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2章 聖女のお仕事編
5 伯爵令嬢は村の現状を知る
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馬車から降りたセリーナはうーんっと体を伸ばす。
「お疲れのご様子ですね。大丈夫ですか?セリーナ嬢?」
声を掛けてくるコーエンに、はしたないところを見られたと、慌ててスカートの裾を正した。
「馬車での移動は久しぶりだったから…。」
もちろん、それは嘘ではない。
でも、セリーナは馬車の中の様子を思い出し、げんなりした。
嬉々として恋愛談議するティナが真っ先に頭に浮かんだからだ。
「そうですか。すぐにでも休憩にしたいのですが、これから村長のところに話を聞きに行く事になっています。少し歩きますが大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫よ!」
むしろ、少し歩きたい気分だ。
何だか馬車と恋愛話に酔ったようだ。
「トロトロするな!早く行くぞ。」
こちらを気遣う事もなく勝手に出発したリードが声を張り上げた。
「セリーナ様、私は一足先に宿に入り、お部屋を整えておきます。」
ティナが荷馬車から荷物を下ろしながら、ペコリと頭を下げた。
「ありがとう。ティナも疲れているから、あまり無理せずに休んでね。」
「流石セリーナ様…お優しい。」
「…」
どうやら、普通に声を掛けてもティナの中で全てポジティブに変換されるようだ。
馬車の中での会話を通じて免疫のついて来たセリーナは、ティナの発言聞き流す事に決め、リードを追って歩みを進めた。
先を歩くリードが所々、足を止めて辺りを見回すので、セリーナもそれに倣う。
「茶色い…土地。」
色を使って占いをする者として、セリーナはなるべく色にネガティブな意味を持たせないようにしていた。
本来、茶色は安定感や責任を表す色だ。
でも、この場合はどうしたってネガティブな意味を連想してしまうだろう。
「丁度…雨季が終わりました。先の雨季では洪水被害により、ほとんどの植物は流され、その被害は民家にも広がっていると聞きます。」
セリーナは濁流がえぐった田畑を見た。
水の流れのままに荒らされたそこは、実りの時期である収穫シーズンが終わったばかりとは思えない惨状だった。
横の水路に目を向ければ、雨季の名残とばかりに増した水かさで、激しい勢いで流れるのは全て茶色く濁った水だ。
事前に聞いた説明だと、ここから日照りが始まるのだ。
洪水と日照りが交互に…とは聞いていたが、実際にこの目で目の当たりにすると、何の言葉も出てこない。
こんな状況を見聞きした事のないセリーナにだって、このまま日照りに突入すれば、まともな飲み水も確保出来ないまま大変な事になるのは想像が出来る。
「毎年…こんな状況なの?」
セリーナは乾き切った喉から、何とか言葉を絞り出した。
「ええ、残念ながら。」
顔を歪めるコーエンを見れば、今年が特別酷い状況ではないようだ。
その反応にセリーナはゴクリと唾を飲んだ。
洪水問題は占いでは解決出来ないと言っていたけど、これは…本当に私がどうこう出来るレベルの問題じゃない。
再び周囲に目を向けると、川の堤を修繕している村民が目に入る。
その表情は暗く疲れ切っていた。
セリーナはその痛ましさから、思わず目を逸らし、村長の家に着くまで、前を歩くリードの背中だけを見て歩いていた。
「殿下、この度もご訪問頂き、ありがとうございます。」
村長の家だと案内された質素な家の門を潜れば、痩せたご老人が深々と頭を下げてリードを出迎えた。
「形式ばった挨拶は不要だ。現状を話せ。流された民家は何軒だ?人に被害は出ていないか?」
勧められた席に座ることもせずにリードが村長と思われるご老人に詰め寄った。
そこから2人の間で交わされる現状確認は、先程セリーナ自身の目で目の当たりにしてきた惨劇のおさらいだった。
セリーナは少し気分が悪くなるのを感じる。
「大丈夫ですか?セリーナ嬢。」
「ええ、大丈夫。リード殿下はよくここに足を運ぶの?」
気遣うコーエンに、まさか話を聞いて気分が悪くなったとも言えず、リードと村長の知り合いの様な雰囲気について質問する事で少し気を紛らわした。
「はい。雨季の後と、乾季の後の年に2回は必ず。それ以外にもお時間が出来れば訪問しています。」
正直、セリーナにはその話が意外だった。
セリーナの中で、リードは我の強い皇太子で、王城から出る事を好まず、ましてやこんな荒れた土地に行く事には明らかな抵抗を示しそうなイメージだったからだ。
「そんなに頻繁に…。」
「ええ、直接訪問が出来ない期間は度々救援物資を送られてます。」
セリーナは自分がリードに抱いていたイメージが、自分の都合の良い様に作り出した物だと…目の前で熱く村長と語り合うリードを見れば、認識を改めなくてはならないと思った。
「よし。コーエン、お前は堤の修繕の様子を見て来い。何かあれば報告しろ。俺は家を流された村民の様子を見に避難所へ行く。」
唐突に村長との会話を終えたリードが勢いよく振り返り、そう言ったかと思えば、セリーナの存在を認めて目を丸くする。
どうやら、セリーナの存在を忘れていたようだ。
「お前は…堤について行くと邪魔だろう。仕方ないから、俺と一緒に来い。」
本当は嫌だけど…と言う表情を隠しもしないリードに、私だって嫌よ…とセリーナが返答しそうになるが、先に口を開いたコーエンに、セリーナは言葉を飲み込んだ。
「そうですね。避難所にはお困りの村民が居ます。セリーナ嬢の占いの力はそう言う場所で発揮するのがいいでしょう。」
