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「久しぶりね、エメラルド」
 
「……なんであんたがここにいるのよ」
 
 ルビーとエメラルドは、謹慎室の中で感動的な再会を果たしていた。
 ルビーというこの場に最も似つかわしくない人物の入室を見て、エメラルドは思わず立ち上がった。
 ルビーもまた、ダイヤモンドの部屋の扉を破壊した罰で、謹慎室へと送られたのだ。
 ルビー自身、扉の破壊による謹慎室送りは意図していたことではなかったが、ルビーにとっては好都合の展開だった。
 まして、公爵家の令嬢を謹慎してよい程度に豪華な謹慎室が一つしかないことによる、エメラルドとの同室という形。
 ルビーは極めて前向きに現実を受け入れていた。
 
 一方のエメラルドは、複雑な心中だ。
 謹慎室に隔離されてからというもの、家族や友達と呼べる人間と会うことができず、孤独を強く体験していた。
 S常に人と繋がっているSNS時代を経験した記憶を持つエメラルドには、なおさらに孤独が辛かった。
 そんな誰でもいいから会いたいと思っていたエメラルドのところへやってきたのが、オニキスとの婚約という企みを潰され、挙句の果てに大勢の生徒の前で尻を叩いてきたルビーだ。
 孤独からの解放の喜びと、いつかやり返してやろうと思う程度の恨み。
 喜びと恨みが入り混じり、エメラルドはルビーから顔をそむけた。
 
 そんなエメラルドの態度も、ルビーには想定済み。
 
「ずいぶん、嫌われたわね」
 
「逆に好かれると思ってんの?」
 
「思わないわね」
 
「いーっだ!」
 
 ルビーは無言で歩き、エメラルドが背けた顔の前に立った。
 エメラルドは別の方向に顔を動かすが、再びルビーもエメラルドの顔の前へと移動する。
 ぷいっ。
 すたすた。
 ぷいっ。
 すたすた。
 
「なんなのよー! 子供みたいなことしてんじゃないわよー!」
 
 ルビーの振る舞いに対し、先に我慢の限界が来たのはエメラルドだ。
 自身の子供じみた振る舞いを棚に上げ、ルビーへ思いっきり怒鳴りつける。
 
 が、ルビーは涼しい顔だ。
 むしろ、ルビーの想定通りだ。
 ルビーはまず、エメラルドを会話の場に持ち込まななければならなかった。
 それゆえ、子供にちょっかいをかけて会話の場に持ち込むように、エメラルドにちょっかいをかけ、結果企みは成功した。
 
「少しお話ししましょう? エメラルド」
 
「嫌よ。だーれが、あんたなんかと。でも、そうねー。今ここで、私に土下座して今までのことを謝ってくれるって言うなら、考えなくもないわねー」
 
 会話を求めてくるルビーと、求められるエメラルド。
 エメラルドの中では主従関係がはっきりとし、にやにやとした表情でルビーを見下す。
 
「…………」
 
 そんなエメラルドの態度に、ルビーは無言で手を振り上げる。
 
「ひいっ!?」
 
 それは、おしりペンペンのポーズ。
 ルビーの振り上げた手を前に、エメラルドは叩かれた日のトラウマを思い出し、反射的に尻を手で抑える。
 
「叩かないわよ」
 
「信用できない! まずは手を下ろしなさい! 手を!」
 
 ルビーは手を下ろし、エメラルドも尻から手を離す。
 ルビーに何を言っても言い負かされると、エメラルドが察したのはすぐだ。
 エメラルドは、やはりふてくされた顔のままその場にあぐらをかいて座り、今度はルビーの方をじろりと見る。
 
「で、話しって何?」
 
 敗北感を抱えたまま、エメラルドはルビーからの会話を受け入れた。
 ルビーもエメラルドに合わせ、床に正座をし、エメラルドと向かい合う。
 
「単刀直入に言います。私はダイヤを助けようとしています」
 
「ダイヤー?」
 
「そのお手伝いをして欲しいの」
 
「はあー?」
 
 不機嫌なエメラルドの顔が、いっそう不機嫌になる。
 エメラルドは、ルビーを恨んではいるが、それ以上に謹慎室送りの直接的な行動を起こしたダイヤモンドを恨んでいた。
 ダイヤモンドを助ける、という言葉は、エメラルドにとって仇を恩で返すことと同義だった。
 
「嫌よ。手伝う訳ないじゃないー」
 
 エメラルドの返答は、当然の物だった。
 当然、ルビーの想定内。
 
「いいえ、貴女は助けたくなるわ」
 
「はいー?」
 
「もしもダイヤを助けることに協力してくれるなら、すぐにでも貴女をここから出してあげる。そして、貴女を謹慎室送りにした真犯人に復讐する機会を上げる」
 
「ここから出れるの!? 真犯人?」
 
 だからルビーは餌を垂らした。
 もとよりルビーは、エメラルドを仲間に引き込もうなどと思っていない。
 エメラルドは仲間想いという性格からは程遠く、目的の達成に向けて適切な行動ができる能力もない。
 仲間に引き込んだ暁には、見事の目的達成を失敗へ導く無能な味方になる可能性が高い。
 それゆえルビーは、エメラルドの関係をあくまで利害関係者に留めた。
 
