令和百物語 ~妖怪小話~

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玖拾参 後神

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「死にたい」
 
「死にたい」
 
「死にたい」
 
 流行語と言うには、ネットで当たり前に使われ過ぎている言葉。
 
 時に、死にたいを意味する。
 時に、今の環境を変えたいを意味する。
 時に、しばらく休みたいを意味する。
 
 現代日本において、軽々に死にたいという言葉が使われるのは、日本が命の危険が少ない国であるというポジティブな象徴であり、日本がSNSの発展によって自分より幸福な他人と自分を比較し不幸を感じやすいというネガティブな象徴である。
 
 夢を失くす。
 自信を失くす。
 やる気を失くす。
 
 後神は、そんな何かを失くした人間の後ろ髪を引いて、夢と自信とやる気をさらに失くさせ、最後には生きる気力を失くさせた。
 
 それが後神の仕事。
 それが後神の役目。
 
 
 
 つい先日までは。
 
 
 
 後神は、ビルの屋上から町を見下ろし、退屈そうに鼻をほじっていた。
 
「おおうい、後神じゃあ、ありゃあしやせんかあ」
 
 屋上の扉が開き、中から現れた鬼神の声を聞いても、顔すら向けない。
 
「ああーい」
 
 退屈そうに、欠伸とも返事ともとれる言葉を返すだけだった。
 
「なんじゃあ、退屈そうじゃのお」
 
 後神の態度に、鬼神は不思議そうな顔を向ける。
 
「おまえらのせいだよ」
 
 後神は、鬼神の言葉を不服そうな表情で迎え撃つ。
 
「わしら?」
 
「そうだよ。吾輩は、夢とか自信とかがなくなって、死にたい死にたいと嘆く人間をそのまま地獄へ落としてやるのが仕事……だった」
 
「ほお」
 
「だが、お前らが暴れまくってるせいで、人間たちは今日を生きるので精いっぱい。そんな状況じゃあ、夢とか自信とか考えて落ち込む人間なんていなくなるんだよ。本当に死にたいやつは、勝手に一人で死んでしまうし」
 
「がっはっは! そりゃあすまんかった!」
 
 笑う鬼神。
 恨む後神。
 互いに仕事をする者同士。
 時にぶつかり合うことがある故に、口論程度で場は収まる。
 
「あー……。もうやりたいことなくなったわ。人間たちが絶滅する以上、吾輩にできる仕事はありませーん。はいはい」
 
「後神、おぬしが自身もやる気もなくしてどうすりゃあ」
 
「はー、死にたい」
 
「おぬし……」
 
 町が壊れていく。
 
 逃げ惑う人間は鬼神につぶされていく。
 周囲の建物は鬼神によって壊されていく。
 世界が変わっていく。
 ゆっくり。
 ゆっくりと。
 
 未だに世界が形を保っているのは、鬼神が観光がてら、遊びがてら、ゆっくりとことを成しているからにすぎない。
 
「そういえば、何か用があったんじゃないのか?」
 
 後神はひとしきり弱音を吐いた後、わざわざ屋上まで来ていた鬼神に、理由を訊いた。
 鬼神はパーを作った左手に、グーを作った右手を落とした。
 
「ほうじゃ。忘れとったわ。このビル叩き壊すから、巻き込まれとうなかったら、立ち去ったほうがええぞ」
 
「おい。めちゃめちゃ重要なこと言い忘れてんじゃねえよ」
 
「まあ、おぬしさっき死にたい言うとったし、おぬしごと殺してやるのも構わんが」
 
「誰が死ぬか馬鹿。生きるわ。生きて、次にできることを探しますよーだ」
 
 後神はそそくさと起き上がり、ビルからぴょんと飛び降りて、どこかへ去っていった。
 
「はっはっは。命ある者は皆、生き卑しいものよのお!!」
 
 鬼神は手に持った棍棒を振り上げ、屋上の床に思いっきり叩きつけた。
 
 
 
 ビルが崩れ落ちた。
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