コーエンに微笑み掛けながら背中を押されれば、セリーナもゆっくり頷かざるを得ないのだ。
「お疲れのご様子ですね。大丈夫ですか?セリーナ嬢?」
声を掛けてくるコーエンに、はしたないところを見られたと、慌ててスカートの裾を正した。
「馬車での移動は久しぶりだったから…。」
もちろん、それは嘘ではない。
でも、セリーナは馬車の中の様子を思い出し、げんなりした。
嬉々として恋愛談議するティナが真っ先に頭に浮かんだからだ。
「そうですか。すぐにでも休憩にしたいのですが、これから村長のところに話を聞きに行く事になっています。少し歩きますが大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫よ!」
むしろ、少し歩きたい気分だ。
何だか馬車と恋愛話に酔ったようだ。
「トロトロするな!早く行くぞ。」
こちらを気遣う事もなく勝手に出発したリードが声を張り上げた。
「セリーナ様、私は一足先に宿に入り、お部屋を整えておきます。」
ティナが荷馬車から荷物を下ろしながら、ペコリと頭を下げた。
「ありがとう。ティナも疲れているから、あまり無理せずに休んでね。」
「流石セリーナ様…お優しい。」
「…」
どうやら、普通に声を掛けてもティナの中で全てポジティブに変換されるようだ。
馬車の中での会話を通じて免疫のついて来たセリーナは、ティナの発言聞き流す事に決め、リードを追って歩みを進めた。
先を歩くリードが所々、足を止めて辺りを見回すので、セリーナもそれに倣う。
「茶色い…土地。」
色を使って占いをする者として、セリーナはなるべく色にネガティブな意味を持たせないようにしていた。
本来、茶色は安定感や責任を表す色だ。
でも、この場合はどうしたってネガティブな意味を連想してしまうだろう。
「丁度…雨季が終わりました。先の雨季では洪水被害により、ほとんどの植物は流され、その被害は民家にも広がっていると聞きます。」
セリーナは濁流がえぐった田畑を見た。
水の流れのままに荒らされたそこは、実りの時期である収穫シーズンが終わったばかりとは思えない惨状だった。
横の水路に目を向ければ、雨季の名残とばかりに増した水かさで、激しい勢いで流れるのは全て茶色く濁った水だ。
事前に聞いた説明だと、ここから日照りが始まるのだ。
洪水と日照りが交互に…とは聞いていたが、実際にこの目で目の当たりにすると、何の言葉も出てこない。
こんな状況を見聞きした事のないセリーナにだって、このまま日照りに突入すれば、まともな飲み水も確保出来ないまま大変な事になるのは想像が出来る。
「毎年…こんな状況なの?」
セリーナは乾き切った喉から、何とか言葉を絞り出した。
「ええ、残念ながら。」
顔を歪めるコーエンを見れば、今年が特別酷い状況ではないようだ。
その反応にセリーナはゴクリと唾を飲んだ。
洪水問題は占いでは解決出来ないと言っていたけど、これは…本当に私がどうこう出来るレベルの問題じゃない。
再び周囲に目を向けると、川の堤を修繕している村民が目に入る。
その表情は暗く疲れ切っていた。
セリーナはその痛ましさから、思わず目を逸らし、村長の家に着くまで、前を歩くリードの背中だけを見て歩いていた。
「殿下、この度もご訪問頂き、ありがとうございます。」
村長の家だと案内された質素な家の門を潜れば、痩せたご老人が深々と頭を下げてリードを出迎えた。
「形式ばった挨拶は不要だ。現状を話せ。流された民家は何軒だ?人に被害は出ていないか?」
勧められた席に座ることもせずにリードが村長と思われるご老人に詰め寄った。
そこから2人の間で交わされる現状確認は、先程セリーナ自身の目で目の当たりにしてきた惨劇のおさらいだった。
セリーナは少し気分が悪くなるのを感じる。
「大丈夫ですか?セリーナ嬢。」
「ええ、大丈夫。リード殿下はよくここに足を運ぶの?」
気遣うコーエンに、まさか話を聞いて気分が悪くなったとも言えず、リードと村長の知り合いの様な雰囲気について質問する事で少し気を紛らわした。
「はい。雨季の後と、乾季の後の年に2回は必ず。それ以外にもお時間が出来れば訪問しています。」
正直、セリーナにはその話が意外だった。
セリーナの中で、リードは我の強い皇太子で、王城から出る事を好まず、ましてやこんな荒れた土地に行く事には明らかな抵抗を示しそうなイメージだったからだ。
「そんなに頻繁に…。」
「ええ、直接訪問が出来ない期間は度々救援物資を送られてます。」
セリーナは自分がリードに抱いていたイメージが、自分の都合の良い様に作り出した物だと…目の前で熱く村長と語り合うリードを見れば、認識を改めなくてはならないと思った。
「よし。コーエン、お前は堤の修繕の様子を見て来い。何かあれば報告しろ。俺は家を流された村民の様子を見に避難所へ行く。」
唐突に村長との会話を終えたリードが勢いよく振り返り、そう言ったかと思えば、セリーナの存在を認めて目を丸くする。
どうやら、セリーナの存在を忘れていたようだ。
「お前は…堤について行くと邪魔だろう。仕方ないから、俺と一緒に来い。」
本当は嫌だけど…と言う表情を隠しもしないリードに、私だって嫌よ…とセリーナが返答しそうになるが、先に口を開いたコーエンに、セリーナは言葉を飲み込んだ。
「そうですね。避難所にはお困りの村民が居ます。セリーナ嬢の占いの力はそう言う場所で発揮するのがいいでしょう。」
コーエンに微笑み掛けながら背中を押されれば、セリーナもゆっくり頷かざるを得ないのだ。
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