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本編

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乗り慣れた伯爵家の馬車に入れば、そこには花の香りが広がっている。

テレサの…お気に入りのパルファムだ。

そして、レオナード様と会う時に同行するテレサが必ず纏っていた香りだと思い出すと、動き始めた馬車の小窓を開けて、空気を入れ替えた。

そう言えば、行きの馬車もこのように暗い気持ちで乗って来たのだった。

でも、それはこれから何が起こるのかわからない恐怖に対する脅えのような気持ちだった。

じゃあ…今は…?

テレサが乱入して来た事も、今更慣れたもので、今回の事も…いかにも妹のやりそうな事だ。
そんな事で凹んでいては、17年間双子などやってられない。

しばらく考えて、先程のフィールズ公爵の顔が思い浮かぶ。

「参考にさせてもらうよ。」

私の話を真剣に聞き、そう言った時の表情だ。

そうか…私はもっとあの時間を愉しみたいと思っていたのね。
だから、今こんなに悲しい気持ちなんだわ。

こんな気持ちになるのは、凄く久しぶりな気がする。

幼い頃はよく感じていたその気持ちは、回を重ねるごとにどんどん薄らいで行った。

大切な玩具を取られた時。

お気に入りの本を無くされた時。

気に入って買ったアクセサリーを、自分の方が似合うと披露された時。

そして、一緒に婚約者の元に嫁ぐと言われた時。

悲しいと思うより先に、仕方がないと思うようになっていた。

「仕方がない。」

今回の事も、テレサが欲しがるのだから仕方がない。
そう自分に言い聞かせるように呟いた時、急に馬車が停車した。

家まではまだ距離があるはずだけど…。

小窓から外の様子を確認しようとするより先に、ノックもなく馬車のドアが開いた。

「…フィールズ公爵。」

先程まで思い描いていた人物が、眉間に深いシワを寄せてそこに居た。

「…追い付いて良かった。」

そう言いながら手を差し出すので、状況が全くわからないままフィールズ公爵に手を重ね、馬車の外へと連れ出される。

「公爵…どうしてこちらへ?」

「どうって…馬でだけど。見たら、わかるでしょ?」

公爵の先に目を向ければ、立派な毛並みの黒馬がそこに居る。

まさか馬車ではなく、この黒馬に騎乗して来たのだろうか。
騎士ならともかく、貴族は遠乗りなどのレジャー以外に移動手段として乗馬をする者はほとんどいない。

それを当たり前の様子で言ってのけるフィールズ公爵にも驚いたが、私の聞きたかった答えではない。

「違います!どうして私を追い掛けていらしたのですか?妹は…テレサは?」

すると、公爵は私の様子にふーっと息を吐いた。

「君が、あんな面倒臭い妹のお守りを俺に押し付けて逃げようとするからでしょ。妹なら君も聞いていた通り、我が家の馬車で帰りたい様子だったから、家まで送らせた。」

確かにテレサは公爵の馬車で送って貰うと言っていた…。
けど、馬車に1人で…しかも、こんなに早く乗せられるとは思ってなかっただろう。

驚きと同時に、少し胸がスッとするのを感じる。

「それに、君に話したい事があるって言ったと思うんだけど。」

もう忘れたの?やっぱり記憶力が危ないんじゃない?と、面白そうに付け加える公爵に、失礼だと思うより、何故か嬉しい気持ちが湧いて来る。

話したい事…とは、テレサが来る前に言われた提案の事だろうか。

「…何をそんなに嬉しそうな顔してるのか知らないけど。とにかく、誰かさんが大きな声で問い詰めるから、人目についてしまってるし…どこか適当に店に入ろう。」

そう言われて、初めて周囲を確認する。

王都の繁華街と言える場所で、道路の脇に止まった馬車の前で、片手を繋いだままの公爵と私に、結構な量の視線が注がれている。

これは、人目があると言うレベルではない。
注目の的と言うやつだ。

「…フィールズ公爵が…乗馬などで移動されて目立ったせいでは…?」

恥ずかしさを誤魔化すようにそう言えば、フィールズ公爵はふっと鼻で笑った。

「そう言う事にしといてあげるよ。」

手を引く公爵に従い、手近にある喫茶室へと向かった。
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