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本編

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「良かった。来てくれないんじゃないかと思っていたんだ。」

そう言って出迎えてくれたエリオット殿下の表情を見て、ドキっとした。

それ程に彼の表情が、瞳が、私への愛を惜しげもなく語っていた。

どうやったら今までこれに気付かずに居れたのか…。
一度気付いてしまえば、見られているだけなのに恥ずかしくて仕方がない。

「急な事で、驚かせてしまったようだね。」

挨拶も出来ずに居る私の態度をその様に受け取ったらしい。
申し訳なさそうにエスコートを申し出られれば、手を重ねない訳にはいかない。

重なった手が熱くて、心臓が耳元で鳴っているかのように煩い。

「仕方が無いとは言え、ユーリスが先に伝えてしまったのが悔しくてね。君を呼び付けるような真似をしてしまった。私の気持ちを直接聞いて欲しくて。」

エリオット殿下の熱っぽい視線が、私の瞳を捉える。

「エリオット殿下…。」

「サラサ嬢…いや、サラサ。数日会えないだけで呼び方が元に戻ってしまうようでは、私にこれから毎日会いに行く口実を与えるようなものだよ?」

これは…本当に私の知っているエリオット殿下だろうか。

執務でお忙しく、毎日会いに来るなど無理に決まっているのに、そんな無理をさも嬉しそうに話される…私は彼にこんなに愛されていたのだろうか。

「エリオット様…。」

驚きと戸惑いで一杯になりながらも、何とか名前を呼べば、にっこりと微笑まれる。

それだけの事なのに、相変わらず絵になる美しさに、またも心拍が上がるのを感じる。

「残念。毎日会えればどれだけ良いかと思っていた所だったのに。でも、様も不要だ。どうかエリオットと…。」

「無理です!」

エリオット様と呼ぶのもギリギリの私に、何とハードルの高い注文か。

相手が殿下という事も忘れ、速攻でお断りすると、エリオット様は楽しそうに笑った。

「それは追々の楽しみにするよ。さぁ、こちらへ。」

手を引かれ扉をくぐると、爽やかな風が火照った頬を撫でた。

「こちらは…。」

爽やかな風と共に運ばれる軽やかで瑞々しい香りに周りを見渡せば、赤、ピンク、オレンジ、黄、白、青、紫…思いつく限りの色取りどりの花で埋め尽くされいる。

「気に入った?」

花々の中を手を引かれ、品の良いガゼボへと導かれる。

「こんなに沢山の花が咲いているのは見た事がありません。」

改めて周りを見返せば、このガゼボを中心に小さな庭園が広がっており、見渡す限り素晴らしい花々が咲き誇っている。

「私のフィアンセに…サラサにこの庭園を贈りたくて用意させたんだ。」

「え…。」

まだフィアンセではありませんと言う当たり前の指摘も口にする事が出来なかった。
それくらいエリオット様の言った内容のスケールの大きさに驚いてしまった。

「サラサとライブラリーで会った日から用意を始めたんだ。ここの花が満開になったら告白しようと思っていた。予定より少し早くなってしまったけど…。」

エリオット殿下が少し苦い顔をするので、視線の先にある花々を見れば、花々に混じりこれから開花をするであろう蕾が目に付く。

では、本当に私と出会ってからこの庭園の準備を…。

1日や2日で整うような規模の物ではない。
かと言って、出会ってすぐから今日の為に準備を進めて来たと言われても、現実味が湧かないのだ。

ただ唖然と庭園を見渡す私に、エリオット様は苦笑を浮かべた。

「出会った頃から準備をしていた…など、気持ちの悪い奴だと思われただろうか…。」

「いえ、そんな事は…。この様な贈り物は頂いた事が無かったので驚いてしまって…。私の為にこの様な素晴らしい庭園をご用意頂き、とても嬉しいです。」

「その笑顔が見れただけで、用意した甲斐があった。あの日、薔薇の庭園で啖呵を切るサラサに一目惚れをしたから…あの時庭園で凛々しい顔をしていた君を、もっと素敵な庭園で笑顔にしたいと…出来ればそれを私だけの思い出にしたいと思っていた。」

エリオット様の言葉に、王宮の庭園でレオナード様に婚約破棄をして欲しいと願い出た日を思い出した。

「…あの様なお恥ずかしい姿をお見せしたのに、エリオット殿下が何故この様に言ってくださるのか…私にはわかりません。」

恥ずかしい記憶を思い出して、心なし視線を下げれば、視線の先にある手をエリオット様に絡みとられる。

こちらを見つめるエリオット様の瞳は全てを真実だと告げている。

「あの日のサラサは自分を自分として見て欲しいと切実に訴えているように見えた。私が…言えずに居たことを、あんな大勢の前で堂々と訴えるサラサが気になって仕方なかった。会って、会話を重ねるうちに、益々惹かれていく自分に気付いた。レオナード殿との事も、何とかしようと思っていたのだけど…王家の権力を無闇に使う訳にも行かず、慎重に動いている間に…サラサを怖い目に合わせたね。」

エリオット様の言葉に、レオナード様に押し倒された感覚がありありと思い出され、足元から悪寒が這い上がってくるが、同時にふわっと私を包む温かさが身体の震えを止めた。

「エリオット様…。」

私、抱きしめられている…。

先日の事で、男の人に触れるのは何処か怖い気がしていたが、そんな嫌悪感は一切ない。

「君が傷付けられたと聞いて、酷く後悔した。どんな手を使ってでも引き離しておけばよかったと。家ごと没落させてでも、サラサに近寄れないようにしておけば良かった。初めてなんだ。王家の人間としてどう見られるかよりも、大切だと思ったのは。もう後悔したくない。少し強引な手を使っても、サラサに側にいて欲しいと思った。」

エリオット様の熱のこもった言葉が胸を満たして行くのを感じる。

「私の側にいてくれ。必ず幸せにする。サラサが側にいてくれると、私も強くあれる。私にはサラサが必要なんだ。」

最後は懇願するように言い募るエリオット様の背中にゆっくり手を回す。

そうしないとエリオット様が消えてしまいそうに見えた。

私じゃないとダメなんだ。
エリオット様が弱さを晒せるのは、私しか居ない。
本当は寂しく、弱いエリオット様を支えられるのは、私しか居ないんだ。

「婚約の件…私で良ければお受けします。」

背中に回るエリオット様の腕の力がグッと強まるのを感じた。
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