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被害者である悠哉も事情を話す必要があったため担任に呼び出された。元々悠哉の家庭環境を知っていた担任は悠哉の話を黙って聞いてくれたが、時々辛そうにしていた。悠哉はそんな担任のことを教え子のことを親身になって思ってくれる良い教師だと思っている。
担任があの男三人について悠哉に詳しく教えてくれた。三人のうちの一人が彰人に対して大きな恨みを持っていたらしい。その理由として、以前自分の彼女を彰人に寝盗られたことがあったためそのことが耐えきれず今回の犯行に及んだそうだ。彰人がそんなことをするはずがないと反論したかったが、話がややこしくなるためただ黙って担任の話を聞いていた。
すると、突然教室の扉が勢いよく開き「悠哉っ!!」と叫び声を上げた木原が入ってきた。何故木原がここに居るのか訳が分からず悠哉は呆然としてしまう。
「なんであんたがいるんだよ…?」
「ああ、俺が呼んだんだ」
そう言って担任は立ち上がると、木原を椅子まで案内し悠哉の隣に座らせた。
「ちょっと待ってください、なんで先生がこの人のことを知ってるんですか?」
今の状況についていけていない悠哉に「悠哉っ…!本当に大丈夫なのか…!?何かされたんじゃ…っ」と隣でうるさく木原が喚いた。悠哉はイラついた態度で「うっさいっ!!」と木原を睨みつける。
そんな悠哉たちのやり取りに目もくれず、担任は淡々と話し始めた。
「ああ、二日ぐらい前に木原さんが訪ねてきて自分は涼井の兄だと説明されたんだ。お前の保護者は柚井の両親になっていたが、実の兄がいるなら話は別だからな。涼井の保護者として今日のことは連絡させてもらった」
「はぁ?俺そんな話聞いてないんですけど…」
木原が学校に訪ねていたなんて初耳だった。今までは両親がいない悠哉のことを思い陽翔の両親が保護者として三者面談などに来てくれていたのだが、それがいつの間にか木原に入れ替わっていたようだ。いつの間に俺の保護者になったんだよ、と木原の身勝手さに悠哉の頭は痛くなる。
「悪い、お前に伝えるのを忘れてたな」
そして木原だけでも腹が立つのに、あははと能天気に頭をかく担任の姿を見て、悠哉は無性に腹が立ちますます機嫌が悪くなる一方だった。
「それで先生、悠哉は何もされてないんですよね?未遂で済んだんですよね?」
「はい、涼井や神童達の話を聞く限りでは、そうだよな?」
担任は悠哉に視線を向けて問いかけた。「はい、さっきも言いましたけど何もされてません」と悠哉は返す。
「良かった…お前が無事で本当に良かったよ…」
心底安心した表情で胸をなでおろしている木原を見て「いい兄さんだな」と担任に微笑んだ。何故この間まで赤の他人だった自分のことをここまで心配してくれるのだろうか、木原という男のことを悠哉は一ミリも理解できなかった。
担任に「今日はゆっくり休め」と言われ教室を後にする。すると、外で待っていた陽翔が二人に気が付き足早に向かってきた。
「悠哉、大丈夫?」
「別に先生と話してただけだから心配すんなよ」
「そっか」と安心した表情を見せた陽翔は悠哉の後ろにいる木原の存在に気がついたようで、陽翔にとっては初対面のこの男のことを不思議そうに見ている。
「えっと…この人は…?」
「初めまして、君は悠哉の友達かな?俺は木原京介、悠哉の兄です」
丁寧に自己紹介をする木原に対して状況についていけていない陽翔は「…えっ…?」とあからさまに困惑の色を見せる。そういえば陽翔にはまだ木原のことを言っていなかったな、と悠哉は今更になって気がついた。
「お兄さん…?悠哉の…?」
「ああ、詳しいことを説明するとややこしいんだが、俺と悠哉は父親が一緒なんだ。だから腹違いの兄弟っていうことになるね」
