【休載中】天国ゲーム

はの

文字の大きさ
上 下
4 / 11
叫喚地獄編

第4話 地獄

しおりを挟む
「ああああああああああ」
 
 幸助が言葉を発せるようになったのは、真っ黒な雲を突き抜けてから、
 放り出された空中で手足をばたつかせ、地面が近づいてくるのを待つことしかできない。
 地面へ全身が叩きつけられた時、生身の人間に起きるのは死である。
 
 しかし、ここはあの世。
 より正確にいえば地獄。
 全身が叩きつけられた時にどうなるか、幸助にはわからなかった。
 
 ズゴン。
 
 かつて聞いたことない音と同時に、幸助の全身に激痛が走る。
 虫歯の治療中よりも、うっかり股間をぶつけてしまった時よりも強い痛みに、幸助はしばらく起き上がれずに悶え苦しんだ。
 声にならない声を上げ、激痛が収まる数分間の苦しみを耐えきった。
 
「ちくしょう、あの天使め。この借りは、必ず返してやる」
 
 声が出せるようになってからの第一声は、天使への怨嗟であった。
 幸助は全身を巡る痛みに耐えながら立ち上がり、周囲の状況を確認した。
 
 真っ黒な雲に覆われた広い空。
 今にも雨が降って雷が鳴ってもおかしくない天気だが、気候は穏やかで、むしろ空気が乾いていた。
 足元を見れば、地面は砂と砂利が集まっており、整備されている気配もない。
 肌を切るような風が、砂と砂利を運んで来て、また攫っていく。
 枯れた大地、との表現が適切だろう。
 申し訳なさそうに木がいくらか生えているが、葉も実もつけておらず、枯れて寿命を待っているようだ。
 
「ここは、いったい」
 
 何も存在しな場所で呟いた幸助の独り言。
 
「地獄だよ」
 
 想定しない返事が、幸助の背後から起きた。
 
 幸助が咄嗟に振り向くと、スーツを着た男が幸助の方へと近づいて来た。
 男の服装は、寂れ果てた地獄に似合わない程に清潔感が保たれており、幸助の違和感を刺激する。
 ただでさえ、先程天使の言葉に騙されたばかりということもあり、幸助は警戒心を強めた。
 
「おっと、恐い恐い。そんなに睨まないでくれ。天使の糞野郎に、突然地獄に落とされて気が立っているのはわかるが、私も君と同じ被害者なんだから」
 
 だが、そんな幸助の行動を男は当然のものと受け入れ、柔らかな言葉で幸助に話しかける。
 
「同じ?」
 
「そう。私も君と同じ。死んで、白い部屋で平等ポーカーで戦わされ、親友を犠牲にした結果地獄に落ちた」
 
 男の言葉に、幸助は警戒心を解かない。
 男の言葉と幸助の身に降りかかった不幸に矛盾がないため、男もまた、幸助同様の不幸が降りかかったところまでは理解できた。
 しかし、親友を犠牲にした、という勝負の場にいた人間しか知らないはずの情報を男が知っていることに、強い違和感を覚えた。
 
 知るはずがないのだ。
 幸助の勝負を観戦でもしてなければ。
 あるいは、天使と繋がってでもいなければ。
 
「何故俺が、親友を犠牲にしたと知っている!」
 
 幸助は、責め立てるような口調で吐き捨てる。
 が、男はやはり、やんわりと答える。
 
「ここが、叫喚地獄だからさ」
 
「叫喚?」
 
「そう。平等ポーカーで誰かを犠牲にした人間は、もれなく地獄へ落とされる。そして、犠牲にした相手が親しければ親しいほど、階層が地獄の下に落とされる。この叫喚地獄に落とされた人間は皆、親友を選んだ人間。それだけの話さ」
 
「……なるほど」
 
「理解したかい?」
 
 男の話は一貫して筋が通っており、幸助は男の言葉を信用に足ると判断した。
 また、幸助へ状況を説明してくれるという男に得のなさそうな行動から、さし当り自分に危害を加える気はないと判断した。
 
