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1章 魔女狩り編
14 皇子の側近は盗み聞きをする
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何が…と問われれば、答えるのは容易ではない。
コーエンは自分の中で考えを整理していた。
何についてって…ここ数日自分の思考を大幅に占拠するセリーナ ディベル伯爵令嬢についてだ。
元より彼女の外見は好ましく思っていた。
それこそ、このような形でなく夜会などで出会っていれば、ダンスの申し込みくらいはしたかもしれない。
リード相手に物怖じをせずに言い返す様子には流石に驚いたが、母を気にかけ、頼まれた占いで何とか母を元気にしようと取り組む、その真摯な姿に、ただ気が強いだけでなく、彼女の芯の強さを感じてからは、苦手と思っていた気の強ささえも好ましく思えているのだから、どうしたものか…。
コーエンは元より惚れた腫れたと言うのは、気の迷いだと思っている。
次男として、有力な婿入り先を自力で探さなくてはならないコーエンにとって、惚れるなどという感情は邪魔にしかならないからだ。
それが、今の状況はどうか…。
仕事や母の事で忙しくしている時は別として、ふと手の空いた瞬間にセリーナの顔が頭に浮かぶ状況だ。
今日も母の所に見舞いに行ってくれたのだろうか?
城から出てもいいと言っているのに、頑なに城内に留まる理由は何だろうか?
塔での生活に不便はないだろうか?
今日も笑顔で過ごせているだろうか?
コーエンは手元に完成した緑色のドロリとした液体をコップへ移しながら、頭を何度か横に振った。
「実に馬鹿らしい。これじゃあ、私がセリーナ嬢に惚れているみたいじゃないか…。」
ポツリと口に出してから、慌てて周囲に人が居ないかを確認して、無人のキッチンにホッと胸を撫で下ろす。
惚れるなんて、あってはならない。
そもそも、私は嫡男の居ない有力な貴族の家に婿入りをする為に、その相手を探さないといけないのだ。
実際、何度かの夜会を通して出会った幾人かのご令嬢には目をつけ、手紙や花を贈り、忙しい中、煩わしさを押さえ込んでデートにまで誘っている。
あのデートの相手がセリーナ嬢であれば…そこまで思って、コーエンはふと手を止めた。
緑の液体は既にコップから溢れんばかりに注がれている。
「ディベル伯爵家…。」
目立った功績がある訳では無いが、堅実で穏やかなディベル伯爵の人柄は敵を作る事も、高位貴族や、ましてや王族から目を付けられる事もない…ようは安定した地位を築いている。
セリーナはそこの一人娘だ。知っている範囲では許婚なども居ないはずだ。
リードが魔女だと容疑を掛けてはいるが、コーエンは既に彼女が悪人ではないと確信しているし、リードの発言だけであれば、如何様にも出来ると考えている。
私がセリーナ嬢に惚れる事に何か問題が…?
何の問題もない。
全てが丸く収まる方法を見つけ、ここ数日の悩みが一気に晴れるようだ。
コーエンは緑の液体が入ったコップを手に持つと、母の部屋へと足を進めた。
この時間ならセリーナに会えるかもしれないと思ったら、その足取りが自然と早くなった。
「お嫁!?」
扉の中から聞こえたセリーナの声に、コーエンはノックしようとした手を留めた。
何の話をしているんだ…?と扉に耳を寄せれば、機嫌の良さそうな母の声が聞こえてくる。
「そう。コーエンのお嫁さん…嫌かしら?あっ、コーエンは次男で、セリーナさんにはご兄弟が居ないから、コーエンがディベル伯爵家に婿に入る事になるのね。…まぁ、私の義娘になる事には変わりないものね。」
先程まで自分が考えていた事を、嬉々としてセリーナに語る母の声に、コーエンはうっかりと手に持っていたコップを落としかける。
何を勝手に…。
母がセリーナを気に入った事は喜ぶべき事だが、まだ嫁入りやら婿入りと話していい段階ではない。
「いえ…嫌と言うわけでは…。」
その証拠に聞こえてくるセリーナの声が上ずっている。
口で言っているよりは、明らかな拒絶を含むセリーナの言葉に、コーエンは落ち込む事は無かった。
彼女に対して、仕事として接してきたのだ。
それもリードの敵対相手として接していた。
悪い印象を持たれていて当然だ。
「我が息子ながら、なかなかお勧めなのよ。是非考えておいて欲しいわ。」
続く母の言葉に、コーエンははぁ…っと溜息をついた。
本当はもっとゆっくり好印象を与えてから、自分を異性として意識させたかった。
ご令嬢方とのデートを通して、それを可能にする術は身に付いているという自負もある。
それでも、言ってしまったものは仕方がない。
ここから彼女を自分の方に向かせるにはどうしたらいいのか…。
コーエンは少しその場で考え込んでいたが、中の会話が落ち着いたようで、耳を澄ませば、明日の見送りの時刻などを確認している。
ここに居ては、セリーナと出会すのは必須だろう。
盗み聞きをしていた事がバレるのは得策とは言えない。
コーエンは手元のコップに視線を落とすが、これは後ほど作り直せばいいだろう。
決心をすると、来た時より早い足取りで廊下を引き返した。
コーエンは自分の中で考えを整理していた。
何についてって…ここ数日自分の思考を大幅に占拠するセリーナ ディベル伯爵令嬢についてだ。
元より彼女の外見は好ましく思っていた。
それこそ、このような形でなく夜会などで出会っていれば、ダンスの申し込みくらいはしたかもしれない。
リード相手に物怖じをせずに言い返す様子には流石に驚いたが、母を気にかけ、頼まれた占いで何とか母を元気にしようと取り組む、その真摯な姿に、ただ気が強いだけでなく、彼女の芯の強さを感じてからは、苦手と思っていた気の強ささえも好ましく思えているのだから、どうしたものか…。
コーエンは元より惚れた腫れたと言うのは、気の迷いだと思っている。
次男として、有力な婿入り先を自力で探さなくてはならないコーエンにとって、惚れるなどという感情は邪魔にしかならないからだ。
それが、今の状況はどうか…。
仕事や母の事で忙しくしている時は別として、ふと手の空いた瞬間にセリーナの顔が頭に浮かぶ状況だ。
今日も母の所に見舞いに行ってくれたのだろうか?
