上 下
14 / 68
1章 魔女狩り編

14 皇子の側近は盗み聞きをする

しおりを挟む
何が…と問われれば、答えるのは容易ではない。

コーエンは自分の中で考えを整理していた。
何についてって…ここ数日自分の思考を大幅に占拠するセリーナ ディベル伯爵令嬢についてだ。

元より彼女の外見は好ましく思っていた。
それこそ、このような形でなく夜会などで出会っていれば、ダンスの申し込みくらいはしたかもしれない。

リード相手に物怖じをせずに言い返す様子には流石に驚いたが、母を気にかけ、頼まれた占いで何とか母を元気にしようと取り組む、その真摯な姿に、ただ気が強いだけでなく、彼女の芯の強さを感じてからは、苦手と思っていた気の強ささえも好ましく思えているのだから、どうしたものか…。

コーエンは元より惚れた腫れたと言うのは、気の迷いだと思っている。
次男として、有力な婿入り先を自力で探さなくてはならないコーエンにとって、惚れるなどという感情は邪魔にしかならないからだ。

それが、今の状況はどうか…。

仕事や母の事で忙しくしている時は別として、ふと手の空いた瞬間にセリーナの顔が頭に浮かぶ状況だ。

今日も母の所に見舞いに行ってくれたのだろうか?

城から出てもいいと言っているのに、頑なに城内に留まる理由は何だろうか?

塔での生活に不便はないだろうか?

今日も笑顔で過ごせているだろうか?


コーエンは手元に完成した緑色のドロリとした液体をコップへ移しながら、頭を何度か横に振った。

「実に馬鹿らしい。これじゃあ、私がセリーナ嬢に惚れているみたいじゃないか…。」

ポツリと口に出してから、慌てて周囲に人が居ないかを確認して、無人のキッチンにホッと胸を撫で下ろす。

惚れるなんて、あってはならない。
そもそも、私は嫡男の居ない有力な貴族の家に婿入りをする為に、その相手を探さないといけないのだ。

実際、何度かの夜会を通して出会った幾人かのご令嬢には目をつけ、手紙や花を贈り、忙しい中、煩わしさを押さえ込んでデートにまで誘っている。

あのデートの相手がセリーナ嬢であれば…そこまで思って、コーエンはふと手を止めた。

緑の液体は既にコップから溢れんばかりに注がれている。

「ディベル伯爵家…。」

目立った功績がある訳では無いが、堅実で穏やかなディベル伯爵の人柄は敵を作る事も、高位貴族や、ましてや王族から目を付けられる事もない…ようは安定した地位を築いている。

セリーナはそこの一人娘だ。知っている範囲では許婚なども居ないはずだ。

リードが魔女だと容疑を掛けてはいるが、コーエンは既に彼女が悪人ではないと確信しているし、リードの発言だけであれば、如何様にも出来ると考えている。

私がセリーナ嬢に惚れる事に何か問題が…?

何の問題もない。
全てが丸く収まる方法を見つけ、ここ数日の悩みが一気に晴れるようだ。

コーエンは緑の液体が入ったコップを手に持つと、母の部屋へと足を進めた。

この時間ならセリーナに会えるかもしれないと思ったら、その足取りが自然と早くなった。



「お嫁!?」

扉の中から聞こえたセリーナの声に、コーエンはノックしようとした手を留めた。

何の話をしているんだ…?と扉に耳を寄せれば、機嫌の良さそうな母の声が聞こえてくる。

「そう。コーエンのお嫁さん…嫌かしら?あっ、コーエンは次男で、セリーナさんにはご兄弟が居ないから、コーエンがディベル伯爵家に婿に入る事になるのね。…まぁ、私の義娘になる事には変わりないものね。」

先程まで自分が考えていた事を、嬉々としてセリーナに語る母の声に、コーエンはうっかりと手に持っていたコップを落としかける。

何を勝手に…。

母がセリーナを気に入った事は喜ぶべき事だが、まだ嫁入りやら婿入りと話していい段階ではない。

「いえ…嫌と言うわけでは…。」

その証拠に聞こえてくるセリーナの声が上ずっている。

口で言っているよりは、明らかな拒絶を含むセリーナの言葉に、コーエンは落ち込む事は無かった。

彼女に対して、仕事として接してきたのだ。
それもリードの敵対相手として接していた。
悪い印象を持たれていて当然だ。

「我が息子ながら、なかなかお勧めなのよ。是非考えておいて欲しいわ。」

続く母の言葉に、コーエンははぁ…っと溜息をついた。

本当はもっとゆっくり好印象を与えてから、自分を異性として意識させたかった。

ご令嬢方とのデートを通して、それを可能にする術は身に付いているという自負もある。

それでも、言ってしまったものは仕方がない。
ここから彼女を自分の方に向かせるにはどうしたらいいのか…。

コーエンは少しその場で考え込んでいたが、中の会話が落ち着いたようで、耳を澄ませば、明日の見送りの時刻などを確認している。

ここに居ては、セリーナと出会すのは必須だろう。
盗み聞きをしていた事がバレるのは得策とは言えない。

コーエンは手元のコップに視線を落とすが、これは後ほど作り直せばいいだろう。

決心をすると、来た時より早い足取りで廊下を引き返した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...