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釣り合い

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「お兄様は聖女様を甘やかしすぎではございませんこと?」
「言いがかりはよせ、マリエット。婚約者に贈り物をして何が悪い」

呆れたように言うマリエットにヴィクトールは苛立ちを滲ませて返す。せっかく和やかな雰囲気で始まったお茶会だが、開始早々雲行きが怪しくなってくる。

(兄妹喧嘩は後にしてほしい……)

その理由が自分にあることを思えば尚更、国の最高権力者の前で出して欲しい話題ではない。
とはいえ瑛莉にそれを止める権利はなく、マリエットは勝ち誇ったように続けた。

「今回の聖女様は歴代の方々と比べて、能力不足だと聞いておりますわ。癒しの力が使えるようになったということですが、治せる時と治せない時があるのでしょう?いざという時に頼りにならないかもしれないのに、優遇する必要などありますの?」

(ふうん、そっちの方向から攻めてくるのか……)

マリエットの主張は間違っていないが、正しくもない。
救護院での治療が終わると、瑛莉は神殿で貴族を対象に治癒を行うようになった。

神殿長はさらに価値を吊り上げようとしているのか、一日に3人程度と少数で患者も切実さよりも好奇心から訪れる者が大半だ。あまり気乗りしない仕事ではあったが、瑛莉も治癒の有効性について学ぶことが出来たので結果的には良かったと思っている。

「聖女よ、不可能な治癒とはどのようなものだ」

国王の質問に瑛莉は意識を切り替えた。マリエットは治癒力にムラがあるような発言をしたにもかかわらず、国王は対象に原因があると考えている。それはつまり国王も瑛莉に監視を付けていて、情報を得ているということだ。

(変に隠し立てしないほうがいいな)

そう判断した瑛莉は正直に話すことにした。

「まだ全ての病気や怪我を癒したわけではないので断言はできませんが、基本的には傷病を治癒できるかと思います。ですが、その要因が他にある場合、例えば精神的なものからくる身体の不調などはそれを改善しない限りは症状が再発するでしょう」

身体の不調を訴えて来訪する貴族女性たちの中で、一番多いのはストレスや自律神経の乱れなどによるものが多かった。その時は良くなってもしばらくすればまた不調が現れるため、治癒が失敗したと言われるのだ。
なお比較的症状が軽い患者ほど、瑛莉を非難し責任を追及することが多く、マリエットもその辺りの女性たちから話を聞いたのだろう。

「症状を治癒できないなら失敗でしょう?素直に認めたらよろしいのに」

後半のセリフは声を潜めたのは、さすがに国王の前だという自覚があったからだろうか。それでもヴィクトールは険しい表情でマリエットを見つめていたし、瑛莉は聞こえなかった振りをして流すことにした。

「ふむ、棘が刺さったままではいくら治療しても治せないのと同じだということだな」

納得した様子の国王に瑛莉は胸を撫で下ろす。国王がそれに難色を示すようであれば、マリエットをはじめ瑛莉に否定的な貴族たちはさらに増長するだろう。

「ちょっとした不調はよくあることですからね。マリエット、聖女様にあまりご無理を言ってはなりませんよ」

国王の言葉に同意するように王妃はやんわりと娘を窘める。だがそれはマリエットの神経を逆撫でする行為でしかなかったようだ。

「無理など言っておりませんわ。ただ聖女であるというだけで分を弁えず勘違いされては困りますから。そもそもお兄様の婚約者にする必要がありますの?もっと相応しい方はたくさんいらっしゃるのに……」
「マリエット!」