城から出てもいいと言っているのに、頑なに城内に留まる理由は何だろうか?
塔での生活に不便はないだろうか?
今日も笑顔で過ごせているだろうか?
コーエンは手元に完成した緑色のドロリとした液体をコップへ移しながら、頭を何度か横に振った。
「実に馬鹿らしい。これじゃあ、私がセリーナ嬢に惚れているみたいじゃないか…。」
ポツリと口に出してから、慌てて周囲に人が居ないかを確認して、無人のキッチンにホッと胸を撫で下ろす。
惚れるなんて、あってはならない。
そもそも、私は嫡男の居ない有力な貴族の家に婿入りをする為に、その相手を探さないといけないのだ。
実際、何度かの夜会を通して出会った幾人かのご令嬢には目をつけ、手紙や花を贈り、忙しい中、煩わしさを押さえ込んでデートにまで誘っている。
あのデートの相手がセリーナ嬢であれば…そこまで思って、コーエンはふと手を止めた。
緑の液体は既にコップから溢れんばかりに注がれている。
「ディベル伯爵家…。」
目立った功績がある訳では無いが、堅実で穏やかなディベル伯爵の人柄は敵を作る事も、高位貴族や、ましてや王族から目を付けられる事もない…ようは安定した地位を築いている。
セリーナはそこの一人娘だ。知っている範囲では許婚なども居ないはずだ。
リードが魔女だと容疑を掛けてはいるが、コーエンは既に彼女が悪人ではないと確信しているし、リードの発言だけであれば、如何様にも出来ると考えている。
私がセリーナ嬢に惚れる事に何か問題が…?
何の問題もない。
全てが丸く収まる方法を見つけ、ここ数日の悩みが一気に晴れるようだ。
コーエンは緑の液体が入ったコップを手に持つと、母の部屋へと足を進めた。
この時間ならセリーナに会えるかもしれないと思ったら、その足取りが自然と早くなった。
「お嫁!?」
扉の中から聞こえたセリーナの声に、コーエンはノックしようとした手を留めた。
何の話をしているんだ…?と扉に耳を寄せれば、機嫌の良さそうな母の声が聞こえてくる。
「そう。コーエンのお嫁さん…嫌かしら?あっ、コーエンは次男で、セリーナさんにはご兄弟が居ないから、コーエンがディベル伯爵家に婿に入る事になるのね。…まぁ、私の義娘になる事には変わりないものね。」
先程まで自分が考えていた事を、嬉々としてセリーナに語る母の声に、コーエンはうっかりと手に持っていたコップを落としかける。
何を勝手に…。
母がセリーナを気に入った事は喜ぶべき事だが、まだ嫁入りやら婿入りと話していい段階ではない。
「いえ…嫌と言うわけでは…。」
その証拠に聞こえてくるセリーナの声が上ずっている。
口で言っているよりは、明らかな拒絶を含むセリーナの言葉に、コーエンは落ち込む事は無かった。
彼女に対して、仕事として接してきたのだ。
それもリードの敵対相手として接していた。
悪い印象を持たれていて当然だ。
「我が息子ながら、なかなかお勧めなのよ。是非考えておいて欲しいわ。」
続く母の言葉に、コーエンははぁ…っと溜息をついた。
本当はもっとゆっくり好印象を与えてから、自分を異性として意識させたかった。
ご令嬢方とのデートを通して、それを可能にする術は身に付いているという自負もある。
それでも、言ってしまったものは仕方がない。
ここから彼女を自分の方に向かせるにはどうしたらいいのか…。
コーエンは少しその場で考え込んでいたが、中の会話が落ち着いたようで、耳を澄ませば、明日の見送りの時刻などを確認している。
ここに居ては、セリーナと出会すのは必須だろう。
盗み聞きをしていた事がバレるのは得策とは言えない。
コーエンは手元のコップに視線を落とすが、これは後ほど作り直せばいいだろう。
決心をすると、来た時より早い足取りで廊下を引き返した。
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