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第3話 ルール

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 京平は、自室の机に向かって、スマホを打ち続けていた。
 クラス単位で行うデスゲームの案。
 書いては消す。
 書いては消す。
 
「くそっ!」
 
 拳を作って机に振り下ろしても、拳が痛くなるだけ。
 痛みで脳からひらめきが降ってくる、なんてことはない。
 
 参加者の半分以上を殺すゲーム。
 つまり、全四十人のうち二十人を確実に殺すゲームにしなくてはならない。
 京平が真っ先に思いついた、最もシンプルな案はくじ引きだ。
 当たり二十枚、はずれ二十枚で、はずれを引いた人間は全員死亡。
 丁度二十人が死ぬゲーム。
 しかし、運の要素が強すぎる。
 萌音を生かすどころか、京平自身が死ぬ危険性が高すぎる。
 
 京平自身の死は、東京都の高校生全員の死に繋がる。
 死にたくないという思いと、殺したくないという思いが、即座にくじ引きの案を捨てる。
 
「なら、男子対女子の腕相撲とかどうだ?」
 
 次に思いついたのが、腕相撲。
 それも、男子対女子という制約付き。
 京平のクラスは、男子二十人女子二十人で、ちょうど半分。
 一般的に、男子と女子の筋力は、男子の方が高い傾向にある。
 平均的な体格の京平であっても、相手が女子であれば勝率は高い。
 
「いや、駄目だ! 確実じゃないし、萌音が死ぬ!」
 
 が、高いだけで、百パーセントではない。
 そのうえ、腕相撲は京平の勝率を上げ、萌音の勝率を下げる。
 萌音は女子であり、強豪の運動部で体を鍛えている訳でもない。
 京平と百回腕相撲をすれば、京平が百回勝ててしまう程度の弱さ。
 京平は、腕相撲の案も捨てる。
 
「俺が勝てるやつ……。萌音が勝てるやつ……」
 
 デスゲームの案を考え始めた時、京平には「できれば仲の良い友人も助けたい」という思いもあった。
 だが、考えれば考えるほど、京平自身が生き残るルールを考えることが難しいと突きつけられる。
 京平と萌音が二人生き残るルールを考えることがさらに難しいと突きつけられる。
 仲の良い友人を見捨てていいのかという葛藤は頭の中からぽろぽろと抜け落ちていき、二人が生き残るルールに思考が研ぎ澄まされていく。
 
 男である京平と女である萌音が勝てる、男女による優位差がないゲーム。
 平均身長の京平と小柄な萌音が勝てる、体格差による優位差がないゲーム。
 勉強が人並みの京平と成績の良い萌音が勝てる、成績による有意差がないゲーム。
 かつ、京平と萌音が勝てるゲーム。
 
「萌音。萌音。萌音。何か……。何か……!」
 
 何日も何日も、京平は四六時中考え続けた。
 授業に身が入らず、何度教師に怒られようとも、考え続けた。
 自分のこと。
 萌音のこと。
 
 萌音のこと。
 
「あ」
 
 そして三日目の夜、唐突に閃いた。
 
 
 
 一週間後の夜、京平は白い床の上に立っていた。
 先週と同じく、行衣を着た四十七人と、横になっている神が一人。
 京平を含めた四十七人は、多少は慣れたのか、先週のように辺りをきょろきょろと見渡す者はいない。
 
「じゃあ。ルールを訊こうか」
 
 神の声が響く。
 同時に、四十七人の前に、横たわった神が現れた。
 目線の位置に横たわった体勢で現れ、白い床にドスンと落ちた。
 
「ひっ!?」
 
 誰かの驚く声も、神は気に留めない。
 神にとって、分身を作り、瞬間移動させることは造作もないことだ。
 人間が手を使って文字を書く程度に造作もないことだ。
 本体、とでも呼ぶべき神は依然動かずに欠伸をしており、瞬間移動して現れた神は目の前の代表者に各々話しかける。
 
「で、ルールは?」
 
 京平の目の前の神も同様。
 さっさと言えという視線を隠しもせずに、京平を見上げる。
 もしも神が納得しないルールを提示したらどうなるのか、殺されるのではないか、そんな恐怖が渦巻くも答えは出せない。
 京平はごくりと息を飲み、口を開いた。
 
「プロフィール当てゲーム」
 
「ふーん。それは、どんなゲームだ?」
 
「言葉通り、相手のプロフィールを当てるゲームだ」
 
 京平は、説明のために紙とペンがないかと自室にいる時の癖で周囲を見渡すが、自室でないことを思い出して神へ向き直る。
 同時に、京平の目の前に、紙とペンが現れる。
 神は万能であり、目の前の人間が欲しいと念じる物を理解し、創ることができる。
 
