大草原の少女イルの日常

広野香盃

文字の大きさ
上 下
24 / 71

24. ヤギルの毛刈り - 2

しおりを挟む
 私はそれを聞いて思わずむせた。母さんが背中をさすってくれる。兄さんが素早くフォローを入れる。

「魔導士ってノワール王国に居るんじゃないのか?」

「ヤランは知らないのか、まあ今までは、俺達遊牧の民には関係の無い話だったからな。今まで魔導士は3人居たんだよ、ノワール王国に居るのが東の魔導士、ハルマン王国の女王が西の魔導士、最初は世界に魔導士はこのふたりだけだったんだ。それが5年くらい前に南の魔導士っていうが現れたらしい。もっとも、それでも俺達には関係なかったんだが、今度は草原の魔導士だ。この草原のどこかに居るらしい。ひょっとしたら俺達と同じ遊牧の民かもしれないからな、関係ないとは言えなくなった。」

「それで、草原の魔導士ってどんな奴なんだ?」

とヤラン兄さんが驚きを顔に出さず、ソラさんに話を振る。

「太陽神ギル様の神託にあった北の砂漠の脅威を除いてくれたのが草原の魔導士らしい。何百という地竜を退治してくれたらしいよ。しかも、女だとさ。どうだ興味はないか? ひょっとしたらこの近くに住んでいるのかもしれないんだぞ。絶世の美女と言うこともあり得る。ひょっとしたらヤランの嫁さんになってくれるかもしれないぞ。」

それは無理です。ヤラン兄さんは実の兄ですから。それにしてもララさん! 何というお騒がせな宣言をするんですか! せめて本人に断ってからにして下さい。地竜退治が私ひとりの手柄になっているし、心臓に悪いです。

ソラさんは、草原の魔導士が目の前に居るとは夢にも思わず話を続ける。

「実は、3~4ヶ月前にトワール王国の魔法使い達が草原の中央からとんでもない大きさの魔力が発せられるのを感知したらしい。東の魔導士が高齢を理由に参謀の職を引退して、王の命令で後任を探している所だったから色めき立ったらしいよ。必死で魔力の持ち主を探していたところにハルマン王国の女王の宣告があった訳だ。たぶん草原で大きな魔力を発したのも草原の魔導士だろうと言うことに成った。女王の宣言は草原の魔導士は自分の国の物だと宣言した様な物だから、後手に回ったトワール王国の魔法使い達は悔しがっているらしい。下手に草原の魔導士を自分達の国に勧誘したら、大国ハルマン王国の魔導士を奪ったとして戦争になりかねないからな。」

ゲッ、私はトワール王国に探されていた訳か。魔力を感知されたのは、姉さんの結婚式に北の部族が攻めて来た時のことだろうな。あの時は後先考えずに、魔力遮断結界も解除して全力の魔力を放った。ひょっとしたら、ララさんの宣言は私をトワール王国から守るため? そう考えるとララさんが急いで宣言を出したのにも納得がいく。夕食後すぐにララ王女に念話を飛ばしてみるが、予想通り繋がらない。私の念話の距離は100キロメートルが限度、ハルマン王国は遠すぎるのだ。

 その夜、夕食の片付けをしている時に姉さんが私の耳元で囁いた。

「母さんから聞いたわ、イルが草原の魔導士なんですって。それで父さんの仇も取ってくれたってね。ありがとうね。私もイルを誇りに思う。」

母さんが言っちゃったか。まあ、姉さんになら大丈夫だ。

「ありがとう。でも、魔導士なんてララ女王が勝手に言っているだけ。私はトルク—ド族の娘で、ラナイ父さんとマイラ母さんの子供で、アイラ姉さんとヤラン兄さんの妹。それが私なの。」

と私が言うと、アイラ姉さんはしばらく私の言葉の意味を考えていた様だが、一瞬の後、笑顔になって言ってくれた。

「そう... そうか。分かった。それでこそ私の大好きなイルだわ。これからも母さんと兄さんのことをよろしくね。もちろん、魔導士のことはソラにも秘密にしておくから安心してね。」

「うん、ありがとう。」

と私はお礼を言う。姉さんは分かってくれた。魔導士なんて呼ばれても少しも嬉しくない。そんなことより家族と一緒に居られる方が100倍も大切なんだ。

 翌朝の朝食後からヤギルの毛刈りを皆で行う。毛刈りはふたり一組で行い、ひとりがヤギルの角を持って動かない様に押え付け、もう一人が専用のバリカンで毛を刈って行く。アイラ姉さんとソラさん、マイラ母さんとヤラン兄さんがペアになって作業する。ヤギルはおとなしい動物だが、さすがに毛を刈られるのは嫌がるから中々大変な作業だ。毛を刈られたヤギルは一回りも二回りも小さくなった感じで、恥ずかしそうにしている様に見える。きっと恥ずかしいから嫌がるのだろう。それでも4人とも慣れたもので、所要時間は1頭当たり30分くらいだ。うちのヤギルは112頭、このうち生まれたてのヤギルは対象外だとしても100頭くらいは刈らないといけない。1時間に4頭として25時間かかる計算だ。もちろん休憩も入れないといけないし、毛刈り以外にも仕事がある。毛刈りの作業が終わるには5 ~ 6日かかるだろう。私は毛を刈り終わったヤギルを囲いに戻し、次のヤギルを連れて来るのが役目だ。ヤギルは今日毛を刈る予定の分だけ囲いに残して、残りは放牧に出している。結構暇なのだが、私の小さな身体では他にお手伝いが出来そうにない。毛を刈り終わったヤギルを連れて囲いに戻った時に念話が届いた。

<< やあ、イルちゃん元気かな。>>
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。 一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。 それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。 ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。 ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。 もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは…… これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...