26 / 73
晩餐
しおりを挟む
(何かこれも嫌がらせに含まれている気がするのは、被害妄想すぎるか……)
悪意のなさそうな笑みを浮かべているヴィクトールに、瑛莉はそんなことを考えながら無理やり口角を上げる。よく働いたと心地よい疲労感を得て帰ってきた瑛莉を待っていたのは、ヴィクトールからの晩餐の誘いだった。
「救護院での仕事が一区切りついたと聞いたからね。大変だっただろう」
労いの言葉に晩餐会の趣旨を察したが、他の貴族ならいざ知らず瑛莉にとっては残業もいいところだ。
(エルヴィーラと話したかったんだけどな)
少し気になることがあったため、二人きりになってから切り出そうと思っていたのに、戻って来るなり慌ただしく入浴を済ませ窮屈なドレスを纏い、晩餐会に相応しい身支度を整えることになったのだ。
当然そんな時間など取れるはずがなく、瑛莉はこうしてヴィクトールと向かい合っている。
「お役に立てて何よりですわ」
迂闊な発言は危ういと当たり障りのない言葉を返す。王族のヴィクトールは幼少の頃から言動に責任が求められる立場であり、交渉や駆け引きなどは瑛莉よりもよほど経験があるだろう。余計なことを言わずにやり過ごそうと決めた瑛莉だが、それが難しいことに気づくまでにそう時間はかからなかった。
「きっと患者にはエリーが女神のように映っただろうな。君の神秘的な瞳や凛とした佇まいにはつい目を奪われてしまう」
「……勿体ないお言葉ですわ」
「エリーが前向きに頑張ってくれるのは嬉しいが、他の者と過ごす時間のほうが長くなってしまうのは少々妬けてしまうな」
「…………………」
(いや、何て返せばいいんだよ、これ!)
息をするように女性への褒め言葉を吐けるのは王子だからだろうか。誹謗中傷にはそれなりの対処ができるが、称賛にそつなく返答するには瑛莉は圧倒的に経験不足だった。
小首を傾げてよく分からないという表情を作ると、運ばれてきたスープに口を付ける。まだ食事の序盤だが、さっさと部屋に戻りたい。
そんな瑛莉の願いとは裏腹に一品ずつゆっくりと運ばれてくる食事に、晩餐が終了する頃には瑛莉はすっかり疲労困憊の状態だった。
「三週間後に国王陛下、王妃殿下との茶会が決まった。エリーのドレスは私のほうで準備するけど、問題ないかな?」
さらりとヴィクトールに告げられて瑛莉は紅茶を吹き出しそうになった。確かに名実ともに聖女と認められたので紹介可能だとは言われていたが、そんなにすぐには実現しないだろうと思っていたのだ。
「ヴィクトール様……私はまだ礼儀作法が十分ではございません。こんな状態で両陛下にお目に掛かることは、不敬になってしまわないでしょうか?」
ただでさえ聖女の立場のせいで目を付けられているのに、もしそのお茶会で不興を買ってしまったら、また面倒なことになってしまう。
「国王陛下も王妃殿下もエリーの事情はご理解されているから大丈夫だ。当日は私も同席するからそんなに心配しなくていい」
(アウェイ感半端ないわー)
多分その場にはあのマリエット王女もいるのだろう。どう考えても不安しかないのに大したことではないかのように話すヴィクトールに内心イラっとする。そんな瑛莉の心情を知らずに、ヴィクトールは朗らかな笑みを浮かべて傍にいた従者に何かを指示した。
「これはエリーへのご褒美だ」
差し出された箱の中には、花弁をかたどった髪飾りが入っていた。ヴィクトールから渡されたものなので用いられている素材はガラスなどではなく、サファイアやアメジストなどの宝石なのだろう。高価すぎて気軽に身に付けるものではないが、耳の上あたりで髪をまとめるのにちょうど良く、華やかだが目立ちすぎず上品なアクセサリーだ。
「ヴィクトール様、お心遣いありがとうございます。ですが先日も代わりの物をご用意していただきましたので、私には過分な品物ですわ」
与えられればその分返さなくてはいけなくなる。贈り物を断るのは失礼にあたるかもしれないが、いざという時にそれを盾にされると困るのだ。
「そんなことはない。婚約者への贈り物なのだから、エリーに受け取ってもらえないと困るな」
「ありがとうございます」
そこまで言われて受け取らないのは、それこそ不敬だと言われかねない。従者や護衛のオスカーからの圧力を感じながら、結局瑛莉は受け取ることにした。持っておくだけで使ったりしなければ価値は落ちないだろう。
「あとはこれかな」
ついでのように出されたのはフルーツをたっぷり使ったタルトだ。洋梨や桃、オレンジなど鮮やかで瑞々しく、思わずそちらを凝視しているとヴィクトールの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「エリーは欲がないな。こんな物ならいつでも用意するのに」
「あまり揶揄わないでくださいませ。見た目が綺麗だから見ていただけですわ」
宝石よりかは受け取りやすく、面倒がないので食べ物のほうが有難いのは確かだが、食い意地しかないように言われると、抗議したくなる。
たくさんあるからと言われて憮然とした気持ちになりながらも、瑛莉は目の前のタルトを口に運んだのだった。
悪意のなさそうな笑みを浮かべているヴィクトールに、瑛莉はそんなことを考えながら無理やり口角を上げる。よく働いたと心地よい疲労感を得て帰ってきた瑛莉を待っていたのは、ヴィクトールからの晩餐の誘いだった。
「救護院での仕事が一区切りついたと聞いたからね。大変だっただろう」
労いの言葉に晩餐会の趣旨を察したが、他の貴族ならいざ知らず瑛莉にとっては残業もいいところだ。
(エルヴィーラと話したかったんだけどな)
少し気になることがあったため、二人きりになってから切り出そうと思っていたのに、戻って来るなり慌ただしく入浴を済ませ窮屈なドレスを纏い、晩餐会に相応しい身支度を整えることになったのだ。
当然そんな時間など取れるはずがなく、瑛莉はこうしてヴィクトールと向かい合っている。
「お役に立てて何よりですわ」
迂闊な発言は危ういと当たり障りのない言葉を返す。王族のヴィクトールは幼少の頃から言動に責任が求められる立場であり、交渉や駆け引きなどは瑛莉よりもよほど経験があるだろう。余計なことを言わずにやり過ごそうと決めた瑛莉だが、それが難しいことに気づくまでにそう時間はかからなかった。
「きっと患者にはエリーが女神のように映っただろうな。君の神秘的な瞳や凛とした佇まいにはつい目を奪われてしまう」
「……勿体ないお言葉ですわ」
「エリーが前向きに頑張ってくれるのは嬉しいが、他の者と過ごす時間のほうが長くなってしまうのは少々妬けてしまうな」
「…………………」
(いや、何て返せばいいんだよ、これ!)