「そうなんですか…!?えっ?悠哉なんでそんな大事なこと教えてくれなかったの?!」
こちらに向き直りギャーギャーと喚き散らかす陽翔に「うるさい」と理不尽に悠哉は肩パンした。悠哉も最近色々なことがあり過ぎてそれどころではなかった、陽翔に説明する暇などなかったのだから仕方ないだろう。
「えぇ…何故肩パンされないといけないの…」と不服そうに悠哉の顔を見る陽翔のことは無視して木原に「なぁ」と悠哉は声をかけた。
「あんたが俺の保護者になったなんて聞いてないんだけど、それにあんたにとって俺はあの人があんたの母親を捨てて別の女との間に作った子供だぞ?俺のことが憎くないのか?」
木原が亡くなった母親のことを深く愛していたことは知っていたし、あの人のことをひどく憎んでいることだって知っている、だからこそあの人が違う女性と家庭を築き子供まで授かっていることに納得がいっていないはずだ、その子供である自分のことを憎んでいてもおかしくないだろう、と悠哉は思っていた。なのに何故ここまで自分に優しくしてくれるのか悠哉には不思議でならなかったのだ。
すると木原は「ああ、そんなことを気にしてたのか」とふっと笑った。
「俺は確かに父親のことを憎んでる、父親と呼びたくないほどにね。だけどその子供である悠哉を憎むのはお門違いだろ?お前は何も悪いことをしていないんだから、むしろ自分に血の繋がった兄弟、家族がいたなんて嬉しすぎることじゃないか」
木原の瞳には曇りひとつなかった。今の言葉に嘘なんて一つもないことが木原の真っ直ぐとした瞳を見て理解できる。この男がどれほど家族という存在を大切に思っているのかが伝わってきた。会ったこともなかった実の弟である悠哉のことを拒絶するどころか全力で受け入れてくれた木原、きっと母親を亡くし家族というものを失った木原にとって悠哉の存在は大きかったのだろう。しかし木原ほどの男でなかったらそう簡単に受け入れることは出来ない、それほど木原という男が優しく思いやりのある持ち主であることが悠哉には分かった。
「ほんとお人好しだな、あんた」
「お前が俺の弟だからこんなに心配してるんだよ」
そう言った木原の瞳は優しく穏やかで、なんだか悠哉の心は温かくなったような気がした。
木原と別れてから、久しぶりに陽翔と共に家へと帰った。最近はずっと彰人と帰っていたため、少し新鮮な気持ちで悠哉は足を動かす。
「木原さん、いい人だね」
「…そうだな、まぁ心配性すぎるのもどうかと思うけどな」
「それは悠哉のことを大切に思ってる証拠だよ」
初対面だった木原のことを陽翔はかなり高く評価しているらしく、先程から木原を褒める言葉で溢れていた。心配性のお人好し同士、通ずる者があるのかもしれない。
「それより悠哉、体調の方は本当に大丈夫なの?」
「もう大丈夫だって言ってるだろ、はぁ…難波にも仮が出来たな」
悠哉は覚えていなかったが、担任の話によると難波も彰人と共に悠哉を助けに来てくれたらしい。難波とは別荘の件から改まって話していないため悠哉としてはとても気まずいのだが、今回の件、そして陽翔の恋人という立場である以上少しは仲良くしとかないとな、と思うようになってきた。
「悠哉ってまだ慶先輩のこと嫌いなの…?」
「嫌いっていうか…なんか気に食わないんだよ」
困り眉な陽翔にわざと濁した言い方で返す。本当は未だに難波のことが好きになれないのだが、素直に嫌いと言ったらまだ陽翔への気持ちを引きずっていると思われそうなので気に食わない程度で譲歩した。
「確かに難波のことは気に食わないけど、あいつは良い奴なんだろうな。きっとお前のこと幸せにしてくれる」
夕暮れの空を見ながらそう言うと「うん、僕にはほんと勿体ないぐらい」と陽翔は目を細めた。
「だけど陽翔のことを一番想ってるのは俺だからな」
「えっなに急に…なんか企んでる…?」
「人が素直になってやってるのになんだよその顔は」
