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親密な関係
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「そういえばマヨネーズってないの?」
「マヨ……なんですか、それ?」
ディルクとの食事も4日目となり、雑談程度の会話を交わすようになってきた。しっかりとした食事が摂れるようになったのはディルクのおかげではあるし、何より言葉を飾らずに会話するのが楽だ。
「ないならいい」
マヨネーズの作り方ならなんとなく覚えている。無事追放された後にはマヨネーズを作って売ればヒットするのではないだろうか。あっちの世界の料理の知識を活かしてレストランなどで働いてもいいかもそれない。
聖女でなくても異世界の知識が有用だと囲い込まれてはたまらないので、余計な情報は隠しておくに限る。
「……詮索はしませんが、あまり勝手な真似はなさらないでくださいね」
ディルクは僅かな表情を読み取ってくるので油断ならないが、今のところ放っておいてくれるので、瑛莉も必要以上に警戒するのを止めた。味方ではないという認識は忘れてはならないが、ずっと気を張っていると精神的に削られて疲れ果ててしまう。
(うん、美味しい!)
今日は大好物になりつつある鴨のコンフィだ。しっとり柔らかなのに表面は焼き目をつけてパリッとした食感と香ばしさがたまらない。庶民になってもこれだけは食べれたらいいなと思いながらコップの中身を飲み干すと、エルヴィーラがすかさず新しい水を注いでくれる。
未婚の女性が男性と二人きりで食事を摂るのは余計な邪推を生むからと食事の際は必ず同席してくれるようになったのだ。
どうせなら三人で食事を摂ろうと提案したが、エルヴィーラは頑として首を縦に振らず、ディルクから貴族ではないこと、使用人が主と同じテーブルに着くのはあり得ないと聞いて無理強いはしないことにした。
そういう制度であるのなら、自分が居心地が悪いからといって強制すればそれこそパワハラになってしまう。
「聖女様、食事を中断することになるかもしれません」
何かを察知したようにフォークを置くディルクに、瑛莉は慌ててコンフィを一切れ口に入れる。エルヴィーラとディルクから呆れたような視線を感じたが、意地汚いと思われても後悔はしたくないのだ。
その結果、ヴィクトールがノックもなしに部屋に入ってきたとき、瑛莉は口をもぐもぐと動かしていて眉をひそめられることになった。
「エリー、君が第二騎士副団長と親密な関係だという噂が流れている。こうして食卓を共にしているところを見ると、事実無根という訳ではないようだ」
「さほど親しい関係ではございませんが、一人では食事が摂れなかったものですから。ディルク様にはご迷惑をお掛けしてしまいました」
しおらしい態度で俯くとディルクが僅かに身じろぎしたのが分かった。恐らくは瑛莉の白々しい演技を内心笑っているのだろう。
瑛莉としては食事を省いたのが誰の指示かはっきりしていなかったので、曖昧にぼかしてヴィクトールの反応を見ておきたかった。
「子供ではないのだから食事ぐらい一人で出来るだろう?エリー、君の意思はなるべく尊重してあげたいと思っていたけど、目に余る振る舞いが多いと聞いている」
ヴィクトールの背後にはバロー夫人や侍女長の姿があり、勝ち誇った顔を隠そうともしない。
喧嘩を売られたら買いたくなるが、「先生」曰く、勝率の高い喧嘩以外は労力と時間の無駄遣いとのこと。
どのみち事実を訴えても証言の数で負けるのは目に見えている。ならばどうしたら自分にとって有利な状況に出来るかを考えた方がいい。
「――欠陥聖女」
瑛莉の一言にヴィクトールの肩が揺れ、眉をひそめている。
(ふーん、王子様が気にしているのはやっぱりそこか)
自分の婚約者が、召喚した聖女が欠陥品だったなんて面白くないに決まっている。わざわざ召喚のために犠牲を払ったにもかかわらず、失敗したとなっては面子に関わるだけでなく、非難されかねないことをしているのだ。
あの場にいた人間には箝口令を敷いているようだが、色々な書物を読み漁った瑛莉は、あの時倒れていた人たちが召喚の代償として命を落としたのだと結論付けていた。不自然な姿勢とぴくりとも動かない身体を見て、本能的に危険を感じたのは間違っていなかったのだ。
「皆様がそう仰っていることは知っています。聖女としての力が足りないのに、このような食事を頂くのは分不相応なのでしょうが、ディルク様の厚意に甘えてしまいました」
あくまでも遠回しに嫌がらせについて言及すれば、ヴィクトールの眼差しに冷やかさが混じる。
「残念だが私に演技は通用しないよ。そうやって不遇を装って気を引こうとするのは正直不愉快だ」
一瞬自分が猫を被っているのがバレたのかと思ったが、結局は瑛莉に確認することもなく片方の話を鵜呑みにして結論ありきで話しているだけだ。
(だったらもういいんじゃない?)
仮にも婚約者であるのにヴィクトールは歩み寄るつもりがないようだし、瑛莉としても令嬢たちに嫌がらせをされるのは迷惑でしかない。
「ヴィクトール王太子殿下、一つだけお願いしたいことがございます」
「何だ」
瑛莉の言葉にヴィクトールは訝しげな視線を送りながらも、続きを促した。
「私と婚約破棄していただけないでしょうか、永遠に」
「マヨ……なんですか、それ?」
ディルクとの食事も4日目となり、雑談程度の会話を交わすようになってきた。しっかりとした食事が摂れるようになったのはディルクのおかげではあるし、何より言葉を飾らずに会話するのが楽だ。
「ないならいい」
マヨネーズの作り方ならなんとなく覚えている。無事追放された後にはマヨネーズを作って売ればヒットするのではないだろうか。あっちの世界の料理の知識を活かしてレストランなどで働いてもいいかもそれない。
聖女でなくても異世界の知識が有用だと囲い込まれてはたまらないので、余計な情報は隠しておくに限る。
「……詮索はしませんが、あまり勝手な真似はなさらないでくださいね」
ディルクは僅かな表情を読み取ってくるので油断ならないが、今のところ放っておいてくれるので、瑛莉も必要以上に警戒するのを止めた。味方ではないという認識は忘れてはならないが、ずっと気を張っていると精神的に削られて疲れ果ててしまう。
(うん、美味しい!)
今日は大好物になりつつある鴨のコンフィだ。しっとり柔らかなのに表面は焼き目をつけてパリッとした食感と香ばしさがたまらない。庶民になってもこれだけは食べれたらいいなと思いながらコップの中身を飲み干すと、エルヴィーラがすかさず新しい水を注いでくれる。
未婚の女性が男性と二人きりで食事を摂るのは余計な邪推を生むからと食事の際は必ず同席してくれるようになったのだ。
どうせなら三人で食事を摂ろうと提案したが、エルヴィーラは頑として首を縦に振らず、ディルクから貴族ではないこと、使用人が主と同じテーブルに着くのはあり得ないと聞いて無理強いはしないことにした。
そういう制度であるのなら、自分が居心地が悪いからといって強制すればそれこそパワハラになってしまう。
「聖女様、食事を中断することになるかもしれません」
何かを察知したようにフォークを置くディルクに、瑛莉は慌ててコンフィを一切れ口に入れる。エルヴィーラとディルクから呆れたような視線を感じたが、意地汚いと思われても後悔はしたくないのだ。
その結果、ヴィクトールがノックもなしに部屋に入ってきたとき、瑛莉は口をもぐもぐと動かしていて眉をひそめられることになった。
「エリー、君が第二騎士副団長と親密な関係だという噂が流れている。こうして食卓を共にしているところを見ると、事実無根という訳ではないようだ」
「さほど親しい関係ではございませんが、一人では食事が摂れなかったものですから。ディルク様にはご迷惑をお掛けしてしまいました」
しおらしい態度で俯くとディルクが僅かに身じろぎしたのが分かった。恐らくは瑛莉の白々しい演技を内心笑っているのだろう。
瑛莉としては食事を省いたのが誰の指示かはっきりしていなかったので、曖昧にぼかしてヴィクトールの反応を見ておきたかった。
「子供ではないのだから食事ぐらい一人で出来るだろう?エリー、君の意思はなるべく尊重してあげたいと思っていたけど、目に余る振る舞いが多いと聞いている」
ヴィクトールの背後にはバロー夫人や侍女長の姿があり、勝ち誇った顔を隠そうともしない。
喧嘩を売られたら買いたくなるが、「先生」曰く、勝率の高い喧嘩以外は労力と時間の無駄遣いとのこと。
どのみち事実を訴えても証言の数で負けるのは目に見えている。ならばどうしたら自分にとって有利な状況に出来るかを考えた方がいい。
「――欠陥聖女」
瑛莉の一言にヴィクトールの肩が揺れ、眉をひそめている。
(ふーん、王子様が気にしているのはやっぱりそこか)
自分の婚約者が、召喚した聖女が欠陥品だったなんて面白くないに決まっている。わざわざ召喚のために犠牲を払ったにもかかわらず、失敗したとなっては面子に関わるだけでなく、非難されかねないことをしているのだ。
あの場にいた人間には箝口令を敷いているようだが、色々な書物を読み漁った瑛莉は、あの時倒れていた人たちが召喚の代償として命を落としたのだと結論付けていた。不自然な姿勢とぴくりとも動かない身体を見て、本能的に危険を感じたのは間違っていなかったのだ。
「皆様がそう仰っていることは知っています。聖女としての力が足りないのに、このような食事を頂くのは分不相応なのでしょうが、ディルク様の厚意に甘えてしまいました」
あくまでも遠回しに嫌がらせについて言及すれば、ヴィクトールの眼差しに冷やかさが混じる。
「残念だが私に演技は通用しないよ。そうやって不遇を装って気を引こうとするのは正直不愉快だ」
一瞬自分が猫を被っているのがバレたのかと思ったが、結局は瑛莉に確認することもなく片方の話を鵜呑みにして結論ありきで話しているだけだ。
(だったらもういいんじゃない?)
仮にも婚約者であるのにヴィクトールは歩み寄るつもりがないようだし、瑛莉としても令嬢たちに嫌がらせをされるのは迷惑でしかない。
「ヴィクトール王太子殿下、一つだけお願いしたいことがございます」
「何だ」
瑛莉の言葉にヴィクトールは訝しげな視線を送りながらも、続きを促した。
「私と婚約破棄していただけないでしょうか、永遠に」
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