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実感

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帰り着くなりエーヴァルトが駆け寄って来たかと思うと、そのまま体当たりするかのようにぎゅうぎゅうと強く抱きしめられた。

「エリー、もう絶対あんなこと止めて!わざわざ自分を傷付けないといけないなら、聖女だなんて明かさなくていいし、外交とかしなくていいから!」
「ちょっ、何で知って……いや、それより声落として!」

聞かれるとマズイと焦るエリーだが、視線を感じて振り向けば無表情なエルヴィーラと顰め面をしたディルクが立っている。

「エリー、もう二度としないと約束したはずだが?」

淡々とした口調からひしひしと感じる怒りに、瑛莉は口を尖らせながらも視線を彷徨わせる。安直な方法を選んだ自分が悪いことも、心配してくれていることも分かっているため反論しづらく申し訳ないとは思っているのだ。

(でも聖女でなければ同じテーブルに付くことも難しかったと思うし)

使えるものは何でも使ったほうがいい。自分には不要な称号であったとしても、交渉には同等以上と相手が認めなければ不利になる。ましてや身分制度がはっきりとしている世界で、平民の直談判に耳を傾けてくれる貴族などそう多くはないだろう。

「っ、エーヴァルト!?」

いまだに逃亡を阻止せんとばかりに拘束していたエーヴァルトが、おもむろに左手の甲に口づけを落とすではないか。

「エリーの世界にはないのかな?怪我をしないようにおまじないだよ」

子供じゃないんだからと思いながらも何だかそわそわと落ち着かない。

(何か……みんな、めちゃくちゃ心配してくれてるよね)

嬉しい気持ちと気恥ずかしさが入り混じり、込み上げてくる感情に顔が熱くなる。誰も味方がいない世界で必死に生きていたのに、いつの間にか一人ぼっちではなくなった。
少し前からそうだったのに、何故か今になって実感が湧いてきたのだ。
こんな顔は人に見せられないと焦った瑛莉は、エーヴァルトの服に頭を押し付けて顔を隠す。

「――っ」

頭上から驚きから息を呑むエーヴァルトの様子が伝わってきたが、弁解は後でさせてもらおう。今はこの感情を押し殺し醜態を見せないことのほうが重要だ。
心を落ち着かせることに集中していると、ふわりと身体に浮遊感を感じるとともに耳元でエーヴァルトの囁き声が落ちた。

「少しだけ我慢していてね。――疲れているみたいだから少し休憩させてくるよ」

顔を上げられないため断ることもできず、瑛莉はエーヴァルトに抱えられたまま移動することになった。


部屋に着いた頃には少し落ち着きを取り戻していた瑛莉は、エーヴァルトがソファーに座ったタイミングで声を掛けた。

「ごめん、もう大丈夫だから」
「エリーの大丈夫は信用しない方がいいってディルクが言っていたよ。嫌じゃなかったらもう少しこのままでいて」

気遣うような表情を浮かべるエーヴァルトを突っぱねることも出来ず、肩に額を押し当てると壊れ物を扱うような丁寧な手つきで頭を撫でられる。

こんな風に甘やかされると逃げ出したくなるが、エーヴァルトが傷つくような気がして瑛莉は大人しくしていようと決めた。どんなに親切にされても心のどこかで疑ってしまう自分が嫌だったが、信じて裏切られるのはもっと嫌だ。

(今までは「先生」がいたから……)

「りっちゃん」から依存であり甘えだと指摘されたが、それを分かっていながら「先生」と縁を切ることはできなかったし、他の人を――「先生」と「先生」の知り合い以外を――信用するのは難しかった。

『焦らなくていいぞ。難しく考えなくてもいつか気づいたら出来ているもんだ』

煙草の香りもぶっきらぼうな声も、もう二度と感じることが出来ない。全く異なるタイプなのにエーヴァルトの優しさに触れると「先生」のことを良く思い出す。
また少し涙腺が緩みかけた時、エーヴァルトが躊躇いがちに切り出した。

「……ごめんね。せっかくエリーが頑張ってくれたのに、あんな言い方をしてしまって。嫌な思いをさせてしまったよね」
「え、そんなこと思ってないから!良くないやり方だと知っていてやったのは私だし、エーヴァルトは心配してくれただけでしょう」

思わず顔を上げれば不安に揺れる瞳が、悲しげに細められ目元を優しく拭われる。驚いた拍子にたまっていた涙が零れたようで恥ずかしくなるが、そんなことよりもエーヴァルトの誤解を解く方が大切だと気持ちを切り替えながら言葉を重ねた。

「心配してくれたのも、間違ったことをした時にちゃんと言ってくれるのは嬉しいよ。ただ……ちょっと慣れてないから、恥ずかしかっただけ」

言葉にすると子供じみていて余計に恥ずかしくなったが、エーヴァルトの肩の力が抜けたのが分かった。

「エリーに嫌われてないなら良かった。ふふ、恥ずかしがっているエリーも可愛いね」

そう言われて吸い込まれそうな紫水晶の瞳と至近距離で向き合っていることや、背中に回された手、そして何よりエーヴァルトの膝の上に座った状態であることを思い出して、羞恥心が一気に込み上げてくる。

「エーヴァルト!もう大丈夫だから……あ、違った……ほら、重いから下ろして!」
「ちっとも重くないし可愛いのに……」

くすくすと楽しそうなエーヴァルトに、顔を真っ赤にした瑛莉は気恥ずかしさを誤魔化すようにクッションを投げつけたのだった。
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