上 下
3 / 68
1章 魔女狩り編

3 伯爵令嬢は公爵令嬢と恋の話をする

しおりを挟む
セリーナは目の前にニコニコと座る人物を改めて見た。

豊かな稲穂の様に輝くブロンドの髪がふんわりと緩いウェーブを描いて流れ落ち、少し垂れ目気味の大きな瞳は、ブルーダイヤがそのまま埋め込まれているのではと思うほど、澄んだ水色をしており、瑞々しく品の良いローズの唇、頬は彼女の幸福を表しているかのようにベビーピンクに染まっている。

本当に物語のお姫様だわ。
いや、本物のお姫様か…。

セリーナがそう考え直したのも無理はない。
目の前に座るクラリス ハフトールは、ハフトール公爵家の令嬢にして、皇太子であるリード グリフィスの幼馴染として知られており、そして皇太子の婚約者候補の筆頭でもあった。

何故、正式な婚約ではなく、いつまでも候補となっているかという理由は誰も知らないが、それでも皇太子の婚約者となるにクラリスほど適任な人物は居なかった。

家柄、年齢、美貌、学力、社交力、性格に至るまで、クラリスほど完璧な人物は居ないと、皆が口々に噂をしていた。

皇太子に憧れるご令嬢方も、クラリスと自分を比べてしまえば、変な希望を持つ事も出来なかった。

そんな、将来この国王妃になるであろう人物が、ニコニコとした表情を崩さないまま、持ったティーカップをソーサーに戻してから、嬉しそうに口を開いた。

「どうか、私と好きな人が結ばれる為のおまじないを教えて欲しいの。」

好きな人と言われて、セリーナは真っ先にこの国の皇太子の顔を思い出した。
幼馴染であり、国民全員から公認されたカップルだ。

ただ、未だに正式な婚約に至っていない事を考えると、何か事情がある事は、噂に疎いセリーナにも推測出来た。

そして、クラリスはその状況を快く思っていない。
それこそ、噂で聞いたおまじないを頼りに、初対面のセリーナに声を掛ける程度には。

「わかりました。まずお二人それぞれのこと、そして二人揃っての相性を確認しますね。こちらの紙にお二人の生年月日をお書き下さい。」

サラサラと書かれる一人当たり5から7個の数字。
この生年月日をがセリーナの占いの基礎となる。

やっぱり…。と、セリーナは結果を前に満足げに頷いた。

「クラリス様は優しく、世話好きで、献身的に誰かに尽くす事が得意です。」

「まぁ、褒めてくれて嬉しいわ。」

ニコニコと笑うクラリスに、セリーナは続きを言っていいものか躊躇するが、占いはご機嫌取りの道具ではない。
真実を全て伝えてこそ、その先に小さな幸せを呼び込めるのだ。

「ただ、その献身に対して同等の見返りを求めがちです。計算高く、甘え上手なので希望通りの見返りを得る事も多いですが、それが得れない場合はとてもストレスを感じる…そんな性格をしてます。」

大きな瞳をさらに見開くクラリスに、セリーナは逃げ出そうかと少し後退るが、ガバッと手を握られた事で退路を絶たれた。

「素晴らしいです!お話しするのも今日が初めてなのに…ここまで私の事を理解して頂けるなんて!」

キラキラと輝くブルーダイヤモンドの瞳に、セリーナは思わず苦笑いを浮かべた。

「お相手の事も見ていきますね…。」

「えぇ、是非!」

「お相手は変化やスピードに強く、情報やコミュニケーションに長けています。気分の上下があり、自由を好むので…お立場によっては自分の立場を居心地悪く思うかもしれません。」

…ん?
これは誰の事だろう。

セリーナは手元にある生年月日の書かれた紙を見返したが、占いに間違いは見当たらない。

でも、あの皇太子の占い結果が自由や変化を表す「ターコイズの5」になるとは思っていなかった。

セリーナのイメージする我が国の皇太子は強い意志と自我を持ち、一見我儘に見えながらも、その持ち前の統率力で周りをまとめ上げていく…そんな人物だった。

占わずとも勝手に、リーダーシップの象徴である「赤の1」になるだろうと決め付けていたので、今回の結果は意外だった。

でも、王族ともなれば表の顔と裏の顔は違う物なのかも…。
私もまだまだ甘いな…。

人とは占いだけでは測れない事がある。
だからこそ面白いとセリーナは思っていた。

「その人物をよく知っているかのように的を得ています!」

幼馴染で、恋人のクラリスがそう言うのだから、間違いないのだろう。

思い返せば、この時に誤りに気付けば良かったのだが、その時のセリーナはクラリスの恋人と言えばリード グリフィスという、この国の者なら誰もが描く方程式を崩す事が出来なかった。

「お二人の相性は『協調』と出ています。お互いの性格が相まって、一緒に過ごすと穏やかな日常が得られます。色々な事を一緒に感じて共感する事を大切にして下さい。」

セリーナの言葉に、クラリスが花の咲いたように微笑んだ。
2人の相性はかなり良いと言えるだろう。

これなら、我が国の行末も安泰だ。
と、クラリスも嬉しくなり、占いを先に進めた。

「あっ、丁度今から1年くらいが2人揃って変化の時期ですね。オレンジ色が2人の変化をいい方向に導くので、手紙を出す時はオレンジ色の入った便箋を使って下さい。」

 「まぁ、オレンジ!では、マリーゴールドの髪を持つセリーナ様のおまじないは、私達を幸せに導いて下さいますね!本当に凄いです。まるで魔法みたいですね。」

占い結果に満足した様子のクラリスを見て、自分自身も満足しているこの時のセリーナは、2つの事に気付けなかった。

1つはリード グリフィスだと思って占っていたクラリスの思い人が、隣国の王子という別人であった事。

もう1つはクラリスがこれから事あるごとに、セリーナの占いを「魔法のようだ」と言う事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

ご愛妾様は今日も無口。

ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」 今日もアロイス陛下が懇願している。 「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」 「ご愛妾様?」 「……セレスティーヌ様」 名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。 彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。 軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。 後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。 死にたくないから止めてくれ! 「……セレスティーヌは何と?」 「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」 ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。 違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです! 国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。 設定緩めのご都合主義です。

【完結】わたしはお飾りの妻らしい。  〜16歳で継母になりました〜

たろ
恋愛
結婚して半年。 わたしはこの家には必要がない。 政略結婚。 愛は何処にもない。 要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。 お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。 とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。 そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。 旦那様には愛する人がいる。 わたしはお飾りの妻。 せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。

処理中です...