悠哉の発言に対して怪訝な表情を見せた陽翔は「だって悠哉がそんなこと言うなんて珍しいじゃん」と心底珍しがっている様子だった。
「そんな反応されるなら言わなきゃ良かった、言い損だな」
「ごめんって、悠哉の気持ちすごい嬉しいよ」
「俺の告白は否定したくせに?」
じとっと陽翔の顔を横目で見ると「ゔっ…」と顔を背けられた。
陽翔に告白を否定されたことはまだ記憶に新しく、あの時の陽翔の態度に納得がいっていなかったためここぞとばかりに責め立てる。
「ひどいよな、人がせっかく意を決して気持ちを伝えたって言うのに振るどころか否定するなんて」
「もう終わった話でしょ!?それに僕への気持ちは恋とは違うって悠哉だって気づいてくれたんじゃなかったの?」
わざわざ陽翔は立ち止まり、悠哉に向かって言い訳じみた物言いをした。悠哉も陽翔につられ足を止めると「そうだな」と素っ気なく言葉を返した。
「確かにお前への気持ちは恋じゃなかった、今思えばなんでそんな簡単なことにも気づかなかったんだってなるけど、それとは別にお前への気持ちがまた違った特別なものなんだって気づいた。愛って必ずしも恋愛に結びつく訳では無いんだな」
悠哉は今まで陽翔への気持ちを深く考えようとしてこなかった。この気持ちが恋なのだろうと当たり前のように思っていたがそれが間違いだったのだ。愛にも種類はたくさんあり、陽翔への信頼の気持ちや友情が合わさってまた恋愛とは異なる愛の形が悠哉の中に存在していた。
「だけと恋がどんなものなのか未だによく分かってないんだよな」
陽翔への気持ちは恋ではなかった。では恋とはどんな気持ちなのだろうか、その実感がまだ自分の中にはなかった。
「置いてくぞ」と言い残し再び歩みを進めると、ハッとした様子で陽翔も後に続いた。
「恋がどんなものか…悠哉にはまだ難しいかもね」
「は…?陽翔のくせに子供扱いするなよな」
「酷い言いよう…」
「でも、彰人が本当の恋を俺に教えてくれるらしい」
悠哉の一言に陽翔が「え?」と目を見開いた。あの時の彰人の言葉を思い出すと今でも笑いが込み上げてきそうになる。耐え切れずに悠哉の口からは「ふっ」と息が漏れてしまったが、陽翔はそんな悠哉の様子よりも彰人の言った言葉の方が気になるらしく「本当に神童先輩がそんなこと言ったの…?」と訝しげに聞いてきた。
「全く見た目に似合わずキザだよな、ほんと面白いやつ」
「あんまり想像出来ないなぁ、悠哉の前だと神童先輩って人が変わるよね」
陽翔の言っていることにあまり共感することが出来ず「そうか…?」と悠哉は首を傾げた。彰人の自分に対する態度も他の人間とさほど変わらないだろうと悠哉は思っていたのだが、陽翔の言葉を受けて違うのだろうか、と考えを改直した。
「神童先輩って普段はクールで感情の起伏があんまり感じられないから何に対しても冷めてる印象が強いんだよね、でも悠哉にはそんな熱い言葉まで言っちゃうんだ」
確かに普段の彰人は口数も少なく表情だってあまり変わらない、それに出会った頃なんて尖りまくっていて口説き文句など絶対に口にしない様な人間だった。けれど最近の彰人を見ていると喜怒哀楽が多少なりとも増えてきたように感じる。それに加え悠哉に対しての熱い想い、あの頃の彰人からは想像も出来ないような口説き文句も平気で口にする。
「彰人さんにとって悠哉の存在は特別なんだね」
陽翔の言葉に悠哉の胸がきゅっと疼く。彰人にとって俺は特別な存在…、それが事実なのかは彰人本人にしか分からないが、彰人の特別になれたら嬉しいと思ってしまう自分がいた。
なんだか無性に彰人に会いたくなってきた。まだ助けてもらったお礼すら言えていない、早く彰人にありがとうと伝えたい、そして父さんのこともしっかりと彰人に知ってもらいたい。
「彰人にお礼言わないとな」
「そうだね」
