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35. 闇の精霊アルガ様

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(シロム視点)

「みぎゃ~~~~~~~~~~~っ!」


 恐怖のあまり思いっきり叫んでいた。周りは人一人が腹ばいになってギリギリ通れる大きさの洞窟だ。その中を僕はかなりのスピードで飛んでいるのだ。ちょっとでも身体を動かしたら壁にぶつかるだろう。身動きも出来ず、永遠とも感じる長い長い距離を行く間、僕はひたすら叫び続けた。

 目を開けると真っ暗だった。手に持っていたランプはどこかで手放してしまった様だ。でも地面に腹ばいになった状態から寝返りをうって上を見て驚いた。無数ともいえる妖精が僕の上空を飛び交っていた、まるで星空を見ている様だ。ここはかなり広い空間なのだろう妖精たちは自由に飛び回っている。

<< ここが私が封印されているところよ。ここから外にでるのは妖精に分かれないと無理なの、でも妖精になったら知性が大きく下がってしまって感情のままに行動するだけになる。この穴の外部で元の姿に戻れたのは貴方が神気を分けてくれたお蔭よ。もっとも妖精の数が少なかったからこんな幼い姿にしか成れなかったけどね。>>

 すぐ近くから声がした。真っ暗で見えないが幼女姿のアルガ様がすぐ傍にいる様だ。

<< ふ、封印されていたのですか? >>

<< 昔ちょっと悪さをしてね。偉い神様に罰を与えられたのよ。ここで1000年間先ほどの町に加護を与える様にってね。>>

<< 1000年ですか! 酷い罰ですね。>>

 心底そう思った。僕ならこんな暗闇で1000年間過ごすなんて気が狂いそうだ。もっともそんなに長く生きられないけど。

<< そうでもないわ。精霊にとって1000年なんて大した期間じゃないの。もう半分は過ぎたから後500年よ。それに私は闇の妖精。暗闇は大好きよ。だから封印した神様も軽い罰のつもりだったと思う。実際、ほんの20年ほど前まではここは快適な場所だったわ。でも異変が起こったの。地面から湧き出す神気が減って来たのよ。私達精霊は自分で神気を作り出すことが出来ない......大精霊様レベルになれば別だけどね。だから外部から神気を吸収する必要があるの。この場所は地面から神気が湧き出していてね、その意味でも快適な場所だった.....最初はね。今は湧き出す神気が減ったから自分の姿を維持することすら難しくなってしまった。それであの有様よ。上で飛び交っているのは私の身体が分解した成れの果てよ。>>

<< そうなのですか.....。僕にはとても綺麗に見えます。>>

<< そう、ありがとう。>>

 実際とてもきれいだ。まるで満天の星空を眺めている様だ。そして地面の下深くにはまるで天の川の様な白い大河が流れている。

<< 地面の下に見える白い流れはなんですか? >>

<< へー、あれが見えるのね。あれは龍脈、神気の流れよ。ここに神気が湧いてこなくなったのは龍脈の流れが衰えたから。その原因は人間達が魔晶石を取る為に掘っている坑道が原因よ。20年前のある日、深く掘った坑道のひとつが龍脈を貫通してしまったのよ。だから鉱山の方で神気があふれ出して、その分こちらに流れて来なくなった。私は巫女のマーブルを通じて坑道を広げるのを止める様に人間達に伝えたけれど、金儲けに目がくらんだ人間達は聞く耳を持たなかったわ。むしろ私を闇の邪神と呼ぶ人が増えて祭壇を訪れる人が減ってしまった。龍脈を貫く坑道はますます多くなって、今ではほとんど神気が湧かなくなってしまったの。このままでは私は消滅してしまうわ。貴方がこの町に来たのは最後のチャンスなの。>>

<< 大変じゃないですか! 僕はどうすれば良いですか? >>

<< 簡単よ、さっきみたいに神気を分けて欲しいのよ。そうすれば後何十年かは消えずに済むわ。>>

<< そうですか、でもその後は? >>

<< 貴方がまた来てくれれば良いのよ。お願いできる? >>

<< もちろ......無理です。後何回かは来られるかもしれませんがそれが限度です。とても500年なんて付き合えません。人間の寿命は短いのです。>>

<< あら、貴方は人間だったの。てっきり神かと思ったのに。人間なのにあれだけの神気を発せられるなんて驚きだわ。本当かしら? >>

<< 嘘じゃありません。僕が神気を使えるのはこの杖のお陰です。聖なる山の神様から頂いたのです。>>

といって亜空間から杖を取り出す。

<< 聖なる山の神! 嫌だ、私を封印した奴じゃ無い! 貴方はあいつの関係者ってわけね。それなら腹いせに貴方を道連れにして消滅してやるってのも有りかしら。>>

<< ま、待ってください!!!! >>

 恐ろしい事をさらりと言われた。どうしよう、どうしよう、どうしよう......何とかしなければ......。

<< なんとかします。なんとかしますから......>>

 そう言って時間を稼ぐが何も考え付かない。不味い、不味いぞ。このままでは僕まで消されてしまう。こうなったのは人間達が金儲けの為に坑道を掘り過ぎたのが原因なんだ、死んだら恨むぞ.....。坑道? そうだ、もしかしたら。

