上 下
38 / 71

38. クーデターへの参加を断るソフィア

しおりを挟む
(トーマス視点)

 ライルを捕まえた後、ソフィリアーヌ様達は何人かの魔族の兵士を引き連れてこちらに向かって来る。逃げようかとも思ったが、そんなことをすれば余計怪しまれるだけだ。それに足を怪我しているからどうせ逃げるのは無理だろう。

「ソフィリアーヌ様、お初にお目に掛かります。マルトの町の冒険者ギルトのマスターをしているトーマスと申します。ご尊顔を拝させていただき光栄の至りでございます。」

おれはソフィリアーヌ様一行が近づくと、ひざまずき頭を下げた。だが、誰かに手を握られ、驚いて頭を上げると目の前にソフィリアーヌ様の顔があった。俺の前で屈んで俺の手を両手で握っている。

「あなたは、カラシンの、いのちのおんじん。かんしゃする。」

と言う。怪しい奴として魔族の兵士に連行されるかと思ったのだがそんな雰囲気ではなさそうだ。

「カラシン、わたしのたいせつなひと。しんだら、わたしいきてゆけない。ありがとう。」

 ソフィリアーヌ様は重ねて言う。なんと、家来かと思っていたカラシンがソフィリアーヌ様とそんな関係だったとは驚いた。このお美しいソフィリアーヌ様を手に入れるとは男として羨ましい限りだが、それは、もしソフィリアーヌ様が王位にお付きになった暁には女王の配偶者、すなわち王配となると言う事だ。それが幸運なことか、不運なことかは別にして平凡な人生は期待できない。ちょっとだけカラシンに同情の念が湧く。

 その後、俺が足に怪我をしていることに気付いたマイケルが、ポケットから薬の瓶を取り出し差し出してきた。

「さっきは助かったっス。これは回復薬っス、ほんのお礼っス。」

先ほどカラシンに飲ませたのと同じ瓶だ。こいつらはこんな貴重な薬を持ち歩いているのかと驚く。ソフィリアーヌ様に飲んでも良いか確認してから口にすると、足の怪我はたちどころに治癒した。やはり薬師ギルドが販売しているA級回復薬と同じか、それ以上の効果があるのは間違いない。

 その後は、ソフィリアーヌ様達の家に招かれ夕食を共にすることになった。だが、家に到着して、促されるままにテーブルに付くと対面に座ったケイトがおもむろに俺に向かって発言した。

「それで、トーマスさんがこの村に来た目的を伺っても良いかしら?」

 流石にチームのリーダー、俺が偶々この家を訪れてカラシンに薬を飲ませて救ったとは露ほども考えていない様だ。幸いここなら部外者に聞かれる心配はない。俺は、冒険者ギルトと一部の軍人・貴族を中心にして圧政に苦しむ国民を救うためにクーデターが計画されている事、クーデターが成功した暁にはソフィリアーヌ様に王位について頂きたいと考えている事を打ち明けた。

 頭を下げて嘆願するが、ソフィリアーヌ様は悲しそうに首を振った。

「ごめんなさい。わたし、ソフィリアーヌなりたくない。わたしが、ソフィリアーヌだから、カラシンころされそうになった。わたしは、ただのソフィアでいたい。」

 続けて説得しようとしたが、ソフィリアーヌ様の悲しそうなお顔を見ると言葉が出て来なかった。それから俺は夕食をごちそうになりながら、ソフィリアーヌさまの生い立ちを聞いた。なんと、ソフィリアーヌ様は精霊王に育てられたらしい。それに今日ボルダール伯爵から聞くまで自分が人間の国の先王の娘であると知らず、母親であるソランディーヌ様には会ったことが無いという。そんな馬鹿なと思ったが、カラシンが皆がソランディーヌ様と思っているのは精霊王様のことだと思うと言うのを聞いてようやく納得した。なぜ精霊王様がソランディーヌ様に似ておられるのかは謎だが、おそらくそれが真実なのだろう...。

 翌日には商人達と一緒に開拓村を出発した。ソフィリアーヌ様には再度お願いしに来ますと言ってある。突然、自分が先王の娘で、本来は人間の国の女王になっているべき存在だと知らされたのだ。カラシンが殺されかけたこともあり、今は感情的になっておられるはずだ。説得するには少し時間を置いた方が良いと判断した。