それから二人は家に着くまで会話を交わすことなく静かな道の上をただ無言で歩いた。その間も悠哉は彰人のことばかり考えてしまい、結局は一日悠哉の頭は彰人のことでいっぱいだった。
担任があの男三人について悠哉に詳しく教えてくれた。三人のうちの一人が彰人に対して大きな恨みを持っていたらしい。その理由として、以前自分の彼女を彰人に寝盗られたことがあったためそのことが耐えきれず今回の犯行に及んだそうだ。彰人がそんなことをするはずがないと反論したかったが、話がややこしくなるためただ黙って担任の話を聞いていた。
すると、突然教室の扉が勢いよく開き「悠哉っ!!」と叫び声を上げた木原が入ってきた。何故木原がここに居るのか訳が分からず悠哉は呆然としてしまう。
「なんであんたがいるんだよ…?」
「ああ、俺が呼んだんだ」
そう言って担任は立ち上がると、木原を椅子まで案内し悠哉の隣に座らせた。
「ちょっと待ってください、なんで先生がこの人のことを知ってるんですか?」
今の状況についていけていない悠哉に「悠哉っ…!本当に大丈夫なのか…!?何かされたんじゃ…っ」と隣でうるさく木原が喚いた。悠哉はイラついた態度で「うっさいっ!!」と木原を睨みつける。
そんな悠哉たちのやり取りに目もくれず、担任は淡々と話し始めた。
「ああ、二日ぐらい前に木原さんが訪ねてきて自分は涼井の兄だと説明されたんだ。お前の保護者は柚井の両親になっていたが、実の兄がいるなら話は別だからな。涼井の保護者として今日のことは連絡させてもらった」
「はぁ?俺そんな話聞いてないんですけど…」
木原が学校に訪ねていたなんて初耳だった。今までは両親がいない悠哉のことを思い陽翔の両親が保護者として三者面談などに来てくれていたのだが、それがいつの間にか木原に入れ替わっていたようだ。いつの間に俺の保護者になったんだよ、と木原の身勝手さに悠哉の頭は痛くなる。
「悪い、お前に伝えるのを忘れてたな」
そして木原だけでも腹が立つのに、あははと能天気に頭をかく担任の姿を見て、悠哉は無性に腹が立ちますます機嫌が悪くなる一方だった。
「それで先生、悠哉は何もされてないんですよね?未遂で済んだんですよね?」
「はい、涼井や神童達の話を聞く限りでは、そうだよな?」
担任は悠哉に視線を向けて問いかけた。「はい、さっきも言いましたけど何もされてません」と悠哉は返す。
「良かった…お前が無事で本当に良かったよ…」
心底安心した表情で胸をなでおろしている木原を見て「いい兄さんだな」と担任に微笑んだ。何故この間まで赤の他人だった自分のことをここまで心配してくれるのだろうか、木原という男のことを悠哉は一ミリも理解できなかった。
担任に「今日はゆっくり休め」と言われ教室を後にする。すると、外で待っていた陽翔が二人に気が付き足早に向かってきた。
「悠哉、大丈夫?」
「別に先生と話してただけだから心配すんなよ」
「そっか」と安心した表情を見せた陽翔は悠哉の後ろにいる木原の存在に気がついたようで、陽翔にとっては初対面のこの男のことを不思議そうに見ている。
「えっと…この人は…?」
「初めまして、君は悠哉の友達かな?俺は木原京介、悠哉の兄です」
丁寧に自己紹介をする木原に対して状況についていけていない陽翔は「…えっ…?」とあからさまに困惑の色を見せる。そういえば陽翔にはまだ木原のことを言っていなかったな、と悠哉は今更になって気がついた。
「お兄さん…?悠哉の…?」
「ああ、詳しいことを説明するとややこしいんだが、俺と悠哉は父親が一緒なんだ。だから腹違いの兄弟っていうことになるね」
「そうなんですか…!?えっ?悠哉なんでそんな大事なこと教えてくれなかったの?!」
こちらに向き直りギャーギャーと喚き散らかす陽翔に「うるさい」と理不尽に悠哉は肩パンした。悠哉も最近色々なことがあり過ぎてそれどころではなかった、陽翔に説明する暇などなかったのだから仕方ないだろう。