 僕は手探りで龍脈の真上まで移動し、地面に杖を垂直に立てた。ここから龍脈まで穴を掘る。アルガ様は神気の流れが衰えたから地面から湧き出さなくなったと言ったけれど、龍脈まで穴を開ければそれを通って神気が出て来るのじゃないだろうか。

 龍脈までどれだけの距離があるか分からない。とにかく届くところまで細い穴を開ける。広げるのはその後だ。

 だが始めて見ると思った以上の難工事だった。神力が無駄に流れているのが分かる。きっとこの下に水晶の層があって、杖が発した神力が吸収されているのだ。だから穴が水晶の層で止まってしまっている。くそ、駄目か.....。考えたらアルガ様だってこのくらいのことは考えただろう。でも出来なかったわけだ。

 杖に込められた聖なる山の神の神力がどんどん減って行くのが分かる。きっと地面の下ではとんでもない量の魔晶石が生成されているのだろう。神様、神力を無駄にして申し訳ありません.....。

 もう駄目かと思った時、水晶の層を突き抜けて穴が進み始めた。そして次の瞬間、地面から大量の神気が噴き出し洞窟に満ち溢れた。眩しさに思わず目を瞑る。

 穴は細くて正解だった様だ。あれ以上太い穴だったら吹き上がって来る神気が多すぎただろう。それくらい龍脈を流れる神気は勢いがある。

 恐る恐る目を開けると、いつの間にか真っ暗だった洞窟が明るくなっている。そして目の前にアルガ様が立っていた。祭壇の上にあった女神像と同じ姿だ。ただし背丈は僕の2倍程もある。良かった、元に戻ることが出来たようだ。

「助けて頂きありがとうございました。小さき勇者殿。」

 アルガ様が優雅に頭を下げる。あれ? 念話じゃなくて肉声だ。

「ほら、あなたもお礼を言いなさい。」

 アルガ様が後ろを振り返って言う。アルガ様の後から先ほどの幼女が姿を現した。

「ありがとう。脅かして悪かったわ。」

「この者は私のほんの一部が人格を持っただけなので、精神的に未成熟なのです。知性もその分低いです。貴方をこんなところに連れて来て脅したのは感情的になったからの様です。許してやってください。」

「何よ、ジロジロ見て。」

「い、いや、てっきりアルガ様はひとりだけだと思っていたから。それに念話じゃなく普通に話せるんだ。」

「ひとりだけのつもりだったわよ。でも本体にひとつになるのを拒否されたの。」

「当然です。私は後500年ここから出ることができません。でも別人格となったあなたなら可能です。貴方はこの方に同行してお守りするのです。この方の杖にはほとんど神力が残っていません。もはや使えないでしょう。貴方の責任でこうなったのですからお守りするのは当然です。」

「まあ仕方ないわね。どうせ人間の寿命なんて長くて100年くらいだから、付き合ってあげるわよ。神気もたっぷりと吸収させてもらったから実体化も出来たしね。念話じゃなく肉声で話が出来るのもそのお陰よ。」

 ちょっと待て! それって僕が死ぬまで一緒ってことか? いやいやいや、こんなのと一生一緒だなんて御免被る。

「だ、大丈夫です。僕には頼りになる親友がいます。それに神が遣わしてくれたドラゴンも一緒ですから杖がなくても何とかなります。ご厚意はありがたいですが遠慮させていただきます。」

「何よそれ、私と一緒に居るのが嫌だってこと? 人間の分際で失礼しちゃうわね。」

「アルガ、落ち着きなさい。」

「何よ、あなただってアルガじゃない。そうだ、あなたシロムだったわよね。私に素敵な名前を付けて頂戴。もう本体とは別人格なのだから、名前だって別の方がややこしくないわ。そうしたらさっきの失礼な態度は許してあげる。」

 突然そんなことを言われても.....

「ち、小さなアルガ様だからチーアルとか.....」

 僕がそう言ったとたん、ふたりのアルガ様が目を合わせて頷きあった。何だ? と思った途端、僕の右手の甲にバシッと衝撃が走った。小さく不思議な文様が描かれている。

「はい契約終了。精霊に名前を付けると言う行為は精霊と契約するのと同意義よ。これであなたが死ぬまで私達は一緒。諦めなさい。」

「シロム様、申し訳ありません。私としてもこのままお返ししてはアルガの名が廃ります。出来る限りシロム様のお邪魔をしない様にさせますので、同行することを許してやって下さい。」

 詐欺だった。しまった大きい方のアルガさんは信頼できると思ったが、考えてみればこのふたりは元同人格だ。その上ここにいるのは昔何か悪いことをして封印されたからと言っていたじゃないか。完全に嵌められた。

