大草原の少女イルの日常

広野香盃

文字の大きさ
上 下
3 / 71

3. オカミの群と初めての魔法

しおりを挟む
 突然雷が鳴る。近い! いきなり大粒の雨が降り出した。スコールだ。私は野草の採取を止め急いで天幕に入る。この雨で家畜の食べる草の心配をしなくて良くなるかもしれない。しばらくして雨は止むどころかますます強くなり、それに伴い雷も頻繁になる。あたりはまるで夜の様に暗くなってしまった。アイラ姉さんと母さんは大丈夫だろうか...。きっとびしょ濡れになっている。そんなことを考えていると誰かの叫び声が聞こえた。雨の音が煩いので途切れ途切れである。

「ヤギル...げた。ヤ.....逃げた。」

ひょっとして「ヤギルが逃げた。」か? 雷に驚いてパニックに成ったのだろうか。そんなことを考えていると母さんとアイラ姉さんが天幕に飛び込んできた。

「イル、ヤギルが逃げ出したの。母さんは後を追いかけるから姉さんとお留守番をお願いね。」

「母さん、私も行くわ。」

「駄目よ、誰かがこの居住地を守らないと。ラクダルもいるのよ、誰かが盗みにきたら大変だわ。」

「分かった...。気を付けてね。」

アイラ姉さんがそういうと、母さんは手を振って出かけて行った。あんなに濡れたままで大丈夫だろうか。母さんのふっくらした綺麗なしっぽも雨に濡れて萎んでしまっていた。こんな時に何もできない自分が情けなくなる。

 幸い母さんが出て行ってからすぐに雨は止んだ。これならヤギルの足跡を追っていくことも容易だろう。アイラ姉さんの話だと、母さんだけでなく一族の主だった大人たちも一緒に出掛けた様だからすぐに戻って来られると思う。

 アイラ姉さんは濡れた服を脱ぐと、素早く別の服に着替え、

「ラクダルの様子を見て来るわ。」

と言って天幕から出て行った。

私はすぐに姉さんの後を追いかけた。なんだか嫌な予感がするのだ。私の予感は当たった試しがないが、それでもひとりで待って居たくない。幸いラクダルの居る柵は天幕から近い。ラクダルの柵に到着するとアイラ姉さんはラクダルを一頭一頭撫でながら変わった様子は無いか確認しているところだった。見つかったら叱られるかと思ったが、私の姿を見ると姉が心配そうに言った。

「ラクダル達の様子がおかしいの。何かに怯えているみたい。」

ついさっきまで酷い雨と雷だった。怯えていても不思議じゃないと思ったが、念のために辺りを見回してみる。「大丈夫何も居ないよ」と言いかけた途端、

「ウォォォ~~~」

と獣の鳴き声が遠くから聞こえた。オカミの遠吠えだ。まずい、今この居住地にはほとんど大人が居ない。父さん達は狩りに行ったままだし、他の大人たちはヤギルを追いかけて行ってしまった。残っているのは私達みたいな子供やお年寄りだけ。襲ってこられたら防ぎようがない。

アイラ姉さんが懐から小さなナイフを取り出し手に持つ。でも、オカミ相手にあんな物じゃ気休めにしかならないのは明白だ。といっても、私なんか武器になりそうなものは何も持っていない。そして、こんな時にいつも当たらない私の予感が当たった。オカミの群れが草原から現れたのだ。
 
「イル、こっちへ来て。」

そうアイラ姉さんに言われ、あわてて柵の下を潜って姉さんの傍に走り寄る。柵の外に居たら一番に狙われるのは私だ。オカミ達の狙いはラクダルだろうか、それとも居住地に残った子供達か。いずれにせよ私には防ぐ方法はない。

「アイラねーさん、ラクダルをなんとうかオカミにあげるの。おなかいっぱいになったら、かえってくれるかもしれない。」

「そんな...。」

「はやく! オカミがこどもたちのほうにいったらたいへん!」

と説明すると私の意図を理解してくれた様だ。すばやく3頭のラクダルを柵の外に追い出す。後で追いだしたラクダルの持ち主から文句を言われるかもしれないが、その時はその時だ。外に出されたラクダルはオカミの群れに怯え、一目散に逃げ出した。それを見たオカミの群れが一斉に追いかける。体格的にはオカミよりラクダルの方が大きいが、オカミは集団で狩りをする。3頭のラクダルはオカミに追いつかれたと思った途端、何頭ものオカミに同時に跳び付かれ地面に引き倒された。しばらく断末魔の悲鳴が聞こえた後静かになる。これでおとなしく引き返してくれます様にと私は祈る。だが私の祈りも空しく、オカミ達はラクダルが息を引き取ったことを確認するとラクダルの死体には目もくれず再びこちらにゆっくりと向かって来る。

 アイラ姉さんが私を隠す様に前に出る。私達は柵の中に居るが、先ほどみたオカミのジャンプ力ならこんな柵は飛び越えるかもしれない。どうしよう...。こんな時に魔法が使えたら... そうだ! 使えば良い。私には魔法の知識と魔力がある。今まで使わなかったのは、この幼い身体が魔力に耐えられず魔力中毒になる可能性があるからだ。最悪の場合死ぬこともあり得る。魔法を使うには少なくとも10歳、出来れば15歳前後からでないと危険なのだ。でも、魔力中毒になっても死ぬとは限らない。このまま何もしないでアイラ姉さんに何かあったら悔やんでも悔やみきれない。そう考えると心が落ち着いた。

 魔法を使うといっても1回が限度だろう。一発の魔法でオカミの群れを追い払わないといけない。防御系の魔法ではじり貧になるだけだ。かといって、今の私に群れ全体を対象にするような面の攻撃なんて出来っこない。

「アイラねーさん、オカミのボスはどれ?」

と私は姉さんに尋ねる。父さんがオカミの群れはボスに率いられていると言っていた。ボスが倒されれば他のオカミは逃げ出すだろうか。私の表情から何か理由があると察したのか、姉さんは真剣な顔で答えてくれた。

「向こうにいる黒くて大きい奴、あれがボスよ。」

 私はボスに向かって手を翳す。破壊魔法を放つのだ。攻撃系の魔法には土魔法のアーススピア、水魔法のアイススピア、火魔法のファイヤーボール等色々あるが、どれも一旦魔力を物理攻撃に変えて相手にダメージを与える方法で魔力のロスが大きい。その点破壊魔法は魔力そのものでの攻撃でロスは一切ない。欠点もあるが使う魔力を出来る限り絞り込みたいこの状況では最良の選択だろう。私は慎重に狙いをさだめ破壊魔法を放つ。途端に目の前が真っ暗になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...