「えぇ…何故肩パンされないといけないの…」と不服そうに悠哉の顔を見る陽翔のことは無視して木原に「なぁ」と悠哉は声をかけた。
「あんたが俺の保護者になったなんて聞いてないんだけど、それにあんたにとって俺はあの人があんたの母親を捨てて別の女との間に作った子供だぞ?俺のことが憎くないのか?」
木原が亡くなった母親のことを深く愛していたことは知っていたし、あの人のことをひどく憎んでいることだって知っている、だからこそあの人が違う女性と家庭を築き子供まで授かっていることに納得がいっていないはずだ、その子供である自分のことを憎んでいてもおかしくないだろう、と悠哉は思っていた。なのに何故ここまで自分に優しくしてくれるのか悠哉には不思議でならなかったのだ。
すると木原は「ああ、そんなことを気にしてたのか」とふっと笑った。
「俺は確かに父親のことを憎んでる、父親と呼びたくないほどにね。だけどその子供である悠哉を憎むのはお門違いだろ?お前は何も悪いことをしていないんだから、むしろ自分に血の繋がった兄弟、家族がいたなんて嬉しすぎることじゃないか」
木原の瞳には曇りひとつなかった。今の言葉に嘘なんて一つもないことが木原の真っ直ぐとした瞳を見て理解できる。この男がどれほど家族という存在を大切に思っているのかが伝わってきた。会ったこともなかった実の弟である悠哉のことを拒絶するどころか全力で受け入れてくれた木原、きっと母親を亡くし家族というものを失った木原にとって悠哉の存在は大きかったのだろう。しかし木原ほどの男でなかったらそう簡単に受け入れることは出来ない、それほど木原という男が優しく思いやりのある持ち主であることが悠哉には分かった。
「ほんとお人好しだな、あんた」
「お前が俺の弟だからこんなに心配してるんだよ」
そう言った木原の瞳は優しく穏やかで、なんだか悠哉の心は温かくなったような気がした。
木原と別れてから、久しぶりに陽翔と共に家へと帰った。最近はずっと彰人と帰っていたため、少し新鮮な気持ちで悠哉は足を動かす。
「木原さん、いい人だね」
「…そうだな、まぁ心配性すぎるのもどうかと思うけどな」
「それは悠哉のことを大切に思ってる証拠だよ」
初対面だった木原のことを陽翔はかなり高く評価しているらしく、先程から木原を褒める言葉で溢れていた。心配性のお人好し同士、通ずる者があるのかもしれない。
「それより悠哉、体調の方は本当に大丈夫なの?」
「もう大丈夫だって言ってるだろ、はぁ…難波にも仮が出来たな」
悠哉は覚えていなかったが、担任の話によると難波も彰人と共に悠哉を助けに来てくれたらしい。難波とは別荘の件から改まって話していないため悠哉としてはとても気まずいのだが、今回の件、そして陽翔の恋人という立場である以上少しは仲良くしとかないとな、と思うようになってきた。
「悠哉ってまだ慶先輩のこと嫌いなの…?」
「嫌いっていうか…なんか気に食わないんだよ」
困り眉な陽翔にわざと濁した言い方で返す。本当は未だに難波のことが好きになれないのだが、素直に嫌いと言ったらまだ陽翔への気持ちを引きずっていると思われそうなので気に食わない程度で譲歩した。
「確かに難波のことは気に食わないけど、あいつは良い奴なんだろうな。きっとお前のこと幸せにしてくれる」
夕暮れの空を見ながらそう言うと「うん、僕にはほんと勿体ないぐらい」と陽翔は目を細めた。
「だけど陽翔のことを一番想ってるのは俺だからな」
「えっなに急に…なんか企んでる…?」
「人が素直になってやってるのになんだよその顔は」
悠哉の発言に対して怪訝な表情を見せた陽翔は「だって悠哉がそんなこと言うなんて珍しいじゃん」と心底珍しがっている様子だった。
「そんな反応されるなら言わなきゃ良かった、言い損だな」
「ごめんって、悠哉の気持ちすごい嬉しいよ」