「どうも」
 
 京平は目の前の紙とペンをとり、いつの間にか現れている机に紙を置いて、ペンを走らせる。
 
 ルール一.男子と女子が分かれて座る。
 ルール二.男子には、二十人分の女子のプロフィールが書かれた紙、合計二十枚を渡す。
 ルール三.紙には、プロフィールが三つ書かれている。
 ルール四.男子は、プロフィールに該当する女子の名前を紙に書いて、正解なら書いた男子と書かれた女子のペアは生存、外せば書いた男子は死亡。
 ルール五.先着十組、合計二十人が生存し、残りは死亡。
 ルール六.カンニングを防ぐため、男子は女子にプロフィールを見せてはいけないし、女子は声を出してはいけない。
 
 京平は、書き終えた紙を神へと見せる。
 
 京平の考えたゲームは、京平と萌音がそれぞれ勝利を目指すゲームではない。
 京平が、萌音を助けることのできるゲームだ。
 しかも、ほぼ確実に。
 
 京平は、幼馴染の萌音のことをずっと見てきて、萌音のことならなんでも知っている自信があった。
 身長、体重、好きな食べ物、休日の過ごし方、パジャマの色まで、何でも知っていた。
 それはひとえに、家が隣同士の京平と萌音が過ごした時間の長さであり、時々夜ご飯を食べに互いの家を行き来する家族ぐるみの付き合いに起因する。
 室内干しされていた萌音の下着を目にしてしまったとき、顔を背ける京平に対して、萌音は少し恥ずかしそうにしながらも、「あー、まあ、京平だしいいかー」と流す程度には、互いを知っている。
 
 京平には、三つのプロフィールがあれば、誰よりも早く萌音のプロフィールを見つけられる自身があった。
 その自信は正しい。
 
 神は京平の差し出す神を受け取り、じろじろと眺める。
 そして、ぴらぴらと紙を振りながら、京平を見る。
 
「制限時間は、一時間でいいんだよな?」
 
「はい」
 
「合計二十人ってあるが、これはお前のクラスの話だな? 他のクラスは、人数問わず半分ってことだな?」
 
「そうです」
 
「男女が一対一の前提だが、偏る場合は?」
 
「可能な限り男女で分けて、余った人たちは書く側と書かれる側に分けようと思っています。男女で分けるより、半数を殺すことを重視します」
 
「ふーん。なら、そもそも男女に分ける前提いらねえんじゃねえか? てきとうに、書くやつと書かれるやつに分けたほうがいいだろう?」
 
 来た、と京平は心の中で思った。
 男女で分けるというのは、男子が女子を、京平が萌音を助けられるように作ったルール。
 そのため神の言うとおり、ゲームを成立させるためだけならば不要な前提である。
 だから、京平はきちんと言い訳を用意していた。
 
「あえて男女比を残そうとしているのは、次のゲームで実力が偏らないようにするためです。男子だけのチームと女子だけのチーム、どちらかが圧勝なんてしたらつまらないでしょう?」
 
 京平は、デスゲームがクラスの中だけで行われ、終わるとは考えていなかった。
 日本に蔓延るデスゲーム物の小説において、クラス単位のゲームが終われば、学校単位、地区単位と続いていくのがセオリーだ。
 それゆえ、確信はないが、理由にこじつけた。
 
「お前、いいなあ」
 
 京平の言葉を聞いた神は初めて、笑った。
 その笑顔は余りにも凶暴で獰猛で、まるでライオンが獲物を見つけたような、歓迎できない笑みだった。
 京平が気づく前に体が失禁し、股下から液体がぼたぼたと垂れ落ちる。
 
「いいなあ。どいつもこいつも、目の前のゲームのことばっか。次をちゃんと考えてるお前は偉い」
 
 神は横たわった姿勢を止め、のっそりと立ち上がった。
 四十八人の神の内、唯一京平の前の神だけが、二足で立って京平を見下ろした。
 他の四十六人の代表者たちは驚き、ルールを話すことも忘れて、京平の方を見た。
 神の笑みは、既に消えている。
 そこには神に見下ろされ、失禁している京平が立っていた。
 
「おい、何をしてる。さっさとルールの続きを言え」
 
 が、神は驚く時間を与えてはくれない。
 四十六人の神に促され、四十六人の代表者はすぐに神の方へと向き直り、ルールの説明を再開する。
 
 一方、京平の前の神は、人差し指で京平を指差す。
 
「男女分けのルール、認めよう。東京都の第一回戦は、『プロフィール当てゲーム』に決定だ」
 
 神にとっては、誰が死ぬかの確率が偏る楽しくない条件。
 が、神は飲んだ。
 それは、神が京平に、今回のゲームだけでなく、次のゲームをも盛り上げてくれる可能性を僅かに感じた故の温情。
 神は再び、笑った。
 
「で、ルールは本当にこれでいいんだな?」
 
「はい」
 
 神の念押しに、京平は迷わず答えた。
 
 
 
 四十七人、全員分のルール確認を終えると、四十七人の神は煙となって消滅した。
 残ったのは、一人の神。
 
「じゃあ、明日は始業と共にゲームを始める。いつも通り、登校すること。遅刻した馬鹿は殺す。解散」
 
 こうして、デスゲームの第一回戦の日を迎えた。
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