大草原の少女イルの日常

広野香盃

文字の大きさ
上 下
39 / 71

39. ラナさんの求婚 - 2

しおりを挟む
「イ、イル様。そんな、私なんかが....」

また自分は奴隷だからと言い出しそうなので、先手を打って、

「おめでとう、兄さん。で、結婚式はいつにするの?」

と兄さんに話しかけた。

「そうだな、俺はいつでも良いが、新しい居住地に着いたら結婚するか?」

と、兄さんがラナさんを見ながら真面目な顔で言う。が、ラナさんが答える前に母さんが口を挟んだ。

「ヤラン、何馬鹿なこと言ってるの。女性は花嫁衣裳を縫わないといけないのよ! ラナさんに花嫁衣裳を着せてあげないつもりなの?」

「そ、そうだったな。」

「ふふっ、結婚式のことは母さんに任せておきなさい! きっとすてきな式になるわよ。」

ひとり話に入れないラナさんが念話で話しかけてきた。

<< イル様! 酷いです。こんなのヤラン様に申し訳ないです。>>

<< ハンカチの意味を黙っていたのは御免なさい。でも兄さんはラナさんの求婚を受け入れてくれたのよ。何の問題も無いじゃない。>>

<< ありますよ。私なんかが... >>

<< 兄さんはね、今度ラナさんに指輪をプレゼントするつもりだったの。そしたらラナさんはどうしてたかな? まさか指に嵌めないなんてことはないよね。>>

<< そ、それは... >>

 だが、話はそこまでだった。急に周りが騒がしくなったのだ。誰かが叫んでいる。

「カマルだ! カマルが盗賊に追われているぞ!」

 ラナさんから視線を戻すと、遥か遠くでラクダルに乗った人を複数の馬が追いかけているのが見える。まだラクダルと馬とには距離があるが、ラクダルは足が遅い。追いつかれるのは時間の問題だろう。先ほど叫んだ人は、ラクダルに乗っている人の服装や、ラクダルの背に掛けられている布の模様から行商人のカマルさんと判断した様だ。いつもの荷馬車を引いていないのは既に盗賊に奪われたのかもしれない。

 それから一族の男達の行動は素早かった。もちろんカマルさんを助けに行くのだ。カマルさんは長年私達の居住地に行商に来てくれた人だ。その商売は誠実で、だまされたことなど一度もない。皆カマルさんを友人と思い、遠くの出来事についてカマルさんから話を聞くのを楽しみにしているのだ。誰に指図されることもなく、男達のほとんど全員があっと言う間に武器を持って馬に乗り込んだ。もちろんヤラン兄さんもだ。

「ヤラン様、お気を付けて。」

とヤラン兄さんに駆け寄って、縋る様に言うラナさんに、兄さんはラナさんの頭を撫でながら何か言った。途端にラナさんが満面の笑顔になる。

「行って来る。」

と兄さんが叫んで一族の男達と共に馬を走らせる。ここから見える盗賊の数は5人くらいだ。こちらは20人近くいる、負けることは無いだろう。予想通り兄さん達が近づくと、盗賊たちは戦うことなく元来た方向に逃げ出した。

 しばらくしてカマルさんと一族の男達が帰還すると、ヤラン兄さんが私を呼びに走って来た。なにやらあわてている様だ。急いで兄さんと共に男達の方に向かう。長老に手招きされて、男達の集まりの真ん中に行くと、カマルさんが地面に俯きに横たわっていた。背中には深々と矢が突き刺さっており、服は傷口から溢れた血で真っ赤に染まっている。肺を傷つけているのは間違いない、一刻を争う状態だ。私は急いで魔法使いの杖を取り出し、全力の回復魔法を掛けた。矢が消えカマルさんの身体が淡く輝く。間に合った様だ。カマルさんが意識を取り戻し、上体を起こすと周りから驚きの声が聞こえた。その声で我に帰る。しまった、一族の中でも私の魔法のことを知らない人の方が多いのだ。私が狼狽した顔をしたからだろうか、長老が優しく声を掛けてくれた。

「イルよ、心配するな、ここに居る皆には口止めをしておく。皆、今見たことは家族にも口外無用だぞ。これは長老としての命令じゃ。良いな!」

全員が頷くのを確認してから長老はもう一度こちらを向いた。

「それにしても、さすがはラナイの娘じゃな。儂が頼むまでもなくカマルを治療してくれよった。ありがとうな。」

と言って長老は私の頭を撫でてくれた。

「あの~、私はいったい...」

とカマルさんが長老に向かって声を掛ける。

「ほい、そうじゃ。口止めしなければならない人間がもうひとり居たわい。」

と長老は笑いながら言い、カマルさんに、盗賊に追われているカマルさんを見つけてからのことを説明した。説明を聞いたカマルさんは驚いた顔で私を見詰め、「草原の魔導士...こんなところに居たとは!」と呟いた。私はあわてて口の前で人差し指を立てる。それにカマルさんは頷いてくれた。流石はカマルさん、各地を巡って様々な情報を知っているからだろう、私が唯の魔法使いではなく、草原の魔導士だと気付いた様だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。 完結済み!

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...