「俺の告白は否定したくせに?」
じとっと陽翔の顔を横目で見ると「ゔっ…」と顔を背けられた。
陽翔に告白を否定されたことはまだ記憶に新しく、あの時の陽翔の態度に納得がいっていなかったためここぞとばかりに責め立てる。
「ひどいよな、人がせっかく意を決して気持ちを伝えたって言うのに振るどころか否定するなんて」
「もう終わった話でしょ!?それに僕への気持ちは恋とは違うって悠哉だって気づいてくれたんじゃなかったの?」
わざわざ陽翔は立ち止まり、悠哉に向かって言い訳じみた物言いをした。悠哉も陽翔につられ足を止めると「そうだな」と素っ気なく言葉を返した。
「確かにお前への気持ちは恋じゃなかった、今思えばなんでそんな簡単なことにも気づかなかったんだってなるけど、それとは別にお前への気持ちがまた違った特別なものなんだって気づいた。愛って必ずしも恋愛に結びつく訳では無いんだな」
悠哉は今まで陽翔への気持ちを深く考えようとしてこなかった。この気持ちが恋なのだろうと当たり前のように思っていたがそれが間違いだったのだ。愛にも種類はたくさんあり、陽翔への信頼の気持ちや友情が合わさってまた恋愛とは異なる愛の形が悠哉の中に存在していた。
「だけと恋がどんなものなのか未だによく分かってないんだよな」
陽翔への気持ちは恋ではなかった。では恋とはどんな気持ちなのだろうか、その実感がまだ自分の中にはなかった。
「置いてくぞ」と言い残し再び歩みを進めると、ハッとした様子で陽翔も後に続いた。
「恋がどんなものか…悠哉にはまだ難しいかもね」
「は…?陽翔のくせに子供扱いするなよな」
「酷い言いよう…」
「でも、彰人が本当の恋を俺に教えてくれるらしい」
悠哉の一言に陽翔が「え?」と目を見開いた。あの時の彰人の言葉を思い出すと今でも笑いが込み上げてきそうになる。耐え切れずに悠哉の口からは「ふっ」と息が漏れてしまったが、陽翔はそんな悠哉の様子よりも彰人の言った言葉の方が気になるらしく「本当に神童先輩がそんなこと言ったの…?」と訝しげに聞いてきた。
「全く見た目に似合わずキザだよな、ほんと面白いやつ」
「あんまり想像出来ないなぁ、悠哉の前だと神童先輩って人が変わるよね」
陽翔の言っていることにあまり共感することが出来ず「そうか…?」と悠哉は首を傾げた。彰人の自分に対する態度も他の人間とさほど変わらないだろうと悠哉は思っていたのだが、陽翔の言葉を受けて違うのだろうか、と考えを改直した。
「神童先輩って普段はクールで感情の起伏があんまり感じられないから何に対しても冷めてる印象が強いんだよね、でも悠哉にはそんな熱い言葉まで言っちゃうんだ」
確かに普段の彰人は口数も少なく表情だってあまり変わらない、それに出会った頃なんて尖りまくっていて口説き文句など絶対に口にしない様な人間だった。けれど最近の彰人を見ていると喜怒哀楽が多少なりとも増えてきたように感じる。それに加え悠哉に対しての熱い想い、あの頃の彰人からは想像も出来ないような口説き文句も平気で口にする。
「彰人さんにとって悠哉の存在は特別なんだね」
陽翔の言葉に悠哉の胸がきゅっと疼く。彰人にとって俺は特別な存在…、それが事実なのかは彰人本人にしか分からないが、彰人の特別になれたら嬉しいと思ってしまう自分がいた。
なんだか無性に彰人に会いたくなってきた。まだ助けてもらったお礼すら言えていない、早く彰人にありがとうと伝えたい、そして父さんのこともしっかりと彰人に知ってもらいたい。
「彰人にお礼言わないとな」
「そうだね」
それから二人は家に着くまで会話を交わすことなく静かな道の上をただ無言で歩いた。その間も悠哉は彰人のことばかり考えてしまい、結局は一日悠哉の頭は彰人のことでいっぱいだった。
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