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「ごめんなさいね、サファイア様。私が余計なことをしなければ、貴女は巻き込まれなかったかもしれないわ」
 
「いいえ、ルビー様。これは、私自身が現実から目を背け続けた結果です。どのみち、いつかはぶつかる壁でした」
 
 ルビーとサファイアは、それぞれの部屋に向って歩き始めた。
 交わした言葉は、先の一言のみ。
 無言で別れ、無言でそれぞれの部屋に入っていく。
 
「お嬢様」
 
「ごめん、ルベライト。一人にさせて」
 
 心配そうに声をかけるルベライトを部屋から追い出し、ルビーはベッドへと倒れた。
 ごろりと体を動かして、うつ伏せから仰向けへと変わり、ぼーっと天井を眺めた。
 くしゃくしゃになったドレスは、まるでルビーの感情を表しているようだ。
 
「言うか、言わないか、か」
 
 ルビーは考える。
 もしも自分がトパーズの立場であり、自身の婚約者が転生者だと知ったらどうなるだろう、と。
 自身の愛したルビーではない存在だと知ったならどうなるだろうと。
 果たして、許してくれるだろうかと。
 
 逃げ道はある。
 オニキスは、ルビーたちが転生者であることを伝えるか否かを、ルビーとサファイアに委ねた。
 オニキスの口から、トパーズとアメシストにルビーたちの転生が伝わることはない。
 つまり、沈黙さえすれば、ルビーたちの秘密は守られる。
 
「これは、裏切りなのかしら」
 
 ルビーは、前世で見た悪役令嬢のアニメを思い出す。
 彼女たちはどうやってしのいだのかと思い返せば思い返すほど、アニメで描写などされていないと気づく。
 フィクションは、所詮フィクション。
 ルビーの目の前にある現実は、ルビーが決断するしかないのだと突きつけられる。
 
「はは……。本当に弱いわね、私って」
 
 さっきもさっき、転生者であるルビーが、転生者からダイヤモンドを救おうとする自己矛盾を振り払った後での感情だ。
 ルビーは自分の甘さに失笑する。
 否、自分が傷つかない覚悟はすぐ持てたにもかかわらず、自分が傷つく、つまり婚約者を失うという可能性をはらむ覚悟を持てない自分を嫌った。
 
 
 
 ルビーの思考は、加速と停止を繰り返した。
 
 
 
 時計の針の音が、部屋を満たす。
 窓の隙間から入ってくる風が、ルビーの頭を撫でる。
 トパーズとの思い出が、ルビーの頭の中に満ちる。
 
「っ!! ああああああああああ!!」
 
 長い沈黙を振り払うように、ルビーは叫びながら立ち上がった。
 テーブルの上に置かれていた一切合切を振り払って、床へと叩き落す。
 
「覚悟を決めろ、私!! ダイヤを救うって決めたんでしょ!!」
 
 繰り返すが、オニキスの口から、トパーズとアメシストにルビーたちの転生が伝わることはない。
 ルビーが伝えない選択をしたところで、オニキスはルビーを嫌わない。
 しかし、オニキスも人間。
 転生者への不信という僅かに入ったヒビは、ある日大きな亀裂となる危険性として残る。
 秘密に秘密を積み上げた果てに待つのは、いつ崩れてしまうかという恐怖だけだ。
 
 ダイヤモンドを救うにあたり、恐怖は救う可能性を下げかねない。

「トパーズ様に嫌われたところで、元に戻るだけでしょ!! 元々ゲームじゃ婚約なんて解消されてるんだから!! 元通りのストーリーに戻るだけ!!」
 
 悪役令嬢ルビー・スカーレットの末路は、国外追放。
 ルビーが回避し続けたシナリオが、足音を立てて近づいてくる。
 
「いいじゃない!! 国外追放!! 国外追放後の環境は公爵家のルビーにとって劣悪なだけで、平々凡々な日本人だった私からすればVIP待遇かもしれないじゃない!!」
 
 ルビーは、近づいてくるシナリオの頭をむんずとつかんだ。
 
「ダイヤは助ける!! 私は友達を見捨てない!! トパーズ様に婚約破棄されても、もっといい男を捕まえて幸せになってやればいいじゃない!! やりたいことをやり続けるのが、ルビー・スカーレットでしょ!!」
 
 そして決断した。
 転生者であると、明かすことを。
 その先の不確定な未来を受け入れることを。
 
 気合が高まり切ったところで、ぷつりと感情の糸が切れた。
 
「……トパーズ様よりいい人、いるかなぁ」
 
 ルビーは再びベッドに倒れ、枕に顔をうずめた。
 枕が涙で濡れていく。
 今晩だけは泣いても許されるだろうと、泣きながら眠りについた。
 
 
 
「おはようございます、サファイア様」
 
「おはようございます、ルビー様」
 
 お互い、泣きはらした目で朝を迎える。
 オニキスから指定された時刻に、指定された場所へと向かう。
 魔法学院の部屋の中でも防音性が高く、一定以上の地位がなければ借りられない一室だ。
 
