上 下
21 / 68
2章 聖女のお仕事編

5 伯爵令嬢は村の現状を知る

しおりを挟む
馬車から降りたセリーナはうーんっと体を伸ばす。

「お疲れのご様子ですね。大丈夫ですか?セリーナ嬢?」

声を掛けてくるコーエンに、はしたないところを見られたと、慌ててスカートの裾を正した。

「馬車での移動は久しぶりだったから…。」

もちろん、それは嘘ではない。
でも、セリーナは馬車の中の様子を思い出し、げんなりした。
嬉々として恋愛談議するティナが真っ先に頭に浮かんだからだ。

「そうですか。すぐにでも休憩にしたいのですが、これから村長のところに話を聞きに行く事になっています。少し歩きますが大丈夫ですか?」

「もちろん、大丈夫よ!」

むしろ、少し歩きたい気分だ。
何だか馬車と恋愛話に酔ったようだ。

「トロトロするな!早く行くぞ。」

こちらを気遣う事もなく勝手に出発したリードが声を張り上げた。

「セリーナ様、私は一足先に宿に入り、お部屋を整えておきます。」

ティナが荷馬車から荷物を下ろしながら、ペコリと頭を下げた。

「ありがとう。ティナも疲れているから、あまり無理せずに休んでね。」

「流石セリーナ様…お優しい。」

「…」

どうやら、普通に声を掛けてもティナの中で全てポジティブに変換されるようだ。
馬車の中での会話を通じて免疫のついて来たセリーナは、ティナの発言聞き流す事に決め、リードを追って歩みを進めた。

先を歩くリードが所々、足を止めて辺りを見回すので、セリーナもそれに倣う。

「茶色い…土地。」

色を使って占いをする者として、セリーナはなるべく色にネガティブな意味を持たせないようにしていた。

本来、茶色は安定感や責任を表す色だ。

でも、この場合はどうしたってネガティブな意味を連想してしまうだろう。

「丁度…雨季が終わりました。先の雨季では洪水被害により、ほとんどの植物は流され、その被害は民家にも広がっていると聞きます。」

セリーナは濁流がえぐった田畑を見た。
水の流れのままに荒らされたそこは、実りの時期である収穫シーズンが終わったばかりとは思えない惨状だった。

横の水路に目を向ければ、雨季の名残とばかりに増した水かさで、激しい勢いで流れるのは全て茶色く濁った水だ。

事前に聞いた説明だと、ここから日照りが始まるのだ。

洪水と日照りが交互に…とは聞いていたが、実際にこの目で目の当たりにすると、何の言葉も出てこない。

こんな状況を見聞きした事のないセリーナにだって、このまま日照りに突入すれば、まともな飲み水も確保出来ないまま大変な事になるのは想像が出来る。

「毎年…こんな状況なの?」

セリーナは乾き切った喉から、何とか言葉を絞り出した。

「ええ、残念ながら。」

顔を歪めるコーエンを見れば、今年が特別酷い状況ではないようだ。
その反応にセリーナはゴクリと唾を飲んだ。

洪水問題は占いでは解決出来ないと言っていたけど、これは…本当に私がどうこう出来るレベルの問題じゃない。

再び周囲に目を向けると、川の堤を修繕している村民が目に入る。
その表情は暗く疲れ切っていた。

セリーナはその痛ましさから、思わず目を逸らし、村長の家に着くまで、前を歩くリードの背中だけを見て歩いていた。

「殿下、この度もご訪問頂き、ありがとうございます。」

村長の家だと案内された質素な家の門を潜れば、痩せたご老人が深々と頭を下げてリードを出迎えた。

「形式ばった挨拶は不要だ。現状を話せ。流された民家は何軒だ?人に被害は出ていないか?」

勧められた席に座ることもせずにリードが村長と思われるご老人に詰め寄った。

そこから2人の間で交わされる現状確認は、先程セリーナ自身の目で目の当たりにしてきた惨劇のおさらいだった。

セリーナは少し気分が悪くなるのを感じる。

「大丈夫ですか?セリーナ嬢。」

「ええ、大丈夫。リード殿下はよくここに足を運ぶの?」

気遣うコーエンに、まさか話を聞いて気分が悪くなったとも言えず、リードと村長の知り合いの様な雰囲気について質問する事で少し気を紛らわした。

「はい。雨季の後と、乾季の後の年に2回は必ず。それ以外にもお時間が出来れば訪問しています。」

正直、セリーナにはその話が意外だった。
セリーナの中で、リードは我の強い皇太子で、王城から出る事を好まず、ましてやこんな荒れた土地に行く事には明らかな抵抗を示しそうなイメージだったからだ。

「そんなに頻繁に…。」

「ええ、直接訪問が出来ない期間は度々救援物資を送られてます。」

セリーナは自分がリードに抱いていたイメージが、自分の都合の良い様に作り出した物だと…目の前で熱く村長と語り合うリードを見れば、認識を改めなくてはならないと思った。

「よし。コーエン、お前は堤の修繕の様子を見て来い。何かあれば報告しろ。俺は家を流された村民の様子を見に避難所へ行く。」

唐突に村長との会話を終えたリードが勢いよく振り返り、そう言ったかと思えば、セリーナの存在を認めて目を丸くする。

どうやら、セリーナの存在を忘れていたようだ。

「お前は…堤について行くと邪魔だろう。仕方ないから、俺と一緒に来い。」

本当は嫌だけど…と言う表情を隠しもしないリードに、私だって嫌よ…とセリーナが返答しそうになるが、先に口を開いたコーエンに、セリーナは言葉を飲み込んだ。

「そうですね。避難所にはお困りの村民が居ます。セリーナ嬢の占いの力はそう言う場所で発揮するのがいいでしょう。」

コーエンに微笑み掛けながら背中を押されれば、セリーナもゆっくり頷かざるを得ないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

ご愛妾様は今日も無口。

ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」 今日もアロイス陛下が懇願している。 「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」 「ご愛妾様?」 「……セレスティーヌ様」 名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。 彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。 軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。 後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。 死にたくないから止めてくれ! 「……セレスティーヌは何と?」 「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」 ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。 違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです! 国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。 設定緩めのご都合主義です。

捨てたのは、そちら

夏笆(なつは)
恋愛
 トルッツィ伯爵家の跡取り娘であるアダルジーザには、前世、前々世の記憶がある。  そして、その二回とも婚約者であったイラーリオ・サリーニ伯爵令息に、婚約を解消されていた。   理由は、イラーリオが、トルッツィ家よりも格上の家に婿入りを望まれたから。 「だったら、今回は最初から婚約しなければいいのよ!」  そう思い、イラーリオとの顔合わせに臨んだアダルジーザは、先手を取られ叫ばれる。 「トルッツィ伯爵令嬢。どうせ最後に捨てるのなら、最初から婚約などしないでいただきたい!」 「は?何を言っているの?サリーニ伯爵令息。捨てるのは、貴方の方じゃない!」  さて、この顔合わせ、どうなる?

処理中です...