鋭い声にマリエットは一瞬身を固くしたが、むっとした表情でヴィクトールから顔を背ける。

「わたくし、知っておりますのよ?その方はよく護衛と逢引していらっしゃるそうですわ」
「私の婚約者を貶める発言は許さない。お前は――」

「それは事実か?」

ヴィクトールの言葉を遮って発言したのは国王だ。感情の読めない瞳で瑛莉を静かに見つめている。

「いいえ、陛下。そのような事実はございません」

きっぱりと否定して瑛莉はマリエットに声を掛けた。

「どなたかと勘違いされたか、見間違えたのではないでしょうか?」
「まあ、白々しいわ。何人か目撃された方がいたのよ、見間違いのはずないじゃない」

あくまでも言い張るマリエットに瑛莉は、もういいやと思った。マリエットに声を掛けたのは一応の配慮であったが、それを主張するのであればそれ以上瑛莉に出来ることはない。

(さて、どう出るかな)

黙って国王の様子を窺っていると、マリエットはここぞとばかりにまくし立てる。

「都合が悪くなったから何も言えないのでしょう。わざわざ平民ばかりの救護院に行ったのも、何か他の目的があったとしか思えませんもの。お父様、お兄様はすっかり騙されてしまっておりますが、この方はお兄様の婚約者に相応しくありませんわ」

「マリエット!!」
「落ち着きなさい、ヴィクトール」

激昂したように立ち上がったヴィクトールを国王は静かに制止した。

「聖女よ、申し開きがあるなら聞こう」

「恐れながら先ほど申し上げたことが全てでございます。陛下のご判断にお任せいたしますが……この件で私の周囲の者に罰を与えることはお止めいただきますようお願い申し上げます」

国王も聖女としての瑛莉の利用価値を認めているはずなので、重い罰を言い渡される可能性は低い。だがマリエットの主張が正しいと認められれば、侍女の職務怠慢や護衛の処分など代わりに罰を受ける可能性が出てくる。自分のせいで他人が責任を負うようなことは絶対に嫌だった。

「……確かに婚約者として釣り合いが取れないようだな。処遇は後ほど言い渡す。今日は下がると良い」
「御前失礼いたします」

国王の意図するところを考えながら、瑛莉は会場を後にしたのだった。



「父上!貴族子女が無責任な噂を立てているだけで、エリーは何もしておりません!」
「ヴィクトール、座れ。お前はもう少し王太子としての自覚を持つがいい」

押し黙ったヴィクトールを一瞥して、国王は娘に顔を向けた。

「少々甘やかしすぎたようだ。マリエット、お前は1ヶ月の謹慎処分とする。今のお前の教育係は馘首だ。別の教師を付けるから勉学に励むといい」

「お父様!?どうしてわたくしに罰をお与えになるの?!」

何が悪いのか分からない、理解しようとしない娘に国王は嘆息した。

「陛下、申し訳ございません。わたくしがあの者たちに罰を与えなかったことも、聖女を軽んじる結果となったのでしょう」

一部の使用人や教育係が聖女を不当に扱ったことについては、王妃より報告を受けていた。処罰を与えることによる影響力や政治的背景から、注意はしたものの不問としたことは間違ってはいなかったが、結果としてこのような稚拙な嫌がらせが発生した。

(とはいえ他の貴族がいない場を設けて正解だった)

「あの聖女はお前などより遥かに聡明で、他者を思いやる心がある。この意味が分からないようなら――マリエット、お前に王女としての責務は果たせないだろう」

王女の責務を果たせない、つまりそれは政略にも使えないという意味だ。外交の架け橋ともなる婚姻は王女の重要な仕事であり、価値にも等しい。他国の有力者に嫁ぐことが出来なければ、周囲からも訳ありなのだと見なされるのだ。
国王の言葉に蒼白になったマリエットを横目にヴィクトールは遠慮がちに声を上げた。

「父上はエリーを認めていらっしゃるのに、何故あのようなことをおっしゃったのですか?」

「だからだ。お前も偏った意見だけで物事を判断する傾向がある。ヴィクトールよ、お前にではなく、聖女にお前が釣り合わないのだ」

狼狽する子供たちをよそに、国王は国益のためにあの聖女をどう扱うべきか、思案するのだった。
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