お嬢様、お食べなさい

はの

文字の大きさ
上 下
15 / 19

第14話 カツレツ

しおりを挟む
 明治三十八年の創業時から、変わらぬ味を提供し続ける『ぽん多本家』。
 その味の決め手は、『食材』と『技』である。
 
「産地に拘らない?」
 
「はい。『ぽん多本家』で使用する豚肉は、ブランドや銘柄と言った指定がありません。その目で選りすぐった豚肉を使用しています」
 
「何故そんなことを? ブランドや銘柄は、一定以上の質を保証するパラメータでは……ああ、そういうこと。産地に拘り過ぎると、確実に品質の良い豚肉を選べる反面、その産地以外にある最高品質の豚肉を選べなくなる、ということですね」
 
「助けてください。お嬢様の頭の回転が速すぎて、ぼくの説明台詞がどんどんとられてしまってます」
 
 令和の主流は、チェーン店だ。
 チェーン店が目指すのは、効率化と汎用化。
 つまり、如何に人間が手を動かす作業量を最小限にするか、そして如何に特定の個人に依存しない作業を増やすかだ。
 
 その目で選りすぐると言うのは、令和の主流の真逆。
 知識と経験が作り上げる、伝統芸であり職人技である。
 
「決め手と言っていた『食材』と『技』の意味は分かったわ。確かに、他では真似できないことね」
 
「いえ、お嬢様。もちろん」
 
「これだけじゃないのでしょう? 他にはどんな工夫が凝らされているの?」
 
「説明台詞窃盗罪って、存在しないんですかね?」
 
「ないわよ。六法全書なら、全部暗記しているから間違いないわ」
 
「ひえっ」
 
 足音が聞こえる。
 誰かが部屋に近づいてくる足音が。
 同時に、かぐわしい香りが部屋に届く。
 カツレツから発せられる香りが。
 
 部屋に料理人が入ってくると、向晴の興味は一瞬で奪われた。
 
「おまちどうさまです」
 
 向晴たちのテーブルには、次々と料理が並べられていく。
 ご飯、赤だし、おしんこ、そしてカツレツ。
 目の前に来た香りは、より強い香しさによって、向晴の食欲をくすぐる。
 
 食欲と同時に、向晴の視覚もくすぐられた。
 向晴の視線は、自然とカツレツの乗る皿へと落ちる。
 縁が金色に装飾された、真っ白なプレートに。
 
「大倉陶園の片葉金蝕のお皿ですね」
 
「え?」
 
「この広げた枝葉の片側を繋げたような縁模様。そして美しさを際立たせる金蝕技法。素敵ね」
 
「え?」
 
 大倉陶園とは、一九一九年創業の陶磁器メーカーである。
 日本の伝統的な技法やヨーロッパから取り入れた技法を用いて、観賞価値の高い高級磁器を生み出し続けている。
 一九五九年には、皇太子明仁親王と同妃美智子の成婚時の晩餐会に食器を納めるなど、皇室御用達窯にもなっている。
 
 また、片葉金蝕の皿は、一九二三年から一九二四年頃に作られた、大倉陶園の中でも歴史ある皿である。
 一点一点丁寧に作り上げた浮き彫り模様。
 そこへ金をつけることで、金の模様が鮮やかに浮かび上がり、テーブルの中で美しく主張をする逸品となるのだ。
 
 ほれぼれとする向晴に対して、のび田は空気が抜けている風船のように萎んだ表情をしていた。
 向晴はそんなのび田に気づき、首をかしげる。
 芸術とも呼べる逸品を前にして、感動を僅かも見せないのび田の姿が理解できなかった。
 
「どうしたの? そんな表情をして?」
 
「え? いやー、あははは」
 
「……もしかして、このお皿をご存じないとか?」
 
「い、いえまさか! 大倉陶園の片葉金蝕のお皿ですよね? 知ッテマシタ、モチロン知ッテマシタヨー。高貴ナオ嬢様ニピッタリダト思イ、ゴ説明シタカッタノデスガ、マタシテモ台詞ヲトラレチャイマシタ。ハハハハハー」
 
「うーん、何かいつもと話し方が違うような」
 
「そ、それよりもお嬢様! カツレツ、温かいうちに食べちゃいましょう!」
 
「そうね、冷めないうちにいただきましょう」
 
 当然、のび田に皿の知識があるはずはない。
 食にこだわるのび田にとって、皿など陶磁器だろうが紙皿だろうが、興味がない。
 とはいえ、向晴に失望されることは、のび田の言葉を向晴が信じるか否かに関わる重要なことだ。
 
 のび田は向晴の興味を逸らせたことに、安心する。
 
「……不思議な色。そして、形ですね」
 
 向晴はカツレツをじっくりと見つめる。
 
 『ぽん多本家』のカツレツの特徴的な見た目は二つ。
 色と切り方だ。
 
 通常、カツレツや豚カツの色は、きつね色だろう。
 豚肉に衣をつけて油で揚げる性質上、当然のことだ。
 しかし、『ぽん多本家』のカツレツの色は、一味違う。
 
「白い」
 
「気づきましたかお嬢様。そう、ここ『ぽん多本家』のカツレツは、白いのです」
 
「不思議。どうやったらこんな色になるのかしら?」
 
「その秘密は、カツレツの揚げ方に詰まっています」
 
「揚げ方?」
 
「はい。『ぽん多本家』では、低温の油でカツレツを揚げ始め、徐々に油の温度を上げていくのです」
 
 一般的に、豚カツを揚げる際の最適な油の温度は、百七十度から百八十度と言われている。
 油の温度が低温だと、衣の水分を飛ばすことができず、揚げ上がった豚カツの食感がベチャベチャとしてしまうのだ。
 高温の油で、五分から六分ほどサッと揚げれば、サクサクとした食感の豚カツが完成する。
 
 対して『ぽん多本家』では、揚げ油に自家製のラードを使用し、百二十度の低温で揚げ始め、徐々に高温へと上げていく。
 揚げる時間も十分以上と、一般的な豚カツの倍の時間だ。
 ゆっくりと豚肉に熱が入ることで、肉の旨味を逃さず、内側にギュッと凝縮することができる。
 さらに、低温によるベチャベチャとした食感を回避するため、仕上げは高温で揚げ、サクサクとした食感も実現している。
 
 向晴は割り箸を手に取り、カツレツを持ち上げる。
 
「小さい」
 
「小さいですね」
 
 さらに、一般的な豚カツは縦に切られ、楕円形の豚肉の周りを衣が包むような形で提供される。
 
 対して『ぽん多本家』では、縦だけでなく、横にも一本切る。
 より小さな楕円形が、ころんと皿の上に転がるのだ。
 食べやすさを考えた、一口サイズである。
 
「では、いただきます」
 
 小さなカツレツが、向晴の舌の上にころんと落ちた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...