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叫喚地獄編

第11話 作戦

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「ピンポンパンポーン。罪人の皆様、気持ちの良い朝ですね。本日も頑張って、労働に勤しみましょう」
 
 家々の扉が開き、住民たちが一目散に走り始めた。
 柿田敦(かきたあつし)もその一人。
 敦は、新人が降ってくる可能性がある場所を二か所抑えている。
 数としては決して多くないが、それでも敦が新人サービスによる定期的なポイントの増加を実現しているのは、今日降って来るかの否かのパターンを概ね正しく把握しているからだ。
 経験は、武器だ。
 敦は今日も悠々と、扉に手を駆けた。
 
「……ん?」
 
 そして、扉を押しても開かないことに気づく。
 
「あれ? あれ? どうなってんだ? あれ?」
 
 押しても引いても、扉が動かない。
 否、引いて動かないのは構造上自然なのだが、押して動かないのは不自然だ。
 扉の前に何か置かれ、扉が開くのを妨げでもしていない限りは。
 
 敦が思いっきり扉を押すと、逆方向に加わった力で押し戻される感触を得た。
 
「おい!? 誰かいるのか!?」
 
 敦は扉の向こう側にいるだろう何者かを怒鳴りつける。
 午前八時はとっくに過ぎ、敦の表情に焦りの色が浮かび始める。
 
 扉の向こう側に立つ白雪は返答をせず、ただ押さえ続けた。
 人間とは現金な生き物で、押さえているのが若い女だと気づかれた瞬間に、押す力が増す。
 勝てると思われた瞬間に、止めと言わんばかりに押す力が増す。
 故に、情報を与えない。
 未知という心理的な壁が、自然と敦の力をセーブさせる。
 
 他の住民たちが、外に出てくる。
 叫び声という聞きなれない状況に、好奇心で群がってくる。
 扉を必死に押さえつける白雪を見て、まるで新作の映画を見るような感情を抱く。
 何故か。
 
 白雪の扉を抑える行為から、白雪が敦の持つ落下位置の情報を入手し、かつ敦よりも早く落下場所に辿り着こうとしているのだと把握したからだ。
 同時に、白雪の作戦を実行するためには、白雪以外に仲間がいなければ成立しないことも理解した。
 押さえる役と、走る役。
 地獄において、隣人とは裏切り裏切られる関係だ。
 仲間を前提とした作戦は、地獄の住民にとって物珍しいのだ。
 
「おい! 誰だ! 開けろ! くそ! 開けろ!」
 
 敦が何度も扉を押す。
 白雪が何度も押し返す。
 白雪にとって幸いにも、白雪と敦の力は拮抗している。
 互いに疲労は発生しない地獄において、肉体的な疲労によって崩れることはない。
 であれば、後は心の勝負。
 根気の勝負。
 
「開けろ! おい!! 邪魔をするな!!」
 
 他の住民たちには、扉を押さえつけている正体を敦にばらすという選択肢もあった。
 そうすれば、敦から親切ポイントを奪えただろう。
 だが、誰一人としてその選択肢を選ばなかった。
 理由はシンプルにして性悪。
 最後の最後、白雪が裏切られるところを見たかったのだ。
 
 繰り返す。
 地獄において、隣人とは裏切り裏切られる関係だ。
 住民たちは、白雪が信用した仲間が新人ボーナスを独占し、白雪に一ポイントも入らない未来を見たかったのだ。
 
 正午を過ぎれば、新人を確保しに行った住民が戻ってくる。
 幸助もまた、新人を一人連れて、家へと戻っていった。
 
 幸助の姿を確認した白雪は、扉から体を離し、幸助の入った家へと戻っていった。
 
 扉を押す必要は、とっくになくなっていた。
 敦は新人ボーナスをとれなかった事実を前にうなだれ、結局扉を押さえつけていた正体は誰だったのかを確認する元気もなく座り込んでいた。
 
 
 
「ただいま」
 
「おかえり。無事に見つけることができた」
 
 帰宅した白雪を、幸助は安心した表情で迎える。
 幸助の隣にはショートボブの髪型の少女が座っており、白雪の姿を見るなりさっと幸助の後ろへと隠れた。
 白雪は苦笑するも、当然の反応だと怒ることはなかった
 どころか、水色の髪の自分と青色の髪の少女。
 それだけの共通点で、親近感さえ覚えた。
 
「大丈夫、味方だ」
 
 幸助は少女を諭した後、白雪の前に正座して頭を下げる。
 
「白雪さん、今回のポイントは貴方のおかげです。本当にありがとうございました」
 
 幸助を前に、白雪も慌てて正座をする。
 
「あ、いえ、こちらこそ」
 
 幸助につられて、口調が丁寧になるも、違和感を感じる者は誰もいない。
 蚊帳の外にいる少女だけが、その様子をポカンと見守っていた。
 
「これは、俺の借りだ。この恩、この借り、いつか必ず返します」
 
「ほ、本当にいいって! この作戦、どのみち私一人じゃ使えなかったし!」
 
 この作戦によって、幸助に初心者ボーナスの三ポイントが入る。
 幸助が少女を助けたことで、幸助に一ポイントが入る。
 白雪が幸助を助けたことで、白雪に一ポイントが入る。
 少なくとも幸助と白雪に、減点は起こらない
 誰も減点されないのであれば、誰もが一日の寿命を得るのと同義。
 
「あ、あの」
 
 幸助と白雪だけが知る話で盛り上がっていると、不安そうに少女が幸助に呼びかける。
 僅か十五歳の少女には、蚊帳の外でい続ける状況がなかなかに辛いものがあった。
 
「そうだ、白雪さん。彼女が、今日落ちて来た子で」
 
「水田小雨(みずたこさめ)です。十五歳です」
 
「初めまして、小雨ちゃん。私は、岩正白雪。幸助くんの……」
 
 白雪は、幸助と自分の関係性の言語化にしばし悩んだ。
 仕事仲間、パートナー、他人。
 どれもしっくりこず、まして十五歳の少女に繊細なニュアンスが通じるのかも疑問視した。
 
「……友達よ」
 
 結果、最もシンプルな言葉に落ち着いた。
 
 しかし、少女――小雨にとっては聞きなじみのある言葉で、それ故すんなりと関係を理解した。
 友達の男女が同じ家に住んでいるのはどういうことだろうという疑問もあったが、地獄という非常識な場所において、常識を求めること自体意味がないのだろうと飲み込んだ。
 
「彼女には、ここに戻ってくるまでの間に、あらかたのことは説明した。……今日、二ポイント減ることも含めてな」
 
「うん、それでいいよ」
 
 午後八時。
 白装束の悪魔による徴収が始まる。
 
「善行幸助。人間に親切にした。プラス一ポイント。新人支援ボーナス。プラス三ポイント。人間に親切にされた。マイナス一ポイント。地獄の滞在費。マイナス一ポイント。合計プラス二ポイント」
 
 善行幸助、残り六ポイント。
 
「岩正白雪。人間に親切にした。プラス一ポイント。地獄の滞在費。マイナス一ポイント。合計ゼロポイント」
 
 岩正白雪、残り四ポイント。
 
「水田小雨。人間に親切にされた。マイナス一ポイント。地獄の滞在費。マイナス一ポイント。合計マイナス二ポイント」
 
 水田小雨、残り八ポイント。
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