71 / 100
漆拾壱 犬の亡霊
しおりを挟む
妻が死んだ。
不治の病だった。
「私だと思って……」
ペットの犬を残して。
夫は、妻のいなくなった世界で嘆き悲しみ、残された犬にもぞんざいな扱いをしていた。
餌をやらないのは当たり前。
時に怒鳴りつけ、時にひっぱたいた。
しかし犬は、ずっと夫に寄り添ってきた。
叩かれようが外に放り出されようが。
夫を慰めるように寄り添ってきた。
その姿を見て、夫は次第に妻の言葉を思い出す。
妻を思い出す。
自分を思い出す。
泣き崩れて犬を抱きしめ、妻と、犬のために生きようと誓いなおした。
数週間後、犬が死んだ。
交通事故だった。
夫は、今度こそ抜け殻になった。
何もない。
夫の世界には、何もない。
妻はいない。
犬もいない。
思い出は何もない。
毎日を、死んだように生きた。
仕事もやめた。
外に出るのもやめた。
二十四時間流しっぱなしのテレビが、時計の代わり。
そんな時に偶々見つけたのが、犬の亡霊(いんのもうれい)。
深い夜、山の中から死んだ犬の鳴き声が聞こえる場所。
会いに行こう。
理屈も現実も捨てた結論を、夫は思い立った。
何故だかわからないが、そこに犬がいる気がしたのだ。
最低限の荷物を持って、片道分の旅費と食費を持って、夫は犬の亡霊へ向かった。
新幹線と電車とバスとタクシーを乗り継いで、人里離れた山へとたどり着いた。
タクシーの運転手からは、自殺を何度も疑われた。
しかし夫は、未来へ希望溢れるようなキラキラとした笑顔で「違います」と答え、すんなりと見逃された。
深夜。
山の中に霧が充満する。
四方八方から、犬の鳴き声が聞こえてくる。
夫は目を瞑り、ペットの犬の声を聞き分ける。
違う。
違う。
これも違う。
一時間以上も目を瞑り続け、ついに一つの鳴き声を見つけた。
目を開けて、鳴き声のする方へと進む。
ワン。
ワン。
ワン。
泣き声は、徐々に大きくなっていき。
ワン。
ペットの犬を見つけた。
夫は涙を流し、犬へと抱き着く。
「ああ……ああ……」
声にならない泣き声で、抱きしめ続ける。
そんな夫の頭を、妻が優しく撫でる。
複雑そうな、嬉しそうな、表情で。
「早すぎるわよ……」
妻の声に、夫は手を伸ばす。
妻と犬を抱きかかえる。
「長すぎたよ……」
夫は妻の言葉に、泣き笑いで返した。
不治の病だった。
「私だと思って……」
ペットの犬を残して。
夫は、妻のいなくなった世界で嘆き悲しみ、残された犬にもぞんざいな扱いをしていた。
餌をやらないのは当たり前。
時に怒鳴りつけ、時にひっぱたいた。
しかし犬は、ずっと夫に寄り添ってきた。
叩かれようが外に放り出されようが。
夫を慰めるように寄り添ってきた。
その姿を見て、夫は次第に妻の言葉を思い出す。
妻を思い出す。
自分を思い出す。
泣き崩れて犬を抱きしめ、妻と、犬のために生きようと誓いなおした。
数週間後、犬が死んだ。
交通事故だった。
夫は、今度こそ抜け殻になった。
何もない。
夫の世界には、何もない。
妻はいない。
犬もいない。
思い出は何もない。
毎日を、死んだように生きた。
仕事もやめた。
外に出るのもやめた。
二十四時間流しっぱなしのテレビが、時計の代わり。
そんな時に偶々見つけたのが、犬の亡霊(いんのもうれい)。
深い夜、山の中から死んだ犬の鳴き声が聞こえる場所。
会いに行こう。
理屈も現実も捨てた結論を、夫は思い立った。
何故だかわからないが、そこに犬がいる気がしたのだ。
最低限の荷物を持って、片道分の旅費と食費を持って、夫は犬の亡霊へ向かった。
新幹線と電車とバスとタクシーを乗り継いで、人里離れた山へとたどり着いた。
タクシーの運転手からは、自殺を何度も疑われた。
しかし夫は、未来へ希望溢れるようなキラキラとした笑顔で「違います」と答え、すんなりと見逃された。
深夜。
山の中に霧が充満する。
四方八方から、犬の鳴き声が聞こえてくる。
夫は目を瞑り、ペットの犬の声を聞き分ける。
違う。
違う。
これも違う。
一時間以上も目を瞑り続け、ついに一つの鳴き声を見つけた。
目を開けて、鳴き声のする方へと進む。
ワン。
ワン。
ワン。
泣き声は、徐々に大きくなっていき。
ワン。
ペットの犬を見つけた。
夫は涙を流し、犬へと抱き着く。
「ああ……ああ……」
声にならない泣き声で、抱きしめ続ける。
そんな夫の頭を、妻が優しく撫でる。
複雑そうな、嬉しそうな、表情で。
「早すぎるわよ……」
妻の声に、夫は手を伸ばす。
妻と犬を抱きかかえる。
「長すぎたよ……」
夫は妻の言葉に、泣き笑いで返した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
透影の紅 ~悪魔が愛した少女と疑惑のアルカナ~
ぽんぽこ@書籍発売中!!
ホラー
【8秒で分かるあらすじ】
鋏を持った女に影を奪われ、八日後に死ぬ運命となった少年少女たちが、解呪のキーとなる本を探す物語。✂ (º∀º) 📓
【あらすじ】
日本有数の占い師集団、カレイドスコープの代表が殺された。
容疑者は代表の妻である日々子という女。
彼女は一冊の黒い本を持ち、次なる標的を狙う。
市立河口高校に通う高校一年生、白鳥悠真(しらとりゆうま)。
彼には、とある悩みがあった。
――女心が分からない。
それが原因なのか、彼女である星奈(せいな)が最近、冷たいのだ。
苦労して付き合ったばかり。別れたくない悠真は幼馴染である紅莉(あかり)に週末、相談に乗ってもらうことにした。
しかしその日の帰り道。
悠真は恐ろしい見た目をした女に「本を寄越せ」と迫られ、ショックで気絶してしまう。
その後意識を取り戻すが、彼の隣りには何故か紅莉の姿があった。
鏡の中の彼から影が消えており、焦る悠真。
何か事情を知っている様子の紅莉は「このままだと八日後に死ぬ」と悠真に告げる。
助かるためには、タイムリミットまでに【悪魔の愛読書】と呼ばれる六冊の本を全て集めるか、元凶の女を見つけ出すしかない。
仕方なく紅莉と共に本を探すことにした悠真だったが――?
【透影】とかげ、すきかげ。物の隙間や薄い物を通して見える姿や形。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
表紙イラスト/イトノコ(@misokooekaki)様より
怪異に襲われる
醍醐兎乙
ホラー
様々な怪異に襲われる短編集です。
救いはありません。
人の抵抗など怪異の前では無力なのです。
それぞれが独立したお話で、繋がりはありません。
カクヨムにも投稿しています。
シカガネ神社
家紋武範
ホラー
F大生の過去に起こったホラースポットでの行方不明事件。
それのたった一人の生き残りがその惨劇を百物語の百話目に語りだす。
その一夜の出来事。
恐怖の一夜の話を……。
※表紙の画像は 菁 犬兎さまに頂戴しました!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる