大草原の少女イルの日常

広野香盃

文字の大きさ
上 下
57 / 71

56. ラナさんのお母さん救出作戦 - 5

しおりを挟む
 と私が言うとドリアさんは少し考えていたが、意を決したように言った。

「イル様、お申し出は大変ありがたいですが、私は生まれてから今までずっと農耕民として生きてきました。この歳では、今から遊牧の仕事を覚え、馬に乗り、弓を射ることは出来ないでしょう。なにより、私は娘の幸せそうな顔を見ることが出来ただけで十分満足でございます。どうか、どうか私の分も娘をよろしくお願い申し上げます。」

 そう拝むように言われると私に返す言葉は無かった。仕方なく私達はこのまま立ち去ることにした。去る前にラナさんが自分が作った見事な花嫁衣裳を着て見せると、ドリアさんは涙ながらに喜んでいた。

 農園を出た私とラナさんは、ドリアさんのオークションを見定めてから帰ることで意見が一致した。ドリアさんが性質の悪そうな奴に買われたら攫ってでも救い出すのだ。明日ドリアさんが奴隷商人に売られた時点でドレークさんの管理下から外れる。その後にドリアさんが攫われたとしても、ドレークさんの責任にはならないはずだ。追手がかかったとしても、大草原まではやって来ないだろう。ちなみに、兄さんに念話で帰るのが遅れる旨伝えたのだが、その時も、もう少し小さな声で話してくれと頼まれた。魔力の強さを調整したつもりだったがまだ強すぎた様だ。ここから居住地までの距離を考えると脅威的なことかもしれない。

 その日、私達は明日オークションが開かれる予定の町の宿で宿泊することにした。ここはラダーナ王国でもトシマル山脈に近い辺境の町の様で、なんだか町全体に活気が無い様な気がする。トシマル山脈を通る街道を通っての交易が減っている影響もあるのかもしれない。宿も数件しかなく、どの宿も似たようなものだが、せっかくお金があるのだからとその中でも一番上等そうな宿を選んだ。宿では若い娘と小さな子供のふたり連れと言うことで奇異の目で見られたが、料金を先払いすると問題なく泊まることが出来た。オークションは明日だが、その後にドリアさんを攫って帰る可能性を考え3泊分を先払いする。宿の人に聞いたところでは、オークションは町の広場で定期的に開かれている物で、開始は正午から、入札に参加するには以前トスカさんから聞いた条件があるが、見学は誰でもOKだそうだ。

 翌日は早めの昼食を食べて、オークション会場で開始を待った。ラナさんは心配の余り食事も喉を通らない様で、ほとんど食べなかった。会場には周りより一段高いステージが設置されており、その周りに入札者用の座席が置かれている。私達見物者はその後ろで立ち見だ。

 立見席でオークションの開始時間を待っていると、びっくりする人物が会場に入って来た。ドレークさんだ。ドレークさんは緊張した面持ちで一番後ろの入札席に座った。私達には気付いていない様だ。私はドレークさんに声を掛けるか迷って止めた。ドレークさんがここに来た意図が分からないからね。

 しばらくして、オークションの開始時間となり、奴隷を10人くらい連れた奴隷商人と思われる男がステージに上がった。ステージの後では腕を縛られた奴隷たちが一列に並んでいる。ドリアさんの姿も見える、ちょうど列の半ばぐらいだ。

 奴隷オークションが始まる、ステージの後に並ばされた奴隷達の内、左端に立っていた高齢の男性がまずステージにあげられた。自分が誰に買われるのか心配なのだろう、入札席をキョロキョロとしきりに見回している。奴隷商人がステージの端にある机に付き、オークションへの参加者に向かって奴隷の説明を始める。

「皆様、本日も我がカービナス商会が主催する奴隷オークションにお集まりいただきありがとうございます。本日もカービナス商会が自信を持ってお勧めする、選りすぐりの奴隷達を取り揃えております。お眼鏡にかなう奴隷が居ましたら挙手の上、提示金額をおっしゃって下さい。それでは、最初はこの奴隷です。人間族の男性で年齢は60歳。歳は取っていますが、御覧の通り身体は頑健そのもの。まだまだ肉体労働もこなすことが出来ます。読み書きは出来ませんが、二桁までの加減算が出来ます。今まで農園畑仕事をする傍ら、奴隷達のまとめ役も担っておりました。皆さま方がお持ちの奴隷達のまとめ役として活躍してくれるでしょう。掘り出し物ですよ。本日は特別サービスとして、開始価格を銀貨1枚からとさせていただきます。それでは入札される方は挙手をお願いします。」

入札者達はしばらく周りの入札者の様子を見ていた様だが、しばらくして手を上げる者が居た。

「銀貨1枚」

「はい、銀貨1枚が出ました。他に入札される方はおられませんか?」

「銀貨1枚と銅貨50枚」

「銀貨1枚と銅貨50枚です。さあ、いかがでしょうか? 他に金額を提示される方はおられませんか?」

「銀貨2枚」

「銀貨2枚! 銀貨2枚が出ました。まだまだお買い得な値段ですよ。さあ、いかがですか?」

と奴隷商人は入札者達を煽ってゆく。結局、その男性奴隷は銀貨5枚まで値段が吊り上ったが、そこで入札が止まった。奴隷商人はしばらく新たな入札を待っていたが、これ以上の値はつかないと判断したのか、机の上に置いてあった木槌を手に持ち、机の上の木の台に叩きつけた。ドンと意外に大きな音がする。

「おめでとうございます。そちらの黒服の男性に銀貨5枚で落札されました。落札された方はそちらのカウンターで奴隷の所有権移転の手続きをさせて頂きます。なお、料金の支払いは現金のみとさせていただいております。ご了承よろしくお願いします。」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

処理中です...