「失礼します」
 
「やあ、おはよう」
 
 室内には、オニキス、トパーズ、アメシストの三人が揃っていた。
 
「ルビー?」
 
「サファイア?」
 
 トパーズとアメシストは、ルビーとサファイアが来ることをオニキスから聞いていなかったのだろう。
 入ってきた二人を見て、目を丸くしていた。
 
「さて、これで全員だな」
 
 オニキスは空いている席に座るよう二人を促し、部屋の鍵をかける。
 全ての使用人は部屋の外で待機させられ、五人だけの密談が始まる。
 
「トパーズ、アメシスト、まずは急な呼び出しを詫びよう」
 
「いえ、それは構いません。さっそくですが、ご用件をお伺いしましょう。……後」
 
 トパーズは、ルビーの方をちらりと見る。
 トパーズは、このオニキスからの呼び出しがダイヤモンドの件であろうことは察しがついてた。
 それゆえに、自身の婚約者であるルビーが同席していることで、ルビーまで巻き込まれることを嫌った。
 ルビーへの視線は、オニキスに対するルビーを退席させてほしいという無言のアピール。
 
 オニキスは、当然トパーズの意図に気づいていながらも、無視することで回答とした。
 
「察しはついているだろうが、ダイヤモンドの件だ」
 
「ダイヤモンドですか。王族になったことで浮かれ、欲望のままに行動していると皆が噂しています」
 
「それは誤りだ。ダイヤモンドは、転生によって別の人格に体を乗っ取られている」
 
「転生?」
 
 昨日のオニキス同様、トパーズとアメシストは聞きなれない言葉に首を傾げた。
 オニキスは視線を、首を傾げなかったルビーとサファイアへと移す。
 ルビーとサファイアのまっすぐの視線から、オニキスは説明の場を二人に譲ることに決めた。
 
「転生については、彼女たちから説明してもらう」
 
 オニキスの視線を後追いするように、トパーズとアメシストの視線が、ルビーとサファイアへ移る。
 視線が動く一秒間で、トパーズとアメシストの思考は冷静に機能した。
 即ち、ここで説明をルビーとサファイアにさせる理由とは何か、だ。
 
 答えは一つ。
 オニキスよりも、ルビーとサファイアの方が転生に詳しいから。
 
「わかりました」
 
「……なぜ、ルビーからなんだ?」
 
 トパーズは、浮かんだ答えを否定したいがために、ルビーに尋ねた。
 ルビーの表情は少し苦しそうに歪み、すぐに覚悟を決めたそれへと変わった。
 
「私も、転生者だからです」
 
 ルビーの言葉を聞いたトパーズの顔から、血の気が一気に引いていく。
 ルビーの言葉をそのまま受け取るならば、ルビー・スカーレットという人間が転生によって別の人格に体を乗っ取られているということを指すからだ。
 アメシストもまたサファイアを見ながら、恐る恐る口を開く。
 
「サファイア、君も……」
 
「……ごめんなさい」
 
 アメシストの顔からもまた、血の気が一気に引いていく。
 病気にでもなったかのようなトパーズとアメシストは、互いに顔を見合わせる。
 二人とも、自身の婚約者の性格が突然変わった日のことを思い出していた。
 難しい顔をしながら眉間にしわを寄せ、意図的にルビーとサファイアから視線を逸らす。
 今すぐにでも自室へ逃げかえりたい衝動を抑えながら、必死にその場へい続けた。
 
 次にトパーズとアメシストが口にする言葉は、ルビーとサファイアへの質問しか許されず、質問の内容によっては自身と婚約者の間に亀裂が入る可能性は十分にあった。
 
 しばしの沈黙を、誰も咎めることはない。
 トパーズはルビーとの、アメシストはサファイアとの、過去から現在までの思い出を振り返る。
 楽しい。
 騙された。
 愛しい。
 打算的だ。
 過去と現在に感じた感情が螺旋状に心の中を旋回する。
 走馬灯があるならばこんな感じだろうと思うほど、過去の記憶が接近した。
 
 トパーズは、一度深呼吸をした後、ルビーの方へと向いた。
 
「君は、私の婚約者、ルビー・スカーレットか?」
 
 トパーズが選んだのは、ルビーの自己への評価確認であった。
 
「はい」
 
 ルビーは、間髪入れずに返答した。
 
「その根拠は?」
 
「私には、幼い頃からトパーズ様とお会いした記憶があるからです」
 
「オニキス様の言葉を信じるなら、転生は別の人格に乗っ取られているという話だが?」
 
「ダイヤの転生は、その様に考えています。ですが、私は違います! 私は、生まれながらにルビー・スカーレットです!……別の人格の記憶も、ありますが」
 
「別の人格の記憶、か。その人格は、何者だ?」
 
「日本……いえ、こことは違う、別の世界に住む女の子の記憶です」
 
「人格ではなく、記憶と言ったな。つまり、ルビーの中には二人分の記憶があるということか?」
 
「単純に言ってしまえば、その通りです」
 
 心配そうなルビーの瞳に見つめられながら、トパーズは再び眉間にしわを寄せた。
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