「理解した。教えてくれて、感謝する」
 
「いやいや、いいんだ。さて、こんな何もないところに放り出されて、君もどうすればいいかわからないだろう。おいで。人がいる町に案内してあげるよ」
 
 男は話やらかな笑みを浮かべ、遠くの方を指差す。
 幸助の目には、指差した先に町があるように思えない。
 三百六十度、ひたすら伸びる地平線があるだけだ。
 
 男が何らかの罠にはめようとしている可能性も残る。
 
 だが、この場所に一人で残るよりはマシだと判断し、幸助は男の後をついて歩いた。
 ざっくざっく。
 二人分の足音が響く。
 
 しばしの無言の時間が続き、幸助が口を開く。
 
「なあ」
 
「ん?」
 
「町は、ここからどのくらいかかるんだ?」
 
「そうだね。二時間ってところかな」
 
「にじ……!?」
 
 町など見えないはずだと、幸助は地平線だらけの理由に納得する。
 同時に、果たして二時間も歩き続けることができるのだろうかと不安な気持ちが襲ってくる。
 生前の幸助は、ただの一般的な成人だ。
 長時間歩く訓練など受けていないどころか、移動はもっぱら電車か自転車だ。
 
「心配しなくていい。疲労を感じることはないからね」
 
 が、幸助の不安は、男の想定しない理由でかき消された。
 
「疲労を感じない?」
 
「ああ。ここは地獄。何もかもが死んでいる世界。もちろん、君も私も。疲労は生者の特権らしくてね、この体は決して疲労を感じることはないという訳さ」
 
「そんなことが?」
 
 否定しきれないのは、幸助自身が既に非現実な体験をしているからだ。
 空から地面にたたきつけられても生きているという非現実を。
 
「まあ、サービスで痛みだけは生者と同じように感じるらしいがね」
 
「つくづく性格の悪い天使だ」
 
「まったく同感だね」
 
 ざっくざっく。
 二人分の足音が響く。
 
「なあ」
 
「ん?」
 
「なんで見知らぬ俺を、助けてくれるんだ?」
 
 男は立ち止まることもなく、悩むこともなく、答えた。
 
「私も、助けられたからさ」
 
「助けられた?」
 
「ああ。君と同じ、地獄に落ちたばかりの頃にね。だから、私も君を助けるのさ」
 
「……」
 
「それに、地獄には何もない。娯楽もなければ、救いもない」
 
「……」
 
「何もないからこそ、せめて地獄にいる者同士、助け合って生きたいじゃないか。この苦しい地獄を生きる、仲間として」
 
 男の言葉に、幸助の足が止まる。
 
 幸助は、貸し借りの名のもとに、親友の犠牲を選んだ。
 割り切っていたつもりだった。
 しかし、罪悪感が全くなかったわけではない。
 他人に親切にすることで親友への償いになるわけでもないが、男の言葉が示す未来は、幸助自身の救いになることを強く感じた。
 
 幸助は、男の説明と行動に強い感銘を受けた。
 
 ざっくざっく。
 一人分の足音が響く。
 
 幸助が立ち止まったことに気づいた男も、足を止めて振り返る。
 幸助は、男の目をじっと見た。
 
「名前を、教えて欲しい」
 
「孝。財部孝(たからべたかし)、だ」
 
「俺は、善行幸助です」
 
 幸助は、敬意をもって孝に頭を下げる。
 
「ありがとうございます。貴方のおかげで助かりました。この借りは、必ず返します」
 
「そんなに畏まらなくて。同じ地獄に落ちた者同士、協力して生きていこう」
 
 孝はそんな幸助を、笑顔で見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

令和百物語 ~妖怪小話~

はの
ホラー
今宵は新月。 部屋の灯りは消しまして、百本の蝋燭に火を灯し終えております。 魔よけのために、刀も一本。 さあさあ、役者もそろいましたし、始めましょうか令和四年の百物語。 ルールは簡単、順番に怪談を語りまして、語り終えたら蠟燭の火を一本吹き消します。 百本目の蝋燭の火が消えた時、何が起きるのかを供に見届けましょう。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

地獄は隣の家にある

後ろ向きミーさん
ホラー
貴方のお隣さんは、どんな人が住んでいますか? 私は父と二人暮らしです。 母は居ない事になっています。

怪物どもが蠢く島

湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。 クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。 黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか? 次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

蛍地獄奇譚

玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。 蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。 *表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。 著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁

小さな鏡

覧都
ホラー
とある廃村の廃墟検証の映像配信者の映像から始まる恐怖のお話です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...