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2章 聖女のお仕事編

4 伯爵令嬢は侍女と共に馬車に揺られる

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どこから訂正するべきか…。
相変わらず目の前でキラキラとした瞳を向けてくるティナに、セリーナは苦笑いを浮かべた。

ボーランド地区へ向かう一行は馬車2台に、荷馬車が1台、護衛のために騎乗して移動する近衛騎士が2人…皇太子が移動しているとは、誰も信じないであろう質素なものだった。

特に護衛は2人で良いのか…馬車に乗る前に、近衛騎士とリードを交互に見れば、セリーナの様子に気付いたコーエンが説明してくれた。

「ボーランド地区まで行けば、現地の警護担当も居ますし、私もリード殿下も帯剣しているので問題ありません。こう見えても剣の腕には覚えがありますので。何かあっても、必ずセリーナ嬢をお守りします。」

確かにコーエンは文武で言えば、どちらかと文の印象が強いが…って、そうではなくて!

セリーナは脳内で処理出来ずに一度聞き流そうとした話題に触れた。

「私ではなく、リード殿下を守ってあげて…。」

「リード殿下ですか?殿下に掛かれば、私など何の助けにもなりません。その辺の賊程度であれば、何十人襲ってこようとリード殿下お一人で解決してしまいます。…それは賊が可哀想になる程に…。」

腕に覚えがあると自称するコーエンに、そう言わしめるリードの剣の実力とはどの程度の物なのか…。

聞きたい気持ちはあるが、コーエンの何かを思い出すような苦い表情を見て、セリーナは思い留まったのだ。

そんな訳で、皇太子を護衛するはずの近衛騎士が2人、セリーナとティナの乗る馬車の横に付き従っていた。

小窓からリードの護衛はしないのか?と確認したセリーナに、近衛騎士は2人揃って先程のコーエンの様な反応を返した。

どれだけリードが強いのか、益々気になりつつも近衛騎士の説得を諦めて座り直したセリーナの目に飛び込んで来たのが、ティナのキラキラした瞳だった。

「聖女様は本当にお優しいのですね!ご自身の身の危険を顧みず、護衛を皇太子殿下に譲ろうとは…流石です!」

どこから訂正するべきか…。
セリーナは先程も考えていた事を頭の中で復唱した。

「ティナ、私の事は聖女様ではなくて、セリーナと呼んで欲しいんだけど…。」

「そんなっ!恐れ多い事です…。」

コーエン様は私の事を何と説明したんだ…。

「恐れ多くなんてないわ。聖女なんて適当に付けられた肩書だし、私はただのセリーナとしてティナと…出来れば友人のように接して行きたいんだけど…。」

「あぁ、やっぱりセリーナ様は聖女です。ご自身の立派な肩書を鼻にかける事もなく、私のようなものにまで平等に接して下さるなんて…。流石に友人という訳には参りませんが…では、恐れながらセリーナ様と呼ばせて頂きます。」

セリーナは何だか説明するのにも疲れて脱力した。

とりあえず、今は名前で呼んでもらえるようになっただけで良しとするしかない。

「ティナは何歳なの?コーエン様は、最近城で仕え始めたと言っていたけど。」

「13歳です。13になった半年前からお城でお勤めをさせて頂いてます。」

「13歳!?」

若そうだとは思っていたが、セリーナより3歳も年下らしい。

確かに13歳と言えば、城への仕官が認められる年齢ではあるが…その歳から仕官を希望する者は多くはない。

13歳のご令嬢と言えば、デビュタントを済ませ、今から結婚相手探しに乗り出そうというその歳だ。

「私は男爵家の長女ですが、お恥ずかしながら家は貧乏で、下には弟や妹もおりますので、こうしてお城でお世話になってます。」

セリーナの疑問を敏感に感じ取ったティナが自ら説明した。

なるほど。それであれば納得がいく。

金銭的に余裕のない家では、年長者が働き、家に仕送りをするという事は、貴族社会と言えど子爵や男爵家になれば、まれにある事だった。

「じゃあ、弟さんや妹さんの為に?」

何と…ティナこそ聖女のような優しさではないか…。

「はい。それに、将来は城の女官を目指しているんです。今から侍女としてお城で勤める事が出来て凄く嬉しいです。」

ティナが曇りのない笑顔を見せれば、セリーナはその純粋さに心を打たれる。
自分より3歳も歳若いのに、将来をしっかり見据えるティナに尊敬の念さえ湧いて来ていた。

「ティナは凄くしっかりしているのね。私も見習わないと。」

「そんな事ありません!セリーナ様こそ、そのお若さで聖女と言う立派な職務をお務めではないですか!」

まぁ、これはなりたくてなった訳では…。
セリーナが小声で反論すると、聞こえていないのか、ティナが興奮気味に続けた。

「それに、セリーナ様はコーエン様とお付き合いされているんですね。お仕事も、婚姻の為のお付き合いも両立なさって…本当に素晴らしいです!コーエン様も普段お仕事をされている時とは雰囲気が違うので驚きました。」

「お付き合い!?」

純粋な少女から繰り出されるヘビーな勘違い攻撃に、セリーナは思わず大きな声が出てしまった。

そんなセリーナの様子を、どう受け取ったのか、ティナは顔をサッと青くした。

「あっ…失礼しました。主人の恋愛事情を口にするなど…あまりにお似合いだったので、つい…。申し訳ございません!」

「いえ、謝らなくていいの。友人のようにと言ったのは私よ。ただ、私とコーエン様はそう言う…お付き合いしている関係ではないわ。」

お似合いなどと言われては、セリーナはどのように反応して良いかわからない。
それ程までに、彼女の恋愛経験値は低いのだ。

「えっ!?でも…あっ、まだ想いを伝え合われてないと言う事ですね!そう言う事なら、このティナにお任せ下さい。きっとお二人の想いを成就させてみせます!」

あぁ…もう何を言っても正しく伝わらない。
それはティナの純真さのせいか、それともこの状況の異常性のせいか…。

ボーランド地区に到着するまで小一時間、セリーナは揺れる馬車で、何故か歳下のティナから恋愛指南を受けることになるのだった。
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