息をするように女性への褒め言葉を吐けるのは王子だからだろうか。誹謗中傷にはそれなりの対処ができるが、称賛にそつなく返答するには瑛莉は圧倒的に経験不足だった。
小首を傾げてよく分からないという表情を作ると、運ばれてきたスープに口を付ける。まだ食事の序盤だが、さっさと部屋に戻りたい。
そんな瑛莉の願いとは裏腹に一品ずつゆっくりと運ばれてくる食事に、晩餐が終了する頃には瑛莉はすっかり疲労困憊の状態だった。
「三週間後に国王陛下、王妃殿下との茶会が決まった。エリーのドレスは私のほうで準備するけど、問題ないかな?」
さらりとヴィクトールに告げられて瑛莉は紅茶を吹き出しそうになった。確かに名実ともに聖女と認められたので紹介可能だとは言われていたが、そんなにすぐには実現しないだろうと思っていたのだ。
「ヴィクトール様……私はまだ礼儀作法が十分ではございません。こんな状態で両陛下にお目に掛かることは、不敬になってしまわないでしょうか?」
ただでさえ聖女の立場のせいで目を付けられているのに、もしそのお茶会で不興を買ってしまったら、また面倒なことになってしまう。
「国王陛下も王妃殿下もエリーの事情はご理解されているから大丈夫だ。当日は私も同席するからそんなに心配しなくていい」
(アウェイ感半端ないわー)
多分その場にはあのマリエット王女もいるのだろう。どう考えても不安しかないのに大したことではないかのように話すヴィクトールに内心イラっとする。そんな瑛莉の心情を知らずに、ヴィクトールは朗らかな笑みを浮かべて傍にいた従者に何かを指示した。
「これはエリーへのご褒美だ」
差し出された箱の中には、花弁をかたどった髪飾りが入っていた。ヴィクトールから渡されたものなので用いられている素材はガラスなどではなく、サファイアやアメジストなどの宝石なのだろう。高価すぎて気軽に身に付けるものではないが、耳の上あたりで髪をまとめるのにちょうど良く、華やかだが目立ちすぎず上品なアクセサリーだ。
「ヴィクトール様、お心遣いありがとうございます。ですが先日も代わりの物をご用意していただきましたので、私には過分な品物ですわ」
与えられればその分返さなくてはいけなくなる。贈り物を断るのは失礼にあたるかもしれないが、いざという時にそれを盾にされると困るのだ。
「そんなことはない。婚約者への贈り物なのだから、エリーに受け取ってもらえないと困るな」
「ありがとうございます」
そこまで言われて受け取らないのは、それこそ不敬だと言われかねない。従者や護衛のオスカーからの圧力を感じながら、結局瑛莉は受け取ることにした。持っておくだけで使ったりしなければ価値は落ちないだろう。
「あとはこれかな」
ついでのように出されたのはフルーツをたっぷり使ったタルトだ。洋梨や桃、オレンジなど鮮やかで瑞々しく、思わずそちらを凝視しているとヴィクトールの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「エリーは欲がないな。こんな物ならいつでも用意するのに」
「あまり揶揄わないでくださいませ。見た目が綺麗だから見ていただけですわ」
宝石よりかは受け取りやすく、面倒がないので食べ物のほうが有難いのは確かだが、食い意地しかないように言われると、抗議したくなる。
たくさんあるからと言われて憮然とした気持ちになりながらも、瑛莉は目の前のタルトを口に運んだのだった。
7
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
【完結】聖女として召喚されましたが、無力なようなのでそろそろお暇したいと思います
藍生蕗
恋愛
聖女として異世界へ召喚された柚子。
けれどその役割を果たせないままに、三年の月日が経った。そして痺れを切らした神殿は、もう一人、新たな聖女を召喚したのだった。
柚子とは違う異世界から来たセレナは聖女としての価値を示し、また美しく皆から慕われる存在となっていく。
ここから出たい。
召喚された神殿で過ごすうちに柚子はそう思うようになった。
全てを諦めたままこのまま過ごすのは辛い。
一時、希望を見出した暮らしから離れるのは寂しかったが、それ以上に存在を忘れられる度、疎まれる度、身を削られるような気になって辛かった。
そこにあった密かに抱えていた恋心。
手放せるうちに去るべきだ。
そう考える柚子に差し伸べてくれた者たちの手を掴み、柚子は神殿から一歩踏み出すのだけど……
中編くらいの長さです。
※ 暴力的な表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。
他のサイトでも公開しています
召喚から外れたら、もふもふになりました?
みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。
今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。
すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。
気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!?
他視点による話もあります。
❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。
メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる