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本編
2-7
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「まぁ、怒らずにまずは話を聞いてよ。」
フィールズ公爵はそう言うと、真面目な顔のまま説明を始めた。
公爵の話はこうだ。
元々、ご両親がご存命の頃に行われていた婚約者の選定は、年若い彼が家督を継いだ事により、フィールズ公爵家を乗っ取ろうと強引に婚約を進めるような者が大挙として押し寄せた。
また彼自身も領地での仕事や社交界での政敵の対応など、多くの申し込みから、裏の裏まで探り尽くして婚約者の選定をするような余裕もなく、気付けば、今となっていた。
そろそろ正式な婚姻に向けて相手を定めても良いと思っている。
彼の2年間の仕事ぶりにより、年若いとは言えど、他家の後ろ盾が必要とする状況ではなく、婚約者の選定は自分の一存で行える状態である。
好きに選べるのであれば、公爵家を切り盛り出来る賢い女性が好ましい。
二期作の施作を知った時から、私の事を気に掛けていた。
そして、その後私に婚約者があると知り、一度諦めたが、今回の婚約破談騒動を聞き、再び私に目を付けた。
「…話はわかりました。」
フィールズ公爵の真剣な眼差しに、一瞬でも胸を高鳴らせた数刻前の自分を思い出し、穴に入りたい気分だ。
「そう。予想通り、話の飲み込みが早くて助かる。」
真面目な顔が一転、笑顔を見せる公爵。
話はわかった。
つまり、彼は賢い女であれば誰でも良く、公爵家の為に賢く働ける女が良いのだ。
元々、貴族同士の婚姻とはそのようなものだ。
財力、権力…何かしら家同士の思惑や利害が絡み合って成り立つもの。
だから、彼の提示した条件には何の驚きもない。
だけど…あんな真剣な目で見つめられれば、少なからず勘違いをしてしまう。
自分の恋愛経験の無さを今更嘆きながら、今はそんな事が問題なのではないと、気を取り直す。
「話はわかりましたが、お受け出来かねます。私は未だにレオナード ビルグリン様と婚約関係にありますので。」
婚約というのは成立した時に、社交界全体に周知される。
結ばれる家次第では、社交界の勢力図が大きく変わり得るからだ。
だから…婚姻をしていれば、通常は他の男性から言い寄られる経験などない。
言い訳ではなく、私に恋愛というものの経験がないのもそれが理由だ。
だから、今の状態は私からしたら異常事態だ。
そんな、平然を装いつつも慌てふためく私を相手にフィールズ公爵は呆れたように目を細めた。
「そんな事…知ってるに決まってるでしょ。ってか、君を出迎えた時もその話したよね?」
謝っておく…としどろもどろに伝えてきた公爵の様子を思い出す。
「でしたら…」
「俺なら、君とビルグリン侯爵令息の婚約をどうにでも出来る。婚約破談…したかったんでしょ?」
また真剣な表情に戻り、侯爵がこちらを見詰めてくる。
「それは…」
婚約破談はしたい。
正直、一度こじれてしまったこの婚約を進めても上手く行くとは思えない。
必ずどこかで軋轢が生まれる。
謝って、何事もないように結婚生活を…など、到底無茶な話だ。
でも、第三者が婚約の破談に口出しをするなど、家同士のいざこざにフィールズ公爵を巻き込むようなものだし、社交界でも悪く言われるに決まっている。
例え、フィールズ公爵が社交界での発言権を持っており、ビルグリン侯爵家との婚約破談を成立させる力を持っていたとしても、同時に彼には常にその立場を貶めようとする政敵がいる。
他家の婚約破談に口出しをした彼を、ここぞとばかりに糾弾する人もいる事だろう。
そんな事に出会ったばかりのこの人を巻き込む訳にはいかない。
それに…。
「フィールズ公爵が希望されるような賢い女性なら、他にいくらでもいらっしゃいます。」
フィールズ公爵に求められるような賢さが自分にあるのだとしたら、それは純粋に嬉しい。
でも、どこかで指南を受けたわけでもない…本を読んで独学した知識など、すぐに物足りないと思われるだろう。
そんな事のために、私の婚約破談に口添えするなど、フィールズ公爵にとってはリスクどころか、デメリットしかない。
「あのね…俺は君がいいって言ってるんだけど。」
フィールズ公爵が少し怒ったような真剣な表情で、テーブル越しに私の手を掴む。
「あの…」
握られた手から感じる公爵の熱に、言葉が出ない。
それどころか、公爵の責めるような瞳から目が離せない。
胸が締め付けられるような…息苦しさを感じる。
今まで感じた事のない感情が自分の中にあるような…。
「もう一度言わせてもら…」
公爵の言葉が不自然な所で途切れる。
それと同時に公爵に握られていた手が後ろに引かれ、慌ててそちらを振り向く。
「…カイル。」
そこには私の手首を掴み、フィールズ公爵を睨み据えるカイルが立っていた。
フィールズ公爵はそう言うと、真面目な顔のまま説明を始めた。
公爵の話はこうだ。
元々、ご両親がご存命の頃に行われていた婚約者の選定は、年若い彼が家督を継いだ事により、フィールズ公爵家を乗っ取ろうと強引に婚約を進めるような者が大挙として押し寄せた。
また彼自身も領地での仕事や社交界での政敵の対応など、多くの申し込みから、裏の裏まで探り尽くして婚約者の選定をするような余裕もなく、気付けば、今となっていた。
そろそろ正式な婚姻に向けて相手を定めても良いと思っている。
彼の2年間の仕事ぶりにより、年若いとは言えど、他家の後ろ盾が必要とする状況ではなく、婚約者の選定は自分の一存で行える状態である。
好きに選べるのであれば、公爵家を切り盛り出来る賢い女性が好ましい。
二期作の施作を知った時から、私の事を気に掛けていた。
そして、その後私に婚約者があると知り、一度諦めたが、今回の婚約破談騒動を聞き、再び私に目を付けた。
「…話はわかりました。」
フィールズ公爵の真剣な眼差しに、一瞬でも胸を高鳴らせた数刻前の自分を思い出し、穴に入りたい気分だ。
「そう。予想通り、話の飲み込みが早くて助かる。」
真面目な顔が一転、笑顔を見せる公爵。
話はわかった。
つまり、彼は賢い女であれば誰でも良く、公爵家の為に賢く働ける女が良いのだ。
元々、貴族同士の婚姻とはそのようなものだ。
財力、権力…何かしら家同士の思惑や利害が絡み合って成り立つもの。
だから、彼の提示した条件には何の驚きもない。
だけど…あんな真剣な目で見つめられれば、少なからず勘違いをしてしまう。
自分の恋愛経験の無さを今更嘆きながら、今はそんな事が問題なのではないと、気を取り直す。
「話はわかりましたが、お受け出来かねます。私は未だにレオナード ビルグリン様と婚約関係にありますので。」
婚約というのは成立した時に、社交界全体に周知される。
結ばれる家次第では、社交界の勢力図が大きく変わり得るからだ。
だから…婚姻をしていれば、通常は他の男性から言い寄られる経験などない。
言い訳ではなく、私に恋愛というものの経験がないのもそれが理由だ。
だから、今の状態は私からしたら異常事態だ。
そんな、平然を装いつつも慌てふためく私を相手にフィールズ公爵は呆れたように目を細めた。
「そんな事…知ってるに決まってるでしょ。ってか、君を出迎えた時もその話したよね?」
謝っておく…としどろもどろに伝えてきた公爵の様子を思い出す。
「でしたら…」
「俺なら、君とビルグリン侯爵令息の婚約をどうにでも出来る。婚約破談…したかったんでしょ?」
また真剣な表情に戻り、侯爵がこちらを見詰めてくる。
「それは…」
婚約破談はしたい。
正直、一度こじれてしまったこの婚約を進めても上手く行くとは思えない。
必ずどこかで軋轢が生まれる。
謝って、何事もないように結婚生活を…など、到底無茶な話だ。
でも、第三者が婚約の破談に口出しをするなど、家同士のいざこざにフィールズ公爵を巻き込むようなものだし、社交界でも悪く言われるに決まっている。
例え、フィールズ公爵が社交界での発言権を持っており、ビルグリン侯爵家との婚約破談を成立させる力を持っていたとしても、同時に彼には常にその立場を貶めようとする政敵がいる。
他家の婚約破談に口出しをした彼を、ここぞとばかりに糾弾する人もいる事だろう。
そんな事に出会ったばかりのこの人を巻き込む訳にはいかない。
それに…。
「フィールズ公爵が希望されるような賢い女性なら、他にいくらでもいらっしゃいます。」
フィールズ公爵に求められるような賢さが自分にあるのだとしたら、それは純粋に嬉しい。
でも、どこかで指南を受けたわけでもない…本を読んで独学した知識など、すぐに物足りないと思われるだろう。
そんな事のために、私の婚約破談に口添えするなど、フィールズ公爵にとってはリスクどころか、デメリットしかない。
「あのね…俺は君がいいって言ってるんだけど。」
フィールズ公爵が少し怒ったような真剣な表情で、テーブル越しに私の手を掴む。
「あの…」
握られた手から感じる公爵の熱に、言葉が出ない。
それどころか、公爵の責めるような瞳から目が離せない。
胸が締め付けられるような…息苦しさを感じる。
今まで感じた事のない感情が自分の中にあるような…。
「もう一度言わせてもら…」
公爵の言葉が不自然な所で途切れる。
それと同時に公爵に握られていた手が後ろに引かれ、慌ててそちらを振り向く。
「…カイル。」
そこには私の手首を掴み、フィールズ公爵を睨み据えるカイルが立っていた。
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