 ギルドに到着すると、直ちに通信の魔道具でクーデターの首謀者であるギルドの支配人に成果を報告する。

「おい! と言う事は、せっかくソフィリアーヌ様にお会いでき、恩まで売れたというのにクーデターへの協力を得られないまま、すごすごと返ってきたと言う事か...。」

「ソフィリアーヌ様には冷静になって考える時間が必要です。しばらく間を置いて再度お願いに伺うつもりです。」

「何を悠長なことを! そんな余裕はない。そうだ! トーマス、お前はソフィリアーヌ様に恩を売って信用されている。それを利用してソフィリアーヌ様を攫ってこい。段取りはこちらで考える。お前はソフィリアーヌ様を人気のない所に誘い出すだけで良い。」

「支配人! 本気で言ってますか!?」

「もちろん本気だ。お前こそ目を覚ませ。圧政に苦しむ国民たちを救うためだ、少しの犠牲は止むを得ん。もともと15歳の小娘に国政など無理な話だ。ソフィリアーヌ様が女王になったとしても唯の飾りだ。おだてて機嫌を取って置いて、実際の国政は俺達が取り仕切るつもりだった。だから少々強引なやり方をしてもよい。おだてて言うことを聞かせるのも、脅して言うことを聞かせるのもよく似たものだ。それにカラシンとかいうやつも邪魔だから殺してしまおう。ソフィリアーヌ様には有力な貴族を王配に向かえて国政の安定に寄与してもらう必要があるからな。」

支配人のその言葉を聞いて俺は目が覚めた、もちろん支配人が言うのとは別の意味でだ。現国王は酷いものだが、こいつらも同類だ! 人の意思や命を何とも思っていない。クーデターは圧政に苦しむ飢えた国民を救うためだと聞かされて協力してきたが、それだってどこまで本気で言っているのか信用できなくなった。

「申し訳ありませんが、そう言う事でしたら協力はできません。俺はこの計画から降りさせていただきますよ。」

「ハハハ、命が惜しくないのか? ここまで計画の中身を知って抜けられるわけ無いだろう? 抜けたら世界中に安全な場所はないぞ、冒険者ギルドはどこにでもあるからな。」

「今まではそうでしたね。でも状況は変わったんですよ。」

「なんだと! まさか...」

「そう、魔族の国ですよ。それじゃ後任の手配よろしくお願いします。」

そう言ってから通信の魔道具を切る。まったく! 今まで支配人の甘言に踊らされていたと思うと腹が立つ。俺は再度旅支度をすると、ギルドマスターの部屋を飛び出した。グズグズしていると支配人が放った刺客がやって来るかもしれない。

「あら、トーマスさん、返って来たばかりなのに、またお出かけですか?」

と廊下ですれ違ったマリアが問いかけて来る。

「ああ、悪いがギルドマスターを辞めることになったんだ。そのうち後任が赴任するだろうから協力してやってくれ。」

「え!? ....」

俺の言葉に驚いて声も出ないマリアに手を振って、冒険者ギルドの建物を出る。向かうは開拓村だ。ソフィリアーヌ様の家来にしてもらえないか頼んでみるつもりだ。それに、クーデター計画の方でもソフィリアーヌ様の誘拐を企てていると知らせなければ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~

ふりたけ(振木岳人)
ファンタジー
「……あの子を、シリルの事を頼めるか? ……」  騎士王ボードワンが天使の凶刃に倒れた際、彼は実の息子である王子たちの行く末を案じたのではなく、その後の人類に憂いて、精霊王に「いわくつきの子」を託した。 その名はシリル、名前だけで苗字の無い子。そして騎士王が密かに育てようとしていた子。再び天使が地上人絶滅を目的に攻めて来た際に、彼が生きとし生ける者全ての希望の光となるようにと。  この物語は、剣技にも魔術にもまるで秀でていない「どん底シリル」が、栄光の剣を持って地上に光を与える英雄物語である。

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

【完結】悪役令嬢に転生した私はヒロインに求婚されましたが、ヒロインは実は男で、私を溺愛する変態の勇者っぽい人でした。

DAKUNちょめ
ファンタジー
乙女ゲームにありがちな断罪の場にて悪役令嬢であるディアーナは、前世の自分が日本人女子高生である事を思い出した。 目の前には婚約者と、婚約者を奪った美しい少女… に、悪役令嬢のディアーナが求婚される。 この世界において、唯一の神に通じる力を持つ青年と、彼を変態と呼び共に旅をする事になった令嬢ディアーナ、そして巻き込まれた上に保護者のような立ち位置になった元婚約者の王子。 そんなお話し。

処理中です...