「それにしてもチーアルなんて酷い名前ね。もうちょっとネーミングセンスがあるかと思った。ガッカリしたわ。」

「チーアル、たとえ本当のことでも、ご主人様に向かってそんなことを言うものではありません。」

 やっぱりこのふたりは同人格だ。ん? ご主人。

「それではご主人様、地上に戻りましょうか? 」

「ご、ご主人様って? 」

「あら決まっているじゃない。契約をしたのだからシロムは私のご主人様よ。大抵のことは命令に従ってあげる。」

「大抵のことって? 」

「そうね。私の初めてが欲しいとか、結婚したいとか以外ならね。」

 な、無い。100%無いから。

「言っとくけど契約をすると心も繋がるの。100%無いって酷いじゃない。」

 自分で言っといて.....何? 心が繋がっている? だけど僕にはチーアルの考えていることは分からないぞ。

「そりゃ読まれない様にガードしているからね。ご主人様のガードは甘々だから読むのは簡単よ。」

 やっぱり詐欺だ.....。ただでさえ僕の心の声はダダ洩れと言われているのに.....。

「さて行きますか。飛ばすわよ。」

 行くって? ひょっとしてあの細い穴をもう一度通るのか? 止めてくれ! あの恐怖は2度と御免だ。だが僕の身体は無慈悲に地面から浮かび上がる。

「待って!!!!」

アルガ様が緊張した叫びを上げた。

「久々に力を取り戻せたから周りの様子を確認していたの。鉱山の様子が変だわ。沢山の生きものが坑道を通って地表に向かっている。鉱夫たちが次々に殺されているわ。」

「殺されている!? 何に?」

チーアルが尋ねる。一瞬で顔が真剣になった。

「これは虫ね。百足、蟻、蜘蛛、竈馬、蟋蟀こおろぎその他にも沢山。それぞれが何百という大軍よ!」

「人間が虫に殺されているの?」

「そうよ! もっとも体長は人間と変わらないくらい大きい。こんな虫、今までいなかったのに.....。そうか! 龍脈から噴き出している神気を浴びて変化したのよ。あれだけ濃密な神気だもの何が起きても驚かない。人間達を助けないと...。」

 そういった途端アルガ様の身体が妖精に分解した。後には半分以下の大きさになったアルガ様が残っているが、僕達の周りは再び妖精で溢れかえった。でも先ほどと違い妖精の動きに規則性がある。

「行きなさい。」

アルガ様がそう命じると、妖精達は一斉に僕が入って来た穴に突入していった。

「私達も行くでしょう?」

チーアルが尋ねて来る。行くって、人間サイズの虫を退治しに? 想像したら全身に悪寒が走った。

「無理! 僕には無理! 虫は嫌いなんだ.....。」

「ヘタレね.....。でも良いの? 虫は坑道の出口に向かっているの。そこから町はすぐ傍よ。確実に町に侵入するでしょうね。貴方の仲間も危ないわよ。」

 仲間? 頼りない僕を心配して付いて来てくれた親友のマーク、僕のことを好きだと言ってくれたアルムさん。出会って間もないけれど僕達を鍾乳洞まで案内してくれたマーブルさん。もし彼らに万が一のことがあったら.....。でも預言者の杖には神気が残っていない。杖が使えない僕が行ったところで役に立たない。

「大丈夫。貴方には私が居るわ。よく聞いて、私単独でも戦えるけど圧倒的な数を前にしては限度がある。アルガがやった様に身体を妖精に分解して、数には数で対応する方が優利よ。でも私は小さいから司令塔として自分の一部を残すことは出来ないの。妖精は知性が低いから司令塔なしでは秩序立った戦いは無理なのよ。だからね、貴方が司令塔になるの。私達は契約で心が繋がっているのよ、貴方ならできる。」

 そ、そんなこと言ったって無理なものは無理。僕に戦いなんて.....。

「ええい、ごちゃごちゃ考えない。私を指揮して外に出るの。行くわよ。」

 チーアルがそう言ったとたん、彼女の身体が妖精に分解する。それと同時に彼女の心が見える様になった。と言っても相手はひとりじゃない、数十もの心と繋がった。しかも何を考えているのか良く分からない.....考えていないのかも....伝わってくるのは彼女の感情だけだ。だが彼女の記憶と知識がまるで自分の物の様に思い出せる。チーアルに出来ること、この町や鉱山の地理、アルガ様から送られた敵の映像.....アルガ様の妖精は早くも虫と戦っている様だ。虫は逃げる鉱夫達を追いかけながら町に侵入しつつある。急がないと今この瞬間にも町の人達が犠牲になっている。

 チーアル、僕を連れて飛んで.....そう願った瞬間僕の身体が浮き上がり、出口の細い穴に向かって猛スピードで飛び込んだ。

「待って~~~~!   ゆっくり、もっとゆっくり! スピードを落として.....お願いだから....」

 僕の泣きそうな声が洞窟に木霊する。
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