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本編

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ふーっと長く息を吐けば、緊張した?とすかさずエリオット様が尋ねた。

「…はい。数週間前まではまさか、国王陛下と直接言葉を交わす機会があろうとは思いもしませんでしたので…。粗相など無かったでしょうか。」

エリオット様と夜会の会場に入った私は、想像以上の人の視線に、張り付いた様な笑顔を崩さない事が精一杯の状態で、そのまま国王陛下の元へ挨拶へと伴われた。

国王陛下からは、優しげな印象を受けたものの、緊張が上回ってしまい、正直あまり記憶が残っていない程だ。

殆どエリオット様が問答し、私は基本的な挨拶や、はい、いいえと言った単語しか口に出来てなかっただろう。

「あぁ、父上も喜んでおいでだった。これからは、サラサの義父にも当たるのだから、あれほど緊張しなくてもいい。父上も国王である前に1人の人間だ。身内にくらいは気安く接される方が嬉しいだろう。」

国王陛下が身内…その事の大きさに言葉が出ない。

私が曖昧な笑顔を浮かべていると、エリオット様は私の心情を承知しているかのように一つ頷いた。

「まぁ、すぐには無理だろうから、追々でいい。それに、父上を義父上と呼ぶ前に、私の事をエリオットと呼んでもらわねば。」

「エリオット様…。」

その悪戯が成功したかのような表現に、恥ずかしさもあり、視線を逸らせば、周りの人々から生暖かい視線が注がれている事に気付き、慌ててエリオット様に視線を戻す。

エリオット様はそんな私を面白そうに笑いながら、前方を指した。

「さぁ、次は兄上だ。優しく、賢い人なので、サラサを気に入ってくれるだろう。」

エリオット様の私への買いかぶりを誰かに止めて欲しいと周りを見ても、返ってくるのはやはり生暖かい視線ばかりだ。
いや、一部嫉妬混じりの鋭い視線も混ざっているか…。

周囲から見れば、カップルがイチャついてるようにしか見えないのだろう。
そして、それはご令嬢なら誰もが羨む事なのだろう。

諦めて前方を見れば、皇太子殿下がこちらに軽く手を上げたので、エリオット様と揃って会釈をし、歩み寄る。

エリオット様と同じ輝かしい銀髪に、エリオット様より鋭い瞳が印象的な皇太子殿下。

以前、ユーリス様から皇太子殿下とエリオット様の間に起こった事を聞かされていたが、エリオット様が皇太子殿下をどう思っているのかは、私の中で想像が難しいところだった。

その皇太子殿下と対面とあっては、国王陛下との対面とは違う意味で緊張感が走る。

「お初御目にかかります。サラサ クリーヴスと申します。この度は殿下にご挨拶の機会を賜り、大変嬉しく存じます。」

コーテシーをし、挨拶をすればエリオット様より少し低いよく似た声色で頭上に言葉が下りてくる。

「サラサ嬢、こちらこそ会えるのを楽しみにしていた。さぁ、堅苦しい挨拶はそれくらいにしてくれ。」

言葉にゆっくり顔を上げれば、皇太子殿下もエリオット様も揃って笑顔だ。
想像していたピリピリとした雰囲気は一切ない。

「淑女をその様に観察するのは失礼では?兄上と言えど、サラサをジロジロ見られては堪りません。」

エリオット様が言えば、その言葉の雰囲気に、内容ほど尖った響きはなく、軽口なのだとわかる。

「噂のサラサ嬢がどれほどの者か見極めるのも兄の仕事であろう。」

「皇太子殿下ともあろう方が噂に振り回されるのは感心しませんね。」

ポンポンとテンポの良い会話に、何とか顔の笑顔が剥がれないように聞いているのが精一杯だ。

「噂をただの噂とするか、精査して情報として活かすか…その者の力量次第だとは思うがな。」

「…。ところで、噂といえば、兄上は今日は珍しくお一人なのですね。」

「ん?あぁ、ウォルターか。確かにウォルターは出来る奴だから近くで使っているが、別にいつも一緒と言うわけではない。今は、あの辺りでダンスでも楽しんでいるだろう。」

突然出たウォルター様の名前にドキリとして、思わず皇太子殿下の視線の先を追ってしまう。

音楽に合わせて舞う色とりどりのドレスの波の中に、彼の姿はすぐに見つかった。
鮮やかなレモンイエローのドレスを見に纏う可愛らしいご令嬢と手を取り踊っている。

見たくない…。

慌てて視線を戻せば、こちらを試すように微笑む皇太子殿下と目が合った。

「彼も公爵家を1人で切り盛りするのは大変でしょう。兄上が婚姻を世話をすれば、王家と公爵家の繋がりも強固になるのでは?」

エリオット殿下が不機嫌そうな声を上げた。

「それもいい案だとは思うが、意外にもウォルターは女の好みに煩くてね。まぁ、いい機会かもしれないし、考えておこう。それはともかく、サラサ嬢、エリオットを支えてくれる事、感謝している。これから、よろしく頼む。」

皇太子殿下の口から突然名指しされ、慌てて頭を下げた。
皇太子殿下の視線に、何故か後ろめたい思いが湧き上がり、表情を見られたくないという気持ちもあった。

「精一杯努めます。こちらこそ、よろしくお願いします。」

恐る恐る顔を上げれば、皇太子殿下が先程と変わらない含みのある笑顔でこちらを見ている。

「兄上、私達はそろそろ失礼しますよ。兄上と言えど、私のサラサとこれ以上視線を交わされるのは許せませんので。」

エリオット様がそう言い私の手を取ると、皇太子殿下は最初にそうしたのと同じように、軽く手を上げ私達を見送った。

「サラサ、大丈夫かい?少し顔色が悪いね。緊張が続いたからだろう。ダンスの前に少し外の風に当たろうか。」

皇太子殿下から離れた所で、そう言われ、エリオット様に手を引かれなければ、歩く事も覚束ない自分に気付いた。

自分でも気付かない程に疲れていたようだ。
エリオット様の言葉に頷き、同意を伝えれば、優しい顔で頷き返された。

夜会の賑やかさを背に、庭園へと出れば、シンっと静かな闇が心地よく感じる。

会場内では至る所から感じていた視線が、ここではエリオット様からの優しい眼差しを感じるだけと言うことに心底安心して、ふーっと息を長く吐く。

でも、心が落ち着いたのは本当に一瞬だった。

暗闇の少し先に、彼の姿を見つけたからだ。
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