 餌を前に、エメラルドは考える。
 否、餌に食いつくことは決まっている。
 考えているのは、餌がどれだけ美味しいかだ。
 
「どうやって出るつもり?」
 
「それは内緒。でも、絶対に出してあげるわ」
 
「信用できないわね」
 
「私のバックに、オニキス様がいることを付け加えといてあげる」
 
「オニキス様が……」
 
 餌の味見はできなかった。
 が、餌を握っている手がオニキスの物であるならば美味しいことが保証されると、エメラルドは舌なめずりをした。
 むろん、ルビーの言葉が虚言である可能性は残るが、エメラルドはルビーの性格を、虚言を吐いてまで周囲を操る人間ではないと考えていた。
 よって、自身が外に出れることを信用した。
 
「わかった、出る方法はいいわー。で、もう一つ。真犯人ってどういうことー?」
 
「今のダイヤは、ダイヤじゃないってことよ」
 
 ルビーは、ダイヤモンドについてわかっていることをエメラルドに話した。
 ダイヤモンドの中に、王宮魔術医という別の人格がいること。
 エメラルドを謹慎室送りにしたのは、王宮魔術医の人格であること。
 オニキスたちが、王宮魔術医をダイヤモンドの体から追い出すために動いていること。
 そして、追い出す方法の鍵を、シトリンが握っているだろうこと。
 
 シトリンという言葉が出た時、エメラルドは少しだけ眉を動かした。
 
「だいたい、状況は分かったわー」
 
「それで、私たちはシトリン様から魔道具のことを聞き出したいの。シトリン様の感情を動かせるとしたら、元婚約者であるエメラルド、貴女しかいないの」
 
「お断りよ」
 
 エメラルドの拒絶に、ルビーは無言で手を振り上げた。
 が、先程とは違い、エメラルドは微動だにしない。
 手を上に伸ばしているルビーを、そのまま睨みつけている。
 既にエメラルドに言うことを聞かせる効果がないと理解したルビーは、無言で手を下ろす。
 
「ここからしばらく出られないわよ?」
 
「別にいいわよ」
 
「さっきは出たそうにしてたのに、どういう心境の変化?」
 
「うっさいー。気が変わったのよー」
 
「シトリン様と話すのが、そんなに嫌?」
 
 ルビーの言葉に、エメラルドは口をつぐむ。
 両手でスカートを握り、大きな皴ができる。
 図星をつかれた人間というのはこんな表情をするのだろうと、ルビーはエメラルドの様子を眺めていた。
 
「……でしょ」
 
「ん?」
 
「当然でしょ! 今更! どの面下げて会いに行けるって言うのよ!!」
 
 エメラルドは、怒声と共に立ち上がり、目から大粒の涙を零した。
 
「私は! 一方的に婚約破棄して! オニキス様と無理やり婚約しようとして! 失敗して! クラス全員の前で恥かかされて! 今も謹慎室送りの学院の厄介者!」
 
「そうね」
 
「そんな私が、どうしてシトリン様と会えるのよ! どんな表情すればいいの!」
 
 苦しそうに呼吸するエメラルドを、ルビーは冷静に見ていた。
 
 同時に深く納得していた。
 エメラルドの性格と、転生の副作用とでもいうべき感情を。
 
 ルビーの解釈したエメラルドの性格は、子供。
 わがままで、自己中で、物事が自分の思い通りにいかないと泣き喚く子供。
 その思想は紙のようにペラペラで、叱られればすぐにでも手放してしまう。
 一方で、こだわりについては意地でも曲げない。
 
 その証拠に、エメラルドは未だ、ダイヤモンドへの反省文を書いていない。
 一筆書けば、孤独な謹慎室から使用人のいる自室での待機へ変更の便宜は図られるだろうが、実行していない。
 孤独に泣いても、決して書かない。
 エメラルドにとって、ダイヤモンドへの謝罪は意地でもしたくないことであり、あらゆる苦痛を我慢できてしまう。
 そして、同様の意地を、シトリンにも向けている。
 
 エメラルドは、オニキスを選ぶという決断をした時点で、シトリンを捨てるという意地を持った。
 捨てたシトリンに対し、オニキスとの婚約に失敗したから戻る、などと口が裂けても言えなかった。
 結果、シトリンとの接触を拒んだ。
 事実、エメラルドはオニキスとの婚約に失敗して以降、一度もシトリンと接点を持っていない。
 
「どんな表情をすればいい、ね」
 
「そうよ!」
 
「謝ればいいじゃない」
 
 だが、エメラルドの言葉を受けたルビーは、エメラルドの意地を曲げさせる自信があった。
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