに想いを寄せている。
セリーナに手をあげようとしたくらいだ。

そして、コーエンにとっては、今後なるべく関わり合いになりたくない相手だった。

セリーナを傷付けようとした事を思い出せば、アーサフィス侯爵家のご令嬢だとわかっていても、地獄を見せたい衝動に駆られるからだ。

「いや…ですが…それは…。」

そんな相手に、情報を得る為に近付けと言われたのだ。

「コーエン、恋愛事で政務に支障をきたさないように…と先程伝えたはずだぞ。」

リードがピシャリと言い切ると、コーエンに選択肢は残っていない。

確かに今までも政務に使う情報を得る為に、色々な令嬢に近付いた事がある。
その方が手っ取り早いからと自分で志願しての事だった。

だが、今は状況も相手も最悪だ。

…とにかく、さっさと終わらせるしかないか。

「…かしこまりました。」

コーエンの悩みが一つ増えた瞬間だった。
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