令和百物語 ~妖怪小話~

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肆拾 布団かぶせ

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『暴風警報が出ています。物が飛んで危ないので、自宅から出ないでください』
 
 町にアナウンスが流れる。
 
 町全体に風が吹き荒れ、窓をがたがた揺らし、壁に飛来物をがんがんと叩きつける。
 住人たちは窓が割れない様に、速やかにシャッターを下ろす。
 普段は庭にいるペットや外に放置している自転車も、室内へと入れる。
 
 扉と言う扉を閉めて、完全な守りの体勢を作り上げる。
 
 が、社会のシステムというものは、必ずしも危機に適合しない。
 
『は? 今日も店は開けるに決まってんだろ! 休みなんかじゃねえよ! さっさと来い!』
 
 雇用される者は、雇用する者に逆らえない。
 
「本当にバイト行くの?」
 
「しかたないじゃん。店長が、今日も店開けるっていうんだから」
 
 強く押し通せば、断ることもできるだろう。
 が、断れば店に居ずらくなるし、場合によっては首になる。
 そんなリスクは犯せないと、女は店長の指示通り、いつも通りにバイトの支度をする。
 そして、心配する母の視線を受けながら、玄関の扉に手をかけたところで、スマートフォンがなった。
 
 スマートフォンに表示される名前は、バイト先の副店長だ。
 
『もしもし。すみません、今から家を出るところで』
 
『あ、まだ出てないんだね。良かった。準備してくれたところ悪いんだけど、今日のバイト、やっぱりなしで』
 
『え』
 
『今日は店を閉めることになったんだ。事情は今度話すよ。悪いね』
 
 通話の切れたスマートフォンを見ながら、女は首をかしげる。
 母に、突然バイトがなくなったことを伝えて、自分の部屋へと戻る。
 
「勝手だなー」
 
 バイトが入ったり入らなかったり、ころころと変わることに多少の苛立ちを覚えながらも、乗り気ではなかったバイトがなくなった安堵が勝る。
 予定のない一日を謳歌しようと、ベッドにゴロンと転がって、テレビをつける。
 
 
 
 テレビでは、店長死亡のニュースが流れていた。
 
 死因は、布団かぶせ。
 風に乗って飛び回り、道行く人の顔にスッと被せて窒息死させる、布団の妖怪。
 店を開けるために外へ出た店長は、そのまま布団かぶせの餌食になったらしい。
 
「あーね」
 
 女は、外に出なくてよかったと、心の底から安堵した。
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